ぱそらぼ (ぱぁと1)

パソコン講座を、まじめに愛するブログです

マイナスイメージ

2015年07月30日 | 雑談
パソコンの講座に関わるという事は、たくさんの方の思いを受け止める事でもあるようです。勿論、それぞれに、目的があってお越しになっています。習得したい、上手になりたい、理解したい…その気持ちは、皆同じです。が、人はそれぞれ性格が違っていますから、皆が同じように行くわけではありません。こちらも伊達に何年も講座に関わっているわけでは無いので、信じていただければ良いのですが、やはりそうはいきません…よね。それぞれの方の葛藤が手に取るように感じられます。

これまで何をするにもスイスイっと要領をつかんで来られたような方が、意外と苦戦される場合もあります。そういう方は良く、ご自分を卑下する言葉を必要以上に使われます。「もう、全然ダメ。」「ぜっんぜん、わからない。」… お帰り際の言葉は意外と大切で、しばしば私は、引き留めます。

マイナスの言葉は、できるだけ使わないようにしましょう。自分のハードルを下げたくて、おっしゃる心理は理解できるのですが、そのようなマイナスイメージの言葉を口にしていると、いずれその言葉は、自分の頭の上から自分に降りかかって来ます。つまり、「自分はダメだ」と繰り返すことで、本当に]ダメになってしまうものなのです。あぁ、ダメだと思う心理からは、何も生まれては来ません。嘘でもいいから(笑)、「次こそは!」と表現することの方が、ずっと効果的なのです。

同じことは、人生の随所で言えるのではないかと、この頃思います。人間とは…なかなか、学習がうまくできない生き物のようで、人が集まって小さな社会ができると、たちまちそこに…、いじめだの〇〇ハラなど…が出てきます。古代社会からキット変わらない光景なのかも知れません。だから、「いじめはいけない」とか「いじめはやめよう」とか呼びかけることは大切です。大切ですが、あまりにも「いじめ」「いじめ」と連呼することは、たとえそれを否定するフレーズであっても、人の心にマイナスを連呼する事と変わりないのではないかという気が少しするのです。「いじめをしてはいけない」と言うのではなくて、「仲良くしよう」「人には優しく接しよう」といったフレーズの方が、もしかしたら良いのではないでしょうか。

そして、同じ理由で、現状を憂えて「戦争になってはいけない」「戦争に近づいている」と警鐘を鳴らすことは、社会には逆効果をもたらしているのではないかという、懸念がするのです。マスコミや活動家の方々の連呼は、効果をもたらすとは思えないのです。かと言って、「平和」といったフレーズを口にしても、今さら陳腐で手垢にまみれており、大きな効果を期待することはできない気がします。もっと、嫌でも人の心が洗われるような、気持ちが美しくなるような…そんなフレーズに囲まれていたいと思うのですが。。。。



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人間の幸せ

2015年07月29日 | 社会派らぼ
アルゼンチンで、国際人工知能会議…という聴き慣れない、国際会議が開催されているそうです。人工知能の様々な分野の研究者が一堂に会する機会なのだそうです。その席で、1万2000人以上が署名したとする文書が公表されました。自律型人工知能兵器の開発禁止を求める署名です。車椅子の物理学者として有名なスティーヴン・ホーキング博士も署名に加わっておられるようです。

自律型人工知能兵器とは、人間が操作をしなくても、標的を探索し攻撃判断を自らが行っていく無人機を指しています。先日、米国の学生がドローンに銃を搭載して、自動発砲させるというニュースがありましたが、まさに一歩手前まで、技術は近づいていると言っても過言ではありません。後は、ドローンの動きや、発砲のタイミングがプログラムされた「人口知能」が搭載されれば良いわけです。文書では「軍事大国が一か国でも開発を推進すれば、世界的な軍拡競争は避けられない」と警告しています。

