ふんでノート ~ちいきづくり・まちづくりと日本語教育

ちいきづくり・まちづくりと日本語教育をつなぐことを,「場づくり・人づくり」から進めていきたいと思ってつらつら書くノート

パージ

2008年03月26日 21時04分35秒 | いろいろ
絶対に許されへん。自分のアイデンティティを築くためだけに始めたことで、人が倒れて。ほんで、人が除名されてって絶対許されへん。絶対やわ。

本当はもっと勉強したいし、自分の学んだこと、経験したこと、感じたことを書き記したいんやけど。落ち着くまでは難しいかも。一旦、明日で一区切りやねんけどね。
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暴力

2008年03月11日 21時00分51秒 | 社会
某知事が暴れてます。収入の範囲内で予算を組み立てるというのは確かに正論だと思う。でも、それだけで物事がすすめられるものなのかということも一方で思う。表面上の言葉のやりとりはあるけど、お互いの意見・思考・思想をぶつけあうような対話はしない、何をするにしても説明をしない・説明が必要であるとも思わないということがどれだけ暴力的なことなのか分かっているんやろかって思う。

で、たまたま読んでた新書で、今の世の中(1980年当時)には前提としての経済主義があると言う(日高六郎『戦後思想を考える』岩波新書)。経済主義がもたらした弊害として日高は次の三点をあげているんだけど、(1)環境の破壊(2)人間関係の破壊(損得を一番の基準とし、相互扶助の精神を失うこととなった)(3)アジア諸国との間に潜在的顕在的矛盾を生み出した...。

合理化、効率化って確かにいい面もあるだろうけど、合理化や効率化の全てにちゃんと説明ができるかというと微妙な気がする。それこそ経済主義になるんじゃないかな。たしかに、今は経済を無視して何かを考えることが無理だから(だから前提としての経済主義というように日高は言ってるんだけど)仕方がないのかもしれないけど、でも、説明のつかないような、あるいは、説明が乱暴や合理化、効率化っていかがなものかなって思う。今みたいな時代だからこそ、なぜ合理化、効率化が大事なのか、一番大事な要素として見られない時もあるんじゃないかってことを考える必要がある気がする。

外国人労働者の語られ方、なぜ外国人労働者がこれほどまでに語られるかということも経済を抜きにして説明することはできないし、社会の大きな流れと照らし合わせて考えていかないと、人が人として生きられないようになるんちゃうかなって思う。

...酔っ払いの戯れ言。

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やれること

2008年03月11日 20時50分55秒 | いろいろ
頭いたかったけど、ふっきれた感じ。食うか食われるか。社会ってそんなもんやんなと妙に割り切れたので、とりあえず、今、自分にできることを地道に続けるだけ。自分でコントロールできないことは頭いためて悩むだけもったいないもんね。

というわけで、勉強開始。事業の準備開始。

今、来つつある流れをどこまで自分のものにできるかが勝負やもんね。


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あたまいたの種

2008年03月08日 21時19分38秒 | いろいろ
どうしようもなく頭が痛い。体調が悪くて頭が痛いんじゃなくって、頭が痛いことがあるということ。先々月から。たまにどうしようもなく、何もできんくなる。でも、それでも、やることやらなきゃな。
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流れ

2008年03月08日 21時16分50秒 | 人づくり・場づくり
今日は年末年始と「なんで来るの?」と言われながらも、何度か足を運んだ中学校の先生に誘われて、ある研究会の会議へ。

何をするのか全く分からないまま参加したんだけれども、思いのほか、話が広がりそうな感じ。小学校・中学校とその先生、高校、大学、地域のボランティアや企業をどうつないで、どんな出会いを生み出して、外国にルーツを持つ子どものサポートと地域変革を実現するか。

そんな簡単でないことは重々承知だし、難しいやろうなぁとは思うけど。でも、チャレンジしてみようと思った。ちょろちょろっときた流れをぐっと広げて、強く持っていかないとあかんのやろうな。正直、できるかどうか不安やけど、やってみたい。やるぞ。
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win&winの関係と価値

2008年03月08日 21時10分23秒 | 社会
昨日、生まれて初めて法善寺横丁で飲みました。神奈川から知り合いが来て、まず道頓堀で一軒目。水掛地蔵(?)に水をかけて(酔ってたので、至近距離にも関わらず外したけど)、法善寺横丁へ。大阪の商人になった気分でした。

ちなみに昨日飲んだ人は一般の会社で障害者雇用の促進を企業と一緒にやってる人。実際にその企業のお偉いさんも来てたんだけど、おもしろかった。合理化、効率化が最優先される社会の中で、企業も市民も、まだまだ新たな価値を生み出せるんだということを実感した日でした。

よく協働の話になると、win&winの関係をどう作るかという話はよく聞くけど。昨日、話していたことを振り返ってみると、win&winの関係は既存の価値観の中でお互いのメリットを探りあう感じだなぁと。で、実際に多様な主体がかかわり合って活動する中でwin&winを超えて、新たな価値を生み出す可能性があるということを知ってぞくぞくしました。実際、そういったことが簡単にできるとは思わないけど、でも、そういった可能性があるし、そこを目指さないことには本当におもしろい町づくりにはならないのかなということを感じました。
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ビリヤード

2008年03月05日 23時15分32秒 | 社会
学部時代にちょくちょく通っていたので、ジャンプボールが3回に1回の確率で成功します...って話じゃなくて。

人の動きってビリヤードのようなものだなと。ある打ち合わせで格差社会をテーマに話をしていたんだけど。結局、仕事にしてもお金にしてもパイが全体のパイが限られている中で人が競争する。当然、いわゆる勝ち組と負け組が出てくる。成功者の話は確かにがんばったと思う。でも、最初っから割り当てがない人がある程度出てくる中での競争、しかもそれが生存や人としての最低限の生活を脅かすような富の分配をもたらすようなものだとしたら。

恐ろしいけど、でも、それが現状なんだと思う。南北問題でそういうことが語られるけど、日本の中でも実際にそういうことが起こっているし、本当に奴隷としか思えないような現状で生きている人もいる。そういった悲惨な現状は下手をすれば格差社会という言葉で語られず、別のタームで心地よいところにおさめられるけど。でも、それって何なんやろなって思う。格差社会という言葉で語られる格差と格差社会という言葉で語られない格差。その違いが何を生み出し、何から目を背けられるようにしむけられているのか。何に注目することで、何が失われていっているのかということは、ほんと真剣に考えないといけないよなぁ。
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揺さぶり、ぶらぶら

2008年03月01日 00時47分57秒 | いろいろ
最近、現場の感覚が染み付いてきたのか、研究する気持ちはあっても研究的な発想が難しくなってきた。いったい、どこへいってしまうんだろう?

とか、言いながら、今はその揺さぶりを楽しんでたりします。こういったところで苦しんで、初めてええものできるんやろうな、現場も研究も。
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