水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

「羅生門」の授業(9) 第4場面 主題

2015年06月30日 | 国語のお勉強(小説)

 

35 しばらく、死んだように倒れていた老婆が、死骸の中から、その裸の体を起こしたのは、それから間もなくのことである。老婆は、つぶやくような、うめくような声をたてながら、まだ燃えている火の光を頼りに、はしごの口まで、はっていった。そうして、そこから、短い白髪を逆さまにして、門の下をのぞき込んだ。
36 下人の行方は、だれも知らない。

 

Q35 「またたく間に急なはしごを夜の底へ駆け下りた」とあるが、下人が向かった世界が暗くおぞましいものであることを予感させる一文をから抜き出せ。
A35  外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである。

Q36 「羅生門」は何(誰)がどうなる(どうする)話ですか。
  (a)10字以内で記せ。
  (b)25字以内で記せ。
A36(a)下人が盗人になる話。
  (b)下人が羅生門で老婆と出会い盗人になる決心をする話。


 主人公 … 下人  羅生門 … 設定  老婆 … 対役  盗人になる … 物語


 主人公の心情を変化させうる重要な存在を「主役」に対して「対役」と言います。
 主人公が世間との関わりにおいてジレンマを抱え苦悩するのが近代小説だと最初に話しました。
 
    主人公 ←→ 世間

 「世間」側の代表として、対役が登場します。
 
   下人 … 生きるためとはいえ、悪事を行うことをためらう。
    ↑
    ↓
   老婆   … 生きるために手段を選ばない、悪を厭わない。

 では、この題材で、作者が書こうとした主題(テーマ)は何でしょうか。
 「羅生門」という設定をタイトルにしているところにカギはあります。
 タイトルが「下人」ではないのです。
 つまり「仮面ライダー」や「タイガーマスク」ではないということです(古いですか)。

Q37 「門」から連想する言葉を書き出しなさい。
A37 正門  狭き門  門番  門外不出  南大門  禁酒番屋  キエフの大門
   桜田門外の変  校門  赤門  白門  門前町  …

 どこかに向かうために通過しなければならないもの、越えなければならない境界に存在するのが「門」ですね。
 下人が越えなければならなかった境界は何でしょうか。
 飢え死にするかどうかの瀬戸際において、人は手段を選んでいる余裕はありません。
 食べなければ本当に死ぬ、という状況であったなら、下人はにきびを気にしていたでしょうか。
 悪事に手を染めるのがいやなら、草を食う、虫を食う、壁に塗り込められている藁を食うという行動に移るべきではないでしょうか。
 ところが、そうしなかったのは、人間的であったからというよりも、切羽詰まってなかったか、現実を直視できないタイプであったかでしょう。
 そういう意味で、下人は羅生門の下で観念を生きています。現実社会に踏み出していけないのです。
 そういう下人が、老婆と出会い、話をすることによって、目覚めるわけです。
 かっこつけてたら自分は生きて行けないぞ、と。
 人間が生きるための手段を、観念的な善や悪の基準で判定することはできない。
 ていうか生きること以上の善などないはずだと。

 昔、「学生運動」というムーブメントがありました。大学生の体育祭ではないですよ。
 今問題になっている安保法制のような政治に関わる大きな問題を日本が抱えていた時代のことです。
 当時の大学生達は、日本政府のやり方に抗議をしました。国会をとりかこんだり、大学を封鎖したりして、「自分たちの意見をきいてほしい」と声をあげました。
 政府のやっていることはおかしい、大企業(資本家)も許さない、下々の一人一人の暮らしがよくなるようにしろ! と叫ぶ若者たちの姿は、共感も集めました。
 同時に、その運動方針をめぐって学生たちの組織が対立したり、活動が先鋭化して犠牲者を出したりする事件も起こりました。
 学生運動が、学生達が望んだような結果を生むことなく、徐々にその火を小さくしていくと、「大企業をつぶせ」とシュプレヒコールをあげていた学生も、「大企業」に就職しました。
 変節というべきでしょうか。
 わしは、そうは思わぬぞよ。せねば飢え死にするのじゃて、しかたがなくしたことじゃわいの。

