橡の木の下で

俳句と共に

選後鑑賞平成28年『橡』3月号より

2016-02-27 09:19:52 | 俳句とエッセイ

 選後鑑賞    亜紀子

 

赤子背にピアノ弾きをり聖夜かな  上村敦子

 

 クリスマスの夜、小さな音楽一家の集い。末子の赤ちゃんをおぶった若いお母さんのピアノに合せて、上のお姉ちゃんたちが歌う。あるいはピアノ愛好家の母親がようやく再び練習の時間を得て、背なに幼子を眠らせながら鍵盤に向かっている図。果たして詳細は分らぬけれどいろいろ楽しい想像ができる。最近外で見掛ける母子は前抱っこが多いようだが、屋内ならおぶ紐におちゃんちゃんというところだろうか。日本的である。かの聖なるみどりごは飼葉桶に眠る静かなこの夜。

 

初寄りに老手作りの括り猿     中村文子

 

 新年事始め、さまざまなコミュニティーでそれぞれの初寄りがあるだろう。初句会などもその一つ。掲句は老人会の集まりのようだ。申年らしく括り猿なるものを作るのが最初の活動となった。京都八坂庚申堂の御守りのくくり猿。手足を括られたお猿の姿が赤い布で拵えてある。このくくり猿よろしく欲望を抑えた時にこそ却って願いが叶うということのようだ。人間心理と生活の真実。穏やかな明るい寄り会いの様子が偲ばれる。

 

昇降機三輪の護符貼り初空へ    藤原省吾

 

 あまり広くはない、国内便専用の空港。晴れ渡った新しい年の空。外気が気持ち良い。其の一、昇降機即ちタラップの意で、上五に切れがあると考えた場合。タラップを上ると乗り込む飛行機の入口に三輪神社の護符が貼られていた。其の二、タラップに取り付けられた昇降機に三輪の護符が貼られ、一人の乗客が自動で機上へと運ばれていった。いずれにしても飛行機と護符の取り合わせが面白く、初空が清々しい。帰省か、レジャーか、胸が弾む。

 

懺悔室湯気立てて窓真白なる    小野田晴子

 

 世を隔つ懺悔室の小さな窓。シュンシュンと湯気立ての蒸気に曇り、なおいっそう閉じられている感。戸外の冷たい風から守られ一種の安堵を得ると同時に、より深く自らの傷みに向き合わねばならぬ空間。真白の語感が一脈「悔い改め」に通じている。

 

懺悔室懺悔つもりて黴にけり   星眠

            『営巣期』より

 

熊鍋の炉端を囲む山仲間      渡邊和昭

 

 山男たちの宴、否最近は女性登山も活発であるから皆一緒になって賑やかな座であろうか。熊鍋が豪快。山談義に花が咲き、雪焼けの頬が炉火に赤々と輝く。

 

まづ列の片端さがす初詣      森永敏昭

 

 我々はよく行列を作る。こちらが最後尾ですかと尋ねなければ分らない長蛇の列。ごった返しの初詣の人出ならなおのこと。しかし誰一人割り込むことなく神様の前にて行儀が良いようだ。

 

歳晩や磨き上げたる塵芥車     石井素子

 

 我が名古屋市のゴミ収集車は祝祭日関係なく一年中任務に当たってくれる。年の瀬から正月にかけてが唯一の休みである。掲句も同様なのではと思う。一年の終りに念入りに洗車。塵芥の文字も似合わぬぴかぴかの様子。

 

沢瀉の金紋揺るる屠蘇の盃     布施朋子

 

 毎年取り出される屠蘇の酒器揃え。大切に使われてきた。注がれた屠蘇に金の沢瀉紋が映える。新春の気分横溢。

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