ふんでノート ~ちいきづくり・まちづくりと日本語教育

ちいきづくり・まちづくりと日本語教育をつなぐことを,「場づくり・人づくり」から進めていきたいと思ってつらつら書くノート

学び

2008年02月22日 21時11分05秒 | 
今日はばたばたしとった。どうなるやろと思ってたセミナーも無事に組み立てできたし。どたんばのどたんばでおもしろそうな人に来てもらえることに。3月が楽しみ。

で、もって明日も別のセミナー。

「重要なことは、こうした力が(逆向きのものも含めて)個々の身体に障害をもたらす「自然」の力とは別種のものであるということだ。今日、英語圏では「障害」概念を、身体に生じる純粋に物理的なimpairment(損傷)と、この損傷を理由に社会の側が当事者に対しておこなう様々なdisability(ここでは「可能性剥奪」と訳しておく)の二つに分けているが、後者の意味での障害は、まさにデュルケームの定義した「社会的事実」(=諸個人に外在し、これを拘束する力)の産物であって、「自然」に由来するものではない(市野川容孝『身体/生命』)。」

もともとはボランティアから始まった人らしい。それ以上のことは知らないけど。でも、以前、朝日新聞で格差社会について書いてた文章も切れ味鋭かったもんなぁ。...ってぼくが言うと、偉そうやけど。明日が楽しみ。

...外国人についても分離しつつ統合するということが考えられるんかな。

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ポスト日本語教育(...って?)

2008年02月20日 22時07分08秒 | 日本語教師のお仕事
「"ポスト"フェミニズムという言葉がある。これは男女平等が成し遂げられ、フェミニズムが役割を果たし終えたことを意味するのではない。ポスト・モダニズムやポスト・コロニアリズムなどとの連動の中で、女性の中の多様性が指摘され、民族や階級など他の軸との交差によっていっそう複雑化したジェンダー関係を読み解く必要があるという認識から来ている。」(宮地尚子『トラウマの医療人類学』)

これで「"ポスト"フェミニズム」をそのまま日本語教育という言葉に置き換えたら、それはそれで意味が通じるようで通じない変な文章になるけど。でも、かなり示唆的な文章だなと思った。

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つなぎ目

2008年02月20日 19時41分28秒 | 
宮地尚子さんの『トラウマの医療人類学』という本の中の言葉で「言葉が心と身体のつなぎ目にある」というのがあった。本のタイトルのようにトラウマ、PTSD、ジェンダーを論じている中での言葉なので、それをそのままスライドして考えると、もともとの意味を失ってしまうとは思うけど。

でも、言葉が心と身体のつなぎ目にあるということは大事だと思った。言葉によって考えていることを伝えるだけでなく、考えていないことも伝わってしまうし、思いなんかも同時に伝わる。それから見た目なんかも発された言葉と互いに照らし合わせるような形で「その人」を形作っていく。

こうやって考えていく時点で、もともとの宮路さんの意味はかなりわい曲してしまったなぁ。

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後ろ向き

2008年02月18日 17時56分04秒 | いろいろ
最近、ふと思う。この2年、日本語教育どっぷりという世界から地域での多文化共生どっぷりにちょっとずつシフトし、今年度なんかは仕事の上では完全にシフトしたわけやけど。いろいろ学んだし、経験したけど。何ができたんやろか。中途半端にいろいろ知ったけど、その反面、何も創れてないんちゃうやろかって思う。もちろん、2年で何か創ろうなんて発想がおこがましいのは重々承知やけど、それでもそう思う。

意味までよく分からないけど、最近、「ニヒリズム」という言葉が引っかかる。自分の考えていることと現実のギャップをうめていく作業をしないといけないんだろうけど、いろいろなことを知れば知るほど、今自分がのっかっているディスコース以外のものに安易に手を出せなくなってる。どこかでこの状況を越えるか、頭の構造ずらさすかしないとな。それが次の課題の1つかな。