残念ながら、世界は「歴史に学ぶ」賢明さを、どこかに置き忘れたかに見える事があります。「力こそが全て」という一番原始的な発想から、私たちは少しずつ学んで来たはずなのです。力より、もっと持つべき何かがあるのではないだろうか、力を誇示する事よりも、もっと崇高な何かを、目指さなくてはならないのではないだろうか。キット、そうやって「自分たちの生きる意味」を考えて来たはずです。…にもかかわらず、「でも、結局は力がモノを言うのだ」としか思えないのは、目指すべきモノを自らの中に見出せなかったせいでしょうか。

IT分野の発達は、人間の幸せのためにこそあるべきで、人間の快楽のためにあってはならないはずです。現代の私たちは、「自分らしくある幸せ」と、「快楽」を混同してはなりません。



ワード2010なのに、図の[色]のコマンド等がおかしいのですが…

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プロ

2015年07月26日 | 雑談
西伊豆の川岸で遊んでいた家族連れが、感電事故に遭遇しました。2組の家族連れの父親2人が死亡、子どもを含む5人が怪我という惨事に至りましたが、原因は動物除けのために設置された電気柵が原因でした。野生鳥獣による食害が増えており、対応策として電気柵が普及しているのだそうです。近くに住む柵の設置者は、川岸にアジサイ畑を所有しており、アジサイを食べにくるシカ撃退のために設置したようで、日中は電源を切っていたのが、たまたま切り忘れた…とかで、ショックを受けていると言います。過失致死…といった責任が問われるところなのでしょうけれど、事はこの設置者一人を責めて終わるわけでは無さそうです。

技術が進化して、誰でもが何でもできる勢いの世の中です。パソコンを初め、便利で簡単なものがあふれています。生活が豊かになるという意味で、それは多分良い事なのだろうと思います。が、一方で、現代は「素人」の時代だと常々感じています。手軽に、結構すごいことができてしまうし、そうした事に私たちは慣れてしまっているのかも知れません。鳥獣除けの電気柵も、キット簡単に設定できてしまうのです。業者に頼んで設置するのは、お金もかかるし大層だけれど、自分で買って来て据えれば手軽だというところに、危険の認識やチェックが欠けてしまう原因があります。

以前は、ハガキや名刺の印刷は、印刷業者に任せるものでした。…が、最近は、いとも簡単にそうした事が出来てしまいます。ポスターやチラシの類にしても、素人が簡単に作れる世の中です。それは、パソコンという技術がちゃんと市民レベルで浸透した…という事に他ならないのですが、それでも、それはプロ仕様のワークとは違っているはずなのです。違っているはずなのに、そのことを誰も意識していないというか、そのレベルを求めていないというか…。

福島県のHPでは、各国語で閲覧できるようになっていますが、自動翻訳サービスを利用して訳しているため、とんでもないミスが生じています。サイト内には、自動翻訳サービスを利用しているために、正確な翻訳になっていない場合があると但し書きが書いてあります。が、「そば(蕎麦)」が「side」と訳されたり、「ふき(蕗)」が「wipe」と訳されるようでは、英語で閲覧できるようにする意味がありません。それなら、読みたい視聴者が、サイト翻訳サービスを利用すれば良いだけの話ですから。

今、書きながら気づいています。プロレベルを、求めなくなった事が問題なのです。あるいは、素人とプロのレベル差を、理解できないのかも知れませんが、それこそが問題なのです。…だから、平気でプロ意識の無い仕事の仕方をしたり、素人なのに何の緊張感も無く仕事をしてしまうのかも知れません。周りに「本物」と呼べる者がいなくなったせいなのかもしれません。誰もが、色々な事にチャレンジできてしまう事は、良い事です。ですが、素人として、常にプロに学ばねばならないのだという事は、肝に銘じておきたいと思います。



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世論

2015年07月23日 | 社会派らぼ
アメリカ大統領選挙は、2016年に実施されます。そこで、民主党・共和党の候補指名争いが、本格化してきました。それぞれに、注目を浴びる必要があるわけで、人気はまだまだこれからも変動しそうです。そんな中、共和党候補のトランプ氏の人気が急上昇していると報じられています。

