ふんでノート ~ちいきづくり・まちづくりと日本語教育

ちいきづくり・まちづくりと日本語教育をつなぐことを,「場づくり・人づくり」から進めていきたいと思ってつらつら書くノート

大阪遠征

2014年10月25日 20時07分45秒 | いろいろ
とりあえず終わり。いろんな人に会えて良かったけど、反省せなあかんこともたくさん。

あと、自分の感覚や興味関心がさらに変わってきていることを感じたかな。

何やろ、とにかく疲れる。
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大阪

2014年10月23日 21時10分43秒 | いろいろ
街中も電車の中も街頭の自動音声のアナウンスも東京よりうるさい気がする。

でも、やじゃないな。
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公共心とお金

2014年10月18日 19時38分13秒 | いろいろ
「それをお金で買いますか 市場主義の限界」マイケル・サンデル

非市場的な状況にお金を導入すると,人々の態度が変わり,道徳的・市民的責任が締め出されかねないということだ。市場関係の腐食作用は,ときとして価格効果を圧倒するほど強力である。

公共心を侮辱し,道徳教育・市民教育を歪める。

===
まだ,よく分からんけど,公共心により成り立つものと,契約や市場原理によって成り立つものは違うということ,だから,中途半端なお金の関与は一番たちが悪いということ。実際に効果も上がらない。

なるほど。
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中野

2014年10月16日 22時32分51秒 | いろいろ
最近、ずいぶんと涼しくなって行き帰りもバスに乗らず、歩くように。

もう少ししたら桜並木の葉っぱも落ちるんやろな。お寺の隣の公園はイチョウがきれいになるんやろな。

そんなこんなでこの街に住んで1年になるんやな。

川崎も大好きやったけど、中野は中野で味があるなぁと思う今日この頃。
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個人や地域

2014年10月13日 10時37分49秒 | いろいろ
土曜日のオーバーステイで入管に収容された経験のある人の話,日曜日のシティズンシップの話とで思ったこと。国家はやっぱり国家やな。

「日本」という単位で移民について考えることも大事なんだろうけど,なるべくナショナルに絡めとられにくい位置から,多分,「個人」や「地域」から移民について語り,考え,言説を編み出していかないといけないんだろうな。もちろん,それは単純にナショナルな位置からに代わるものではなく,カウンターを作っておかないといけないだろうなと思う。

「人材(財)育成」や「活用」などといった体のいい人の資源化のロジックと現状を見極めていくことが必要だろうし,その根底には市場化があるんだろうな。ということはグローバル化も当然絡んでいるということ。

今は現状を変えること,取り替えるロジックや世界の見方は分からないけど,だからこそ,その中でも生き残る,むしり取られない,使い捨てにされないように一歩を刻んでいくためのロジック?社会?仲間?考え方?見方?空間?場所?を作っていかないといけないんだろうなと思う。

まだ,作らないといけないだろうものは,全然つかめていないけど。
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「多文化共生」の今

2014年10月13日 10時02分39秒 | いろいろ
青山学院大学で行われた「多文化共生」の現在を問う~誰にとっての,何のための「シティズンシップ」なのか~に参加。以前から気になっている領域ではあるけれども,勉強不足もあり,十分に理解できたとは思えないけど,メモ。発表者の意図とは違う部分もあるだろうと思うけど,飽くまでも私の解釈メモ。備忘録。