現場って本当にいろいろなものが全て関わる世界やから、本気でやればやるほど、分からないことばかり見えてくる。それをどこかで暫定的に切って進むこと、分かってないということを受け止めながら進めないとあかんのやろな。それって常に現場から学ぶ姿勢を大事にすることやろか。それからミスや失敗をどうやってプラスに転換させるかという姿勢が大事になるやろなぁ。もちろんミスとか失敗って嫌やし、したくないけど。

...とか、うだうだ言いながら、結局はよう分からんまま仕事進めてます。こんな愚痴っぽい後ろ向きのことが書きたくなってしまうなんて、疲れてるんやろな、気分的に。
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アメラジアンスクール

2008年02月18日 16時33分42秒 | 人づくり・場づくり
土曜日はアメラジアンの話。基地の落とし子であったりとか、アメリカと日本のはざまとして表現されたりすることもあるけれども、むしろ実践の話からはいきいきとしたものを感じた。そして何よりすごいのはアメラジアンスクールは公立の学校にも居場所がなく、基地内の学校にもインターナショナルスクールにも通えない子の保護者が立ち上がってそのまま作ったということ。それを市民が支えているということ。もちろん、まだまだ課題は残っているらしいけど、市民の力ってやっぱりすごいなと感じた。

構造的な問題と個人個人の問題とは一致しないけど、切り離すことはできない。でも、何かをかえようとして働きかける時には両方を分けて動かないといけないんだろうなということを感じた。しかも、どっちの話をするかって時に確実に視点がかわってくる部分があるんだろうなということも感じた。

うまくまとめられないけど、でも、そんなことを感じました。
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ネットワーク

2008年02月16日 00時04分13秒 | いろいろ
今日、高校の時の友だちから電話がかかってきた。しかも、海外から。ふつうに出たけど、びっくりしたなぁ。もともとは高校の時の朝練仲間だったのが、気が付いたら同じ日本語教師仲間になってて。それが、今度は移民への支援を含めた地域づくりということで一緒ということが分かって、これまたびっくり。がんばってるみたいで刺激を受けました。

ネットワークっていろいろな次元のものがあって。本当にローカルにつながって、何かを一緒に生み出すようなネットワークから、地域は多少違えど同じ領域の人が集まって、ある領域特有の問題を解決することを志向するネットワークから。いる場所の広さから扱う領域の広さから、いろいろな次元のものがあるけど。

お互いに刺激を受けたり、有益な情報交換ができるつながりというのはええなと思った。

ただ、実際にはネットワークって、あっちゃこっちゃですたれたり発展したりするけど、...その違いは何なんやろ。完全に思いつきやけど、そのネットワークが他者にどれだけ開かれているか、そのネットワークが他者や他の領域をどれだけ志向しているかとか、いろいろなことがあるんやろうなって思ったけど、一つには内部に対しても外部に対してもどれだけ力関係に敏感であるかどうかって大きいやろうな。いびつな力関係(いびつとは全然感じないくらいに力関係が内面化されたり、内面化しようとお互いに努力することもあるけど)があるところでは議論は広がりを見せないだろうし。

ちなみに高校の時の友だちとの間には(多分)そういうものなんて全然ないので、ほんまに刺激的。ネットワークって数の世界で片付けられるようなものやないね。むしろ、力関係というものを条件として考えた場合には適正規模というのがあるんかな。
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活動と場

2008年02月15日 23時42分12秒 | 人づくり・場づくり
最近思うこと。活動を作るのか、場を作るのか。どっちが絶対的にいいというわけではないけど、両方を使い分けることで人が生きたり死んだりするんやろうなぁと。日本語の教室であろうと、地域の日本語活動であろうと、町づくりであろうといっしょかなって思う。
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「地域の日本語教育」という矛盾

