中国の駐仏大使が、旧ソ連国には主権がないと発言し、ヨーロッパ諸国が激怒した。
マクロンのおバカ発言の効果を探る為、フランスの感触を試したのだろう。猛反発で直ちに、本国政府は訂正したが、今のところ大使を更迭したりしていない。これが、「中国はしたたか」と言われる外交におけるサラミ作戦だが、有り体に言えば、「痴漢作戦」だ。
電車の痴漢は、チョコチョコと当たりを付けながら、相手が無反応でいるとドンドン図々しくなり、少しでも反撃の様子を見せると、とりあえず、サッと引き、何事もなかったような顔をする。
中国は、どの程度の発言や行動が反発を受けるかを観察する為に、常に具体的な行動に出る。欧米や日本のような立前や察し合いは、ほぼ皆無だ。現象だけを見ている。
欧州や日本、それにインドなどは血液型Aが多い「A型」文化だが、中国、モンゴルなど、大陸中央は「B型」文化だ。インドや日本は相当B型比率が高いので、正しくは「AB型」文化で、A、Bどちらの発想も理解する。朝鮮半島も「AB型」寄りだが、長期の大陸文化の影響で、本家より「B型」的になっているが、「らしくするAB型」の態度でもある。
何事もそうだが「違い=上下」ではない。にもかかわらず、上下で物事を見ようとするから間違いや衝突が起きる。男女、東西、大小、器用不器用などに優劣を付けて考える者は、結局自分が下になる。なぜなら、もともと存在しない上下を、無理に上げたり下げたりしてバランスを崩すから、必ずその反動が起こる。そして、その結果、争いが起きる。
中国を「したたか」と見るのは上下の発想だ。こちらが対応できない部分を上の「したたか」と決めつけ、自分の発想や行動原理を客観視することもしない。
現金文化
極論すれば、中国は物質、欧州は精神世界にいる。これは原因の話であり、従来考えられている東西のイメージとは逆だ。精神的な東洋とは物質発想の極まった結果で、西洋の物理発想は精神探求の極まった結果だ。物質だけ見る東洋は対応の心がけが哲学になり、精神世界から現象を見る西洋は物に神性=普遍性を見いだす。
この、外見を見る東洋と、内面を見る西洋の認識ギャップは、グローバル化の中で却って大きくなっている。互いは未だに自分の視点からしか相手を見ていない。
中国は「したたか」でも何でもない、ただ現金なだけだ。戦略もルールも関係ない。精神や理想もないから言葉には意味がない。どんな大言壮語でも言いたい放題だ。
今回の駐仏大使発言も「言ってみた」だけで、その反応現象に意味がある。したがって、政府の立場表明にも意味はない。
この中国の言動を、西洋原理のルールや思惑で考えると理解不能の「したたか」になる。脈絡のない言動で、結果だけは着々と得ているからだ。原理原則や約束事、言葉の論理性で理解しようとすればするほど「やられ」てしまい、腹を立て不信感が増す。
中国が繰り返して言う「実際の行動で」を裏返せば、ルールや約束事などただの「紙くず」、空念仏だと考えていると言うことだ。
痴漢に法律や倫理は意味がない。物理的反撃か、捕まえるか見逃すかだ。
人の脳内はファッションに現れる、社会の中身は芸術やデザインの文化に現れる。
知性が複雑になるほど中間色が好まれると言われているが、中国文化の形状や色使いはどういものだったか、思い出してみれば良く解るかも知れない。