みっく・じゃがの「ひとりごと日記」

日々思うこと、考えること、時には写真も

コーカサス旅行 その7

2018-04-23 14:12:02 | 日記

4月10日

ゲガルト洞窟修道院をでてバスはセバン湖へ向かいます。

ジョージアの国境を出ることに時間がかかり、アルメニアでバスのタイヤがパンクし

予定がすっかりくるってしまって、昨日の予定が今日になったのです。

セバン湖はコーカサス地方最大の湖です。

1897mの高地のため、夏でも水温は20度以上にならないそうです。

湖に突き出た半島には9世紀に建てられた2つの修道院がありますが、

そこへ行くには210段の階段を上らねばならず、私は辞退しました。

 

【セバン湖】

この広い湖を1枚に撮れないのが残念です。

修道院へ上れば広く撮れたと思いますが、

湖岸での撮影のため、こんなふうです。

 

 

湖岸にはたくさんのお土産屋があり、ここの名物は黒曜石とムーンストーンだそうです。

黒曜石は硬くて尖がっていて、ナイフの代わりになったようです。

石好きの息子へお土産に買いました。

ムーンストーンはペンダントトップとして私用に買いました。

 

【セバン修道院】

下から見上げるだけ

 

エレバン市内に戻ると、夕方でした。

市庁舎や銀行が並ぶ市の中央の街でバスを降りました。

役所も銀行もホテルも同じ色のレンガ造りで、エレバンは『石の町』と呼ばれています。

2色のレンガの建物が揃っていて綺麗でした。

共和国広場という場所には噴水があり、夜間はライトアップしていて

人々が集っていました。

綺麗でしたが、ふと 私は「この光景をどこかで監視しているカメラがあるんじゃないか」

と感じて、背中が寒くなりました。

というのも、アルメニアのホテルのフロントでパスポートのコピーをされたのです。

これはアゼルバイジャンもそうで、そう言われたとき、フロントの人の目が

ギラッと光ったのが不気味でした。

考え過ぎかもしれませんが、気持ちのいいことではありません。

 

 

 

 

4月11日

今日でアルメニアとはお別れです。

朝早くホテルを出発して、街中にあるカスケードに行きます。

【大階段・カスケード】

 

この大階段の左にエスカレーターがあり、そこから市街を見下ろしました。

エスカレーターは8回乗り換えます。

 

最高地点に着きました。

 

ここから見下ろすエレバン市街地

 

現代芸術家の作品が多数飾ってあり、中でもこの猫ちゃんに惹かれました。

KUUを思い出しました。どうしているかなぁ。。。

 

 

その後、バスはアルメニア文字の広場へ行きます。

何もない野原にアルファベットの文字が石で造られて並んでいます。

坂道になっていて、一番上まで行くとアラガツ山が見えるはず。。。靄のため見えませんでした。

 

昼食=エレバン最後の食事になります

キャベツとキュウリのザワークラウト

 

 

この蒸し鶏とキュウリとコーンの混ぜ物を

次の薄焼きクレープに巻きます

これはおいしいです。

 

 

 

 

最後までおいしい食事を食べてジョージアに戻ります。

今度はすんなりと国境を越えると、アゼルバイジャンとジョージアでのガイド嬢が

待っていてくれました。

バスはトビリシ市内のロープウェーに乗りました。

ここから、トリビシ市街地を見下ろしてお別れになります。

 

ムトゥクヴァリ川と平和橋ーロープウエーから

 

こんなロープウエー

 

ナリカラ要塞

 

頂上から見下ろす

 

街の裏側  植物園があります

 

観光はこれで終わりです。

空路トビリシからアゼルバイジャン・バクーを経てカタール・ドーハへ行くのですが、

トビリシ→バクーまでの2時間40分、たった2時間40分ですのに、

フルベッドにされた座席で毛布をかけて眠り込んだのは私だけだったそうです。

しかも、フルコースの食事までして・・・

このツアーは21人でしたが、ビジネスクラスで行ったのは私たち夫婦ともう一組の夫婦だけ、

そのもう一組のご夫婦に「よく寝られますねぇ」と笑われてしまいました。

バクーで一度飛行機を降りセキュリティ・チェックを受けて、再び同じ飛行機・同じ座席で

ドーハまで行きます。

ここで乗り換えて成田まで飛びます。

再び、フルベッドで爆睡しました。

 

飛行機内のテレビです。

こんなふうに飛びました。

 

いつも海外に行くときは行きも帰りも北を飛びます。

日本へは中国北部から新潟上空→成田上空なのですが、

今回、初めて鹿児島から日本上空になり、四国、関西、東海と飛んで成田に着きました。

これはノース・コリアンの実験を考慮しているのでしょうか?