 人は観念だけで生きていくことはできません。
 寝るところがあって、着るものがあって、おまんまを食べて生きていきます。
 学生運動を経験し、その後何もなかったかにように就職し、後に「おれも若い頃はけっこうあばれたもんだ」と語るようなクソも、中にはいたでしょう。
 しかし多くの若者たちは、理想と現実社会とのギャップに悩み、忸怩たる思いで生活の糧を見つけ、このおどろおどろしい娑婆の世界を生きていこうとしたのです。
 観念の世界に生きていた下人が、現実世界の在りように気づき、生きる決心をしたということは、「成長」したのです。
 成長するために通らなければならないものの象徴として「門」が描かれています。
 平安時代「羅城門」(城壁の門という意味)と呼ばれていた門の名称を、あえて「羅生門」と作者が変えたのは「網目のようにあらゆるものが生きる世界への門」という気持ちがこめられているのではないでしょうか。
 
 若者が、社会の一員となるために通らなければならない試練を、通過儀礼(イニシエーション)といいます。 
 ある部族のバンジージャンプなどが典型的なものです。
 いまの日本では、受験、就職活動がその役割を果たしていると思います。
 就活で面接を受けたりしていると、「老婆」のような存在に出会うこともあるみたいですよ。
 そこを乗り越えて、黒洞々たる世界を、したたかに生きていくしかないのでしょうね。

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上半期終了

2015年06月30日 | 演奏会・映画など

 

 今日で2015年も半分終わり。怒濤だった。一日や一週間はけっこう長いのに、半年はあっという間だ。
 講習も添削もない一年生は、試験さえ作ってしまえば、試験前はけっこうヒマなことに昨日気づき、これ幸いと勤務時間の終了とともに学校を出、「ストレイヤーズクロニクル」を観、その後本屋さんにも行けるくらい時間があった。帰宅して『俺物語9』を読み始めたら、話を忘れていたので一端措いて、まず8巻から読んでたら、砂のお姉さんメインのくだりで号泣してしまった。
 「ストレイヤーズクロニクル」は、原作の方は泣けるくらい楽しんだ記憶がある。
 映画の方は、ちょっと頑張りすぎたのではないだろうか。原作の膨大な設定を、どれも大事にしすぎて、全体として「ずうっとメゾフォルテの演奏」的に感じたのが正直なところだ。でも、岡田将生、染谷翔太、成海璃子、黒島結菜という、今後の邦画をしょって立つ若者たちの立ち居振る舞いを、南古谷ウニクスの1番スクリーン(412席)の大画面で、自分ふくめ3人のお客さんと楽しむという贅沢な機会をいただけてよかった。
 ということで、今年前半に観た洋画ベスト3は、「あと1㎝の恋」「バードマン」「イミテーションゲーム」が圧倒的。邦画では「幕が上がる」「ビリギャル」「トイレのピエタ」。なんか若者の作品ばっかだ。
 「海街Diary」は、生涯のベスト級なので別枠にしておきたい。

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コピー取り

2015年06月29日 | 学年だよりなど

 

  学年だより「コピー取り」

 

 コピー取りには初級・中級・上級の三段階がある。


 ~  「コピー初級」は、機械の操作をただ単に知っているだけ。他人に聞かなくてもとりあえずコピーを取れる段階。「コピー中級」は、たとえば、10枚のコピーをするとき、最初の一枚目を刷って、紙の傾き、文字や写真の濃度を確かめてそれから残りの9枚を取れる人。最初から「10」枚の数字を入力して刷る人はまだ初級です。「コピー上級」は、ちょっとした上司の依頼の紙にも(時間をかけずに)目を通し、「この人はこんな文章を書くんだ」とか「こんなことがいま会社で話題になっているんだ」というように、内容についての関心を持ちながら印刷できる人。場合によっては、書類の不備(誤字や脱字も含めて)を指摘することもできる人。私は、コピー能力をこのように三段階に分けて評価しています。
 これは、私が頭の中で勝手に考えた三段階ではありません。世の中には、実際にコピーを頼んだら、同じ「単純な」仕事を頼んでも、このようにはっきりと違う仕方で仕事をこなす人がいるのです。この三段階は、実際に私が出会った人たちの三段階です。
 一見、単純に見えるコピー作業の中にも、考え始めるときりがない仕事の諸段階が潜んでいます。単純な仕事を単純にしかこなせない人は、いつまで経っても単純な仕事しか与えられません。
だから、「コピー上級」の人になれば、会社は、こんな人にコピーを取らせ続けるのは失礼だし、もったいないと逆に思い始めます。そのようにして、コピー上級の人は“出世”をしていくわけです。 (芦田宏直『努力する人間になってはいけない』ロゼッタストーン) ~


