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科捜研の砦 岩井圭也

警視庁科捜研の若きエース技官を主人公とする連作短編集。物語の本筋は、私情や警察内部の組織力学などを極力排除して科学的であらんとする主人公が、微細な手がかりを駆使して事件の隠された真相にたどり着くという王道のミステリーなのだが、読み進めていくとそれとは別の重いテーマが浮かび上がってくる。各短編は、警視庁科警研の技官、鑑識官、大学の研究者など主人公でない人物の目線で描かれている。別の物語というのは、彼らが主人公と歩調を合わせて事件の解明に努力する過程とそこから色々なことを学んでいくという成長物語になっていることだ。最終話のかなりびっくりする展開も含めて、科学に忠実であることの苦悩や厳しさが描かれているのが胸に刺さる作品だった。(「科捜研の砦」 岩井圭也、角川書店)
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菜の花食堂のささやかな事件簿 人参は微笑む 碧野圭

長く続いていて本書が6冊目のシリーズ作品ということを知らずに本屋さんで見かけて買った一冊。これまでの出来事や登場人物間の関係などが分からなくてついていけるかどうか少し心配だったが、あまり問題なかった。食堂を営む店主とその従業員が日常のちょっとした謎を解き明かしていくという連作短編集で、題名通りその謎がとてもささやかで、事件とかミステリーと呼ぶのもためらわれるほど。色々な食材についての薀蓄が話の味付けになっているのと、大麻クッキー、コロナ、ヴィーガン、カスハラなど最近話題のキーワードをストーリーに取り入れているのが特徴的。大きな山場らしきものもなく淡々と読み終えてしまったが、シリーズをずっと読み続けている読者だと、登場人物への思い入れなどもできていて、別の読み方をしているのかなぁなどと考えてしまった。(「菜の花食堂のささやかな事件簿 人参は微笑む」 碧野圭、だいわ文庫)
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落語の人、春風亭一之輔 中村計

ノンフィクションライターによる人気の落語家春風亭一之輔の解説本。一之輔本人、師匠、同僚、弟子などのインタビューを中心に、著者本人の経験を交えて再構築した内容。落語の用語解説、落語協会、落語芸術協会、立川流など落語家の団体の説明、前座二つ目真打ちという落語家の成長過程、歴代の名人と呼ばれる落語家の特徴など、落語に関するうんちくを通じて落語界の大きな流れを理解できるようになると同時に、春風亭一之輔という落語家がその中でどのような立ち位置にいるかがよく分かってとても面白かった。本人へのインタビュー部分を読むと、飄々としているようで色々考えながら落語に取り組んでいる様子がわかってそれも面白かった。春風亭一之輔は、自分が古典落語を聞いて唯一面白いと感じる落語家だが、その理由もなんとなく理解できた気がした。(「落語の人、春風亭一之輔」 中村計、集英社新書)
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冬期限定ボンボンショコラ事件 米澤穂信

著者の代表作の1つ「小市民シリーズ」 の最新作。前作「秋期限定‥」が刊行されてから15年振りとのことで、その間にスピンオフ的な短編集があったとは言え、そんな前だったかなぁとちょっと意外な感じだ。主人公の高校生が受験前に交通事故に遭ってしまい、病院のベッドの上で中学生だった時に同じ場所であったひき逃げ事件のことを回想するという内容。主人公が被害にあった事故と昔のひき逃げ事件に関連があるのかどうかが大きな焦点なのだが、最後に解明される真相の意外さにはかなりびっくりだ。全体的に妙に描写が細かいなぁと感じた部分があったり、主人公の病院生活にちょっとした謎があったりして、それが単純な伏線ではなく本編の核心部分だったりして、とても新しいミステリーを読んだ気分になった。前作から15年振りの新作ということだし、主人公も高校を卒業してしまうし、シリーズ完結編という雰囲気は濃厚だが、どんな形でも良いので次の作品を是非期待したい。(「冬期限定ボンボンショコラ事件」 米澤穂信、創元推理文庫)
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今日も怒ってしまいました 益田ミリ

初めて読む作家の軽いエッセイ集。人気があるらしく、ネットで調べるといっぱい著作が出てくる。日常生活の中の軽い違和感のようなものを上手く言葉にしてくれていて共感する部分が多いので、人気があるのだろう。数ページのエッセイの間ごと
に四コマ漫画もあって楽しい一冊だった、特に印象的だったのは、コンビニで100円玉を落としたお婆さんと店員さんのやりとり。最後の締めがほのぼのとしていていいなぁと感じた。(「今日も怒ってしまいました」 益田ミリ、文春文庫)
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死んだ石井の大群 金子玲介