 

コーカサス旅行は夫の好みの旅行に付き合っただけだったのですが、

未知の場所で出会う光景や人情、文化歴史は、とっても楽しいものでした。

3か国ともお料理がおいしかったというのもうれしいことでした。

日頃の心掛けがいいのか、晴天続きで気持ちいい毎日でした。

 

なぜかジョージアとアルメニアでは野犬が多くみられました。

外国の犬や猫に触っちゃいけないというのは原則ですが、

あまりの汚さに触ろうなんて思いません。

ジョージアでは野犬の耳にタグが付いていて、これは”予防注射済み”と

いうことなのかもしれません。

人間に近づいてきて、食べ物をねだるというのを放置しているのは

どうかと思いました。

あげる人がいたんでしょうが、可哀想でした。

 

 

以上、長々と7回にわたって書き続けた旅行記は本編をもって終了します。

ありがとうございました。

 

 

 

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コーカサス旅行記 その6

2018-04-21 13:29:33 | 日記

4月10日

朝食後エレバンの観光に出かけます。

アルメニアはアメリアさんというエレバンの女子大生です。美人です!

彼女は日本には一度も行ったことがないそうで、ロシアには留学経験があるそうです。

 

バスはアララト山の眺望を求めて走りますが、長く行かないうちに

街中でアララト山は見えてきます。

アララト山はノアの方舟が到達した山として喧伝されています。

その跡を見つけたという話もでましたが・・・

 

ガイドのアメリアさんは

「アララト山はアルメニアのものです。1920年第一次世界大戦後ロシアは

 トルコにアララト山をプレゼントしました」と言います。

アルメニア人は住んでいた場所を追われ散り散りになりました。

アメリアさんの祖先もその一人だそうです。

 

実は夫はトルコ側からアララト山を眺めたかったと言います。

でも、トルコ東部は危険な地域で、旅行者は立ち入ることができません。

それで、アルメニアに来ました。

 

美しいアララト山

手前はホルビラップ修道院です

ブドウ畑が広がります

 

 

 

右が大アララト山、左は小アララト山

小アララト山は日本の富士山に似ていると言われています。

ガイドさんから「日本に1回も行ったことがないけど似てますか?」と聞かれました。

 

美しくて、会いたかったから、何枚も写真を撮りました

 

 

アララト山の麓

ここは、なんと”エデンの園”だと言われているそうです。

へぇぇ~(笑)

 

 

トルコとの境界線の鉄条網が見えますか?

ここから先は、たとえ故郷があっても、祖先が眠っていようと 立入りはできないのです。

 

 

【ホルビラップ修道院】

遠くで眺めて、近くまで行って階段を上って行って来ましたが、中には入りませんでした。

 

さて、ここからエチミアジン大聖堂へ向うのですが、途中、コウノトリの巣を見つけてバスを降りて

撮影会です。

 

 

エチミアジン大聖堂はアルメニアでの最初の教会、アルメニア正教の総本山です。

なぜか(私には信じがたいことばかり)キリストの脇腹を刺した槍とか

ノアの方舟の破片とかが展示されていました。

入口のゲートです

 

 

 

 

美しい天井

 

 

アララト山で見つけたと言われるノアの方舟の片りんだそうです

 

 

磔されたキリストを刺した槍だそうです

 

エチミアジン大聖堂

 

 

売店があり、ここで夫はアララト山の油絵を買いました。

嬉しそうな顔!!

 

昼食へ向かいます

パンを焼いているデモンストレーション。

このパンは世界遺産に登録されているとか。

釜の中 真っ赤かに火が熾っています

 

 

 

 

焼き上がったパン。これは絶妙のおいしさでした。パリパリです。

 

 

パリパリのパンにこの野菜をくるんで食べます。

味は味噌のような発酵した塩味でした。

余談ですが、このお料理は家に帰ってから、自分でも作ってみました。

ただし、パンはそば粉でガレットをつくりました。 美味しかったです。

自慢料理の一つに加えます。

 

チーズ、いつもながらしょっぱいです。

 

インゲン豆を煮た物に似ていました

 

 

【ガルニ神殿】

紀元前3世紀、アルメニア王の別荘として建てられました。

1歩が高い階段を上り、中に入ると浴場があります。

これは上がってはみたものの、下りるのは大変だったのですよ~。

 

ここへ来る道の両側には色々な花々が咲き誇っています。

桃、林檎 、杏 等々

 

 

【ゲガルト洞窟修道院】

岩を掘り抜いて作ったものです。

 

来た記念にロウソクを捧げて祈りました。

 

コーラス隊が聖歌を歌ってくれました。

ピンボケですみません。

聴き終わって洞窟を出たら、先ほどの合唱隊の方々がCDを持って立っていました。

 