・シティズンシップはマイノリティにとって権利の確保のための武器になる一方でマジョリティにとってマイノリティの社会統合や管理のツールにもなる。ヨーロッパでは移民を国民化するための回路として議論されてきている。また,移民の問題を政治化するための道具として使われている。ヨーロッパでは多文化社会が当然となり,戦後,人権を保障する国家でないと近代国家としての正統性をもち得ない状況の中で議論されてきている。
・移民の選別やバックラッシュが引き起こされている現在,グローバル化した世界において,移民は「リベラル国家」への重大な挑戦と位置付けられている。また,移民に関わる議論は新たな局面の中で,ナショナルなものの再構築の議論に取り込まれようとしているのではないか。
・韓国生まれ・韓国育ちの特別永住者が誕生している。これは特別永住者の継承によるもの。日本と韓国の両方にまたがって生活したい,その方が得だという人がいる。
・国籍や特別永住者としての立場を資源として活用しつつ,民族性にこだわっているというケースがある。特に特別永住者がいなくなることが在日朝鮮人の歴史の扱われ方がどうなるか,消えてしまう可能性があるのではないかという考えもある。
・昭和の日の制定運動などは,それらを望む人はごく一部かもしれないが,それが政治プロジェクトとして成功してしまう政治構造とはいかがなものか。
・在留カードの「台湾」表記の容認は東京都から始まっている。
・だれと手を結ぶか,共闘するかという判断が難しくなってきているのではないか。どういった立場かということの解釈が難しくなってきている。
・市民権と国籍はイコールではない。少し昔のことを考えれば,国籍を有しているが,市民権を有していない人はたくさんいた。臣民など。
・今は権利のゼロサムゲームになっている。だれかに権利を付与することはだれかから権利を奪うことと同義になっているが,それは本当か。
・シティズンシップがあるからといって平等というわけではない。選挙などで自分たちの立場を理解してくれる人いなくて,が投票したい人がいないなどのように常に発揮できるわけではない。そういったことを考えると「~ができる」といった見方で捉えることが大事ではないか。
・新右派は人をリソース,資源として見ており,それらを総動員して状況を打開しようとしている。日本でもオーストラリアでも女性や外国人を取り込もうとしている点では同じ。特に外国人は国益になるのであれば受け入れるし,そうでなければ受け入れない。人権ではなく功利的なアプローチであり,権利は貢献に対する報酬という形になっている。
・リベラルな人を組織化する動きがないというのが現在の課題かもしれない。
・メディア,教育,インターネットは大きな問題をはらんでいる。特に悪いステレオタイプが繰り返し流されることに対してもっと考えるべきではないか。視点や描き方の多様性が欠如している。
・毎年500校ぐらい小中学校が減り続けている。今は政府も外国人,移民ということに本腰ではないが,5,6年すれば変わるのではないか。
・排外主義は通常,ニューカマーに向かうが,在日コリアンに向かうのはなぜか。仮説段階であり,検証を行ったものではないが,政策遂行のためのプロパガンダであり,在日コリアンがネックになっていると考えることができるのではないか。ただ,それだけに向かっているわけではない。
・在日コリアンに対しては国籍取得緩和法案など,簡単に帰化できるようにするので,権利の観点から様々な論議を呼ぶので,これ以上外国人でいることをやめてほしいと解釈できるような動きがあった。ただ,それに対して「国民として巻き込まれることの意味」を知っているので望まない人が多かった。もちろん,多重国籍が容認されれば,日本国籍も取るだろうけど。人権として要求していることと,資源として提供されることとの間にずれがある。
・在特会は2006年9月26日に第一次安倍政権が成立した後,2007年1月20日に生まれている。
・2007年11月20日にはUS-VISITが導入されている。
・最初のターゲットは2009年2月のフィリピン家族であり,必ずしも在日コリアンだったわけではない。攻撃の対象は在日コリアン,韓国,中国,ロシア,部落解放同盟,日教組,ロート製薬,フジテレビ,慰安婦,反原発,原爆被害者などであり,右派が主張しているところを網羅的にターゲットとしている。政策の広告塔としての役割を担っているとも考えられるのではないか。
・今の日本社会ではヘイトスピーチは「暴力」だとは認定されておらず,表現の自由の中で守られてしまっている。2014年7月16日には,ヘイトスピーチに対するカウンター行動を行った人が大阪府警に逮捕されるということが起きている。表現の自由を阻止する行為が暴力行為となっているということ。また,ヘイトスピーチの規制については,反政府運動を「ヘイト」としてしまおうという動きが永田町の中である。
・カナダのように法規制が行われているところであっても価値観が多様化している中で何を「ヘイト」とするかということは難しい問題である。
・イスラム国について,多様な国の出身者がいる。本来,国家は国民を守るべきものであったはずだが,イスラム国への対応を見ていると,敵の一部は自国民であり,それらの人は思想信条のマイノリティであると言える。こうなると外国人にテロリストの可能性があるということではなく,国民も含めて全ての人間にテロリストの可能性があり,監視,管理をしないといけない状況となっている。US-VISTはアメリカ,日本,韓国で同じ仕組みとなっているが,複数の国単位で管理する仕組みが作られているということ。
・価値やイデオロギーに対する攻撃が行われる現在,日本人だとされていた人も弾圧を受ける可能性がある状況が生まれつつある。国籍や国による保護は自明のものではなくなってくるのではないか。
・今の時代のシティズンシップとは何か。外国人受入のときにシティズンシップが出てくるが,日本国民の中でもどうなっているのかということを考えないといけないのではないか。
・未だに多くの差別があるが,ジャパニーズドリームはどのように達成できるのか。最低限の支援から人材の育成へ移行することが必要ではないか。帰化していない難民の子どもは無国籍だったりする。30年以上経っても,ジャパニーズドリームは見えてこない。周りの理解やあれば,とっくに多文化共生の社会になっているはずではないか。
・これまでの多文化共生の議論では歴史が欠如している。政治的な権利などもそう。結局,植民地支配とどう向き合うかということになる。今,全てを総動員しようとしている時代であるという認識の中で,シティズンシップを捉え直すべき。国家に対して個人をどう復権するかということになるのではないか。個人が国家と1対1の関係を持つという時代は終わりつつあるのかもしれない。少なくともそこからはみ出ている人たちは大勢いる。また,シティズンシップは国家に対する忠誠に対する恩恵ではない。兵役の良心的拒否などの議論も参考になるのではないか。
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備忘録

