ふんでノート ~ちいきづくり・まちづくりと日本語教育

ちいきづくり・まちづくりと日本語教育をつなぐことを,「場づくり・人づくり」から進めていきたいと思ってつらつら書くノート

お疲れ

2008年01月30日 21時17分35秒 | もろもろのこと
ここんところ、めっちゃ疲れてるような気がする。休みも、確かにない時もあったけど、でも、週1はとれてるし。だから、大丈夫なはずやと思ってたけど、疲れてる。

でも、今日、中学校で「あっ!」って声をかけられた。以前、職業体験で職場に来ていた子。「覚えてる?」「もちろん、もちろん。一度、日曜日に遊びにおいでよ。」「うん、行くわ。」「ほんまやで!」って、こんなたわいもない会話でちょびっと元気が出てくる気がする。何かうれしい。

でも、本当のことを言うと、この会話の前に別の子とこんな会話。「秋に職業体験にうちの職場に来てた?」「いいえ、違います。」「...、あ、すいません。」って。ばつ悪いよなぁ。絶対、そうやって確信持って声かえたんやけどな~。

というわけで、疲れてることにしとこ。
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フェーズ

2008年01月30日 20時57分31秒 | 人づくり・場づくり
今日も、また中学校へ。あと、今日を入れて2回行けば、終わり。最後は小学生に自分たちが勉強したことを発表して終わり。これまで「学ぶ」ってどちらかというと吸収する、獲得するという形で語られることが多かったけど、今回のプログラムはそうやって自分たちが得たものを人に伝わるようにいかに発信するかということ。楽しみ。

しかも、発信って人に伝えるだけでなく、そこで初めて知識が自分のものとなり、また、相手のリアクションをとおして練り上げられるってことがおこるもんな。

何を学びとするか、とても難しいけど、いろんなフェーズがあるんだろうな。

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反転。

2008年01月29日 12時08分22秒 | 人づくり・場づくり
その翌日。

前日に引き続き里見さんが今度はワークショップを実施。しかも、対象はごっちゃまぜ。普段,活動しているラテンの親、中国の親、フィリピンの男性やインドの女性、それとボランティア。

体をほぐし、開くワークショップの後、体を使って何かを表現したり、「言葉(ができるかできないか)」がキーにならないワークショップをいくつか。おもしろいのは、いつもはなんやかんや言って、中心になってる人がサポートの側に回ったり、逆にいつもは静かな人が中心的な存在になったり、いつもは見られないような人同士の会話が始まったりと。

場をかき回すだけなら、簡単かもしれないけど、場をかき回して、そこに新しい人と人のつながりや信頼感を生み出すのは、本当にすごいと思った。逆転とも違う、反転する学び、こういうことなのかな、
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学びについて考える

2008年01月29日 09時53分11秒 | 
昨日は中学校で、またまた授業。50分ってあっという間やね。

つい、このあいだ、里見実さんの話を聞く機会があったんやけど、おもしろい人やなぁと。セミナーの最初にアンラーン(unlearn)とは何かということを定義付けするワークショップから始まり、いかにメディアが取り上げる情報というのが偏っていて、本当に出会わないといけないことと出会ってないか、スタディーツアーなどでどこまで自分たちの視点を変えることができるかなどなど。

確かにスタディーツアーなんかは、外を見て、戻ってきたら普段の生活に戻ってしまう。外で見てきたことはいい思い出ってなってしまうことも多いかもしれないけど。でも、それをきっかけに次のステップをどうするか、自分の生活をどうするかということを考えて動いている人もいる。授業で全ての人間が変わるわけじゃないけど、確かに大きな学びをする人もいるって感じでスタディーツアーも考えたらええんとちゃうかな。ただ、向こうで見るだけではだめで、どういった人とどういった場で話をするかということが大きくなるんやろうけどね。
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非識字

