ケロりん魂~kerorincon 

素敵に飛びつく飽くなき魂
~浮かぶうたかたの「与太話」  

2017年七月前半記  ~7月10日7月11日は何の日か・・

2017年07月17日 | 日記



        
6月が終わって7月になり、
1年が半分過ぎたとうろたえていたのですが
その7月も半分が過ぎ、
来週から夏休みだそうですよ。




         

今年初めて蝉の声を聴いたのは
7月2日
街中で、
遠くから誰かに呼び止められるかのようにその声を聴きました。

去年の夏蝉は怖いけど嫌いじゃないと言う趣旨の記事を書いたせいか?
シーズン早々ベランダの洗濯物に蝉が挨拶に来てくれて
たいそうビビりまして。
その洗濯物は一晩取り込む事が出来なかったという実に夏らしいトラブルにも遭遇 

梅雨明け宣言はまだなのに
なし崩しに
絶賛盛夏

( ̄▽ ̄)ゞ







         

7月10日は納豆の日だそうです。
別にこの日でなくても、毎週火曜水曜は納豆の日で
どんな売価の納豆もこの日は94円均一になるという素晴らしい日がありまして

納豆成人一名(私)
納豆星人二名(夫・娘)
納豆聖人一名で(息子)構成される我が家 ←( ̄▽ ̄嘘)
毎週、
これだけの納豆を買い込みます。レジの女の子苦笑い。
納豆聖人お勧めは、大粒納豆の雪誉(ゆきほまれ)@174円(納豆の日は94円)


しかし、彼が本当に食べたいのは

        

生活クラブの納豆1パック80円。
経木のパッケージを開ける作業は彼の幼少期からのときめき。そして退会してしまった今ではもう手に入らない逸品。
写真の納豆は
義母の病院の道々に見つけた生活クラブのデポー、
会員でなければ買えないそれを懐かしく寄り道して眺めていた私に
「あら、そういう事なら買ってきなさいな、売ってあげる。」
と分けてくれた
お店の好意で手に入れた納豆。
納豆聖人は喜んで
秒で完食しておりました。



そして翌日
7月11日は・・・







              





         





         





         









明日で公民館ヨガも一学期が終わり、
夏休みに入ります。
ヨガ歴ももう3.4年のはずなのに
関節という関節が硬い私はどれも全く様にならず、いまだ誰にも言えない極秘レッスン・・
でも、
ヨガはいいです


みんなもやろう!



今日はそんな
一週間前のネタでした



                         ~( ̄▽ ̄~)










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なんとなく狂気に満ちてゆく感じ〜忙しかったら読まないで超与太話( ̄ー ̄)ゝ

2017年07月14日 | スマホ投稿








        

この街は絶賛
スクラップアンドビルド

轟音とともに慣れ親しんだ物が破壊され
後にそびえる
無菌のバベルタワー

なんとなく
そして否応なく奪われたのに
二度と関与は許さない
資本の権化
どれもこれもタワマンで




見慣れない光の加減、北寄りのからの西日は
6時を過ぎても衰えず
何かが狂ったような
間違い探しの違和感で
私は、今別の星にいるみたい。


私の影も
まだ燻るように焼かれるコンクリートも


等身大の私      ( ̄ー ̄人)


さて
昭和の昔なら
一年に一度報道されるかされないかの大洪水が
アチコチで起こって

狭い視野で
切り取られた情報を
頻回に見せられ続けてゆくうちに
私はやっぱりどうしやうもなく
そのうちに
慣れてしまう。


毎日報道される猛毒のアリのことも
かつてのデング熱のように
いつだったかの
セアカゴケグモのように

それで結局私の脅威なのか
なんなのか
ってとこで


浸かってる湯はじんわりじんわり熱く熱く
でも、
出るわけにもいかなくて


どにも術を知らないから
怖いね暑いね
で日々やり過ごす


いつもとにかく情報だけは豊かで速い
知ってる

けれど

何もできない

ああどうか
お手柔らかにお願いね?