 コンビニのレジで、入力が素早くて袋詰めの的確な店員さんを見ることもあれば、普通に動いていながらどことなくぎこちない人もいる。通常のレジ通し以外の、たとえばライブのチケットの発券とかを頼むとテンパってしまう方もいれば、棚だししながらも常にお客さんの様子をうかがい、さっとレジにもどってくる人もいる。
 そういう違いは皆さんも感じることがあるのではないだろうか。
 どんな単純な仕事も、初級・中級・上級のレベルが存在する。
 授業を受けるという高度に知的な作業においては、そのレベルが一層何段階にも分かれていることは言うまでもない。
 たとえばノートひとつとっても、板書をそのまま写すだけの段階、もらったプリントを適当な場所に貼って整理できる段階、色分けやレベル分けの工夫ができる段階、自分の疑問点や思いついたことをメモできる段階など様々に分かれ、そのレベルによって復習の精度にも差が生まれる。
 学問以前の「勉強」段階においては、ちょっとした単純作業を初級・中級・上級のどれで取り組んでいるか、そのだんどりの質によって出来不出来は決まる。
 就職においては学歴が一つの重要な要素であることを、みんなも知っていると思うが、それは「偏差値的学力」そのものが求められているのではなく、その学力を身につけるに至った「だんどり力」が見られていると考えるべきだ。

 

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「羅生門」の授業(8) 第3場面 象徴

2015年06月29日 | 国語のお勉強(小説)

 

28「なるほどな、死人の髪の毛を抜くということは、なんぼう悪いことかもしれぬ。じゃが、ここにいる死人どもは、みな、そのくらいなことを、されてもいい人間ばかりだぞよ。現に、わしが今、髪を抜いた女などはな、蛇を四寸ばかりずつに切って干したのを、干し魚だと言うて、太刀帯の陣へ売りに往んだわ。疫病にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいたことであろ。それもよ、この女の売る干し魚は、味がよいと言うて、太刀帯どもが、欠かさず菜料に買っていたそうな。わしは、この女のしたことが悪いとは思うていぬ。せねば、飢え死にをするのじゃて、しかたがなくしたことであろ。されば、今また、わしのしていたことも悪いこととは思わぬぞよ。これとてもやはりせねば、飢え死にをするじゃて、しかたがなくすることじゃわいの。じゃて、そのしかたがないことを、よく知っていたこの女は、おおかたわしのすることも大目に見てくれるであろ。」
29 老婆は、だいたいこんな意味のことを言った。
30 下人は、太刀を鞘に収めて、その太刀の柄を左の手で押さえながら、冷然として、この話を聞いていた。もちろん、右の手では、赤くほおにうみを持った大きなにきびを気にしながら、聞いているのである。しかし、これを聞いているうちに、下人の心には、ある勇気が生まれてきた。それは、さっき門の下で、この男には欠けていた勇気である。そうして、またさっきこの門の上へ上がって、この老婆を捕らえたときの勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気である。下人は、飢え死にをするか盗人になるかに、迷わなかったばかりではない。そのときの、この男の心持ちから言えば、飢え死になどということは、ほとんど、考えることさえできないほど、意識の外に追い出されていた。
31 「きっと、そうか。」
32 老婆の話が終わると、下人はあざけるような声で念を押した。そうして、一足前へ出ると、不意に右の手をにきびから離して、老婆の襟髪をつかみながら、かみつくようにこう言った。
33 「では、おれが引はぎをしようと恨むまいな。おれもそうしなければ、飢え死にをする体なのだ。」
34 下人は、すばやく、老婆の着物をはぎ取った。それから、足にしがみつこうとする老婆を、手荒く死骸の上へ蹴倒した。はしごの口までは、わずかに五歩を数えるばかりである。下人は、はぎ取った檜皮色の着物をわきに抱えて、またたく間に急なはしごを夜の底へ駆け下りた。


