Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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ALS患者さんの体重を増やすためにはどうしたらよいか?

2016年04月05日 | 運動ニューロン疾患
ALSにおける予後不良因子として「体重減少」がある.これは筋肉量の減少,嚥下障害や上肢・頸部の筋力低下に伴う食事摂取量の減少,メカニズムが十分に解明されていない代謝亢進が原因として考えられている.一方,体重を維持する高カロリー食は予後を改善する可能性が報告されている(詳細はSlideShareを参照).以上を考慮すると,体重を増やす作用のある薬剤は,ALS患者さんの予後を改善するのではないか?と推測される.

体重を増やす作用のある代表的な薬剤にチアゾリジン(TZD)系経口血糖降下薬であるピオグリタゾン(アクトス®)がある.ピオグリタゾンは核内転写因子であるPPARγのアゴニストとして作用するが,以下のような多彩な作用がある.
脂肪組織:アディポネクチン上昇
筋:血糖降下作用
肝:血糖降下作用,肝酵素低下
脳:食事摂取増加,体重増加
とくに,ピオグリタゾンは視床下部の(摂食抑制作用を持つ)メラノコルチン系を抑制して,摂食量を増やすことで体重の増加をもたらす!!

そしてALSモデルマウスの検討で,ピオグリタゾンは実際に生存期間を延長させたため,ヒトにおける臨床試験が行われ,2012年にPlosOne誌にその結果が報告された(GERP-ALS study).しかし残念ながら,リルゾールにピオグリタゾンをadd-onしても,主要評価項目である生存期間の延長は見られなかった.

ただし,この臨床試験の結果を詳細に調べると,不思議なことが分かった.つまり,予想通り,ピオグリタゾンは,ALS患者さんにおいても末梢での作用としてアディポネクチン上昇,血糖降下,肝酵素低下をもたらしたにも関わらず,体重増加が認められなかったのだ! (図)

このため著者らは,ALSマウス(SOD1変異マウス)を用いて,摂食に重要な弓状核のPOMC(proopiomelanocortin:プロオピオメラノコルチン)ニューロンと,内在性のメラノコルチン阻害作用を持つアグーチ関連ペプチド(AgRP)を調べた.この結果,mRNAレベルではPOMCは減少,AgRPは増加,かつタンパクレベル(免疫染色)でも,POMCニューロンは減少,AgRPニューロンは増加していた.この結果から,ピオグリタゾンが作用するメラノコルチン系が変性・脱落し,作用する標的がなくなっており,そもそも摂食抑制作用が機能していない可能性が推測されたのだ.事実,このALSマウスを調べると,短期間の絶食後の摂食量は抑制されておらず,野生型と比較して亢進していた.この結果は,他のALSモデルマウスであるTDP43変異マウスやFUS変異マウスでも確認できた(ヒトで摂食量が増加するか(過食症)については嚥下障害のため評価が困難).最後にメラノコルチン系の障害は主としてセロトニンニューロンの障害に由来することを,SOD1マウスを用いて示している.POMCニューロン脱落の原因は,セロトニンやレプチンといったその上流の障害が関与している可能性を著者らは考えている.

以上の結果は,ALSに関する既報の知見と合わせて考えると,いくつかの興味深い点がある.まずALSと同一スペクトラムにあると考えられる前頭側頭型認知(FTD)でも,近年,視床下部の障害,とくにAgRPの発現亢進が報告されていて,これらはALS/FTDに共通した変化である可能性がある(FTDではさらに過食症で糖分が好きなこと,肥満やインスリン抵抗性がみられることが知られている).またメラノコルチン系は脂質代謝にも関わるため,ALSにおいて知られている高コレステロール血症の原因となっている可能性がある.

最後に本題に戻る.予後の改善のために体重の増加を目指した治療について考えたい.体重を増加させる治療薬として,現在,臨床試験が進められている向精神薬オランザピン(ジプレキサ®)や,カンナビノイドが候補として考えられる.しかしこれらはPOMCニューロンに対して抑制的に作用することで,食欲の抑制を阻害し,摂食量増加,体重の増加をもたらす.よって進行につれてPOMCニューロンが脱落するALSでは無効である可能性が示唆される.つまりALS患者さんの体重を増加させるためには,POMCニューロンを介さない方法を考えたほうが,効果を期待できるものと思われる.単純ではあるが,摂取カロリーを増やす方法が現時点では推奨される(カロリーの増やし方もSlideShare参照).

Brain. 2016 Apr;139(Pt 4):1106-22. doi: 10.1093/brain/aww004. Epub 2016 Mar 16.
Alterations in the hypothalamic melanocortin pathway in amyotrophic lateral sclerosis.



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