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2017年04月27日 | 社会派らぼ
京都市に寄贈された故桑原武夫氏の蔵書1万冊が、廃棄処分されていたことが、一般利用者からの問い合わせで判明しました。京都市が遺族に対し、謝罪しています。市が寄贈を受けたのは88年のこと。京都大人文科学研究所長などを務めた桑原氏は、フランスの文学や評論を広く日本に紹介した仏文研究者です。その功績は、フランス文学に留まらず、多方面に及び、人文科学分野に数々の業績を残し、多くの文化人を育てています。専門的な価値は私にはわかりませんが、氏の研究や関心を物語る貴重な資料であるはずです。

京都市ではこの寄贈を受けた蔵書を国際交流会館の「桑原武夫記念室」で保管していたという事ですが、後に右京中央図書館、更に向島図書館の倉庫に移したと説明しています。つまり「桑原武夫記念室」なるものはその間に存在しなくなり、蔵書はただの書籍としてのみ保管されたのだと思われます。更に向島図書館の改修に際し、目録のみが残され、書籍が廃棄処分となりました。この時点では「桑原武夫氏蔵書」としての価値は顧みられることのないものであったようです。

年々「本」がその価値を失い、本と本屋が無くなる日も訪れるのではないかと危惧されています。実際「内容」は電子書籍にしてしまえば、保管の場所を取りませんし、購入も簡単、検索も手軽に行えるなど、一石何鳥ものメリットがあるようです。紙媒体ではなく、電子ブックリーダーで読書をするという人は確実に増えていると思われます。

けれど、実際の書籍の重みを手に感じてページをめくり、活字に目を走らせることと、画面に映し出された文字面を追う事の間には、恐らくトテモ違いがあるような気がするのです。私自身が、画面の文字を追う作業は、単行本1冊を30分もあれば読破する速読の作業に似ていると感じています。内容は読んでいるけれど、行間に込められた想いまで感じ取っている暇はない…そんな読み方です。

桑原氏が残した蔵書の数々を紐解いてみると、その道の研究者であれば、恐らくはこの偉大な先人がたどったであろう道筋や、感じたであろう様々な葛藤が見えて来るのではないかと想像します。そうした資料が失われてしまって、そして二度と戻らないという事に、口惜しい思いが残ります。悪気があったわけではありません。が、資料はその目録さえあればそれで用が足りる、その標題の書籍の内容さえわかれば、先人の想いがたどれる…と、思ってしまったところに、恐らく間違いの緒があったのだろうと思います。

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