いつも日本で報じられ、私たちが耳にするのは、もっと大統領選終盤の情報で、出馬を表明した候補者たちの素顔は、一部を除いてなかなか伝わっては来ませんので、本当のところは全く見えません。そんな中、トランプ氏が、殊更に取り上げられるのは、過激な発言が多く、耳目を集めているようなのです。メキシコ移民を強姦魔呼ばわりをしたり、ナチス兵の行進写真を誤ってツイッター投稿したり…、何かと話題が多いのは、意図するしないに関わらず、一種の話題作りなのでしょうか。中でも、同じく共和党で出馬表明をしている、いわば対抗馬たちに浴びせる暴言がエスカレートしています。公の場で、相手の携帯番号を読み上げるなどしたため、いたずら電話が殺到したとかも。

…が、あれやこれやの騒動を起こしながらも、共和党候補指名争い支持率では、トップに立ったと世論調査結果で報告されています。尤も、その人となりが魅力的な方なのかも知れませんし、ニュースだけでは分からない部分が多々あります。

世論というのは、一筋縄では制御できないもので、だからこその「世論」なのですが、時に無神経で、時に無責任でもあります。無責任な放言のどこかに、「そうだ!そうだ!」的な、他人を揶揄して溜飲を下げる的な、臭いがあるのやも知れません。世の中が、論理的というよりも、感覚的になっていっている気がします。不安定で、よりどころを持たない、生きていくことの苦しさのようなものを、一つ一つ乗り越えて、人は大人にならねばなりません。その「大人への階段」を支えるのは、かつては書籍だったり議論だったり…論理的なものだったような気がするのですが、現代はもっと音楽や感性のようなもので、なだめてしまっている気がします。突き詰めて考えて活路を見出すより、美しい言葉で飾って封じ込めてしまう…とでも言えば良いでしょうか。ですから、破滅や破壊ですら、救いになってしまう世の中のような気がして、そしてそれは、甚だ危険な事では無いだろうかと思ってしまいます。




Windows7機を無線LANに手動で接続したい

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もっと大きな…

2015年07月22日 | 命の生き方
最近、ドローンの話題を良く耳にします。ソニーが、ドローン事業へ参入とか。かつて、テレビや音響製品に定評のあったソニーですが、なかなか事業は思わしくは無く、パソコン事業からも撤退を表明し、これから可能性のある分野がドローンと見越したということなのでしょうか。

近隣の広場でも、簡単に空撮を楽しむ若者がいたりする時代です。聞けば、若者でも手軽に手に入れられる値段なのだとか。玩具感覚で、手にする人も多いのではないだろうかと思う中、アメリカではドローンに銃を取り付け、銃弾を発砲する動画がYoutubeに投稿され、物議を醸しています。投稿したのは、18歳の学生で、セミオートマチック銃を搭載した自作のドローンなのだそうです。連邦航空規則などに抵触してないかといった調査が行われているようです。

企業が開発し、規則や申し合わせも済ませてから、満を持して発売されるような製品とは異なり、ITと広く包括されるこの世界の伝播はゲリラ的というか、気づいた時には、かなり津々浦々にまで浸透している状態で、法整備が追い付きません。…というか、どのような形で利用できるのか?といった事など、全てが「これから」の分野なので、予測が立たないというのが現状です。

18歳が軽々と飛ばす反面、防衛省内のグラウンド上空で試験飛行させていたドローンは、操縦不能となり、一時は行方不明になるというお粗末な顛末も。5時間後、路上に落下しているのを、一般の人に発見されたとか。残念な事ではありますが、このような「技術」は常に、軍事目的がその先陣を切る事で、大きく発展してきます。法整備が行き届かない中、既に昆虫型の小さなドローンが開発され、行き先をプログラミングした大量の小型ドローンを上空から撒くといった発想もささやかれています。

理念を掲げ、大義名分のもとで、いさかいを起こす戦争から、理念も無く突発的な破壊を行う新たな戦争の脅威が生まれつつあるとも言われています。必要な事は、人間が穏やかに満たされる、もっと大きな新しい価値観でしょうか。