昨日のアクシデントで今日は予定を詰め込み過ぎて、このあとセバン湖へ行くのですが、

ひとまず旅行記は今日はここまでとします。

明日はいよいよ最後の旅行記となります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コーカサス旅行記 その5

2018-04-20 14:27:40 | 日記

4月9日

旅行も5日目、今日はいよいよアルメニアへ行きます。

実はこの旅行を決めて、出発1週間前に旅行社から届いた計画書に

  ジョージアからアルメニア

  アルメニアからジョージア

  この国境は徒歩にて移動します。

  荷物をコンパクトにすることをおすすめします。(所要時間2時間30分)

ということが書かれていました。

はぁ?徒歩で2時間半国境を歩く? がらがらとスーツケースを引きずって?

寝耳に水とはこのことです。 なんで最初から言ってくれないの?

この話を聞いた友人から

「道の両側から大きな刀を振りかざして山賊が襲ってくるんじゃない?」なんて

からかわれる始末です。

ところが実際は違いました。

出国の調べを済ませたら、確かに300mほど国境は歩いて渡るのです。

国境の緩衝地帯とでも言うのでしょうか。

小説なら、ここは両国のスパイ交換の地 とでもなるのでしょうか。うふふ

 

アルメニアに到着したら

入国審査を受け、これまた審査を受けた運転手とバスに乗ります。

すべての処理が2時間半かかる、ということらしいです。

 

ところが・・です。

大事件勃発です!

国境でバスを降りてスーツケースを持って、私たちは入国管理事務所で

出国の審査を受け、ジョージアを出国しました。

そこへ添乗員さんが慌ててやってきて、「バスの運転手が出国できません!」と言います。

パスポートも運転免許証も期限があるのに、「出国させない」と言われているとか。

しばらく待ちましたが、埒が明かないので、運転手とバスを新たに手配することになり、

それには3時間ほどかかるといいます。

ということなので、また、いったん ジョージアに再入国してバスの中で待つことになりました。

運転手さんはどんな事情があるのか、しょぼくれていました。

おかげで今日の予定は大狂いです。

3時間くらいで新しい運転手さんとバスがやって来て、私たちは再び出国。

今度こそ歩いて国境を300mほど歩きアルメニアへ入国できました。

手続きをして、いよいよアルメニア旅行再開です。

首都エレバンへ

すぐに昼食です

 

飲み物はソーダー水

前菜は野菜   ルッコラ、ジル、パクチー、赤紫蘇などがお皿に乗っています。

 

 

豚肉と野菜の炒めもの

 

メインディッシュは春巻き

これは両端からそれぞれ葉物と肉を巻いて中央で巻きを終わらせる、

ということで春巻きが細く2本くっ付いて並んだようなものです。

これはおいしかったですね。アルメニア自慢の料理だそうです。

 

 

さて、いろいろありましたが、いよいよ観光です。

山間の道を縫うようにバスは行きます。

 

高いところを道が細くて傾斜が厳しく、怖かったです。

 

【ハフパト修道院】

山間に建つこの修道院は世界遺産登録、 とても興味を持ちました。

足元の石はすべてお墓なのです。

踏まないように飛び歩きましたが、全部はできません。

修道院内は真っ暗で足元がおぼつきません。

アルメニアでは教会の祭壇は東に向けられています。

なぜかというと、上に窓があり、朝 陽が昇るときにここから陽が入ります。

この陽が入るときに祭壇が輝きます。なんと美しいのでしょう!

 

そして当然、西にも窓があります。そこからは夕日が入ります。

これだけの光・・・私は無神論者ですが、この美しさには言葉を失いました。

 

感動のままバスに乗り、疾走ちゅうに、ドッカン!という衝撃音がして一同驚きました。

運転手さんが降りて確かめたら、なんとタイヤがパンクしていると言うのです!

そこからタイヤ交換をしてくれる業者を探して迷走することになりました。

何軒か回って、やっと大型バスのタイヤ交換をしてくれる業者を見つけました。

時間は午後5時、事務所の鍵をしめて帰るところをお願いして交換をお願いしました。

ジャッキで上げて、もう大変な作業です。

日本と違い車検もなく、買ってから一度も検査などしたことがないのですって。

ボルトも錆びついて動きません。

みんなが集まって笑いながら力自慢の男たちが挑戦してくれました。

タイヤが外され、「記念写真を撮りなよ」と作業の人が笑いながら見せてくれました。

針金のようなものが複雑に飛び出ています。

 

添乗員さんも真っ青。

「10年やっているけど、こんなことは初めてですよ」

もっと高度が高くて細い道だったらと思うとゾッとしました。

 