先日読んだ作品がとても面白かったので、同じ著者の最新作を続けて読むことにした。前作同様、不思議な設定と軽妙な語りが秀逸で、最後まで楽しく読むことができた。物語は、大勢の石井さんが登場する意味不明のゲームバトルと、失踪してしまった舞台俳優の行方を探す探偵という現実世界の話が交互に描かれていて、一向に先が見えないのだが、最後にその2つが繋がって、そういうことだったかと驚かされる。読んでいて、謎が深すぎるモヤモヤが続くが、それを飽きさせずに読ませるのが軽妙な語りという構造だ。前作同様、巻末に次回作に告知があるので、楽しみにしたい。(「死んだ石井の大群」 金子玲介、講談社)
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神社の見方 外山晴彦

神社について宗教施設ではなく歴史的建造物という観点に重きを置いて解説した一冊。内容は、神社と寺院の違い、神社に不可欠な施設などの解説で、図版や写真がたくさん収録されていてとても分かりやすかった。神社特有の施設としては、鳥居、狛犬、神の使いとしての眷属、手水舎、拝殿と本殿などが紹介されていて、どれもなるほどという内容。また、神社と寺院の違いについては、掲載された写真を見ても思った以上に似通っているが、千木や鰹木の有無が決定的な違いということが新しい発見。軽い一冊だが今度寺神社に行った時に色々確認するのが楽しみになった。(「神社の見方」 外山晴彦、小学館)
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惣十郎浮世始末 木内昇

書評誌激推しの一冊。著者は芥川賞の時代小説作家だが読むのは初めて。読んだ感想としては、これまでに読んだ時代小説の中で一番面白かったと思えるほど面白かった。幕末の江戸を舞台に、手柄よりも犯罪の未然防止に努めたいとする北町奉行所の同心服部惣十郎がいくつかの事件の謎を追いかけていく。基本的には江戸で起こった不可解な火事騒動とそこで見つかって正体不明の遺体の謎という事件だが、それに、当時の漢方医と蘭学医の軋轢、主人公の上役、部下、家族などとの人間関係などが織り込まれ、更には江戸の行事や風物、幕府内での政争など、実に様々な要素が絡み合って話は進む。その全てが結びついたびっくりするような結末はお見事の一言だ。著者の本はまだ沢山あるし、本作の続編も期待したいし、これからが本当に楽しみだ。(「惣十郎浮世始末」 木内昇、中央公論新社)
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放課後推理大全 城平京他

副題の通り、学園ミステリーの短編7つが収録されたアンソロジー。著者は城平京、友井羊、初野晴、米澤穂信、有栖川有栖、金城一紀、栗本薫と全員大御所的な作家、収録作品は彼らの代表的なシリーズ作品の中の最初の方の短編が中心という豪華でかつ有名シリーズを楽しむのに最適な手引きになるものばかりだ。既読の作品も3つあったが、それでも改めて読んでも面白く、編者のセンスの良さが際立つ一冊だった。やはり作者の核心的なところは最初の作品に表れるということが再確認できた気がする。(「放課後推理大全」 城平京他、朝日文庫)
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転がる珠玉のように ブレイディみかこ

イギリス在住の著者のエッセイ集。書かれた時期がちょうどコロナ禍の時期と重なっていて、題材の多くは自身や家族の闘病日記、彼の地のコロナ関連の騒動だ。以前の作品の主役だった息子さんはカレッジ生に成長し、ドタバタする家族をユーモアと冷静さで支える存在になっている。全編を通して強く印象に残るのは、コロナ禍でのイギリス人の芯の強さ。諦める時はあきらめてユーモアで乗り切る、怒るべき時はデモなどでしっかり主張する、色々な本で紹介されている第二次世界大戦下などでのイギリス人のこうした逞しさを改めて教えてくれる内容だった。(「転がる珠玉のように」 ブレイディみかこ、中央公論新社)
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死んだ山田と教室 金子玲介

書評誌で2024年上半期のベストワンに選ばれた一冊。クラスの人気者の高校生山田くんが不慮の事故で帰らぬ人となった数日後、何故か彼は所属していた2年E組の教室のスピーカーに憑依してしまい、クラスメイトとの音だけの不思議な交流が始まる。誕生会を企画して成仏できない彼を励ましたり、逆に前向きな彼に励まされたりしていくが、どんなに明るく振る舞っても彼我の違いは時間と共に大きくなっていく。予感される悲しい結末の中、最後まで明るさをまとった展開に心を揺さぶられる。巻末に早くも次回作の告知が載っていて、今から読むのが楽しみだ。(「死んだ山田と教室」 金子玲介、講談社)
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実は、拙者は。 白蔵盈太

