ふんでノート ~ちいきづくり・まちづくりと日本語教育

ちいきづくり・まちづくりと日本語教育をつなぐことを,「場づくり・人づくり」から進めていきたいと思ってつらつら書くノート

ESD

2006年11月29日 23時43分06秒 | 人づくり・場づくり
今日は岩崎裕保さんを招いてESD(Education for sustainable development)の学習会。市とESDの事務局との共催だったのかな?

ま、それは別にどうでもいいとして。内容はすごく刺激的でした。話自体はわりと大きな話だったんだけど、それがすごく具体的に迫ってくる感じでした。

ESDがいったい何なのかということは、ぼくはとてもじゃないけど説明しきれないし、それはネットとかで検索すれば出てくると思うので、そっちにお任せします。

で、印象に残った言葉を。

ESDは二つの格差、世代間の格差と世代内の格差の二つに取り組んでいる。世代間の格差ってのは今の世の中は先の世代の資源まで使ってしまってるのではないかということ。世代内の格差ってのは南北問題など。で、そういった課題に気が付き、みんなで考えていくための場であったり、きっかけ、道具であったりするのがESDだということ。また、そういった問題を解決することもさることながら、そういった問題の解決に向けて取り組むことこそがESDだということ。

Developmentという言葉が入っているけど、Developmentというのは、日本語だと開発。開発にはすでにすごくマイナスのイメージが付きまとっているけど。developっていうのは実はde+envelopで。言ってみれば解き放つということ。解放、でも、それって自分一人ではできることではなくて、異分野の人と出会うこと、つながることでしかできないと思う。これまで自分がとらわれていた枠をなくすというよりも出会いをきっかけにずらし、組み替えること。それがすごく大事なんだと思う。

世界を見ながら、社会全体を見ながら、地域のリソースを使って地域のリソースとなって活動を進めていくこと。最も弱い立場の人の権利の保障まで視野に入れて活動を進めていくこと。

印象的だったことだけつらつらと書いてしまったので、すごく散漫ですけど。興味ある人はESDというキーワードでいろいろ調べてみてください。すごくおもしろいだけでなく、次に進むためのヒントがたくさんあると思います。
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ずしん。

2006年11月25日 22時02分47秒 | 
今日は連続ボランティアセミナーの最終回、楠原彰さんのワークショップ。楠原さんって有名なところではパウロ・フレイレの『被抑圧者の教育学』の訳者の一人。3年ほど前にもセンターに来たんだけど、すごいワークショップをして。ちなみにフレイレとも友達だったみたいで、飲み会の席でいろいろ裏話も聞けました(笑)

今日のワークショップでは、大学教師をしてきた35年間で気になった学生のつぶやきを15、厳選してそれについてそのつぶやきの背景やその人のことを考えるというワークショップをしたんだけど。素材がすごいから、ずしんとくる。

話をとおして感じたことは、人権って言葉があるけど、それってもしかしたら薄っぺらくてあまり意味がないのかもしれないなってこと。世界中には「人権」っていう以前に命が関わっていたりする。もちろん、広くとらえたら命も人権に関わってくるんだろうけど。でも、病気や戦争などで生きることが日々のテーマになるような、むき出しの人権があるということを知ったら、いわゆる「人権」って言葉は色あせてくる。でも、もしかしたら、色あせた人権を問題としてとらえないといけない状況だからこそ、日本は病んでるのかもしれないということを感じた。

でも、もうちょっと話を広げると、人権とかって前に環境だったり、他者との関係だったりってことを大事にしていくことができれば、問題はなくなるのかもしれないなって気もした。

それから、ぼく「ら」は社会や教育によって、本来持ってた生きていくための感覚をずいぶんと失ってるのかもしれないなってことを痛感した。楠原さんは「文明社会、グローバリゼーションによって不可避的に、しかもすごいスピードで社会がかわっていく。その不自然さに対する抵抗や批判、あるいはあきらめであったり警告のメッセージがいろいろなところで出ているし、子どもの自殺もその一つだろう」ってことを言ってた気がする。

まだ酔ってるので、散漫な文章やけど。すごい人でした。
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会社と一緒に。