2008年01月28日 09時27分03秒 | 
土曜日に参加した交流会。今、読み書きの教室であったり、夜間中学で勉強している人たち。もっともっとゆっくりと話す時間があればいいなぁと思った。

~~~~~
 私は小学校の時な、全然学校に通われへんかったんや。妹も弟もおったけどな、働かんとあかんかってな。もう、しょうがないわ。ずっと働いてて、60歳になって初めて学校行こうかなと思ってな。それで夜間中学に行きはじめたんやけど、勉強って本当におもしろいよ。それまで全然読まれへんかったからな。ひらがなはちょっとだけ自分で勉強したよ。でも、漢字なんて分からんやん。もう、ほんまに困ったわ。いっつも仕事してたから、学校行くの大変やったんやけど、でもな、夕方になるやろ、そしたらな、胸がどきどきするねん。どんだけ忙しくて体疲れててもな、うれしくなってな。がんばって行こうって思うねん。先生もおるし、それに友だちおるやろ?一緒に話をしてな、それで勉強するんやけど、そりゃ楽しいよ。ずっと行けなかったんやもん。こうやって勉強するの、本当にいきがいやねん。私は死ぬまで勉強するよ。
~~~~~

本当に重みがあるし、学校とは、学びとは、生きるとは何かを考えさせられる。何であまり意識されることも少なく、いずれ消えゆく問題として、今残っているけどそのうちなくなる問題としてあっさりと扱われるのか考えさせられる。

本当に学ばないといけないのはどっちの方なんやろかって思った。
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おひさ。

2008年01月27日 21時13分58秒 | いろいろ
昨日は午前は外で仕事。で、午後から研修セミナー。えらいんだけど、気さくなおっちゃんの話。おもろかった。で、懇親会。6時過ぎから飲み始めて、家に帰ったのは1:30。ひさびさに朝、起きるのやめようかと(笑)。で、何となくすっきりしないまま、6時過ぎから迎え酒。何やってんだか(苦笑)

とりあえず、一息って感じですわ。明日も午後から中学校で授業。がんばらないと。
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対立構造

2008年01月24日 20時11分21秒 | 人づくり・場づくり
今日は朝、ボランティアと来週の会議と活動の進め方の打ち合わせ。こんなんもできる、あんなんもできると盛り上がって、結構楽しい時間に。cocoroom、philocafeなどなど、本当につながるところまでもうちょいって感じ。うまくいくつか活動がスタートするとええな。

昼からは会議。会社とのつながり作りはなかなか進まないけど、それでもひょこっとチャンスがたまに顔を出すので、おもしろい。...なかなか、うまくつかみきれないことも多いんやけどね。多文化共生を担う主体を地域でどれだけ増やすか、またどれだけ有機的につなぐか。生き物みたいでつかみどころがないけど、だからこそ、おもろいのかな。

それが終わってから、あるグループにちょっとしたアンケートの依頼に。でも、一気に対立構造ができそうな雰囲気に。市民活動に関わって思うことやけど、対立構造って作ってしまったら終わりやなぁと。これまでの付き合いが長いだけに、何も起こらずにすんだけど(苦笑)。もちろん、時と場合によっては、そういう構図に持ち込まざるを得ないこともあるんやけど、できればお互いに実がとれる構図を作りたいなと。

ゆっくり席に座ってる時間、ほとんどなかったけど、おもろかった。
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最近

2008年01月24日 03時28分34秒 | いろいろ
なぜか、最近、疲れ気味。特別飲んだりとかしてないんやけどなぁ。なんでやろ。

昨日は事業関係の会議。で、明日は日本語関係の会議。あさっては研修セミナーだったり、人と話をして、うまくつながりを作ったりといった感じで、しばらくどたばたとするんやろなぁ。人と一緒にする仕事って、うまくいけば倍うれしいけど、都合や事情でうまく進まないこともたくさんあるので、どうなるやろか。

そんな感じですわ。
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内面化

2008年01月22日 22時18分44秒 | 社会
今日は休みだったんで、彼女とふらふらと。昼、タイ料理屋を発見。入ってみると、めっちゃおいしかった。しかも、ランチが900円。さすがにしょっちゅうは無理やけど、この値段ってええよなぁ。で、お店には大きい液晶テレビがあって、タイの芸能人の歌がずっと流れてたんやけど、出て来るのは中国系と思われる人ばかり。タイの南部の出身とかの人って芸能人にはあんまりおらんのかなぁ。

情報が不確かやけど、彼女もフィリピンでも芸能人はやっぱり色白の人が多いって言ってたし。ぼくの知り合いの子もダブルの子やけど「私、肌黒いしなぁ...」なんて言ってたことを思い出した。内面化されるって恐ろしいな。

フランツ・ファノンをちゃんと読んだことはないけど、人から差別されるんじゃなくって、自分を阻害する。う~ん。

お店を出るときはなんちゃってタイ語で「おいしかった、ありがとう」と、ええ雰囲気で出てきたけど、考えさせられました。
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雑感。