なだらかな景色を順調に走れることにホッとしました。

眺めているのはアルメニアで一番高い山【アラガツ山】です。

 

いろいろなことがあり、今日の予定はこれで終わると言われました。

途中、バスはスーパーに寄り、手焼きのパン屋をみました。

火が入った釜の壁にピタッと貼り付けて焼くパンです。

試食させていただきましたが、この旅行で初めて美味しいパンを食べました。

 

 

バスはエレバンのホテルに着きました。

今までで一番のホテルのように思いました。

ずっと2連泊でしたが、このホテルで2連泊するのは嬉しいです。

今夜の夕食はホテルで、しかも今日の2つのアクシデントで

旅行社から「飲み物はすべて飲み放題にする」という決断が発表され

みんな大喜びでした。

テーブルに着くと、目の前に赤白のワインと共にザクロのワインもあり、

ビールも並べてありました。このパンはおいしかったですよ。ヨーグルトも。

 

ザクロワイン

美味しい!と言ってる人たちが多かったですが、フルーツワインで甘いのですよ。

私に言わせると”女子供のワイン”です。

サントリーの”赤玉ポートワイン”のようです。

 

 

チーズ、ナスが赤い色になって不思議な食感でした。甘い!?

 

これはパンではありませんが、薄く焼いた粉もので美味しかったです。

 

 

食後にスーパーに買い物に行きました。

私はどこへ行ってもスーパーに寄り、”スープの素”を買います。

これは娘がいろんな国のスープを飲むことが好きなので、お土産です。

暗い中でも治安はいいということで、夜遅くなっても、こうやって歩きました。

ジョージアでもアゼルバイジャンでも治安がいいのは同じでした。

ホテルの前にあるビルはアルメニアの有名なコニャックの会社アララトの本社です。

スーパーで12年物のARARAT(アララト)を買いました。おいしいだろうな。

 

 

4月10日

朝のアララト本社

これからアララト山を見に行きます!

 

 

 

 

 

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コーカサス旅行記 その4

2018-04-19 14:43:40 | 日記

4月8日

昨日の続きです。

スヴェティ・ツホヴェリ大聖堂からワイナリーへ行って

昼食とワインの試飲をします。

前の項でも書きましたが、ジョージアはワイン発祥の地です。

ワイン文化は5000年の歴史があり、ここからメソポタミアを経由して

エジプトにワインがもたらされたと言われているということです。

クレオパトラも愛飲したといわれ、世界中の通をうならせているワイン、

酒飲みの私がこれを飲まずしてどうするのか、と鼻息も荒く参上しました。

特にムツヘタはワイン農家が多く、先場所優勝した関取の栃ノ心のご実家も

ここ、ムツヘタでワイン農家だと聞いています。

私たちが伺ったのは”IAGO”というワイナリーで、ご主人のIagoさんの姿は

日本のテレビで見ることがあるそうです。

スープ(お米が入っています) おいしいです。

 

 

パンケーキのような粉ものです

添えられているのはナスなど野菜を味噌のような発酵味にしています。

それとトマト、やはりまずいのです。

 

まずは白ワイン  これ、おいしかったです!

 

これはブドウの葉でくるんだお米を蒸したものです。

トルコでこれと同じ料理を食べましたが、トルコではドルマと言います。

 

赤ワイン、これもおいしかったです!

 

これはチャチャというウォッカです。

なんとアルコール度数70度というしろもの!

これがおいしかったのです!

 

 

試飲したものはすべて買いたかったのですが、赤ワインは品切れということで

白ワイン3本とチャチャ2本をお土産も含めて買ったので、その重いことったら・・

自業自得です。

 

ここのワインは土を掘って桶を入れ込み、そこで発酵させるのだそうです。

 

ブドウ畑

 

ワイナリーの入り口

 

ジョージア軍用道路にある【アナヌリ教会】へ

敷地が狭いのにサクがあって『踏むな!』の札があり、真下でしか写真が撮れませんでした。

 

ここから【ジョージア軍用道路】へ向かいます。

大コーカサスのふもとを走り抜ける絶景のドライブコースです。

この軍用道路はロシアから大カフカス山脈を縦断してトビリシまで全長210KMです。

この道路を走りたい、というのが夫の夢でした。

今回、私はその夢に付き合ったのです。

コーカサスの経済の発展に整備されたはずが、いつしかロシアに軍事利用にされましたが、

今は文学作品に出てきたり、走ってみるとスキーをする人がいたり、パラグライダーで

楽しむ人がいたり、それはそれで絶景でした。

 

 

標高が高くなると融けない雪が光っていました。

 

 

 

【十字架峠】

軍用道路最高地点の標高2395mに十字架があります。

ここへは勇気のある人たちがバスを降りて登頂しました。

もちろん私は行きましたよ。夫はバスを降りて待っていてくれました(笑)。

雪に足を取られてへっぴり腰の皆さんの中で、北国の育ちの私はシャキッと歩きました。

お天気が良くてほんとに良かった!