2006年11月24日 22時00分59秒 | 人づくり・場づくり
気が付いたら、もう金曜日。早いなぁ。

今日、空港で仕事。派遣で外国人パイロットを採用している会社と連携して、外国人労働者とその家族の勉強、コミュニケーション、居場所をどう作るかって話に。

ひさびさの空港、しかも職員しか入れないようなところって楽しかった。

話を聞いてると、今その会社では30~40人くらい外国人パイロットが来てるらしいんやけど、それがこの何年かで数倍にする計画とのこと。これまではそういった人たちのサポートって全くしてなかったし、会社としても「自分たちで選んで日本に来たのになんでお手伝いをせなあかんねや」って雰囲気があったらしいんやけど。今年からそういったサポートを部署を立ち上げてしっかりやろうということになったんだけど、具体的にどういったことがどうできるのか分からないということで、一緒に何かできないかという話。政府も外国人労働者を生活者として見る視点を持ち込み出してるしね~。特に技術系のビザで来日する人たちはこれからどんどん増えるだろうし、研修制度も今政府と経団連のあいだでいろいろやってるけど、それがどこで折り合いつくかで現場も変わるだろうしなぁ。

ま、それはともかく企業と一緒に仕事をするのは、企業の動き方というのをあまり知らないだけに見えないところもあるし、丸なげ、丸抱えじゃない形で、しかも協会と企業の仕事のペースを合わせながらやっていくというのは微妙な作業になりそうだけど。それはそれで、なかなかおもしろくなっていきそう。企業の外国人労働者への意識を現場での具体的な活動をとおしてどう一緒に変えていくか、さらにそれを一つのモデルとして発信していくかということまで考えると、かなり興味深いケースになりそう。

将来的には、企業と地域を巻き込むだけでなく、ESDにつなげ、それを国際教育へと展開できれば最高だなぁと思う今日この頃。まだまだ先は長いです。




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疲れた。

2006年11月20日 23時16分54秒 | いろいろ
疲れた。

日本語の授業90分を3つと養成講座の授業180分を一日で、しかも、途中で1時間くらい移動の時間が入ると結構きつい。

で、思うのが、結構メンバーが一緒のクラスでも時間帯ややる内容が変わるだけで全然クラスの雰囲気が違うこと。しかも、やってて違うっていうよりも教室に一歩はいった瞬間に「やっぱ違うなぁ」って思うこともある。

教室文化っていう言葉があるけど、それぞれの教室で、しかももっと細かく変化する何かってあるんやろうなぁ。
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不自然な空白~自分のルーツをたどろうとして(2)~

2006年11月19日 00時18分27秒 | 
何か気になったから、おかんに電話してみた。

おかんも聞きたい、聞こうと思いつつ、聞けないままにおじいちゃんは亡くなったみたい。おじいちゃんが話したがらなかったみたいだし、おかんはおかんで聞いたらあかんのかなってことをずっと感じていたらしい。最後まで聞けなかったって。

おかんは、おじいちゃんのおかあさんのこともよく知らなかったし、おとうさんのこともよく知らなかった。どこでどんなことをしてて、どんな人だったかということすら知らなかった。弟がいたということ、で、弟は戦争で死んだらしいということは、はっきりしてるみたいやけど、はっきり知ってるのは、それだけ。おじいちゃんがどこで生まれたのかということも話をしているうちによく分からなくなってきて、結局はっきりせんかったし。とにかく大変だったらしいということ、おじいちゃんが大人になってからのことはある程度分かる...というか覚えているみたいやけど。親戚も知らないから、お葬式の時に知らせる人がいなかったって。

結局、おかんにしても、おじいちゃんの詳しいことは謎やって。謎か...。

おばあちゃんはおばあちゃんでハルビンに住んでたことがあったらしい。今日、初めて知った。


セクシャルマイノリティや在日朝鮮人のことについて研究してる土肥いつきさんの言葉だけど、「隠す社会から語れる社会」って大事だよなぁということを最近感じる。社会問題として取り上げられるようなこと、全然そうでない些細なこと、話をしやすいこと、話をしにくいこと。いろいろあるけど、どれをとっても話を聞く人、この人になら話せる、この人には話しておきたいって思えるかどうかってすごく大事なんだろうな。制度だったり、世論だったり、社会的な風潮だったりといった大きなものも確かに話す/話さない/話せないを選択する際に関係するのは確実だろうけど。「この人になら」っていう個人と個人のレベルも同じくらいに大事な気がする。で、この人になら話せる、この人には話しておきたいって思われるようになるためには受け身的でいてはきっとだめで。話してもらえる身体になるためには、「ちょっと聞いてみる」ってことが大事なんだろうな。

