Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

ある靴職人の殺人事件

2006-01-04 | 文学・思想
ゲオルク・ビュヒナー作「ヴォイツェック」についての新聞記事を読んだ。ビュヒナーは、その戯曲だけならずその名を冠した最も重要なドイツ文学賞でも有名である。「ダントンの死」などでも有名な医学者は、1813年に医師の六人兄弟の長男としてダルムシュタットに生を享け、シュトラスブルクで医学を学んだ後、ギーセンの大学にて、そこの友人達と人権協会を設立している。

未完の戯曲「ヴォイツェック」は、精神異常の軍属の男が妻を刺し殺して、沼に沈んで行く物語である。それはその芝居だけでもなく20世紀前半の作曲家アルバン・ベルクによってオペラ化された事でも有名である。そのオペラは、その創作時期を反映して表現主義を代表する作品となっている。

さて今回のFAZ記者の取材は、1914年以降専門家の知る事となるこの戯曲のモデルであるライプチッヒのヴォイツェック殺人事件とこれとは違う作者の故郷で起った別の殺人事件との関係を、ダルムシュタットで現場検証して纏めている。

この戯曲のモデルの詳細については、インサイダーの研究者にしか興味は湧かないだろうが、カール・エミール・フランツォーズによって断章が纏められ、1878年になって出版されたこの話の創作過程は、その後のオペラ化を含めて、近代文化史として面白いと思った。

ダルムシュタットの殺人事件と言われるのは、作者が幼少の1816年に復活祭の週末である4月13日の土曜日に始まる。印刷屋の徒弟ベルンハルド・レップレヒトと軍属で目下休職中で靴職人をしているヨハン・フィリップ・シュナイダーは、夜中の零時過ぎにマインツに向って行進を始めた。レップレヒトがシュナイダーに貸した135グルデンの大金を、シュナイダーの生地、マインツへの途上にあるビッショフスハイムで取り返すためであった。途上、30キロの道のりで、パンとシュナップスを二人で分けあい二度ほど休憩したとある。未明の三時過ぎにビッショフスハイムに辿り着いた。シュナイダーの兄弟の家で休憩して、レップレヒトの職探しの下見のため再びマインツへと歩みを進める。そこでシュナイダーの支払いでワインを飲み、再びビッショフスハイムから、漸く復活祭の月曜の午後二時になって帰路に着く事になる。そしてダルムシュタット郊外の森の見通しの利く小道までやって来て、返済の済まなかった借金に付いて言い争いを始める。闇が降りて来て人気がない、ラインの渡しから10分も掛からない所で、シュナイダーは最後のチャンスと思い、レップレヒトの頭を石で殴り、靴直しのナイフで長い死闘の結果20箇所に至る致命傷となる傷の他多数の傷を与えたと言う。その後シュナイダーは、15分以上離れた街道の店へと砂と血で汚れた衣服のまま現れ、そこで踊り暴れたとあり、この情景が戯曲「ヴォイツェック」に重なる。さらにそのどさくさに紛れて、シュナイダーは遺体の許へと息の根を確かめに戻る。そうして、沼で血と汚れを洗った後、旅籠へと衣服を乾かしに帰る。しかし、遺体は偶然にも、客の申し出で戸外で髭を剃る事になった床屋が発見して、警察を引きつれてやってくる。これも最後から二つ目の景となっている。

序でにこの記事から、良く知られているライプチッヒのヴォイツェック殺人事件について簡単に抜粋すると、それは1824年に刊行された裁判記録に基づいている。それによると精神に障害のあるヨハン・クリスチャン・ヴォイツェックが愛人を殺害して、医学的・司法的見地からその責任の是非が問われた事件である。結局は、1824年に公開にて絞首刑される。その後この処刑は、市民の同情を集めただけで無く、司法の殺人として1866年になっても反対の書籍が刊行されるほど重要な事件であったようだ。

ビュヒナーは、この戯曲を書く頃には、魚の神経の研究でチューリッヒの大学に席を置いて教授待遇になっている反面、若い日々には、人権運動の活動家としてシュトラスブルクの大学へと政治亡命を余儀なくされている。しかし、またそれゆえに、この作家は、このモデルを無闇に同情を煽る実際の悲惨な社会的境遇から掬い出して、精神医学的な症状を戯曲に織り込んだ。

そして、1922年当時の文学研究によると、もしビュヒナーが1837年に生物実験の為にチブスで倒れなければ、戯曲「ヴォイツェック」は、主人公の底無し沼への溺水死亡に終わる事無く、司法の裁きを受けた事になったろうとしている。その是非は如何にしろ、その創作の時代とその後の影響を考えると、その創作過程は門外漢にも無視出来ない。(意志に支配される形態 [ 音 ] / 2006-01-05 へと続く)



参照:
印象の批判と表現の欠如 [ 文学・思想 ] / 2006-03-11
開かれた平凡な日常に [ 文学・思想 ] / 2005-12-30
シラーの歓喜に寄せて [ 文学・思想 ] / 2005-12-18
失敗がつきものの判断 [ 歴史・時事 ] / 2005-12-13

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