Q30「わしは、この女のしたことが悪いとは思うていぬ」について
  (a)「この女」とは誰か。(10字程度)
  (b)「この女のしたこと」とは何か。(20字程度)
  (c)「悪いとは思うていぬ」のはなぜか。(30字以内)
A30(a)老婆が髪を抜いていた女
  (b)干した蛇を干し魚と偽って売っていたこと。
  (c)女の行いは自分が飢え死にしないために仕方なくした悪事だから。


事件 老婆の考え方(論理)を知る
     ↓  老婆の論理 … 命を守るためには悪も許される
心情 「ある勇気」がめばえる
     ∥
   門の下で、この男には欠けていた勇気
     ↑
     ↓
   この老婆を捕らえたときの勇気
     ↓
行動 「きっと、そうか」嘲るような声で念を押す
   にきびから手を離す
     ↓
   老婆の着物をはぎ取る

Q31 「老婆を捕らえたときの勇気」とはどんな勇気か。
A31 あらゆる悪に敢然と立ち向かおうとする勇気。

Q32 「反対な方向」とはどういう方向か。
A32 悪を積極的に肯定する方向。

Q33 「不意に右の手をにきびから離して」とあるが、このときの下人の心情を50字以内で説明せよ。
A33 生きるための悪は仕方 ないと言う老婆の話を
   聞き、盗人になる勇気 がめばえ、行動に移る
   決心がついた状態。

Q34 「右の手をにきびから離して」の表現効果について40字以内で説明せよ。
A34 下人が人間的なこだわりを捨て、盗人になって生きる決意をしたことを象徴的に表す。


 「水の東西」で勉強したように、抽象概念を具体物に置き換えて、感覚的に理解させようとする表現を「象徴」といいます。
 「にきび」は何の象徴だったでしょうか。にきびそのものは下人の若さを表し、にきびを気にするという外見を気にする行為は、きわめて人間的な下人の様子を表しました。このままでは飢え死にするという自分が置かれた状況を、本気では理解していないことの象徴とも言えるでしょう。
 小説では、物だけでなく、人間の行動も象徴となります。


 腕組みをした  小さく首をかしげた  胸をはった  口をとがらせた
 ぴたりとそこへ立ち止まった  えい、えいと大声あげて自身をしかりながら走った


 「海街Daiary」に、末っ子のすず(広瀬すず)が、シャワーのあとに縁側に出て、タオルをがばっと広げて扇風機にあたるシーンがあります。
 一瞬でいいから前から撮ってよ! と全国でおよそ二千万人のおっさんが叫んだシーンですが、もちろん単なるサービスカットではありません。
 鎌倉の家に来てすぐ、思い悩んだような顔をしてお風呂に入っていた前半のシーンとセットになっていて、すずがこの新しい家とお姉ちゃんたちとの暮らしに、どれほどなじんだかを一瞬で表す鮮やかなカットです。

 「にきび」から「手を離す」という行動(具体)は、下人がうじうじと悩んでいたことから自由になり、思い切った行動にでる瞬間の心情(抽象)を端的に表しています。

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第21話

2015年06月28日 | おすすめの本・CD

 

 橘あきらさんの高校では二年生で「羅生門」をやるのか … (「恋は雨上がりのように」)。
 でも「羅生門」の補習授業って、そこまでして教えることってあるのかな。
 その流れから橘さんがにきびを気にしているシーンに移るのは上手い。
 バイトの休憩時間に補習プリントを机に置いて、バイト仲間にもらったにきび薬を塗っている時、店長が入ってくる。
 「夏休みの宿題、もうやってるの? えらいなあ」と言う店長に、「補習 … 」と答えるあきら。
 「羅生門」のプリントが完成できないと聞いた店長は、突然「一人の下人が羅生門の下で雨やみを待っていた」と暗誦し始める。
 どうした、近藤さん。しかも、「あなたは、下人のとった行動をどう思いますか?」というプリントの問題を見て、「これは悪問だ」とつぶやく。