金相文さんも昨日言ってたけど、男子便所に時々貼ってあるシーるじゃないけど「一歩前へ」ってことなんだろな。ちょっと聞いてみる、それだけで分かることがたくさんあるし、語られないことで感じることもたくさんあるはず。

そこにあるべきはずのもの、語られるべきものがない...ということも、これ以上ないくらいに雄弁にものを語るし。ただ、そこに何かを聞くかどうかは想像力に関わってくるけど。

もう一つ思ったこと、誰かが語らないことが消えていくんじゃなくて、誰も聞かないこと、誰も聞こうとしないことは声にならずに消えていくんだろうなということを思った。

マイノリティとされる人たち(一括りにして話を進めてしまうことには抵抗があるけど)の声って語ってないからじゃなく、聞こうとしてない/聞く身体になってないから消えてしまうことも多いんだろうな。

次の正月くらいまでに、おじさんにいろいろおじいちゃんやおばあちゃんのことを聞きに行こうと思う。
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不自然な空白~自分のルーツをたどろうとして~

2006年11月18日 22時02分55秒 | 
今日は小学校で先生をしている金相文さんの話を聞いた。在日コリアンの歴史だけでなく、子供の頃の話、どういったことを考え、感じ、これまで来たかということを聞いた。在日コリアンということで、相文さんはどうしても屈折した感情を持っていたこと、自損感情から自尊感情を育むにいたるまで、とても長い時間がかかったということ。どんな出会いがあって、どんな軌跡をたどったかということをとても興味深く聞けた。

...でも、本当のことを言うと、途中から気になって仕方がないことがあった。金相文さんは母方のおじさんと本当に似てて。ぼくは結構人見知りをしてしまうんだけど、最初から全く違和感がなかった。話を聞いている途中、本当に似てるなぁとずっと思ってた。何でこんなに似てるんやろうって考えてた。で、途中で在日コリアンは昔、医者とやくざやさんとスポーツ&芸能しか仕事がなかったという話が出て(今日は相文さんは言ってなかったけど、弁護士も選択肢の一つとしてあったと思う)。

そういや、母方のおじいちゃんは昔、絵描きをしてて。でも、あまりにも売れなくて自分で小さな町工場を立ち上げて仕事をしてたこと。本当に貧乏で家にある家具を売っては生活費にしていたこと。おじさんは弁護士になろうとして大学で勉強してがんばったけど、結局なれずに町工場を継いだこと。企業などの就職とかって選択肢がなかったのか、する気がなかったのかは知らないけど。

おかんがおじいちゃんからおじいちゃんの子供の頃や若い頃の話は聞いていないこと、というよりも何回か聞こうとしたけど、全く語ろうとしなかったこと。知ってるのは、「とにかく苦労したらしい」という漠然とした話だけ。それで子どもには苦労をさせたくないと一生懸命だったということだけ。おばさん(うちのおかんは、おじさん、おかん、おばさんの3人兄弟)もおじいちゃんの昔のことは知らないらしい。それどころか、おかんはおじいちゃんの家族関係すら知らないこと、それを聞いてもおじいちゃんはほとんど語ろうとしなかったということ。おじさんなら知ってるかもしれないっておかんに言われたことがあるけど、普通じゃないよなって思う。親の家族関係を知らないって何やろな。

そういえば、おじいちゃんのお葬式には仕事関係の人は来ても、親戚関係は誰一人として来てなかった。本当に頑固だったおじいちゃんらしいな、なんて昔は思ってたけど。なんで誰一人として来なかったんやろ。

で、相文さんの話に戻ると、相文さんは大学の時に朝文研に入って自分のことを知らないことに気が付いて、自分は大人じゃないって思ったって言ってた。「あんこのない、スカスカのまんじゅうみたいだった」って。