2008年02月14日 21時42分17秒 | 日本語教師のお仕事
今日は人前で話。そういえば人前で話をするのって久しぶり。全部で50人くらいいたのかな。行政の人が中心だったので、どこまでちゃんと聞いてくれるのか不安だったけれど、ま、わりと聞いてくれたかな。ただ、あんまり笑いが取れなかったな。限られた時間でまじめに情報を伝えるのと、笑いを織り交ぜながらじっくり聞いてもらうのと、どっちの作戦でいくか練りきれてなかったから仕方がないか。それに笑いなんて普段から取れてないし(苦笑)。

で、話の後に「地域の日本語教育」について意見交換会のようなものがあったんだけど。もしかしたら、「地域の日本語教育」という枠でくくって、地域の日本語教育について語ることに限界があるのかもしれないなと思った。学校なら、成績を上げることができればそれでいいけど。地域で暮らす外国人はそういうわけにはいかない。そこでの出会いや学びや気付き、力をつけたり、いろいろなことが求められるというか、いろいろな人が出入りできるようにすることで、いろいろな形での出会いが生まれるんだけど。でも、最初の枠がせまいから、発展のしようがないなぁと。

それに、「うちは日本語教育じゃなくて日本語活動、日本語交流活動をしているんです」と言ったところで、それはごまかしのようなものにしか聞こえない。専門ではないけど、日本語について何もやってないというのはまずいし...というジレンマが見えるし、位置づけがはっきりしてなかったら、誰のための活動になってるのかということすら怪しくなると思う。

徹底して "場" の位置づけ、しかも、ほかの活動や地域全体の中での位置づけを考えないといけないんだろうな。
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これってESD

2008年02月13日 18時37分37秒 | 社会
今日は12月、1月に休日出勤した分の振り替えで休み。ここ最近、本を読む気にもならず、ブログを書く気にもならず。こりゃ、しばらく、お休みやなって思ってたんだけど。気が変わって、たまには本でも読んでみよかなと。で、気になった部分をうってたら、せっかくやし、ブログを書いてみようかなと。

『多文化共生のまちづくり』という本の中で公民館の人が書いている文章に次のような部分がある。
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全国公民館連合会が2000年代の幕開けに当たって次のような提起をしている。
 ・地域の教育施設として、具体的な地域課題の共有と実践の場の設定
 ・地域の文化・伝統・産業などを再発見・創造する継続的な学習機会の提供
 ・住民がボランタリーに責任を持って活動に参加するシステムと場の設定
 ・社会的課題の解決と、新たな社会創造にむけた学習機会の提供
 ・住民が多様な生き方を模索することを支援できる学習内容の提供

公民館が住民の実際生活に即した教育・学術・文化に関する学びを、単なる学習活動にとどめるのではなく、地域の課題の発見と意識の共有、解決に向けた実践を新たな社会創造をめざす継続的な学習機会の提供によって、住民を主体者として展開していることを期待しています。
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これってESDやなと。何も特別、ESDという名前にのっからなくても、再発見や創造が人を育てる、人や資源が地域を循環し、豊かな場があちこちに生まれていく。それってええよなぁ。何も難しいことを考えなくても地域でじっくりと取り組んでいく中から生まれてくるものを大事にする。で、同じ本で大学の先生も「個人的な信頼関係が地域や社会への信頼関係につながるのではないか。」って書いてるんだけど、ほんまにそうやと思う。

方向性だけは必要やし、実際に動くとなるとキーパーソンやタイミングやら人間関係とかすんなり進まないことも多々あるんだけど、何も難しいことじゃないのかもなって思った。
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ふんばる

2008年02月07日 21時17分40秒 | もろもろのこと
昨日、今日とぼーっとしてます。もちろん、ちゃんと仕事もしてるし、ちょっとずつ進んでるんだけど。ふんばりどころやね。こういう時こそ、がんばらないと...って思う。

話は変わるけど、市民活動って成熟まで時間がかかるし、成熟しないことも。やっぱり、それを仕事とするのとしないのとでは動きが全然かわってくるからなぁ。でも、外国人が地域で暮らす、しかも肩ひじはらずにくらせるようになるためには、市民活動がどこまで成熟してるかということが大きいと思う。本当に地道な作業だけど。
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3年