 

ここは最高地点で、ここから山を下ってカズベキに行く道になりますが、

私たちはここで終了し、トビリシヘ戻ります。

今夜はレストランで夕食です。

ビーツのお団子です

 

パン(まずい)どうしてこうもまずいのでしょう。

 

野菜かき揚げのようなもの

 

 

小籠包のようなもの。

お汁がたっぷりで皮を含むとジュワーッとあふれます。

 

お粉の薄い皮に焼き上げたものをひき肉と野菜をくるんでいます。

今まで出てきたものをすべて私のお皿に取り分けたものです

これにワインを飲みました。

 

明日はいよいよアルメニアです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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コーカサス旅行記 その3

2018-04-18 14:07:49 | 日記

4月8日

ホテルで朝食

ヨーグルトと牛乳がおいしかったです。

パンはすっごく不味いです。

 

トビリシ市内を見下ろす高台に上ります。

トビリシの創設は伝説によると、時のイベリア王 ワフタング・ゴルガサリが鷹狩りの最中に

追われたキジが泉に落ちて死ぬのを見たそうです。

泉は温泉で、その温かさに触れた王は「ここに街を築こう」と思ったそうです。

トビリシというのはジョージア語で『温かい場所』を意味するそうです。

ワフタング・ゴルガサリ王の銅像があります(偶像で)

この話はガイドのキティさんが話してくれたものですが、

このへんは教育とは恐ろしいものだなと思いました。

現実の話とは思われないのに、あたかもあったことのように思い込む、

こういうことは独裁国に多いことです。

大統領も異質の大尊敬するべき人物のように言っていました。

夫が過去に行ったカザフスタンでガイド嬢が「大統領さま」と言っていたそうで、

他国から見ると馴染めない話です。

が、どうでもいいので、スルーしておきます。

そう言えば、4月8日(日)は復活祭の日です。

街の中はお祝いです。

その時、ツアーの方が「ここはカソリックですか?」

という問いにガイドさんは「いえ、正教です」と応えました。

すると再び「ギリシャ正教ですか?ロシア正教ですか?」と問い

「正教ですっ!」と眉がつり上がったように思いました(笑)。

まぁ、どうでもいいのですよ。

 

【メヒテ教会】

王の銅像の近くにあります。

5世紀からほとんど変わっていない建物だそうです。

十字架形の屋根を頂く典型的なジョージアの教会だそうです。

かって、教会の周りには要塞があったそうです。

現在、修復中

 

高台を下りて、ムトゥクヴァリ川にかかる橋から平和橋(ブルー)という近代的な橋を眺めます。水が泥水です。

 

トビリシからバスで古都・ムツヘタ移動します。

町に入る手前山の頂に小さな教会がポツンと見えました。

望遠で見事にとらえました(自慢)。

【ジュヴァリ聖堂】

”十字架”と言う意味だそうですが、この教会もジョージア正教に共通する 真上からみると

十字架の形をしています。

 

ここから広く広がっている平野を眺めながらバスはスヴェティ・ツホヴェリ大聖堂へ

 

この川はムトゥクヴァリ川に続きます。

この、くっきり分かれる色はなんでしょうか?

 

【スヴエティ・ツホヴォリ大聖堂】

ジョージア最古の教会です。

この大聖堂にはキリストの上衣の一部が埋められているという言い伝えがあります。

キリストが磔になったときエルサレムから一部を持ち帰って埋めたとされています。

フムフム。

 

外壁の模様には意味があるのでしょうが、聞き逃しました。

 

ここには白くて可愛らしいプラムの花が咲き誇っていました。綺麗でした。

 

駐車場で振り返ったら、山の上にジュヴァリ聖堂がポツンと見えました。

こういう景色が好きです。

 

ここからワイナリーに行き、その後は圧巻のジョージア軍用道路を走ります。

本日はここまでです。

 

 

 

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コーカサス旅行記 その2

2018-04-17 14:27:16 | 日記

4月7日

朝からバクー市内観光です。

昨日、飛行場で紹介されたガイドさんは日本の筑波大学に留学経験がある

ジョージアの女子大学生・キティさんです。

彼女はアゼルバイジャンとジョージアのガイドをしてくれます。

【ゴブスタン遺跡】

バクーから1時間ほどバスに乗ると石器時代の人々が描いた岩画がありました。

まずは、博物館へ

 

これはレプリカです

 

博物館から10分ほどバス移動すると、切り立った崖と洞窟があり、

様々な岩画を観ることができました。

儀式らしいもの、狩りの絵、動物の絵 等々 全部見切れないほどたくさんありました。

風雨にさらしっ放しです。

 

洞窟から出ると

 

向こうはカスピ海です

 

道路に出るまで、様々なハーブや花がありました。

途中、崖で写真を撮っている家族らしい人たちがいて

地震が多いこの国で、今まさに地震が起きたらどうするの?