ぼくはおじいちゃんのことを知らない。もちろん、生まれてきた時に、おじいちゃんが亡くなっていたとか、記憶もないくらいに小さい時に亡くなってしまったから知らないって人もいるだろうけど。そうじゃなくて、母親も含めてだけど、おじいちゃんについてたどれる記憶が途中できれいになくなっている。あるはずなのに、当然知っていそうなものなのに知らない。不在。ない。

おじいちゃんが自分が本当に苦労した分、子どもの教育には本当に熱心だったらしく、それを母親は受け継ぎ、ぼくもそのもとで育ってきた。父親が子どものことには無関心だった分、母親の影響はすごく大きいんだけど、その母親の方のルーツを知らない。知らないというか、不自然な感じでぷつりと切れてしまってる。これが何世代も前の話なら知らなくてもって思えるんだろうし、気にもならないんだろうけど、おじいちゃんのところできれいに切れてしまってる。おばあちゃんの方は聞いたことはあるけど。

いつも外国人や外国人の子どもと接してて、ルーツを大切にしたいと思い、それを口にもしてきた。でも、案外自分のルーツは途中でぷつんと切れてた。ルーツがはっきりしたところで、何かが大きく変わったり、アイデンティティが変わるようなことがあるとは「今は」思わないけど。

今の自分を作ってきたルーツ、記憶が不自然なまでに途中で空白になってて、それがすごく気になる。それを埋めることがぼくの責任とか義務とか、何が正しい正しくないとか、明らかになったことによって何かが変わるとは思わない。でも、もう少し自分を知りたいと思った。
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マイノリティ

2006年11月17日 04時47分07秒 | 人づくり・場づくり
マイノリティってきっと自分らしく生きようとするといろんな壁にぶちあたるんだけど、マジョリティ側からは見えない人なんだろうな。見えないだけに、マジョリティは自分たちがマジョリティだということもあまり感じないし、周りで大変そうにしている人がいても気が付かない。マイノリティは「こんな問題分かってもらえるのか?」って疑問を抱いている人も多いと思う。問題とか課題があることが問題なんじゃなくて、問題とか課題への認識のレベルのギャップこそが問題なんだろうな。

普通に考えたら別にマジョリティ/マイノリティに関係なしに「この人には分かってもらえなさそうだな」って思ったら話をすることもないもんな。

だから、なかなか問題って解決しないんだと思う。見えない問題って問題になってないってことだもんね。
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異文化を生きるこころ~多文化精神医学の現場から見た外国人のメンタルヘルス

2006年11月17日 04時37分30秒 | 人づくり・場づくり
今日の宮地尚子さんの研修会に向けて、また文献を読みつつ、聞きたいことを整理しているんだけど、いろいろと発見がある。うまくまとまらないけど、感じたことを書くと。

・マイノリティというのは属性ではなく、人を見る時の一つの視点でしかないこと。
・マイノリティと呼ばれる人たちの中でも多様性があり、それを見ようとしない場合にはマイノリティの中にさらにマイノリティを生み出しかねないこと。
・マイノリティが生き延びるためには主流への迎合、自分たちを認めあうコミュニティの形成などいろいろな方法があり、どれを選択するかということでアイデンティティなどが大きくかわること。いずれの選択肢を選ぶにしても、マジョリティの規範や思考を内在化する過程が存在するということ。マイノリティの存在自体、マジョリティとの関係抜きにして考えることはできないということ(それが場合によっては声をあげたくてもあげられない状況を作り上げるということ)。また、マジョリティから与えられるプレッシャーは心理的に現れるだけでなく、身体的にも現れるし、その人の選択する(させられる)ポジショナリティによっては社会的に抹殺されるようなことにつながりかねないということ。
他者を理解するということは、下手をすると自分の解釈をとおして相手を見ることであって暴力にしかならないこともあるということ。
・マジョリティが行う解釈の仕方とマイノリティが行う解釈の仕方があり(こういった分け方自体乱暴だけど)、常に人を解釈する時に自分のよって立つ立場、ポジションを振り返る必要があること。また、そういった振り返りの際にジェンダーが大きく絡んでくるということ。
・相手のことを想像することが大事というのは確かにそうだけど、その想像をどういった視点から行うのかということを抜きに行うと、表面的には相手を思いやるという姿勢を見せながら、さらにじわじわと相手にたいして圧力をかけることになること。