とか
思ってる




時代はますます加速するのに
私は着々加齢して


もうこれ以上速くは歩けない
なんだかよくわかんない



だから時々
とてつもなく私は不安になるアルよ



という
そんな話



街中からお邪魔しました
さ、帰ろう。


( ̄ー ̄)ゝ





スクラップ=公園・児童館











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若鮎は母の好物~義母の入院中でも遊んでたヨメ( ̄▽ ̄)ゞ

2017年07月11日 | 日記
     

         
         



もう退院して10日経つのですが
返す返すも
歩いて20分のところに「脳外と言えば!」という専門性のある大病院があったにもかかわらず
救急搬送時に「かかりつけ」を訊ねられ
とっさに義母が前の有料で診察券を作らされた病院を口走ってしまって
毎日の見舞いが面倒になったのは、
悔やまれることの一つでした

生活圏の中で、前を通り過ぎていたあの大学病院が
脳外科と言えばこの病院!だったとは知らなかった自分の無知っぷりと ←のちに知人に気の毒がられ
老人施設なら知っといてよ教えてよぉ、
と言う甘えがないまぜになり
更年期淑女としてはメンタルざわつきました。


歩いて通って痩せてやる
というミーニングフルネス思考で行くつもりでしたが、
毎日往復2時間はやっぱりちょっとキツく、
ゆきは電車で帰りは歩いてなどしていたら、結局、二キロしか痩せませんで。
今となってはほぼ、なかったことに。

余談ではございますが
五十代
「増えやすく減りにくい」には拍車がかかっていて、
怖いくらいっすね! ←ね!じゃないし( ̄▽ ̄)




      

その若干遠い病院までの道中にあった、一戸建て住宅の一階をお店にした
小さな和菓子屋さん。
この季節の和菓子「若鮎」、
中に巻き込まれた求肥は確か母の大好物。
「太っちょの鮎」という可愛らしいキャッチコピー
そんな太っちょなら、求肥もたっぷりなのだろうなと買い求め
母に送ることにしました。

      

義母のアレコレに追われていますが
遠く離れた奈良の実家には私の父母が暮らしています。
日本全国仕事で飛び回る超忙しい妹のREOちゃんに任せきり
いつだって
人生は風のように過ぎてしまうのだから
義母に使う時間と同じくらいの時間を、父と母にも使えたらいいなあと
時々思います。


       
     

そして、そのうち私は
病院までの道中に和菓子屋さんが3件あることを発見
母にはもう送ってしまったけれど、どの鮎がおいしいのか知りたくなって
あちこちで寄り道し、若鮎を買い求めることに


     


上から高晴堂さん、みよしのさん、亀谷万年堂さん、武蔵製菓さん
武蔵製菓さんのはスーパーのパンの横に売っていた品で、100円しなかったのですが
和菓子屋さんのものはだいたい150円前後。
私の思うに、
一番求肥が多くてもっちり美味しかったのは、母に送った高晴堂さんの若鮎
あの看板に嘘はありませんでしたね! ( ̄▽ ̄)


         


年中行事とか
季節のしきたりなど
あまりこまめに大切にしないほうですし、
日照時間が短くて、湿気て蒸し暑いだけの梅雨の季節は好きではないつもりでしたが
うっそうと茂る草木の匂い運ぶ風
紫陽花、若鮎、雨上がり
なかなかに悪くないのではないのかなと
思うようになりました。

どんなに鬱々としていても
そういうことを折々に感じられるうちは
絶対にうつ病ではないのだと教えられたことがあります。


今思えば
これらも義母が見せてくれた風景



今日はそんな話です。




                ~( ̄▽ ̄~) 



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松居一代さんに見る、やってはいけない断捨離~( ̄▽ ̄)ゞ

2017年07月10日 | ヨタ話



          10年前くらいにブックオフで二冊200円。

何を隠そう、家事における行動力には圧倒的に欠ける私
松居一代さんのファンでした。

離婚後の孤独の中でも
アトピーに苦しむ息子さんを救うため、医者を探して単独中国まで渡っちゃった猛母譚
代名詞「松居棒」をもって行う
掃除と整理整頓におけるジャンヌダルク的存在感は
私にとって十分な魅力でした。

私の記憶が確かならば昭和の時代にはなかった、手際よく美しく整理整頓ができる能力の尊重
その努力の先に運まで開けるという考え方
ママ友の間でも、
子供への無関心を差し置いても、美しいお家に住んでいるママ友は一目を置かれ
子育て上手でも、乱雑な住まいに住んでいるとなれば、否応なくその格を落としてしまうという現状
そんな心底傍迷惑な価値観に悩まされていた私にとって ←要は片付け下手( ̄▽ ̄)ゞ
強くて行動的で、アイデア豊富な松居さんは、
憧れだったのでした。


