エッセイ 谷川岳の珈琲(2) 課題【欲しい・飽きる】 2017/9/2
土が雨に流された道は、ごつごつして歩きにくい。
沢の水が音を立てて流れている。
一寸した平地に出た所で、安藤さんは小さなテントを立てた。
そしてザックの中からコンロを出し、汲んだ沢水でお湯を沸かし、約束の「谷川岳の珈琲」を作り、カップに取り分けた。
テントの中は狭く、寄り添ってしゃがんだ。
帽子をとると、三人とも濡れた髪が顔に張りつき、化粧の落ちた顔が可笑しいと、長い時間笑った覚えがある。
帰り道は、だだっ広いまっすぐな道路が続き、たまに材木を積んだトラックが通る、誰とも会わない道だった。
そういう所だから、勿論トイレは無い。
林さんは我慢が出来ないと言った。
隠れる窪みも見当たらない。仕方がないので道の端に傘を広げて用を済ませた。
私の番になり同じようにしたが、二人に見られてるような気がしてうまくいかない。
トラックが来ることも心配だった。
「じゃあ三人の傘で囲ってあげる、車が見えたらすぐに知らせるから」と言って先に歩いて行った。
山では、男性が用を足すために列を離れる時は、「雉を打ちにいく」、女性は「お花を摘みにいく」と言うのだと安藤さんは教えてくれた。
彼女は駅までの道を歩きながら、山岳会のこと、次に行く山の事、仲間内のあれこれや、費用の事などを話した。
私と林さんは「くたびれないの」「寒くはないの」、「お風呂はどうするの」などと、たわいのない質問をした。
以前は囁くように話し、すぐに弱気になっていた安藤さんとは見違えるようだった。
すっかり、何か、自信を掴んだらしかった。
私と林さんは相も変わらず、仲間内だけで、強気なことを言っているだけのような気がした。