「ものとことば」一段落(1~13)
1 考えてみると、私たちはなんとまあ数え切れないほどたくさんのものに囲まれて生活していることか。
2 私が今向かっている机の上には、電気スタンド、タイプライター、灰皿、本、手紙、原稿用紙、ボールペン、消しゴム、ライター、鉛筆などが雑然と散らかっている。
3 引き出しを開ければ、ここには細かい文房具、画鋲、鋏、鍵、ホチキス、ナイフ、名刺の束など何十種類もの品物が、ぎっしりだ。
4 私が身につけているものだけでも、洋服、セーター、ネクタイ、ワイシャツ、靴下に始まって、眼鏡、腕時計、バンドなど、十指ではとうてい数え切れない。
5 この調子で、人間が作り出し、利用している製品の種類を考えてみると、見当もつかないほどの多岐にわたっていることがわかる。
6 また自然界には、何万という鳥類や動物の種類がいる。昆虫は何十万種とも言われるし、そのうえ膨大な数の植物がある。そして〈 これら 〉はすべて固有の名称を持っているのだ。
7 名前がついているのは、ものだけではない。物体の動き、人間の動作に始まって、心の動きなどという、微妙なことにも、いちいち〈 それ 〉を表すことばがある。事物の性質にも、いや事物と事物の関係にさえ、それを表す適切なことばが対応しているのだ。
8 こんな調子で、世界には、はたして何種類のもの(事物や対象)や、こと(動き、性質、関係など)が存在するのだろうかと考えてみると、気が遠くなるほどである。
9 しかもものやことの数、そしてそれに対応することばの数は、今述べたような事物や性質の数の、単なる総和にとどまらない。
10 たとえば自動車という一種類のものがある。ところがこれは、約二万個の部品からできている。それにいちいち名がついているのはもちろんである。ジェット機になれば、部品の数は一ケタ上がるという。さらに面倒なことに、これらの部品の一つ一つは、当然のことながら、いろいろな物質から成る材料からできていて、それも全部名前があるという具合に、どんどん細かくなっていく。
11 こんなふうに、〈 ものとことばは、互いに対応しながら人間を、その細かい網目の中に押し込んでいる 〉。名のないものはない。「〈 森羅万象には、すべてそれを表すことばがある 〉。」これが私たちの素朴な、そして確たる実感であろう。
12 この、ものがあれば必ずそれを呼ぶ名としてのことばがあるという考えと、同じくらいに疑いのないこととして、多くの人は、〈 「同じものが、国が違い言語が異なれば、全く違ったことばで呼ばれる。」〉という認識を持っている。犬という動物は、日本語では「イヌ」で、中国語では「狗」、英語でdog、フランス語でchien、ドイツ語ではHund 、ロシア語でсобака、トルコ語でköpekといった具合に、さまざまな形のことばで呼ばれる。
13 私たちが学校で外国語を勉強するときや、辞書を引いて、日本語のあることばは、外国語では何と言うのかを調べるときは、この〈 同じもの 〉が、言語が違えば別のことばで呼ばれるという、〈 一種の信念 〉とでもいうべき、大前提をふまえているのである。
1 身の回りにある「もの」
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234 具体例
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5 多岐にわたる製品
また【並立】
6 自然界にある「もの」
ではない【累加】
7 動き・性質・関係 「こと」
こんな調子で【一般化】
8 もの・こと … 無数に存在
↓
9 「もの・こと」の総和以上に「ことば」がある
10 ↓
11 b1「森羅万象には、すべてそれを表すことばがある。」
… 私たちの素朴な、確たる実感
12 b2「同じものが、国が違い言語が異なれば、全く違ったことばで呼ばれる。」
13 … 一種の信念とでもいうべき、大前提
Q1 一段落を二つに分ける場合は、どこで分ければいいか。
A1 1~11 と 12・13
Q2 「これら」の指示内容は何か。20字以内で記せ。
A2 自然界に存在する膨大な数の動植物。
Q3「それ」の指示内容は何か。3つ抜き出せ。
A3 物体の動き、人間の動作、心の動き。
「ものとことばは、互いに対応しながら人間を、その細かい網目の中に押し込んでいる」について
Q4「その」とはどの?
A4 ものとことばの
Q5「その細かい網目」とはどういうことの比喩か。
A5 ものとことばが無数に存在し、それが全てつながっている
Q6「押し込んでいる」とは、どういうことを表現しようとしているのか
A6 人間は、無数のものと、それを表すことばの世界の中にしかいられないということ。
「森羅万象には、すべてそれを表すことばがある」について
Q7「森羅万象」の意味を記せ。
A7 宇宙に存在するあらゆる物事。
Q8「森羅万象には、すべてそれを表すことばがある」とほぼ同じ内容の部分を25字以内で抜き出せ。
A8 ものがあれば必ずそれを呼ぶ名としてのことばがある
Q9「同じものが、国が違い言語が異なれば、全く違ったことばで呼ばれる」とほぼ同じ内容の部分を25字以内で抜き出せ。
A9 同じものが、言語が違えば別のことばで呼ばれる
Q10「同じもの」とあるが、なぜ傍点がついているのか、説明せよ。
A10 本当は「同じ」とは言えないことを表している。
Q11 「一種の信念」とあるが、「考え」ではなく「信念」と表現しているのはなぜか。60字以内で説明せよ。
A11 一般の人々が、同じものが、言語が違えば別のことばで呼ばれていると考え、何の疑いも持っていないことを表現するため。
Q12「言語が違えば別のことばで呼ばれるという信念」という場合と「言語が違えば別のことばで呼ばれるという考え」といった場合ではどうちがうか。
A12 「考え」はたんにそう考えているということ。
「信念」は、論理的に見直しはせずにそういうものだと思いこんでいる、というニュアンス。
概念 … おおまかな考え
観念 … 頭の中の考え
通念 … 一般的な考え
理念 … 理想とする考え cf 疑念・失念・断念・残念・執念