         


         

当時、
やましたひでこさんが世に広めることになる「断捨離」という言葉はまだ知らなかったけれど
カレンキングストンの「ガラクタ捨てれば自分が見える」
辰巳渚さんの「捨てる技術」などがもてはやされる中
「古いものを捨てなければ、新しいものが入ってこない」
という考え方は
松居さんの本「松居一代の超整理整頓術」(一番上画像右)に強烈に教えられたと思います。

あくまでも
知識として( ̄▽ ̄)ゞ



この本の冒頭で著者である松居さんは
「客人」という人に「物の持ちすぎは運気を下げる」とという言葉と共に、自分の部屋の物の多さを指摘され
その夜から無駄なものを一気に捨て始めたと書いておられます。
「恐れを知らない客人よ、忠告をありがとう」
理解したらブレずにやり遂げる集中力がすごい

そして離婚
夫の気配を家具が吸っているという信念の元
著者は費用を心配をしつつも、大凶の位置付けた家財道具の一切合切を捨て
新しい生活をはじめ
これが船越さんとの幸せにつながったと回顧する
「失敗よありがとう」

その後マンションの部屋の天井がずさんな建築によって崩落
瓦礫と排水によって、その部屋に収めていた買ったばかりのバーキンやシャネルをはじめとする高級雑貨・服飾小物着物430点以上が
一瞬にしてゴミになるという惨事に遭い
「持たなくても生きている」と実感されたとか
「ゼネコンさん、悪夢のような体験をありがとう」

ここまでは
素晴らしい気づきです。


しかしながら次章「船越英一郎物語」は共感できず
今でも時々思い出すほど問題視していました。

憧れの一軒家を手に入れ、家族で入居するにあたって著者は
捨て下手の船越さんの私物をにらみ
「大切な新居にガラクタを入れてたまるか!」と決意されています。
船越さんが大学生時代から使っているスタンドライトを捨てたくなくて、息子さんに譲る段取りも決めていたのに
二人がお風呂に入っている間に捨ててしまう
著者の信念のもと
嫌がる船越さんを一切無視して、生木を割く様に捨ててゆくくだりには
船越さんへの同情が禁じえなくなる。


そこまでして捨てなければいけないのか?
他人の物を捨てていいのか?

(この夫婦は大丈夫なのか??)


   一言発したら機関銃のように言い返す妻、すぐさまファイティングポーズを取る妻を相手に
                        ひたすら穏やかな生活を念じる夫は、しぶしぶ物を捨て始めたのです




本の中では著者が「私が責任を取るわよ!」と
船越さんに札束を渡し
そのお金で買ってきた「新しいもの」に囲まれ他船越さんの運気はどんどん上がり
サスペンスドラマの帝王と呼ばれるに至った
というオチ


お金で買えるのなら
まあいいのか・・?


しかし後日、

テレビ番組の対談で松居さんが
「船越のこれまでの台本は全部捨てました」
と誇らしげにコメントされていたのには驚きました。

その横で船越さんは
「役者駆け出しのころからの台本で、一つ一つにびっしり書き込みしてあったんです、
それを全部捨てられちゃって・・
あれは残念でした・・」
と泣き笑いのようなあの笑顔で応じられている。
それが許せる愛の力ってすごいなと思いました。
高らかに朗らかにしっかり者の妻が笑って
「だってえ、
古い台本を捨てないと、新しいお仕事は入って来ないでしょ?」

松居さんにあこがれていた私ですが
さすがにこれを見たときは、
違うんじゃないかと。

(そうなの?)

(本当にそれは良いことなの?)