2014年10月12日 12時22分38秒 | いろいろ
「それをお金で買いますか 市場主義の限界」

市場の論理が広がることにより、価値判断を避けるようになった。貨幣や価格が決めるので、それ以上にはいらない。

その結果として公的言説から道徳的・市民的エネルギーが失われ、管理主義的な政治がはびこる羽目となった。


…といった部分、何となく。
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2014年10月12日 10時12分54秒 | いろいろ
外国人の話を聞くワークショップに。

フィリピン出身の女性で1993年に来日。夫もフィリピン人で日本で子どもを二人出産。何年かしたところで,自分は在留資格が切れてしまったけど,夫が引き続き,日本にいるということで自分の在留資格は得られなかったけど,日本に残ることに。

その後,家族全員がオーバーステイの状態となったものの,普通の生活をしていたが,2006年に入管の摘発を受け,夫婦は入管に収容。子どもは児童相談所に。

入管の摘発は朝,5時にドアがどんどんとたたく音で目が覚め,「そこにいるのは分かっているんだから,出てこい」と。ドアを開けると入管職員10人ぐらいに囲まれて,恐怖の中,みんな震えている状況の中,連行されたとのこと。子ども達は児童相談所に連れて行かれたものの,両親ともに最初は児童相談所に入れられたことも知らされず。夫の姉が子どもを探してくれたんだけど,どこの児童相談所にいるかということも教えられず,県内の相談所を回って,やっと見つけられたとか。

入管に収容された二人は,制度的なことが分からず,手続き的なことも分からず,不安な日々を過ごしたとのこと。しばらくして,牛久に移された。本人も夫も牛久に収容されたけど,直接連絡は取れず,文通でやり取りをしたとのこと。

ちょうど収容されているときに,フィリピンから両親が来た。日本に来て初めて両親と13年ぶりに会ったとのこと。もちろん,面会室でのガラス越し。

子どもたちはそもそも日本で生まれ育ち,ずっと生活してきたから,なぜ,親が収容されるのかが分からず,全く理解できず。仮放免を求める署名活動などをしたんだけど,学校の先生や友達はいっぱい手伝ってくれたそうだけど,でも,そもそもなんでこんな状況になるのかが理解できない中でストレスフルな毎日を送っていたとのこと。

4年3か月,収容された後,ようやく仮放免されたものの,最初は入管職員に「子どもたちと一緒に過ごすためには帰国するしかない」と言われ,帰国を約束する書類にサインをしたり…。もちろん,本人はどういった書類かはよく分かっていないけど。

