寮管理人の呟き

偏屈な管理人が感じたことをストレートに表現する場所です。

呉市の音戸漁協前を通過

2012年08月31日 | 
国道487号の東には緑色の海が広がっている。私は海さえ眺めていれば機嫌のいい男で毎年夏から秋にかけて近場の港町(思想的に暑苦しくない所)を旅する。

音戸漁協(呉市音戸町北隠渡1丁目12-4)

漁港に浮かぶ小船を横目に北へ進むと音戸漁協がある。あまりの静けさゆえに時間が止まっているかのような錯覚に陥りそうだ。

元禄のホーロー看板が残る高山薬店

私は音戸町鰯浜2丁目の高山薬店の前で立ち止まった。2階のホーロー看板の絵柄がお武家さんである。実は少し前に福山市鞆町で同じものを見ていた。

志らが染(=白髪染め)元禄は製薬会社の水野甘苦堂が大正10年(1921)に発売した商品で大ヒットとなる。水野甘苦堂は昭和39年(1964)にホーユー株式会社に社名を変更した。ビゲンヘアカラー製造元と言えば誰もが知っている筈だ。

水野甘苦堂の大ヒット商品・白髪染め「元禄」

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ネブト(テンジグダイ)の天ぷらの作り方

2012年08月31日 | 家飯
頭と内臓を取り除いたネブト(黄色の真子は残す)を出刃包丁を使って骨ごと叩き潰す。当然長く叩くほど小骨が気にならなくなるが、ガス天の類はあのジャリジャリ感が命なのでやり過ぎないように注意する。

ネブトのたたき

原料をすり鉢に移す

叩いたネブトをすり鉢に移し塩と卵白(膨張効果あり)を加えすりこ木であたる。原料が均一に混ざってすり身が団子状になればOKである。

味付けすり身の完成

種の整形

すり身にささがきごぼうを入れて種は完成。両手にサラダ油を塗って円盤状に整形し平皿に取る。

種をサラダ油で揚げる

天ぷらを引き揚げる際の目安は種が膨らんでバチバチという金属音が聞こえてきた時である。天ぷらは熱々が一番美味い。(澱粉などの)つなぎを使用していないため素材の味が前面に出て歯を押し返すような弾力がある。雑魚の有効利用を考えた先人に敬意を表したい。

自家製ネブト天

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呉市の音戸旧道なつかし通りを歩く(その5)

2012年08月30日 | 
北隠渡1丁目に入る。隠渡(おんど)の地名は海賊に見つからないように海を渡ることに由来すると言う。袖壁を有する家の前で一服した。音戸は丸ポストがよく似合う町だと思う。

音戸町北隠渡1丁目の正覚寺

正覚寺と書かれた小さな表札

ポストのほど近くに正覚寺があり、寺の遥か上に音戸高校が建っている。私は更に南に歩を進めた。この界隈で唯一の銭湯になった地蔵湯ができるだけ長く存続することを願った。

音戸町北隠渡1丁目の地蔵湯(左)と平本酒店(右)

北隠渡2丁目4で大きな「あいさつ道路」の看板を見つけた。その隣には毛利家と関係の深い法専寺での報恩講法座に関する貼り紙があった。

あいさつ道路の看板(音戸町北隠渡2丁目4)

青木薬店を確認し辻を左折。東へ向かい国道487号を目指す。理容ニューヨークの前で時計を見た私は「少し時間が余ったか。珍しいこともあるもんだ」と言って汗を拭いた。

理容ニューヨーク(音戸町北隠渡2丁目2-15)

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ネブトという瀬戸内の小魚

2012年08月30日 | 食材
ネブト(正式名称はテンジクダイ)は瀬戸内海で獲れる小骨の多い雑魚である。備後人には暑い夏の食材として認識され隠れた人気がある。

龍馬ゆかりの地鞆の浦食べ歩きグルメマップよりネブトの解説を引用

ネブトは耳石を含む頭を刎ねて内臓を抜き水洗いしてから使用する(最近はこの状態でも売られている。今回歩留まりを調べたところ約60%だった)のが一般的で、小麦粉を塗して油で揚げたりする。鞆町の平(ひら)地区では5月頃にネブトのつみれと野菜を出汁で煮て食べていたと母が話していたが、小鍋立てもおすすめだ。

頭と内臓を取り除いて水洗いしたネブト

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呉市の音戸旧道なつかし通りを歩く(その4)

2012年08月29日 | 
呉市音戸町鰯浜2丁目7-24が旧桜湯(銭湯)である。近くにいた奥さんと立ち話をして銭湯が平成23年(2011)秋に廃業したことを知った。「私は所謂データオタクではありませんが、この銭湯には入ってみたかったですねー」と言うと彼女は大笑いした。