ショートカットメニューの新規作成から圧縮フォルダーが無くなった

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加工

2015年07月20日 | 雑談
写真の加工を認めるか?認めないか?…写真好きの方たちには、大きな問題のようで、時に(私のテンション以上に)ヒートアップされるので、改めてテーマの重さを知る次第。ある方が言われていたのですが、某コンテストで、ずっと加工は不可だったのに、審査員の先生が加工のテクを手に入れた途端、加工もOKになったとか。そんなものかも知れませんね(笑)。

加工なんてあり得ないと、強い口調で言われる方がおられました。写真は、瞬間を切り取るものなのだから、その瞬間に全てをかけてシャッターを押すのだから、後から加工なんてあり得てはならないのだと、熱く語ってくださいました。素晴らしいと思います。瞬間にすべてを凝縮させようとする緊張感は、他の芸術や、更にはもっとスポーツなどにさえ共通する、一つの精神の鍛錬の姿だと思います。

でもそれは、その人が目指せばよい事であって、他の人に強要するものではないのではないだろうか…というのが、私の感想です。コンテスト(というものに、どれほどの値打ちがあるのか、私は分かりませんが)ごとに、要求する基準というのは違って良いのでは無いでしょうか。一番原始的な、速さ比べ、強さ比べのようなものには、何の制限も無かったはずです。どう走ろうと、どう泳ごうと、速ければいい。体が大きかろうが、小さかろうが、強ければいい。それが、不公平?だとして、泳ぎ方別に競ったり、距離ごとに競ったり、体重別に競ったり、様々なルールが出来上がりましたが、そのルールの大会に出るのなら、そのルールに従えばいいだけの話で、自分のやり方は自分のやり方のはずです。異なるやり方をする人を、排除する必要もないのではないでしょうか。

最近、書道パフォーマンスなるものが、出現しました。チームを組んで、巨大な紙の上を、音楽に合わせて手拍子やダンスをしながら文字を書く…というものらしいのです。書道パフォーマンスは、書道なのか?否か?の議論に似ているのかも知れません。書道パフォーマンスなどは、書道では無いと息巻く人もあります。私は、書道パフォーマンスは書道だとは思いません。但し、息巻くつもりもありません。それはあくまで「書道パフォーマンス」というモノなのです。認めるとか、認めないとかいった代物では無く、別モノなのだと思います。同じ土俵の上に立って比べるものでは無い…そんな感じです。

撮影した写真に手を加えるか、加えないか…それは、その人の勝手(笑)なのだと思います。だから、したい方はする、したくない方はしない…それで良いのであって、他人がするからする…でさえなければ、いいのかな?と思っています。但し、加工を施して、あたかも加工していないかのように装う…のは、多分違っているのだと思います。

新聞紙面に、ひまわり畑で戯れる親子の写真が掲載されていました。ただ、子どもを高く抱き上げているはずの、お母さんの手は、完全に開いていて、子どもが抱き上げられるはずもありません。それなのに、子どもの靴は、ひまわりの葉の上にあって、身体は宙に浮いています。靴の周りが妙に白い輪郭線が残っているのも気にかかりました。多分…、こうなっていくことを懸念して、必要以上に熱くなってしまわれるのでしょうね。でも、それとて他人事です。自分は嫌なら、しなければいい。

全てを同じ土俵に揃えて競う…ことは、アートの世界では、多分無理で、「素敵だねと感じる」ことには、基準を設けることはできないのだろうと。そんなど素人に都合の良い結論に至るのは、作品展への出展を依頼されて…の、予防線です、多分。



文書中のブックマークに飛べない

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2択

2015年07月19日 | 社会派らぼ
全国緊急電話世論調査では、内閣支持率が37.7%、前回6月から9.7%下降したとのこと。勿論、第2次安倍政権では最低の数値。安保法案の成立を急ぐ安倍政権への反発と思われます。安保関連法案に対して安倍政権に不信感を表明する人は多く、国会前にも多くの人が集まって、反対を訴えているようです。