そう、それから長い間、
その「船越さんの台本」は、いわゆる断捨離の対象になるのか
他者の思い出の品であっても、断じて捨てることが正しいことなのか、
大掃除のシーズンが来るたびに
本当に、よく思い出すエピソードとなりました。
あの、松居一代さんがいうのだから、
ありなのか?
そもそもナシなのか。




今回の
一連の騒動で
やっぱり違うんじゃないかな・・と思うに至る今日この頃

少なくとも
代償金を出せない私のような妻は
夫のものを捨ててはいけないでしょう

さらに、
お金で取り返すことの出来ない他人のものは
絶対に捨ててはいけない。




         


         


結局この本、
「松居一代の超整理・収納術」は完璧すぎて、
たとえ形が作れても維持ができずで参考にならず長い間本棚に入れっぱなし
向いている人には楽しい本かもしれません

私にとってはおそらく捨てるべき本。


でも、今
こうして改めて読むと
著者の迷いのない情熱のほとばしりには、
細かい突っ込みどころが満載で
物を捨てる捨てない云々よりも学ぶところのあった本となって
決別することになりそう


結婚に大事なのは
理想と現実
信念と妥協
自他の別、そういったもろもろの認識と

歩み寄る努力
ではないかと思うに至る・・・



今日は
そんな話です。





                    ~( ̄▽ ̄)ノシ









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要介護状態への病~脳梗塞 ( ̄□ ̄;)

2017年07月03日 | ゆめゆめ笑うなゆく道だ(義母と施設と)
 


         




         




         




         




         




         




         




         




         




         



そして、この日の記事へと続くのでした。


アテローム脳梗塞は発症3時間以内に治療を始めると、マヒした部分の機能が戻ることもあるそうですが
それ以上経ってしまうともう助からないのだそうです。
義母の発症は朝だと思われるということ、
「今の状態から何かがよくなるということはありません。」
と速攻断言されました。


朝、義母は排せつ介助でものすごく頑張っていた。
とヘルパーさんから聞いたばかり。
その時もう脳梗塞の状態だったのかと思うと、
救急搬送の際170を超えていた血圧を思っても、辛かっただろうなあと思うのでした。
出されたご飯を食べなかったのも
つらかったからか、
右手が動かなかったからか。

施設からついてきてくれた若手のヘルパー君もほぼ頼りにならず。 
日ごろの状態は私が即答
救急車を待つ間のスタッフの動きとか、振る舞いに対してもいろいろ感じることがあり。
この時ばかりは介護を丸投げにすること、
されること
「有料」と「特養」の違い
いろいろ考えてしまいました。

主観を客観へと切り替えるために
一つの事象を多角的に眺めるために、時間をかけるということは大事だなあと思います。
先が見えない不安の中では、本質的に不必要なことを拡大解釈付きで妄想してしまいがちで。
あの時じっくりブログを書いていたら
結構な恨み言が並んだことかと思います。

右手の機能を失ったのは大きなことなのですが
元居た特養に迎えに来てもらって退院し、
誰に言われるでもないのに、左手でガンガンご飯を食べて完食を続けている様子を見ると
一連のことが
とてつもない不幸が最小限で済んだ幸いにも思えます。     
あの時義母が腕を舐めなければ
私はそのまま帰ってコメダへ直行し、ゆったり本を読んでいたはず。
幸運なことに、そうはならないで、最短で治療を始めることができた。
あのチャンスを逃していたら、発見される時がいつになったか、想像がつきません。
日ごろから揺蕩う金魚のように、車いすに植わった植物のように、
動きの少ない義母のさりげなく膝に置かれた右手が動かないことに気が付くのは
難しかったと思います。



診断が下りた後、入院病棟に案内されて
パジャマのレンタル(150円/日)の手続きをし
認知症である義母の錯乱時を想定し、対応しきれない行動を制御するための拘束を了承する書類にサインしてから
夫を呼び出し
入院に必要なものを買い出しに行き。
持っているものは施設に取りに行きました。

ポンプタイプのシャンプー・リンス・ボディソープ
履かせないおむつ40枚
尿取りパット60枚
おしりふき代わりに便利だということで指定された「リードクッきングペーパー」
口腔ケアスポンジと歯磨きセット
タオル3枚とバスタオル3枚
ボックスティッシュ



それらを揃えて明日に備え
ファミレスで夕食を食べたら
夜10時。


あの6月10日は長い一日になりました。

2017年の6月は病院通いの6月で

退院したらその年の
半分が終わっていた



そんな感じ


                 ~( ̄▽ ̄)ノシ


【追 記】
昨日
私の絵をひたすらごまかしてくれていたお絵かきソフトを搭載した「パソ吉君」
10数年の頑張りの果てに立ち上がれなくなりました・・

これからは鉛筆画の写メしかありません
ペン入れはおろか
ひさへ巨匠のように色を付けるマメさ
ありません

スマホから見づらくてすみません
そんな変わらない・・?


             










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