という個人的興味(いえ、心配)でシャッターを押してしまいました。

 

バス走行中に、計画になかったモスクへ行くことになりました。

女性たちはスカーフで顔を覆いました。

ここは王族の墓があるそうです。

信仰の場所で、祈っている人たちがいる中で、その姿を写真に撮るのは私には憚れます。

というわけで、人のいない場所で

モスク内の美しい天井

 

美しいステンドグラスの窓

 

モスク全景

 

ここから遥か遠くにバクーの放送塔と火焔タワーが見えました。

 

ここでレストラン昼食です

 

ワインではありません。チェリージュースです。おいしかった!

 

パクチーが山盛りでお皿に乗って登場!

こんなもの、好物の人がいるなんて信じられません。

 

ここでも豆のスープが出ました。おいしいけど、連続ではネ・・・

 

鉄の鍋に焼かれながら野菜が出ました

肉は牛肉です

 

食後に次の場所へバス移動

【拝火教寺院】

読んで字のごとく、火を崇拝する宗教で、紀元前7世紀にゾロアスターを開祖としてペルシャで

生まれた宗教だそうです。ゾロアスター教というほうが分かりやすいかもしれません。

この地域には石油が埋蔵されていて、地表に吹き出したところに空気の摩擦から火が付く・・・

昔の人は、それをみて驚き、神の力を感じたようです。

ここがその場所です。

 

この円形の入り口から入ると火が出ていました。

 

バスはここを最後にして空港へ向かい、ジョージアの首都トビリシへ。

飛行機から見たカフカス(コーカサス)山脈。

ただただ美しく、明日はここへ登るのだと思うとうれしさが募りました。

 

所要時間1時間15分 トビリシ到着です。

19時を過ぎていたので、空港から夕食をとりにレストランへ

クリームスープに鶏の手羽中を唐揚げしたものが入っていました。これもおいしかったです。

 

メインはチーズのパイ

 

ワインは赤ワイン  さすがにおいしかったです。

ジョージアはワインの誕生の地です。

ワインはフランスが誕生の地だと思っている人がいたら、それは間違いです。

というか、そう思わせているところがフランスにはありますが・・・

 

デザートはフルーツたっぷり

 

憧れのジョージアに到着し、明日からが楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コーカサス旅行記 その1

2018-04-16 15:18:11 | 日記

4月5日から12日までコーカサス地方を旅してきました。

数回に分けてこの旅のことを写真とともに書こうと思います。

 

4月5日

カタール航空で成田を発ちました。

空港で手続きの時、「そうだった、ビジネスクラスだった」と思い出しました。

搭乗手続きやセキュリティ・チェックなど、すべてがエコノミーとは別セクションで、

別扱いなんですね。 初めての経験です。

すべてが終了して、「搭乗までJALのラウンジでお休みください」と言われ

間接照明の広いお部屋で、飲み物を飲みながら出発まで寛ぎました。

搭乗も素早く、席に着いたら、CAがあいさつに見え、まだエコノミーの人が

ゾロゾロ席に着こうとしているのに、ウエルカムドリンクのオーダーに来られて

シャンパンを注文しました。 これ、気まずいです。

ゾロゾロ歩いている人がいるのに、「かんぱーい」は申し訳ないです。

飛行機は定刻に離陸して、すぐにディナーでしたが、これがコース料理です。

もう眠くてたまらなく、さっそくシーツをメイキングしていただいて、

座席をベッドにしてもらって寝ました。パジャマも出ます。

 

4月6日

カタールのドーハ着 4:00

ここでアゼルバイジャンへ向けて乗り換えます。

3時間近くあるので、空港内を散策しました。

ドーハ空港名物の熊ちゃんです

ここでも空港ラウンジで飲み物を飲んでゆっくりしました。

トイレに行ったらシャワールームもありました。

 

7:00 ドーハ発 アゼルバイジャンのバクーに向けて飛行機は離陸。

なんとお客様に鷹を肩に乗せた方が3人もいて驚きました。

どうやらバクーでは鷹狩りの行事があるようでした。

その鷹たちは目を隠しただけで籠にも入れられず、おまけにシートを一人分使って

座っていたのです。

まぁ、夫に言わせれば「ホントの金持ちはチャーター便だよ」ですって(笑)。

11:00バクー着

真っ青な空にバクーの飛行場

 