 ~ 国語は算数と違って答えがないってよく言われるけど
   それは問題が悪いんだよ。
   正しい問題は、ちゃんと論理的にひとつの答えを導き出せるように作られているからね。~


 どうした、近藤店長。
 ひょっとして中堅私大の文学部で国語の免許も一応取りました、的な設定なのだろうか。
 言ってることはまっとうだ。
 ちゃんとした問題には答えがある。
 ファミレスの店長でさえ知ってることを、なぜ理解できない国語教育の研究者がいるのだろう。

 老婆と出会って、下人にはある勇気が生まれてくる。
 それまで「悪」と思っていたことが、生きるために「善」になったのかな? …

 近藤が言うと

 「店長はどう思いますか?」とあきらが尋ねる。
 「店長が下人だったら、同じように盗人になりますか?」と。

 さっき薬を塗っていたのを見られて恥ずかしがった時の表情とはちがう。
 挑むような目で聞いてくるあきらに

「俺は … 。たぶんならないな。
 この年になると、小さく生きていく癖がついてるし、波風は立てたくない」

 目をそらしながら答える。
 「月刊スピリッツ」の対象読者層に、このやりとりのゾクゾク感は伝わるのだろうか。
 
「下人のニキビは若さの象徴」と続ける言葉に、少しほおを赤らめるあきら。

「俺はもう、ニキビすらできないただのオッサンだからさ」

 あきらに言っているのか、自分に言い聞かせているのか。

 最後のページ。あの薬でニキビ治ったよ、ありがとうというあきらを描く。
 次のコマでは、「え? ニキビできた」と鏡を見る店長の顔。
 「下人の勇気が、彼の人生にプラスになればいいと思います」と感想の書かれた補習プリント。

 象徴とサブテキストがちりばめられた、見事としかいいようにない一編だ。

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恋はデジャ・ブ(3)

2015年06月27日 | 学年だよりなど

 

    学年だより「恋はデジャ・ブ(3)」


 同じ日を繰り返すうちに、仕事仲間であるリタに対する思いが芽生えていた。
 フィルは作戦を講じる。リタの趣味や好みや将来の夢を聞き出して、お酒に誘っては意気投合し、部屋に誘う。失敗したら、また繰り返せばいい。
 徐々にうまくいきかけるのだが、つい元々の自分勝手な自分が顔を出してしまう。
 「あなたは結局自分のことしか考えていないのよ」パシッ!(ビンタの音)とリタに拒否され続ける。そして2月2日が繰り返される … 。
 リタを口説き落とす作戦も失敗し続けるうちに、同じ日を生きることにいい加減飽きてきた。
 ベッドの横の目覚まし時計を壊してみても、祭りのグラウンドホッグ(土もぐら)をさらって町からの脱出を試みても、その勢いで車ごと谷底へ落ちても、気がつくと2月2日の朝になっている。
 フィルが、ボーリング場で地元の男2人と酒を飲みかわすシーンに、印象的なセリフがある。


  ~ フィル「あの日だったら何度繰り返してもいいのに、何故こんな最悪な日なんだ」
     男1「このビールがもう半分しか残っていないと考えるか、まだ半分あると考えるか、
       お前は前者なんだよ」
    フィル「どこへも抜け出せず、毎日が同じことの繰り返しならどうする?」
     男2「俺は … 毎日、そういう暮らしだよ」                    ~


