Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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ALSに対する心理的アプローチの大切さ ―マインドフルネスの応用―

2017年07月13日 | 運動ニューロン疾患
回診にて,ALS患者さんに病名を告知したことを報告する若手医師に「診断について話をするだけではなく,厳しい状況の中にも希望を見出していただけるような説明が必要ですよね.そのために先生ならどんな話をされますか?」と質問した.同じことを医学生のグループ講義でも話し合った.

ALSの病名告知の衝撃は非常に大きい.希望どころか,患者さんやご家族は不安を持ち,しばしばうつを合併する.そのためQOLの悪化が生じる.ALS診療ガイドライン2013では,不安・うつに対して,心理的アプローチと薬物療法が推奨されている(グレードC1:科学的根拠のない推奨).ただどういう心理的アプローチが良いのかについては「情報提供と不安や疑問に答える支持的態度」の記載にとどまる.どんな心理的アプローチがあり,実際に効果があるのかついては若干の観察研究はあるものの,議論されることは少なかった.

最近,驚いた論文がある.ネットや雑誌で見かける「マインドフルネス」をALS患者さんに行ない,QOL,うつ・不安が改善したという報告だ(図).マインドフルネスは,集中力を高め,ストレス緩和や創造力向上に効果があるとして,グーグルなどの企業研修に採用され注目を集めるようになった.医学論文を検索しても近年,精神科領域等で報告が急増している.簡単にいうと瞑想の手法をベースにして,集中力を高め,自分の気持ちをコントロールできるようにする“心の筋トレ”と説明される.自分も下記のCDブックを購入して試してみた.簡単なものは「呼吸瞑想」で,自分の呼吸に意識的に注意を集中する.瞑想中,何も考えないのではなく,自身の感覚や呼吸に並大抵ではない注意を向ける.これを発展させたものが,マインドフルネス・ストレス低減法(mindfulness-based stress reduction: MBSR)で,認知療法の枠組みに瞑想を統合した技法である.筋力低下を伴うALS患者さん用にMBSRを改訂したものの効果を,ランダム化を伴うオープンラベル試験にて評価している(下記,プロトコール論文).

対象は診断後18ヶ月経過したALS患者さん100名で,通常のケア群とMBSR群に1:1に割付け,8週間介入した.主要評価項目はQOLで,ALS-Specific Quality of Life Revised scale(ALSSQoL-R)で評価した.副次評価項目は不安とうつとし,Hospital Anxiety and Depression Scaleにて評価をした.開始前,2ヶ月後,6ヶ月後,12ヶ月後に評価した.

さて結果であるが,MBSRは主要評価項目ALSSQoL-Rの経時的な改善をもたらした(β = 0.24; P =.015; d = 0.89).またうつ(β = 0.93; P =.013; d = 1.06),不安も改善した(β = 0.96; P =.038; d = 0.78).ただし進行性疾患であることを反映し,ドロップアウト率は高く,2,6,12ヶ月後に100名から75名,43名,29名と減少している.また研究の問題点として,対照群に介入が行われなかったこと,MBSR群ではより注意・関心が向かったことによる二次的な改善が見られた可能性があることが挙げられる.

著者らはMBSRがALSの不安,うつを治療するエビデンスのある手段に加わったと述べている.そして効果の機序として,不安は将来を考えることによって起こるが,「今ここにいる自分が全てである,今ここに集中する」というマインドフルネスの考え方が不安を解消するのだろうと述べている.この論文を読んで思ったのは,「もっと心理的アプローチは研究されるべきではなかったか,自分がALSを発症したら,このような方法があることを教えてほしい,自分が取り組めることを教えてもらいたい」と言うことである.

病状説明や保健所主催の患者さんの集まりで話をさせていただく際,リルゾールやエダラボンのような生存期間を延長しうる治療薬や,非侵襲的陽圧換気療法の説明は患者さんを勇気づけた.そして個人的な経験では,体重維持を目指した栄養療法の効果の説明がきわめて有効であった.どうしたら上手にカロリー摂取できるのか等の説明は患者さん,家族に大きな希望をもたらす(スライド).受け身の治療となる薬剤と異なり,患者さん・家族が自ら取り組み,病気に立ち向かうことができるという点が大切なのではないか.マインドフルネスのような心理的アプローチの開発も,同様に患者さん・家族が能動的に取り組めるものであり,希望を見出すものになるように思える.「能動的な取り組み」は希望につながるキーワードのように思える.新潟大学脳研究所神経内科の初代教授の椿忠雄先生は「治らない患者さんに普通の意味の医学はだめであっても,医療の手は及ばないことはない」と仰った.医療者は患者さん・家族にどのようにしたら希望をもっていただけるか真摯に模索する必要があり,心理的アプローチはその重要な手段のひとつであろう.

オリジナル論文(Pagnini F et al. Meditation training for people with amyotrophic lateral sclerosis: a randomized clinical trial. Eur J Neurol. 2017;24:578-586.

プロトコール論文

脳疲労が消える 最高の休息法[CDブック]――[脳科学×瞑想]聞くだけマインドフルネス入門

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