Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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岐阜大学「ヒポクラテスの木」プロジェクト完了

2023年10月07日 | 医学と医療
3月31日に植樹したヒポクラテスの木ですが,注文していた石碑が出来上がり,昨日,設置いたしました.私は2週ごとに病棟実習に訪れる5年生と一緒に「ヒポクラテスの誓い」を読んでいますが,講義後,彼らと一緒にヒポクラテスの木を見に行きました.これは自分が学生のとき,医学部長でいらっしゃった武藤輝一先生がしてくださったことです.同じことを岐阜大の学生にしてあげたくて,2年半前に準備を開始しましたが,ようやく,昨日,その夢が実現しました!

「ヒポクラテスの木」は,ヒポクラテスがその木陰で弟子たちに医学を教えたというギリシャのコス島にあるプラタナスの大樹のDNAを引き継いだ木です.日本にはいくつかの系統がありますが,有名なものが蒲原株です.これは著名な整形外科医,医史学者で俳人でもある蒲原宏博士が,1969年にギリシャのコス島で木の実を採取し,日本に持ち帰り,みずから播種育成されたものです.私が学生の頃,武藤先生に教えられて見に行った新潟大学のヒポクラテスの木はそのうちの1本です.2年半前に蒲原宏先生にお願いし,造園家のS氏が,新潟大学の木から挿し木,分苗移植したものを育ててくださいました.2年かけて移植ができるまでに育ったその木は,その後,みるみる大きくなりました.日本脳外科の父と呼ばれる中田瑞穂先生は,新潟大学に植樹する際,病床で「やがて大夏木になれと植ゑらるゝ」と俳句を詠まれましたが,私もこの木を見るたびいつも同じ気持ちになります.さらに順調に大きく育つことを祈っています.




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手の空中浮遊(Arm levitation)

2023年10月05日 | 運動異常症
7月に開催されたMDSJのビデオセッションにて,専攻医下郷雅也先生が発表し,会場にどよめきをもたらした症候です.Neurol Clinical Neurosci誌に報告しました.

50代右利きの女性で,2年前から左腕を不随意に,ゆっくりと頭上に挙上する症状が,繰り返し出現するようになりました.右腕を使わなければ,自分の意志で左腕を下げることはできませんでした.じつは私が外来で初診し,手の空中浮遊(Arm levitation)にしては上がり過ぎだろうと思い,機能的神経障害(functional neurological disorder; FND)を疑い,いろいろなFNDの診察手技を試みました.例えば左腕から注意をそらしても減少せず(distraction),左腕に注意を向けても増加しませんでした(attention).精神疾患や身体化障害はなく,逆に神経診察で運動失調,パーキンソニズム,腱反射亢進を認め,困惑しました.入院していただき,下郷先生がしばらく隠れて観察していても,上肢の挙上は持続しました.MDS MSA criteriaでclinically probable MSAを満たし,MRIでputaminal rim sign,DATで取り込み低下,SPECTで右優位の両側前頭葉低灌流を認めました.十分な文献検索のうえ,手の空中浮遊はFNDによるものではなく,器質性のものと結論づけました.



本例より2つの新しい知見が得られました.第1に,MSAでもArm levitationを呈することがあること(ただし病理学的に確定したわけではなく,タウオパチー等の可能性もあります).ちなみに原因疾患として,進行性核上性麻痺,大脳皮質基底核変性症,脳卒中,ヤコブ病が報告されています.第2にArm levitationでは腕が肩関節を超えて上昇することがあるということです.調べた限り,本症例のように肩関節を超えて頭部に達した症例はありませんでした.

下郷雅也先生による最初の症例報告ですが,しっかりまとめてくださいました.若い先生方が症例報告を執筆する習慣が身につきつつあり,とても頼もしく感じています.

Shimozato M, Yoshikura N, Kimura A, Otsuki M, Shimohata T. Arm levitation in multiple system atrophy. Neurol Clinical Neurosci. 02 October 2023.(doi.org/10.1111/ncn3.12780

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アルツハイマー病抗体薬レカネマブ使用においてApoE4遺伝子検査は必要である(2)

2023年10月01日 | 認知症
カンファレンスでは,さらになぜ日本でApoE4遺伝子検査が容易でないか,レカネマブ使用患者が脳梗塞を来した場合のrt-PA療法の安全性について議論しました.