2008年01月22日 11時03分29秒 | もろもろのこと
部落問題を教えることについて「寝た子を起こすな論」がある。専門ではなく、最近、ちょっとずつ読み出したので、詳しくは分からないけど、要は「知らなければ差別のしようがない、教えるから差別が生まれてしまうのだ」という話。多分、それはそれでしっくりくる人も多いと思う。でも、それって表面的に事象だけを教えた時に、そうなってしまう側面があるのかなという気がする。

かじり始めた人間の直感なので、外れていることも多いとは思うけど、それにプラスして社会的に線引きが作られること、その時々に権力を持っていた人がどうやって民衆や市民を治めようとするか(押さえつけようとするか)、その時に力が結集されないように、どう分断して統治するかという仕組みのところまで掘り下げていく必要があるのかなと思った。現場でどうやって教えられているのかが分からないし、もしかしたら、すごく見当違いのことを言ってるかもしれないけど。

そういった歴史は繰り返されるし、そんな大きな歴史ではなくても、いろんなところでそういうつばぜり合い、葛藤は起きてきたし、今もいろんな形で起きているはず。「人権」「権利」って、うまいこと言いくるめられて、いつの間にか大きな仕組みに飲み込まれて、押さえつけられ、気が付いた時にはどうしようもなくなってたってことが一番恐いと思う。それは別にこれまで差別の「対象」となっていた人たちだけでなく、何かの拍子に置かれている立場が全然かわってしまうことって、あることだと思う。

なぁんてことを、痛感しながら、意識して何かしなけりゃ本当に何もできなくなるなということを日々生活してます。

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もうちょい、続き。

2008年01月21日 21時44分44秒 | 社会
今日の授業、結構、どよ~んときてます(苦笑)。

最初っからうまくいくわけないって分かってても、悔しいよなぁ。何が噛み合なかったのか、わりと分析できているので、漠然とした悔しさではないから、それはそれでええんやけど。でも、現場でこういう気持ちになりながら、仕事や活動が進んでいくってことを忘れたら、いい仕事はできないよなぁと再認識。中間支援組織で働くって、そういう個々の現場での思いを助けるだけでなく、そういう思いが社会全体のどういう位置にあるのか、それを構造的な思い・やさしさにつなげていくことが大事なんだろうな。

このあいだ、栗原彬さんの話の中でも出てきたんだけど「感受性としてのやさしさ」から「構造的なやさしさ」、つまり、個々の現場で個々の人に向き合い、人間関係を築き、支援していくことももちろん大事なんだけど、そこから支援のネットワークを広げ、構造的にサポートできる環境を構築していくこと、制度として確立したり、支援が必要なくなるような環境を構築すること、でも、個々人が持つ「感受性としてのやさしさ」を消してしまわないようなものを作ること。

きっと、今日感じたことも、今日出会った生徒と僕の間での出来事という部分もあれば、もっと広く社会的に位置づく部分もあるだろうから、それをきちんと考えた上で整理しておかないといけないんやろうな。問題や課題を抱え込んでしまうことって、とりあえず当面しのぐための方法が生まれることはあっても、何かを根本的に解決することにはならないもんね。もちろん、物事を根本的に解決するのって大変やろうし、ほんまにできるんか?ってこともあるけど。
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学校で学ぶことと削ぎ落とすこと

2008年01月21日 19時50分45秒 | 社会
今日は、朝一時間目から中学校で授業。必死でちゃりんこで学校へ行ったんだけど、遠くの山には雪がつもってた。ふだん、見れないような景色が見れてちょっと得した気分。

授業はただでさえ時間が短くて四苦八苦してるのに、今日は短縮で45分。短い。感触的にはいまいち。圧倒的に力量・経験が足りてないということを痛感した。

で、最近、「身体」を論じる人が増えてきてるような気がする。哲学でもそうだし、日本語教育でもそういうテーマを設けていたシンポジウムがあったような気がする。確かに大事なテーマだよなって思ってはいたけど。今日、授業をやってみて、改めてそのテーマの重要性を感じた。ことばを介して人と関係を切り結ぶこと、その時に体が動かずことばもなかなか出てこない。いわゆる学校文化(とは言っても、その教室ごとに文化はかわる部分もあるんだろうけど)が染み付いていると、その雰囲気が授業に染み出して広がって、からだも動かなければ声も自由に響かせられない。でも、それになれてしまっているし、そうすることが「いい」と学んできている。