 暴飲暴食、犯罪、女、自殺 … 。何をしてもループ脱出が不可能なことを知ったフィルは、無尽蔵な時間を利用してピアノを習い始める。
 楽器が弾ける人が好きとリタが言ってたことを思い出したからだ。
 彼女が好きだと言っていたフランス語も学び始め、古典を読むようになる。
 氷の彫刻を彫る技術を身につけていく。
  何ひとつ変わらない日々が繰り返されるなかで、フィル自身は少しずつ成長していった。
 リタに対する接し方もおだやかなものになる。
 街の人々が起こす事故やトラブルも、ベストタイミングで現れて、それを救うようになる。
 街のどこで、誰が、どんなトラブルを起こすかは、もうすべて頭に入っていたのだ。
 勉強と人助けがルーティンになると、彼に対する、周囲の人たちの態度も当然変わってくる。
 元々は有名人を鼻に掛けた傲慢な男だったフィルが、いつしか街の人々に溶け込み愛される存在になっていった。
 この街に来る前にリタが把握していたフィルの人柄と、目の前のフィルは全く違っていた。
 フィルの何百日間は、リタにとっては一日だ。
 一年に一回しか来てない街の人々が、なぜ彼をそこまで慕っているのか。
 リタは不思議な思いでフィルを見つめながら、彼に対する気持ちが芽生えるの意識していた。
 街のパーティの後、2人で行った公園で、彼は彼女の顔を雪に彫る。「素敵 … 」リタが呟く。
「明日どうなろうと未来がどうなろうと、今が幸せだ」フィルが答える。
 歩み寄り抱き合う二人を包むように雪が舞い始める。

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風待ちであひませう

2015年06月26日 | おすすめの本・CD

 

 松本隆45周年CD「風街であひませう」には、初回限定で役者さんたちの朗読CDがつくとあったので、すぐに予約してあったのが届いた。
 本編のトリビュートアルバム(「風街でうたう」)ももちろんいい。久しぶりにEGO-WRAPPIN'E中納良恵さんの歌声も聴いた(探偵物語)し、YUKIさんの「卒業」もいい。
 でも、是枝監督監修のボーナスディスクはすごい。
 こんな内容。


 ボーナスディスク「風街でよむ」ディレクター:是枝裕和
 1 斎藤工「キャンディ」
 2 宮あおい「夏色のおもいで」
 3 東出昌大「言葉」
 4 夏帆「蒼いフォトグラフ」
 5 山田孝之「はーばーらいと」
 6 井浦新「瑠璃色の地球」
 7 加瀬亮「夏なんです」
 8 有村架純「魔女」
 9 広瀬すず「初戀」
 10 中川翔子「レモネードの夏」
 11 太田裕美「外は白い雪の夜」
 12 永山絢斗「空いろのくれよん」
 13 小泉今日子「哀しみのボート」
 14 斉藤由貴「卒業」
 15 リリー・フランキー「瞳はダイアモンド」
 16 薬師丸ひろ子「あなたを・もっと・知りたくて」
 17 松本隆「風をあつめて」


 歌詞の力がひょっとしたら歌以上にダイレクトに伝わってくる。
 太田裕美さんやキョンキョンには歌ってほしいと思ったけど、斉藤由貴「卒業」は、朗読によってすごみをました。もちろん、楽曲は好きだったし、和歌で縁語を教えるときには歌詞を紹介しながら、教室で歌う。
 まさか、朗読がこんなに心にせまるものになるいとは予想外だった。
 もうアラフィフだよね、斉藤さん。
 現役女子高生の声と言ってもいい声質で語りかけてくるのだが、言葉そのものは重い。
 高校卒業を迎えた子が、そのときのせつなさをその時の声で歌ったので、名曲「卒業」だったとするなら、この朗読にはやはり、その後の視点が入っている。昔の自分を俯瞰する別時間の自分がいて、そこから昔の自分に入り込んで言葉が発せられている。まわりくどい説明だけど。
 立体感ていうのか、こういうの。商売柄、名だたる俳優、アナウンサーの方々の朗読CDをけっこう聴いてはきたが、ここまですごみを感じたのははじめてだった。
 あとね、「あなたを・もっと・知りたくて」は、詞の意味がわからなくて、ただひたすら怖くなった。
 それとね、広瀬すずちゃん … 。

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試験前

2015年06月25日 | 日々のあれこれ

 