【なぜ遺伝子診断が容易でないのか?】
本年5月のJAMA Neurology誌の論評で,少なくとも以下のような問題が生じうると述べています.

1)大規模に行うApoE遺伝子検査の結果を患者・家族に開示する医療行為は,倫理的,法的,経済的に難しい問題があり,倫理学者,法律家,政策立案者は早急に検討をする必要がある.

2)臨床医は遺伝子検査の結果(図1*)を効果的かつ安全に患者・家族に開示するためのコミュニケーション・スキルをトレーニングする必要がある.
*図1は遺伝子診断の報告書(https://www.premedica.co.jp/project/apoe/).



3)さらに臨床医にとって,患者・介護者の苦痛の評価と開示後のカウンセリングも必要になる.特にε4キャリアであることが判明し,レカネマブを使用しないことが決定される患者・家族への対応は重要である.加えて,ε4キャリアは,虚血性脳卒中,脳出血,うつ病,てんかんなどの他の疾患を発症するリスクが高いことを意識した開示後の診療が望まれる(臨床倫理的問題).

4)認知障害を持つ親のε4キャリア状態を開示することで,その実子自身がε4キャリアであるリスクを推察することができる.つまり患者とその無症状の子供が遺伝的差別を受ける可能性がある(臨床倫理的問題).

5)臨床医は患者やその子が受けうる遺伝的差別に対する既存の法的保護,およびその限界について認識する必要がある(法的問題).

6)保険会社が無症状の子供を含むε4キャリアへの保険適用を拒否したり,より高い保険料率で契約を引き受けたりすることが生じうる(経済的問題).

つまり遺伝子診断を行った際に生じるさまざまな問題への準備ができていないということが大きな障害になっているのだと思います.たしかにいずれも難しい問題ですが,だからといって,レカネマブにより高率に合併症が生じる患者さんを危険に晒して良いのかと思います.議論を避けるべきではないと私は思います.

【レカネマブ使用患者にrt-PA療法を安全に行えるか?】
カンファレンスでは最後に,レカネマブ使用患者が脳梗塞を来した場合,血栓溶解薬rt-PAが安全に使用できるかの議論になりました.確認したところ,そのような症例は1例のみだそうで,その症例報告が今年1月のNEJM誌に報告されていますが,経験のないほどの多発出血が生じ(図2),不幸にも死亡されています.病理学的には血管にAβが沈着する脳アミロイドアンギオパチ―を認めました.



さらに驚くべきことは脳卒中の81日前に行われた頭部MRIでは,微小出血,浮腫,ARIAは認めらず(図3),rt-PA投与直前の頭部CTでも出血はなかったことです.つまり画像所見からrt-PA療法後の重篤な脳出血を予測できなかったということです.



ただしこの症例はε4/ε4のホモ接合でした.理論的にはApoE4遺伝子検査がrt-PA投与の判断基準として有用である可能性が考えられます.

まだ1例のみの経験で,レカネマブ使用患者に対するrt-PA療法を禁忌とすべきかは難しい判断になります.いずれにしても今後,このような症例を多数経験することになると思われ,きわめて重大な関心を持ってこの問題をフォローする必要があります.

以上より,レカネマブ使用においてApoE4遺伝子検査は必要であり,患者の安全性を守るために適切な遺伝子診療体制を整備してから,この治療を開始すべきと考えます.また治療を受ける患者さん,家族もこの薬剤の有効性と安全性について十分理解する必要があり,それをしっかりと確認した上で治療を開始すべきと思います.

Thambisetty M, Howard R. Lecanemab and APOE Genotyping in Clinical Practice-Navigating Uncharted Terrain. JAMA Neurol. 2023 May 1;80(5):431-432.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2023.0207

Reish NJ, et al. Multiple Cerebral Hemorrhages in a Patient Receiving Lecanemab and Treated with t-PA for Stroke. N Engl J Med. 2023 Feb 2;388(5):478-479.(doi.org/10.1056/NEJMc2215148

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