学校や教室、授業から離れてしまえばある程度解放される部分もあるんだろうけど、でも、大半を過ごす授業がそれじゃああかんかもなってことを感じた。もちろん、外部の人間やから言えることもあるんやろうし、なんとかしたいと思ってる先生もたくさんいるんやろうなと思う。

大沢さんとかが非識字の人たちが何を学んでこなかったのか、そのかわりに何を大事にしてきたのかということと同様に識字者が何を学んできたのか、それと同時に何をそぎ落とされてきたのかということを考えることが大事だという言葉が、一気にリアルになった。
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ぼちぼちと。

2008年01月19日 23時33分36秒 | 人づくり・場づくり
さっき天気予報を見てたけど、明日夕方から雪が降るらしい。大阪でもこのあいだちらほらと雪が舞ったけど。明日も寒いんやろうなぁ。

今日は午後から隣の市のボランティアのミーティングに参加。活動を作り上げるって本当に難しいなぁということを実感。別になにか悪いわけでもないんだけど。活動が周りに認知され、人が集うようになり、また社会の中での位置づけを意識した上で働きかけができるようになるまでは、やっぱり3年くらいかかるのかな。その活動だけががんばってできるようなものではなく、周りとのつながりや関係ができるまで時間がかかるもんね。うまく軌道に乗せるために、最初にやっぱり1年くらい下準備、下調べも欲しいところやもんな。

それに一番大事な人が育つのに、すごく時間がかかるもんな。こういう市民活動って知識とか情報だけで成り立つものではなく、そういった知識が身体化されて初めて社会的な意味を持つようになる気がする。

それを考えたら、今日の活動は始まって1年経ってないけど、ええんやろうな。もちろん、全てが順調に来たわけではないけど。

なんてことを考えながら、ちゃりんここいで帰ってきました。今日はほんまに寒かった。
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立ち話。

2008年01月19日 20時19分33秒 | 
今日、ひさしぶりにブラジル出身の女性が来た。もう60を過ぎてるのかな?最近、どうしてるんかなって心配してたけど、元気そうで何より。ほっとした。休日も仕事を頼まれ、どうしても断れなかったらしい。

彼女は簡単な漢字は読み書きできるけど、仕事で求められる読み書きは分からない。いつも、なんとかごまかしてやってるらしい。自分は「漢字が分からんから」って言ってるのに、いっつもいっつも作業の内容を書いた書類が回ってくるらしい。ほかの人にいつも聞くのは恥ずかしいのもあるし、しんどいと。だから、周りの人の作業の様子を見て、仕事をしているらしい。本当は残業も望んでないんだけど、頼まれるとどうしても断れない。年齢のこと、日本語のことを考えると、一度クビになったら、次の仕事が見つかる保証は全くない。彼女の性格を考えたら見つかるような気もするけど(見つけるまでは本当に本当に大変だと思うけど)、でも、「何とかしがみついとかんと」って。

「日本に来る前は、日本はきっちりしてるところだと思ってた。でも、今働いてる工場はいい加減やし、汚いし。それでもやらんと食べていかれへんやろ?」って。彼女は本当に苦労してて、ここでは書けないような悲しい出来事も経験してる。最後に「私、人生、このままで終わってしまうんやろか?でもな、そんなん絶対嫌やねん。このまま終わるのは嫌やから、だから自分が楽しめる場所を探してるねん」って。

彼女は普段の生活のことや思ってることを話してくれて「時間取ってごめんね。じゃ、仕事の続きしてや」って帰ったけど。いろいろ、学ぶというか、本当に大事な問いかけを受けたのは僕なんやろうな。
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「日本語」の恐さ

2008年01月18日 21時22分10秒 | 人づくり・場づくり
今日、会った人は来日5年。3年前に子どもが日本で生まれて。で、日本語は全然分からない。友だちもほとんどいないらしい。夫も一緒にいて、夫はわりと日本語ができるんだけど。大変やったろうなと思う。夫が店を経営しているので、そこでずっと一生懸命店を手伝い、子どもも一生懸命育ててきたとのこと。

この間政府が検討していた「日本語力」でビザの更新や入国に条件を加えるというのはラテンの日系人を考慮に入れてるのは分かるけど。今日、出会った人たちにも課せられるんやろうか。日本語のできるできないだけで、家族がばらばらになったり、望まない帰国を強制されたり。そうならないように必死に日本語を勉強したり。

う~ん。考えてしまう。
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