新聞の広告で見て面白そうだったので読んでみた。時代小説を読むのは久し振りだが、今までにこんな面白い時代小説読んだことあったかなぁと思うくらい面白かった。時代は江戸中期徳川吉宗の世。舞台は謎の言葉を発する辻斬り、鼠小僧のような庶民から喝采を浴びる義賊、悪徳な金貸しや商人、それらとつるんで私欲に走る腐敗した役人などが跋扈する江戸の町。そこにノホホンと暮らす存在感の薄い棒手振りの22歳の若者が主人公。その主人公が冒頭でいきなりとんでもない場面を目撃し、そこから怒濤のようにとんでもない事件に巻き込まれていく。6つの章立てだが、それぞれの章に驚きがあり、途中からは次は誰だと予想しながら読むのが楽しい。次から次へと起こる事態が意外過ぎて途中からは笑いながら読むしかないような展開だが、それでいて全ての謎が最後に全部繋がり、しかもハッピーエンドという離れ業に唖然とさせられる。完全にエンタテイメントに徹した快作を堪能した。(「実は、拙者は。」 白蔵盈太、双葉文庫)
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ぶらり世界裁判放浪記 原口侑子

世界中でNPO活動を行なっている著者が訪れた国々で街を観察したり、裁判所を傍聴したりした経験を綴ったエッセイ集。訪れるまで名前を知らなかったという国にバックパックを担いで行ったり、言葉の分からない国の裁判を傍聴したりと、内容はかなり大胆。各国での裁判の傍聴では、裁判の内容や日本との法律の違いなどだけではなく、裁判所の建物の佇まい、裁判関係者の服装や態度などを観察するのだが、これが意外なほど様々なことを教えてくれる。著者の些細なことから本質を読み取る洞察力、観察力、それ以上にその背後にある行動力には脱帽だ。裁判所という社会の歪みとか問題が如実に現表れる場所だけにその内容は極めて重い。トルコでの裁判所を見学するまでの係員とのやりとり、ブラジルの裁判の完全公開など面白い記述も満載の楽しい一冊だった。また、かつて欧米の植民地だった国の司法制度が、欧米流の司法と現地の伝統的な規律の2層構造になっているという点について、日本でも司法の場や判決文で「社会通念に照らして」とか「社会的制裁を受けている」といった表現の中にそうした仕組みが内蔵されているとの指摘はとても面白かった。欲を言えば、訪問した国にアジアの国が少ないので、続編として「アジア編」を是非とも期待したい。(「ぶらり世界裁判放浪記」 原口侑子、幻冬社)は
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ドーナツを穴だけ残して食べる方法 大阪大学ショセキカプロジェクト

書評誌のノンフィクション特集で紹介されていた一冊で、発行されたのは5年ほど前。学生たちに書籍作成のプロデュースをさせる「ショセキカプロジェクト」という大阪大学の授業によって作られた書籍とのこと。学生たちの話し合いで「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」というテーマが決まり、大阪大学の先生たちにそのテーマで自由に執筆して欲しいという依頼をして集まった文章を集めたもの。内容は大まかに言って、この題名に関する話を比較的真正面から取り組んだ第1部と、題名とは殆ど無関係な内容の第2部からなっているが、特に印象的だったのは第2部の「公-共-私の問題を歴史的に考察した地域社会圏について」と「国家や個人の領有、所有の概念の変遷」などを扱ったエッセイ風の章。これらを含めいずれの文章も、学生からのよく言えば「哲学的な問い」、悪く言えば「一見洒落ているように聞こえるだけの問い」に対して、何とか答えてあげたいという教師側の親心が感じられて微笑ましかった。(「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」 大阪大学ショセキカプロジェクト、日経ビジネス人文庫)
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裁判官爆笑お言葉集 長嶺超輝

裁判官が判決文以外で補足した言葉を集めた一冊。題名に「爆笑」とあるが、内容は笑いとは程遠い裁判官が判決文の中で表現できなかった心情や被告人へ伝えたかったことを表す至って普通の言葉ばかりだ。人の一生を左右する判決をしなければならない人としての苦悩、法律が絶対ではないと思いつつもそれに従って結論を出す難しさがヒシヒシと伝わってきて、裁判官という職業の尊さを感じられる一冊だった。(「裁判官爆笑お言葉集」 長嶺超輝、幻冬社新書)
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