旧桜湯のレトロな門構え

銭湯の廃業は島の生活が大きく変化したことを物語っている。内風呂が増えて経営難に陥るのは都市部だけの話ではないのである。昭和62年(1987)、広島市中区には多くの銭湯があったが、大学移転が進行した10年後には相当数が減っていたことを思い出す。私などは賑やかな銭湯に通った最後の世代だろう。昭和という時代は遠くなったと感じる今日この頃だ。

2011年に廃業した桜湯

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切り干し大根と油揚げの煮物

2012年08月29日 | 家飯
千切りにした大根を天日で干して保存性を高めた食品が切り干し大根である。食物繊維が多いので未だにそれなりの人気を保っている。切り干し大根は水で戻し(細切りタイプであれば3分程度)てから使う。

切り干し大根だけだと淡白なので短冊に切った油揚げと一緒に出汁で炊く。味醂でほんのり甘みをつけた薄味の惣菜は日本酒のアテにもなる。切り干し大根は今一度見直したい食材だ。

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呉市の音戸旧道なつかし通りを歩く(その3)

2012年08月28日 | 
緑のカーテンに覆われた木造家屋の斜向かいが河野診療所(音戸町鰯浜2丁目-31)。ユニークな造りの白い建物から少し進むとプロパンガスボンベがたくさん置いてある店がある。

音戸てんぷら製造元・橋本商店(音戸町鰯浜2丁目6-29)

住所表示を見て昭和11年(1936)創業の橋本商店(看板は出ていない)だと悟った。倉橋島在住で音戸てんぷら製造元を知らぬ者は多分いないだろう。地元の新鮮な魚を原料に使用したてんぷら(魚肉練り製品の揚げ物)は週に3日のみの製造である。

幻の音戸てんぷらをつまみ至福の表情で缶ビールを飲んでいる自分を一瞬想像せずにはいられなかった。私は畳屋の前を通過し隠れた名所の一つに近づいていた。

金平製畳所(音戸町鰯浜2丁目7-20)

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ミニトマト入りジェノベーゼ

2012年08月28日 | 家飯
甘みの強い物と少しほろ苦い物との相性はいいので半割にしたミニトマトをたっぷりとジェノベーゼにのせた。全く火を入れないパスタソースは薫り高く赤が映えて一層食欲をそそる。バジルは9月の終わり頃まで収穫できそうなので今のうちにしっかりと味わっておきたい。

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呉市の音戸旧道なつかし通りを歩く(その2)

2012年08月27日 | 
ピンクの洋館は現在宮原製網の事務所(音戸町鰯浜2丁目2-28)になっている。元々は呉銀行の音戸支店として建てられたものである。商店を過ぎた辺りでお母さん方が四方山話をしていた。街では見かけることが少なくなった光景だ。

音戸町鰯浜2丁目の商店

せとぎん会館の先(駐車場隣)に大きな木造建築が残っていた。鰯浜にはこのような大きな窓を有した家が数多くあることに気づいた。

緑のカーテンに覆われた家(音戸町鰯浜2丁目4-12)

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年に何度か食べたくなるカップヌードル

2012年08月27日 | 家飯
ロングセラーを続ける日清食品のカップヌードル。熱湯を注いで3分待つという調理方法は今やスタンダードである。元祖カップ麺が広く受け入れられた最大の要因は飽きのこない味にあるのだろう。旨味・香辛料過多では現在の地位を築くことはできなかったと私は思う。

お湯を注いで蓋をして3分後

出来上がったヌードルに刻みねぎと黒コショウを加えて食べるのが私なりのひと工夫。これであっさりした中華そば風となるから面白い。遊び心がインスタント食品のグレードアップに繋がる一例として紹介しておく。

刻みねぎと黒コショウを加えるとワンランク上の味に

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呉市の音戸旧道なつかし通りを歩く(その1)

2012年08月26日 | 
遊廓跡地を抜け音戸旧道なつかし通りに出る。現在のバス通りができるまではこちらがメインストリートで大層賑わっていたらしい。佐藤歯科の対面に建つ家(元喫茶店)に「城谷木彫刻作業場(音戸町鰯浜1丁目7-18)」の看板が掛かっている。