バクーとはパキスタン語でバキというそうで、”強い風”という意味だそうです。

それくらい風が強かったです。

ホテルにも行かず、そのままバスで観光です。

【殉教者の小道】

町とカスピ海を一望できる高台にあります。

ここはソ連末期の混乱やアルメニアとの戦争犠牲者を祀っています。

 

両側にお墓があります。

 

上まで歩いていくと棟には絶えない火が焚かれ花がありました。

 

 

上まで歩いて後ろを振り返ると

 

高台から眺めるカスピ海  美しいです

 

【火焔タワー】という3棟の建物があり、ホテルや会社やレストランが入っています。

夜はライトアップされます。

 

【シルバン・シャフ・ハーン宮殿】へ行きます

14~15世紀に建てられたシルバン・シャフ・ハーン一族の宮殿です。

旧市街にあり、シンプルな宮殿でしたが、城壁はまるで《シェークスピア》の舞台で観たようで、

まぁ、一言でいうと「ちゃっちいな」でした。 すみません。

アルハンブラ宮殿を見た私としてはネ。

 

これは見たかったアーモンドの花です。

ほとんど終わっていて、ここで見たのが最初で最後でした。

それにしても、どうすると、この紫色はどうしたら映さなくて済むんでしょうか。

 

宮殿の中で唯一興味を持った王の居間

絨毯の織りが綺麗でした。が、ピンボケでした。。。

 

旧市街ではお店が並び、ここで名物のザクロジュースを飲みました。おいしかったぁ。

おじさんがギュッと押して手作りのフレッシュジュースです。3㌦でした。

 

オリーブの木々です

 

本日の夕食はホテルです。

前菜は野菜サラダほか野菜尽くしです。トマトはまずいです。

スープは豆を挽いたもので、おいしかったです。

メインは長粒米のをサフランで味付けしたものに、ニンジンと豚肉が乗っています。

これもおいしかったです。少し口に入れてから気づいて、慌てて写しました。

デザートはケーキです

お酒は白ワインを飲みました。

 

食事が終ってからバクー夜景を鑑賞へ。

殉教の小道へ行き、バクー市街の夜景を見ました。

火焔タワーが青と緑と赤にライトアップされていて、それが、クルクルと

いろんな色に変わります。

この3色は国旗の色です。

 

見下ろす市街地

 

風が強く、夜は気温も下がりましたが、美しい夜景に癒されました。

 

バクーのホテルはまずまず快適でしたが、冷蔵庫のビールを飲もうとしたら栓抜きがなく、

フロントに頼んだら「取りに来い」の発言に驚き「持って来い」と応じたら

持ってきたのはいいけど「使ったら、すぐに返してほしい」とドアのところで待っていて

2度びっくりしました。

持って帰る不届き者がいるためでしょうが、これはないんじゃないでしょうか?

それにテレビはあるけどリモコンがない・・これにも驚きました。

 

アゼルバイジャンは近年石油資源が見つかりお金持ちになりました。

バクーでは近々F1のレースを街中でするということで、準備に懸命でした。

万博に立候補もしているようです。

お食事はすべておいしかったです。

特にカスピ海ヨーグルトは、今まで食べたことがない食感でした。

粘りがあり、口の中にチーズのような味が残りました。

野菜がふんだんでおいしくて、それはこれから行くジョージアもアルメニアも

同じでした。

町中の治安も良く、夜に歩いても平気なようです。

近くの24時間開いているスーパーにも、夜に行きました。

ただ、アゼルバイジャンで「アルメニア」と言うことは厳禁だそうで

注意をされました。

これはアルメニアでも「アゼルバイジャン」と言うことは厳禁だそうです。

お互いに憎みあうということは、簡単に消えないものですね。

 

明日は朝からバクー市内の観光後、午後から空路でジョージアのトビリシに向かいます。

 

 

 

 

 

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コーカサス3ヵ国へ行って来ました

2018-04-14 10:29:50 | 日記

4月5日~12日までコーカサス地方へ旅をして来ました。

不細工な写真ですが、こんな旅程でした。

 

まだ写真の準備もできていないので、詳しい旅行記はまだですが、

こんなコースでした。

5日の朝にKUUをペットホテルに預け、同日深夜のカタール航空機で出発しました。

KUUは1年前のペットホテル滞在はすっかり忘れ、キョトンとしていたのが、可哀想でした。

今回はコーカサスということで厳しいスケジュールを覚悟し、

飛行機はビジネスクラスで参りましたが、正解でした。

帰りの飛行機では広いベッドで、ノビノビと寝っぱなしでした。

とはいっても疲れは残っていて、後片付けものんびりとやっています。

 

まずは、カタールのドーハに着き(時差-5時間)、トランジットでアゼルバイジャンへ。

日付が変わり、日本とは時差が-6時間となりました。

バクーの飛行場から、さっそく観光で、これで2日間です。

 

3日目から空路でジョージアへ。2日間の観光です。

 

5日目。

午後からバスで国境を越えてアルメニアへ行きます。

ハプニングが続出で、これは後程お楽しみに!