また,いつ再び収容されるかという恐怖の中での暮らし。

その後,特別在留許可が出て,平和に暮らしているけど,子どもは家の近くで品川ナンバーの車を家の見るたびに,また,どこかに連れて行かれるのではないかとおびえることがあるとのこと。


子どもはフィリピンに対してとてもネガティブなイメージを持って育っていたけど,在留特別許可が出て,ようやくポジティブに受け止め始めたとのこと。また,在留特別許可が出てから,二人の子どもを生まれて初めてフィリピンに連れて行って,ようやく自分の目で自分のルーツを見聞きし,体験して,前向きに,多角的に受け止められるようになり,日本で流されているフィリピンのイメージに対しても流されることなくクリティカルに見られる要になったとのこと。

在留特別許可や仮放免や,その辺りの話は私はそんなに詳しくない。周りに親が強制送還された人たちはいたけど,それも後から出会ったので,よく分からないことが多い。

人間としての尊厳がないがしろにされる,周縁的な部分で人権が引きはがされる部分について,もっと知らんとあかんなって思ったし,知らんと何を大事にせな分からんやんかって思った。
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かっか

2014年10月11日 01時01分42秒 | いろいろ
かっかときてたけど,ちょっと落ち着いたかな。

昨日のコーディネーターの話じゃないけど,結局,どれぐらいいろんな立場を想定できるか,視野から眺めることができるかってことにつきるんだと思う。

言いたいことを言わなくなったら,言えなくなったら終わり。でも,言いたいことをいうだけになってもしょうもないと思う。子どもがおもちゃやさんの前で「おもちゃ買って~」ってだだをこねるのと同じ。

世の中には絶対に大事だって思うのと同じぐらい大事じゃないと思う人がいて,絶対にいいと思うのと同じぐらいよくないんじゃないかって思う人がいる。

圧倒的に足りないのは外国人支援や日本語教育のポジションに関する認識。マイノリティのたたかいはそこからやろ。
正論は決して捨てないし,捨てるつもりもないけど,それだけ掲げとってもしゃあないやろ。

おう?
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2014年10月10日 23時38分32秒 | いろいろ
敵を作らんと自分を証明できないと感じてる人間って悲しいなぁ。

とても残念な気持ちになる。

でも、手っ取り早くて、よく、使われる手法であることは確か。


確かではあるけど、薄い。

だから、とても、残念。


だから、自分も反省。
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くだらねぇ

2014年10月10日 23時23分02秒 | いろいろ
意味のないべき論、皮肉、根拠のない主張、「意見」というただの筋違いのお願いや願望、また、それに気付かないこと。

くだらねぇ。

社会のいろんな仕組みやら構造やらを知るにつけ、難しさを感じる。

自己満足と、社会を変えようとするクリティカルな一歩には本当に大きな溝がある。


まじでくだらねぇ。っちゅうか、めっちゃくだらへんなぁー。
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関西弁

2014年10月10日 23時14分02秒 | いろいろ
最近、夜は眠いし寝ないと次の日が持たないということ、お酒は飲んだら酔っ払うということが分かった。

たぶん、働く環境がめちゃくちゃやったんやと思うし、気付いただけ良かったって思う。

未だにそうやない部分がようけあるし。

全然話が変わるけど、今日は大阪市役所に電話して関西弁がこてこてでびっくりした。自分の話す言葉は、なんかうすまっとるんやろなぁ。
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職場の飲み会

2014年10月10日 23時07分07秒 | いろいろ
楽しいような楽しくないような。

ま、これも一つの仕事…やなくて、業務ってところかな。ま、気楽に気さくには、ええことやけどね。

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欲張り

2014年10月09日 23時57分18秒 | いろいろ
相手の立場に立って,どうすりゃお互いに気持ちよくやれるか,お互いにメリットが得られるか,お互いに楽しくやれるかって感じで欲張れるかどうかがコーディネーターにとって大事なんだろうなって思う。

そうじゃなきゃ続かないし。
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多言語化

2014年10月09日 08時23分16秒 | いろいろ


多言語化の取り組み。
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