2008年02月05日 23時25分00秒 | いろいろ
今、地域べったりで活動をしているけど。地域の組織には市町村レベルのものも、都道府県レベルのものもある。省庁やそれの外郭団体もあれば、NGOやNPOもある。どれも遠いところでは同じものを目指しているんだろうけど、守備範囲は全然違う。仕事の進め方も全然違うし、誰がどういった関わり方をするのかということで、仕事の規模やスピードも全然変わってくる。

地域って、フットワーク軽く動くことは動くけど。市民活動や様々な行政機関、団体、事業者とのネットワークや関係作りを考えると、信頼関係を築くのは意外に時間がかかるなぁと思う。ただ、これは地域に限らず、どこでやる場合もどのレベルでやる場合も一緒かもしれないけど。人作り、場作りをしていく中で、しかも持続可能な形で仕事を進めていこうとすると、時間がかかるなぁというのが率直な感想。

うちの職場では種まき1年、芽が出てくるのに1年、ようやく育って形になるのにさらに1年って感じやもんなぁ。このへんのギャップはもともと研究畑でやってきたから余計に感じるのかな。研究にそんなんはあんまり関係ないもんな。フィールドに入るときは別やろうけど。

何となく、そんなことを感じてもんもんと。

話、変わるけどドーンセンターはどないなるんやろか。
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周り

2008年02月05日 12時02分38秒 | 人づくり・場づくり
先週の土曜日の語りについて考えたこと。

その人は6歳で来日し、さまざまな苦悩や葛藤を抱えて12歳で一人帰国した。学校で経験した苦しさや辛さ、周りから受けた「受け入れられないという態度」は確かに大変だったということは伝わった。子どものころのことだったので、忘れたこともたくさんあると言うけど。

でも、その日の淡々として軽快な語りからはどうしてもその時の苦悩や葛藤の中心に迫れないと感じた。言葉に出てこないこと、そこにどう思いを馳せるか、そして周りが決して立ち入ることはできないけど、でも、吸い寄せられるような闇に思いを馳せることは大事なんだろうなと思う。

ふと思い出したのは、ある研修生との会話。同僚のこと、仕事のこと、休みの日のこと、いろいろ楽しそうに話をしてくれるけど、仕事の話が中心になりだすと、ぱたと会話が止まり、急に話題が他のことへと移る。そこに何かあるんやろうなと思うけれども、絶対に触れず、会話はその周りをぐるぐる回るばかり。

信頼関係ということもあるかもしれないけど。でも、語ってしまった瞬間にそれは闇であったことが闇でなくなり、急に扱いやすいものに変質してしまうんじゃないだろうか。

だから知ることはできないというのは無責任のような気がするけど。でも、本質的にその立場に立つことはできないということ、同一化はできないということを頭に入れておくのは大事な気がする。

多文化共生、地域づくり、日本語支援、学習支援、いずれについて論じるときもそうかなと思う。それを受け止めた上でどうするかという話があってもええのかなと思った。
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右と左

2008年02月05日 11時20分58秒 | 社会
1月31日の毎日新聞の記事。

「中島岳志的 アジア対談」の中で「結局、『右翼』ってなんだろう?」という記事があった。おもしろい指摘として同じことを論じていても時代が変われば、それが右として扱われたり、左として扱われたりすること、...なるほどなぁ。

それから「右翼とは一君万民の思想で天皇という超越を掲げればすべての民衆は一般化される平等思想」「失われた美しい過去や母なるものへの回帰が広い意味での右翼の定義」「弱者としての自分を包んでくれるものが不可欠になる」、「一君なしの万民思想が左翼」「前提は『自立した孤独な個』が対等に連帯すること」、「左派には普遍的な展望を考える理性への信頼があり、これがおそらく左翼よりも広い左派の定義」「右派は、人間は何かに限定されて生きていると考えます。自分を限定する時代や空間に自覚的です」