深い...。それだけに今日は司会がちゃんと務まるのか不安だけど、楽しみ。
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トラウマの医療人類学

2006年11月15日 11時57分51秒 | 
今朝、職場に着くなり同僚が「おう、来たんか」と一言。最初その言葉の意味が分からなかったけど、実は今日は休日出勤の振り替えで休みだった。そのまま仕事をしてしまうという選択肢もあったんだけど、今日出勤してしまうと、また振り替えをとるのが大変なので帰宅。得した気分。

また今週末にボランティア研修がある。今回は特にどんなボランティアって限定はないんだけど。宮地尚子さんがきてくれるんだけど司会をするということで『トラウマの医療人類学』って本をもう一度読み直してる。言説がキーになるんだろうけど、それによってポジションやカテゴリー化など人や民族や国などいろいろなものの配置が行われていく。カテゴリーとかの場合、それ自体が含む問題もあるんだろうけど、その配置の段階で働く権力に目を向けないといういけないという話が大事なのかなということを読んでて思った。

ただ、とにかく扱う分野も広範で、でも、それでいてどのテーマにおいても軸は同じでしっかりとしてる。久しぶりに本を読んでて、ただただ「すげ~」と思った。

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統計。

2006年11月14日 16時19分00秒 | 人づくり・場づくり
先週は木曜日にまたまた多文化子育て支援ボランティアの養成講座(3回目)ということで外国人母子が日本でおかれている状況について講師を呼んで話を聞きました。その先生は統計をもとに話をしてくれたんだけど、統計ってすごいなということを実感。外国人の出身別、年齢別の数を扱った統計から単に数の増減だけでなく、どういった属性を持った人がどういった感じで日本にくるようになったかということまで読み解くことができるのには感動した。それから、改めて統計の威力を感じたのは、全体像を示すのが容易だってこと。もちろん、扱い方によっては危険ってのもあるし、講師の人も数字が一人歩きするのは危険だってことを言ってたけど。普段、目にする外国人以外にもどういった人たちがどういった生活を送っている可能性があるかということを数字が物語るもんね。つながれていないところ、つながる必要があるところなどなど、改めて日々の活動について考え直すことができた。良かった。

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学びの場

2006年11月08日 21時11分49秒 | 人づくり・場づくり
今の職場で働き出してから7か月がフルに終了。何か成長したのかしてないのか。なかなか自分の成長を感じるのって難しいなと思う。この間、研修会だったり、本を読んだり、飲み会でお説教されたり、人と出会ったり。それから失敗してその後じっくりと反省することで学ぶことも多かった。

ボランティア活動、市民活動でも同じだろうなと思う。うちらの職場は下手すると半官半民なんだけど、結構行政と一緒に思われる。で、何かあった時に批判の矛先になるのも別に全然かまわないんだけど、失敗だったり課題だったり苦労だったりをどう市民と一緒に考えていけるか、考えていけるように話の筋道を立てること、そういったディスコースを作っていくことが大事なんだろうな。

学びの場を作るのって簡単なようでいて難しい。つくづく思う。
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やっぱ二分法はあかん(?)

2006年11月05日 22時49分21秒 | 人づくり・場づくり
昨日の話は「隠す社会から語れる社会へ」という話でセクシャルマイノリティーの話。自ら当事者として生きてきたいつきさんの話はずんとくるものがあった。

そもそも「自然は多様性を愛する、しかしその多様性の間には権力の違いがある」という言葉はすごく心に響いた。多様性は確かにすばらしいけど、それを「みんな違ってみんないい」なんて単純な話で並列してしまうのは乱暴だと思う。また、性別にしても国籍にしても何にしても二分法があまりに自明になっているけど、二分法によって排除される人がいることを考えると、社会にある二分法自体考え直さないといけないんだろうな。

公的文書の性別の記述欄撤廃の動きがいろいろなところであるけど、撤廃することでうやむやにするのではなく、性別の記述欄を無限に大きくして多様性があるということを受け止められるような社会にするのが大事なのではないかという言葉も重いと思った。