音戸町鰯浜1丁目の城谷木彫刻作業場

私は辻を右折して西へ進んだ。旧道には目を引く建物が並び昭和の雰囲気を堪能できる。建築工学を研究する者にとっては最高の学び場だ。

音戸町鰯浜1丁目の木戸理容院

書店前に位置するタイル貼りの床屋。そして「ピンクの洋館」と呼ばれる巨大なコンクリート建築。このようにスケールの違いを間近で見られる観光地は珍しい。

音戸町鰯浜2丁目のピンクの洋館

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広島東洋カープが勝率5割復帰

2012年08月25日 | 日記
カープが最後に優勝したのが平成3年(1991)。そろそろ平和大通りでのパレードを見たいと願う人は多いはずだ。3連勝で勝率5割に戻したカープは現在3位。このまま好調を維持できればクライマックスシリーズ進出は可能だろう。広島を活気づけるためにもぜひ頑張ってもらいたい。

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種なしぶどう・ニューベリーA

2012年08月25日 | 食材
私は1年のうちで秋が最も好きである。年々秋が短くなっているが、食材が美味しくなる時期であることに変わりはない。秋の果物では梨と並んでぶどうが有名だ。

幼い頃はデラウェアとニューベリーAが主流だった。粒が大きくて甘い後者は手頃な価格なので今でもよく食べる。

ニューベリーAはベリーAをジベレリン処理したものだが、現在の気象条件(湿度)では糖度を落とさずに完全に種なしにするのは非常に難しいらしい。ぶどう栽培の苦労話を知ると生産者と食材への感謝の念が増す。

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PPバンドを使って小イワシの刺身を作る

2012年08月24日 | 食材
以前秘密のケンミンショーで広島の人間がいとも簡単に小イワシ(=カタクチイワシ)を刺身にすることを採り上げていた。PPバンドを輪ゴムで止めて即席ピーラーにしてイワシの身をそぎ取るのだ。

確かに少し練習すれば素人でも十分マスターできる技である。刺身用の小イワシを買ってきて自分で調理すれば小料理屋の3分の1から4分の1の値段で食べられる。水洗いで適度に脂を落とした刺身はさっぱりとしてなかなかイケる(岩屋で獲れた冬の鯛には到底敵わないが)

小イワシの刺身

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呉市音戸町遊廓跡に残る紀念碑

2012年08月23日 | 
「きょうごく」の角を曲がり細い坂道を下る。老人の指摘通り建設会社の人間が数人集まって工事の段取りについて話しているようだった。私は目礼を交わし南の方角へ向かった。

音戸町引地1丁目から音戸町鰯浜1丁目に向かう下り坂

かつて遊廓があった場所は普通の住宅地に変貌を遂げていた。民家と民家の間にポツンと開廓紀念碑(音戸町鰯浜1丁目9-13辺り)が建っているが、予備知識がない人にはチンプンカンプンだろう。

開廓紀念碑(表)

開廊紀念碑(裏)

 音戸町遊廓は広島県安芸郡倉橋島音戸町字音戸町に在つて、山陽呉線呉駅で下車し音戸行きの小蒸気船に乗れば会場四十分賃二十銭。広島から行けば海上一時間半賃四十銭。倉橋島は元一地峡を成して本州と続いて居たものを、平清盛が海運の便を計る為めに開鑿したもので、瀬戸の峡(ママ)い事に於ては日本一である。従つて潮流の速い事も日本一で「船頭かはいや音頭が瀬戸で、一丈五尺の櫓がしわる」と云ふ船頭唄が土地に在ると云ふ通りだ。音戸には平清盛の塚があつて、此の辺一帯が瀬戸内海での勝地と成つて居る。鏡の様な海面に浮ぶ大小様々な島々をうつとりと眺め乍ら、呉広島辺からも態々船で此処の遊廓迄遠征にやつて来る人も多い。昔は関西に於ける六大港の一つだつたので、船で旅行する人は必ず茲に休んだものだつた。従つて遊女も余程昔から居たものらしいが、時代は判明して居ない。遊廓制に成つたのは明治三十八年で、現在貸座敷が八軒あり、娼妓は八十五居る。福岡県、熊本県の女が多い。店は写真式で陰店は張つて無い。娼妓は居稼ぎ制で送り込みはやらない。遊興は通し花制で廻しは取らない。費用は午後六時から翌朝七時迄の一泊が五円で、短時間(一時間)遊びが二円五十銭である。台の物は含んでいない。娼楼には第二大黒楼、高瀬楼、清月楼、久保楼、常盤楼、田中楼、寿楼、大正楼等がある。

『全国遊廓案内』

島では特に井戸を大切に扱っていたと聞く。海のそばで真水を確保することは何よりも重要だったからだ。福山市鞆町にもこの六角井戸と形状がよく似たものがある。

六角井戸

独特の造りの家の前を通過し佐藤歯科の看板が見えた。歯科前の道は音戸旧道なつかし通りと呼ばれている。

佐藤歯科の北側の家

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