自分の考えていることがどっちに寄っているかということではなく、自分の考えていることをふり返ってみる材料になる話だなぁと思った。右と左のどっちがどうかという議論はぼくの手には全く負えないけど。自分が考えていること、仕事でしていること、話していることの根底に何が流れているのかということを考えられる。もちろん、この話をベースに考えることで流れてなかったものが流れ出す、流れていたかのように思い込む可能性はあるけど。
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絵に描いた餅

2008年02月04日 07時02分32秒 | 
『解放教育のグローバリゼーション』という本の中で多文化教育について論じている章があるんだけど、その中ではっとした文。

「白人性はどこにでも存在して『より劣った他者』のありようを照らし出すが、それ自身の特徴はつかみどころがなく、問われもしないのである。」

「不可触性によって白人の人びとは人種的アイデンティティ政策の外側におかれてきた。『彼ら自身のアイデンティティは、批判されることはあっても決して揺らがず、消滅もしないことが前提になっている。』したがって、マイノリティが自分自身の存在を確かにするための作業をしているとき、白人の人びとに与えられる役割は『消極的な傍観者』であるか、さらに悪い時には『人種主義者』ー少なくとも潜在的な差別者というカテゴリーなのだ。」

多文化共生を論じる中で日本人、マジョリティの変革は欠かせない項目となるんだろうけど、実際のところ、そこまで踏み込んで何かについて論じているものは少ないのかなと思う(読んでいるものに偏りがあるだけかもしれないけど)。そこも視野に入れないと論じきれないし、それこそ絵に描いた餅になるんやろうな。
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海を渡る

2008年02月04日 01時15分48秒 | 
これも昨日の話。

6歳の時に来日し、結局日本の学校になじめず、12歳で一人で帰国した人の話。学校で暴力を受けたわけじゃないけど、一言一言がぐさっとくる、さりげない言動が期待感を失わせ、それが孤立を招き、無力感が積み上げられていく。助けてくれると思ってた先生も特別ひどい言動があったわけじゃないけど、でも、積極的なサポートとは言えないようなものだけだと、逆効果になるんやなぁと。勉強が嫌いだったわけじゃないけど、何のサポートもなく。日本語も自学自習の中で教科が分かるわけでもなく、周りの「ばか」という言葉を自分の心の中に少しずつ沈澱させていく。

息が詰まるような環境の中で、ふるさとや友だちへの思いばかりが募り、意を決して一人で国へ戻るけど、6年のあいだにふるさとの風景も友だちも変わり、気が付けば母語も成長が止まっていて授業についていくのも無理な状態。自分が何なのか喪失感を味わい...。今も言葉が苦手というか嫌い。子どもの時の思いは残るし、大人になった時に大きな影響を与えるよって。

「12歳の時に一人で国に帰ることは自分で決めた、自分の意志で決めた」と言うけど。日常生活の中で「こっちに決~めた」という時の決めたと、この時の「決めた」という言葉のギャップにたじろぐ。ほかにどれだけの選択肢があったのだろう。帰国を決める時に家族のこと、家族と離ればなれになることは全く考えなかったって言ってたけど。それすら見えないほどに、息が詰まり、視野が狭まるような生活をしてたんちゃうんかなって思うと、聞いてた僕も息が詰まる。

「全く日本にいい思い出はないし、学校のことも嫌なことばっかり。楽しいことって一つも覚えてない。もちろん、いい友だちもいたし、近所のおばあちゃんでとても好きなおばあちゃんもいたけど、日本のことは大嫌い。今は住もうと思えば普通に住めるけどね。」

明るい感じで軽く語ってくれたんだけど、その内容とのギャップに、かえって深く考えさせられる。

今、日本ではこういった子がどんどん増えてるんやろうな。帰国の選択肢すらない中で、次が何も見えない中で生活してる子もたくさんいるんやろうな。

「将来のことは全然考えなかった。考えられなかった。中学校とか高校とか将来とか。」

先週、家族で東海地方へ移って行った子がいたけど。うまくやってるんかな?やっていけるんかな?...そう願うだけやわ。
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