ただ、メッセージ自体は今の社会に批判的な部分がたくさんだし、すごくしんどい思いもあったんだろうと思うけど、笑いを交えながら軽快に楽しく語っている姿に、セクシャルマイノリティであるということ=暗い影を持つといったステレオタイプも違うんだろうなということを感じた。

めっちゃ刺激受けたなぁ。
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隠す社会から語れる社会へ

2006年11月04日 23時10分37秒 | 人づくり・場づくり
今日はいつきさんの話を聞きました。ジェンダー、セクシャリティ、ゲイ、レズビアン、同和問題から在日コリアンまで。

とってもええ出会いやったし、いつきさんって素敵な人やなぁと(普段、素敵って単語は使うことないんやけど、今回だけはそれがぴったり)。

話を聞いていろいろ考えた...ちゅうか悩む。今日のテーマは「隠す社会から語れる社会へ」。多様性って口でいうのは簡単やけど、実践は難しいし、実は多様性ってすばらしいよねって話もあやしいという話。

かなり酔ってるので、続きは明日。ただ、とにかくええ人やった。
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ナンセンス。

2006年11月03日 21時29分20秒 | 人づくり・場づくり
今、ドラマを見てて。それは日本語学校に入学した中国人の話。

国を離れる時に莫大な借金をして、日本語学校へ来たもののアルバイトをする先もなく。結局東京へ行き、「不法滞在」になってしまった。で、その後も借金を返すために、国に残してきた家族や娘のためにせっせと働き仕送りをしているって話だけど。

正直、どうなん?って思う。哀愁を誘うようなBGM、苦しい生活ながらも彼が一人貧乏に耐えながら頑張ってきたということを美談とし、「それでもみんながんばってるんだ」って感じの話の構成の仕方。

結局、社会の問題、構造的問題としての側面を提起しない限りは、何かが良くなることってありえないし、見ている側にはなかなか自分たちと関係ある世界の話にはならない作りになってると思う。基本的には外国人が頑張って日本にあわさないといけないって構造にした方が安心だし、理解されやすいのは分かるんだけど。

ただ、経団連とか必死に外国人を労働者として入れようと働きかけた結果として現状があることを思うとずいぶんと勝手だなと思う。

日本に移民がたくさんきて、ただいろんな側面で困難を抱えている。確かに個人的に解決しないといけない問題もあるんだろうけど、全てを個人に還元してしまうような「見せ方」ってのはうまくいくもいかないも個人次第、結局はマジョリティの流れに乗れる人だけが残っていく、残らなかった人は努力が足りなかっただけという話になるんだろうな。

「外国人問題」とされてることって日本社会の問題の裏返しってことがほとんどなのに。

これを美談として放送してしまうなんて...ナンセンス。

メディア、特にニュースやドキュメンタリーって「真実」を伝えているような感じがするけど、こりゃ恐いなと改めて思った。そういったことを何も考えずに、ただ単に「泣けるドラマ」としてだったら、いい作品なんだろうな。..っていうか、涙出るな(苦笑)
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くさいものとふた。

2006年11月02日 21時32分00秒 | 人づくり・場づくり
熱でダウンしてたけど、今日から復活。午前中はちょっとしんどかったけど(苦笑)

今日は多文化子育て支援関係の講座の3回目。「多文化保育」をテーマにしたワークショップ&話やったんやけど。話の内容はさておき。

改めて感じたのは「みんな違ってみんないい」ってほんまかってこと。もちろん、そのテーマ自体はええとは思うんやけど、根本の問題(例えばぼくの関わっている領域ではレイシズムやエスニシティ、宗教や言葉、ジェンダー、階級問題なんかも入ってくる)を突き詰めて考えた上で「みんな違ってみんないい」っていうのと、そこを突き詰めずに「みんな違ってみんないい」ってのは全然意味が違う。後者はへたしたら「臭いものにふたをする」ってことにしかならないんじゃないかって思う。根本を突き詰めずにそういうことを言えるのは「マジョリティ」でしかないと思う。

一歩踏み込むか、それとも表面に留まるかで厚みが全然違う。ただ、それは多文化保育に限らず、いろんな分野に共通していると思う。

心地よいキャッチフレーズが一人歩きしていくのって、みんなで臭いものにふたをして「臭いがしないってすばらしいよね」って言ってるようで。それはそれで恐い。

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