Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

楽のないマルコ受難曲評IV(15.14-15.47)

2005-03-26 | 
次節からマルコスの福音では15章、マテウスの福音では27章へと入っていき、愈々復活を待つのみとなる。マテウスでは、「私のイエスを返せ」、コラール「汝の道を、主の導きにゆだねよ」(パウル・ゲオハルト詞、ハンス・レオ・ハスラー曲)、「これはなんという不思議な罰か」(へールマン詞、ヨハン・クリューゲル曲)、アリア「愛ゆえにわが救い主はしにたもう」、レチタティーヴォ「なんという不憫な」、アリア「私の頬の涙が」、コラール「血潮したたる主のみかしら」(パウル・ゲオハルト詞、ハンス・レオ・ハスラー曲)、レチタティーヴォ「もちろん私たちの肉体と血潮も」、アリア「来たれ、甘い十字架よ」、レチタティーヴォ「ああ、ゴルゴタよ」、アリア「見よ、イエスは御手を」、コラール「わたしがいつかこの世を去るとき」(パウル・ゲオハルト詞、ハンス・レオ・ハスラー曲)、レチタティーヴォ「ゆうべ、涼しくなって」、アリア「わが心よ、汝を清めよ」、レチタティーヴォ「いま主は憩いにつかれた」、終合唱「われらは涙ながらここにひざまずき」となる。

寄り道はこの辺りにして、正しき道「マルコスの福音による受難オラトリオ」に戻ろう。

15章14 民衆がヒステリックに泥棒のバルバラを恩赦にして、イエススの方を十字に架けろと叫ぶ。「何と言う気持ちの良い雄叫びよ。イエススは十字架で死ぬのだ。これでわたしは堕落から救われて、呪わしさからも解放される。十字架と苦悩を平静に喜んで忍ぼう。」。ここへ来て、殆んど皮肉は逆説へと至る。嘲笑も暴力も全てはカタルシスへの前章となる。

15章19 兵士はイエススに紫の服を着せ、茨で編んだ冠をかぶらせ、「ユダヤ人の王、万歳」と言って敬礼し始めた。また何度も、葦の棒で頭をたたいたりした。「あなたを厳しく崇め、嘲笑した。茨の冠、何があなたをこのようにした?私に名誉の戴冠をして、私を喜ばせたもう。何度も何度もありがとう。愛しい、イエスス。」。ルサンチマンの発露と言いたいのだろうか。ここで何かが開放されていることは確かである。深読みしたくなる。原曲:エルンスト・C・ホムブルク(1605-81) 詞、ダルムシャタット聖歌集1687。

15章23 イエススをゴルゴタの丘に引きつれ、ぶどう酒を飲ませようとしたが、受け付けなかった。それから十字架につけ、イエススの服を分け合った。「彼らが放った言葉は、礼を示すものではない。私たちは予定通りに進む。霊と恩恵を持って、わたしたちから彼の肉体を奪い取る。良いも、若きも、進もう。彼らは何一つ得ることなく、天の国は我々の所に定まる。」。深読み序でに、奪い取ったのは肉体だけでないようだ。すると、わたしたちのところに残るものは?

15章34 イエススは、「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのでしょうか。」と大声で叫ぶ。「神は、信じるものは誰をも見放さない。神を呪う者には同情は起きない。神は、彼を護り最後に取上げる。神は、何処そこで必要なものを給う。」。ここでも福音の最後の言葉の翻訳に直接答えて、厭世観を戒める。信仰が残るようだ。原曲:ヨハン・クリューゲル詞、BWV 369。

15章37 イエススは大声を出して息を引き取った。「天地は、イエススが大声で叫ぶのを聞いた。全ての罪を告知した、全ては為された。我々が失ったエデンを打ち立てた。」。わたしたちは聞いた。耳をふさぐ事も目を背ける事も出来ない。為されたことを有りの侭に受け入れなければならない。そして今も何処にもエデンの園が現存しないこと知る。

15章45 イエススの遺体をヨセフに引き取らせる。「イエスス、あなたは私の助けで安らぎです。涙ながらお願いします。墓場まであなたをお慕い出来るようにお助け願えることを。」。涙を流してカタルシスは為され、平安な精神は永遠の安寧を求める。原曲:ヨハン・リスト(1607-1667)詞。

15章47 墓の入り口には石を転がしておいた。マグダラのマリアとヨセフの母マリアとは、イエススの遺体を納めた場所を見つめていた。「あなたの墓と石に私はあなたを偲びたい。あなたの受けた苦悩への心から喜びと感謝の気持ちです。見て御覧なさい。これがあなたが持つべき石碑です。ここに、あなたが私の中に埋葬した私の罪と苦難を示します。」。ここまでの過程を踏まえて終曲合唱は、内面を意識させる事で再び懐深く問うて来る。個人の良心に直接に働きかけ、当然の事ながら善悪入り交ざった様相を意識下へと引き出す。

以上、試みたテキストへのコメントは不完全なものであるが、併記したマタイ受難曲との比較などに少し手間を厭わなければ、マルコ受難曲の面白さを理解出来ると思う。想像されるバッハのオリジナルの作曲は、決してマタイのような大曲ではなかったようで、多くが以前の作曲のパロディーとなっていただろうという。コラールが多いのも特徴で、始めに示したように両現存の受難曲とは全然違う使用方法が試みられていた筈だ。コラールの使い方は、福音の内容と進行から見ると自ずと定まってくる。さらにそれとは別に、現存するヨハネ受難曲における16分音符の同一音形での統一や、マタイ受難曲における二群の合唱の利用などと同様の新機軸が施されていただろう。現存する二曲の、前者では相続保管した前古典派の次男カール・フィリップ・エマニュエルの痕跡を完全に取り除く事は難しいようで、また後者の蘇生の大成功は19・20世紀の解釈を付け加えた。それからするとマルコ受難曲で行われているような復元なども実際に響く音楽としては然したる問題はないと考える事が出来る。何よりも現代的な感覚でバッハに接する事に意味があると思う。

始めに申し上げたように、学が無いので極力宗教的な解釈に抵触しないように留意したがコラールでの聖歌の引用やパロディーが多く些か荷が重すぎた。それどころかその一部の歌詞は、今日神学上議論されている事を知る。向こう見ずな試みであったが、予てから気になっていたコラールの原曲を併記する事が出来て、いよいよプロテスタント音楽のバロックからルネッサンスへの渡しが見えてきた。

聖金曜日の今日は、雲が高みに静止して時間が止まったような薄曇であった。


参照:滑稽な独善と白けの感性 [ 歴史・時事 ] / 2005-03-10

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