6日目もアルメニアです。

 

7日目。

市内観光後、バスで国境を越えてジョージアへ行きます。

空路、トランジットを経て帰国です。

帰国時間は日本時間12日19時でした。

成田で、私がお土産の一部を機内に忘れるという失態があり、

カタール航空さん、ご親切に空港で待つ私の手元に届けてくれました。

最後までハプニングがありましたが、楽しい旅行でした。

 

翌日、ペットホテルで待つKUUを迎えに行きました。

ちょうどプレイルームのキャットタワーで遊んでいたKUUは

私を見つけてガラス窓まで駆け寄って来て大騒ぎでした。

ところが、さぞかし帰りたいんだと思ったら、スリスリしただけで、

自室にかけ戻り「帰らない!」とばかりに、ケージの上まで登ってしまいました。

それを説得して(笑)、やっと手元に抱き寄せ、連れて帰りました。

よっぽど居心地が良かったのでしょう。

家の中で鳴きながら駆け回り、落ち着きませんでした。

旅行の翌日でしたが、夫は用事で京都へ行ってしまい、

そこでKUUも落ち着いたのか、私に甘えてエサを食べたり、水を飲んだり、

夜は「早く寝ましょ?」と言わんばかりに、私の布団に潜り込み、

昨夜は一緒に寝ました。

そうそう、帰ってすぐ体重を測ったら3.5キロになっていて、

0.2キロも減っていました。

ホテル滞在日記を読んだら、最初の3日間はエサも食べず水も飲まず、

トイレも使わなかったと書いてありました。

緊張していたんだなと可哀想になりました。

 

それでは16日(月曜日)から、旅日記を書くことにします。

お楽しみに!

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2018年の健診ー人間ドック

2018-04-03 14:32:19 | 日記

今日は人間ドックの日でした。

早朝に毎年行く1時間ほどかかる病院へ行ってきました。

ここは夫がサラリーマンだったころの健保組合の病院なのです。

つまり、夫と結婚してから、その家族として毎年ドックに入ってきました。

夫は会社と縁が無くなってからは別の病院のドックに入りますが、

私は毎年の記録が残っているという理由で、いまだにこの病院へ行きます。

久しぶりで早朝のラッシュに乗り、なんだか身が引き締まりました。

電車内は新人のサラリーマンも多く、「さぁーこれから仕事するぞっ!」てな

感じがしたのは気のせいでしょうか?

 

前置きが長くなりましたが

毎年気になるのが胃カメラです。

今年は大勢の人たちの中でバリュウムを飲むのは、たった二人だけ、

あとは胃カメラと聞いて驚きました。

後が楽だからでしょうか?

私は逆流性食道炎、ポリープ数個、慢性胃炎と毎年言われるので、

今年はどうなっているのか、必ず胃カメラで確認するように、と

医師から言われているのです。

毎年、この検査は若手医師だったのですが、

今年はベテラン医師の感じ(頭の毛の薄さから勝手に思いました)。

カメラの作業が上手だったように感じました。

医師からは「カメラの飲みこみが上手ですね」と褒められました。

その結果

食道炎はこの程度は欧米ではないという診断になります。日本は大げさです。

ポリープたちはいい色しているので大丈夫です。

この縦線の胃炎は、人間生きていればこの程度は当たり前です。

というおおらかな診断でした。

それにしてもポリープが多いこと!ポロポロあちこちにあるんですよ。

また増えたかなぁ。

一番心配な結果がこれでしたから、ひと安心です。

まだ中間は発表しか聞けませんでしたが、内科の医師の診断でも

「心配なことはないと思います」だそうです。

 

いえいえ、実はそうではないのです。

以前も、そう言われていたのに、総合結果が出たら

腎臓に腫瘍の疑いあり、と言われ再検したことがありますからね。

安心していると階段から突き落とされるのです。

 

8時から始まり10時半には終了してしまったので、

ゆったりとした気持ちで帰りました。

恵比寿から車窓を眺めていると、あちこちでビルの建てかけばかりです。

特に渋谷はどうなっているんでしょう。

そのうち、どこなのか判らない街になりそうです。

ビルばかり建ち、同じようなショッピングとレストラン街ばかりができる・・・

これは東京オリンピックに向けての計画でしょうけど、

オリンピックが終わったら、建築業界は落ち込むような気がします。

コメント (8)
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