 一限目のあと営業活動。大会やら抽選会でなかなか回り切れてなかった、いくつかの中学校さんを訪れる。
 さらっと説明してパンフおいて失礼しよう、さくさく回ってしまおうと思っているときにかぎって、フレンドリーな先生が応対してくれて、「東高さん、のってますよね」「いやあ、生徒も教員も一杯一杯ですけど、がんばってます」などと会話する。ありがたいことだ。
 車中で聞くNack5の池辺愛さん「MONAKA」で「図書館の物語」というお題の投稿が紹介されていた。

 投稿者のAさんが(ラジオネーム忘れた)、仲良しのBさんといつも図書館で勉強していた。
 そこにクラスメイトのY君が加わるようになる。
 AさんはY君をひそかにいいなと思ってたのでうれしかった。
 ある日、Aさんは、「今日は二人で会えないか」とY君に言われる。
 「キターーーッ!」ついに告られるのか。
 Bさんに声をかけず一人で図書館にいくと、Y君が待っていた。
 「なあ、A。」
 「な、何?」
 「おれさ、Bが好きなんだけど、仲をとりもってくれないか」
 「 … 」

 ありがちな話ではあるが、自分のいいようにしか考えてなかったAさんの気持ちがいたいほどわかって切なかった。 
 その後、Aさんの取りなしもあってつきあい始めたY君とBさんは、近々結婚することになったという。
 そして、その披露宴の司会をAさんが頼まれて、受諾したという話だ。
 「内心、いまだにふっきれたわけじゃないけど、断れないし、自分のできる祝福をしてあげたい」という言葉に、泣けた。営業途中になぜ泣く?
 図書館の話からはけっこう年数経ってるよね。
 司会を頼まれるほどに、Bさんとの友人関係が続いているのだろうが、Y君の存在があるからこそBさんとも続いてたんじゃないかな。つらいね。いつでも連絡しておいで。

 学校にもどり午後漢文2コマ。試験前最後の練習は個人練、パート練習、野球応援曲を少し。
 すぐに上福岡スマイル歯科にいき定期検診をし、新河岸に車を置いて朝霞台へ。男祭りの打ち合わせというおっさん会に参加、そろそろお開きにと言いかけたとき、バイト上がりの娘からお迎え要請ラインがきて、急いで電車に乗る。同じ車両の二席離れたとこにいたにも関わらず、降りる瞬間までお互い(たぶん)気づかなかった。

 

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抽選結果

2015年06月24日 | 日々のあれこれ

 

  コンクールA部門の抽選結果をみて、二日目は大変だ、「死の組」だとの声が多々ある。
 つまり、一日目はたいしたことがないということか。悪かったね、たいしたことなくて。
 ここ数年の実績からは何を言われてもしかたないと思いながら調べてみると、昨年県大会以上に進んだ団体数が、一日目は7校、二日目は9校。
 言うほど大きな差はないし、他校と比較してどうこう言う問題ではないうちにとって、ささいな違いだ。
 でも、よかった。初日で。
 初めてA部門に出場した年も、そこそこ偏ってて、抽選の後、いつも気に掛けてくださる大先輩が「よかったね」と言ってくれたのだが、「関係ないですよ」的にかっこつけて答えてしまった記憶がある。
 かるく県に行ったけどね、その年は。Aの怖さを知るのはしばらく後である。
 正しいトレーニングを積むなら、高校スタートのハンデはたしたことないと思っていたし、一面は正しいと今も思うけど、正しく成長するメンバーを50人そろえるのは、やはり難しかった。
 Aに出始めたころより部員数が減った昨今は、実質オーディションさえしていない。
 上級生はみな先発メンバーで、初心者でもセンスのいい一年はどんどん入れる。
 5年6年の経験を積んでいても、メンバーに入れない例もあると聞く実力校とは当然差がある。
 でも(だからかな)、そんな学校さんに、どれくらい立ち向かえるかを試すのは、結果負けることも多い(ほぼか … )けど、実は快感だ。そんな経験ができることを感謝しないといけないと思う。

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抽選会

2015年06月23日 | 日々のあれこれ

コンクール抽選会に行ってきました。

 8月4日(A部門一日目)9番 13:15に演奏します!

  星野高校さんの次の次です。

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