太子山武作寺広済寺参拝を済ませて門を出ようとした時に怯えた犬が吠えるのには往生した。「恐れんでもええんやで」と声を掛けると漸く落ち着いてくれた。 寺の由緒には「当寺は推古天皇二年(五九四)二月、聖徳太子が武河綱に命じて寺をこの地に建立され、そして阿弥陀仏の像を作り一堂に安置し、東金堂と名づけられた。これが武作寺廣済寺である。…明治十一年(一八七八)十月、明治天皇北陸御巡幸、御還幸の際昼食を召され行在所とされる。…」とあった。 帰り道は更に雪深く中山道で靴を脱いで雪を振り払わなければならなかった。