当ブログでは、政治的な意見は述べない…と、決めています。そういう話は、然るべき場所で、然るべき相手と、キチンとすべき事であって、ほんの一面しか表現し得ない文字にして、ここに書こうとは思っていません。ただ、誰しもがキチンと捉え、キチンと考えなければならないという風には思っています。原発にしても、戦争にしても、そのものを丸ごと肯定しようとしている人は、恐らく皆無です。皆が向いているところは、同じであるにも関わらず、その結論に至るプロセスとかける時間の差が、両者の対立を生んでいます、多分。世の中の事は、表か裏かの二者択一で全てでは無い…ということも、私たちは十二分に知るべきです。

大方のいさかいは、相手の言い分を良く理解もせずに、自分が描く表か裏かのどちらかにイメージを偏らせて、頭ごなしに決めてかかるところからスタートします。双方が同じ温度にヒートアップすると、いわゆる取っ組み合いの喧嘩…になるわけですが、そこに至るまでの大半は、逆上する自身の言葉に一層興奮して引っ込みどころが分からなくなってしまう独り芝居を見る羽目になる事が多くあります。

人は答は2つに1つしかない…と、思いがちですが、私はそうだとは思いません。道は随所で二股に分かれますが、その先で更にまた分岐点を迎え、更にそのもっと先にも分かれ道は待っているのです。一方の道に進んだところで、遠回りして再び逆の道に出てくることもあり得ます。知っている道しかないわけでは無くて、どこに繋がるか分からない分かれ道にも、私たちは出くわします。

その都度、正しいと思う選択をすることで、案外人間は間違わない道へ進んでいくものです。これは、長女の高校の担任の先生が、進路を決める時のおっしゃった言葉です。「良く考えて」が不可欠ではありますが、正しいと思う選択を、その都度丁寧に繰り返すことが、多分大切で、世の中の事は、そんなに単純な事ばかりでは無いと、そんな風に思いながらニュースを見ています。


名字と名前を1つのセル内で、別々に均等割り付けできますか

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ルール違反

2015年07月18日 | 社会派らぼ
厚生労働省が、理容師法と美容師法のルールを見直すという通知を出しています。美容院で、男性客のカットを行う事を認める方向だそうです。従来、男性は理容店、女性は美容院で髪を整えることが当たり前で、そこには何の疑問もあり得なかったはずです。ところが70年代、男性に長髪ブームが起こりました。その際に、「美容師は、パーマを伴わない男性客のカットができない」などのルールができたと言います。勿論、今では男性も美容院でカットをするのはごく当たり前のことで、どちらかというと、「今まで、できなかったのですか?」の疑問の方が尤もな反応かも知れません。(安倍首相も、美容院でカットをなさるとか…。)

実情にそぐわないから、ルールを見直そうという動きは正しのでしょうけれど、「実情に合っていない」という判断と、見直しの決定が多分、遅すぎることが問題でしょう。形骸化していたルールなので、現場には殆ど影響しない…と、業界関係者は話していると言います。長くルール違反をしてきた人、そしてもっと重要なのは、ルールだからと律儀に守ってきたかも知れない人達に、どのような説明をするのかは、一切取り上げられません。固い話をするなら「赤信号、みんなで渡れば、怖くない」世の中であることを、公然と認めても良いのかどうかという点です。

今の問題に置き換えるなら、「著作権」といった話と、根は通じるものがあるかもしれません。すべての作品には「著作権」というものがあります。主張するとかしないとかいった問題では無く、幼稚園児の絵画にでも、著作権はあるのです。テレビドラマは制作者であるテレビ局に、その権利があります。テレビ局が放映したドラマは、間髪を入れずに、ネット上にアップロードされてしまいます。これは、明らかな違法です。テレビ局側も自衛のために、見逃した人のために…とインターネット上に、期限付きで動画を流し、アップロードは違法であると繰り返し訴えています。…が、現実には違法アップロードが無くなることはありません。音楽の楽曲なども、いくらでもネット上で探すことができたりしてしまいます。

イラストのダウンロードも似たようなものです。制作者がフリーだとしている場合は別ですが、様々なイラストや写真類は、簡単に手元にダウンロードできてしまう世の中です。作者が様々な防御をしたとしても、これだけ世の中にスキルが行き渡ってしまえば、難なく利用することができてしまいます。実際は、「絶対にフリーであると保証できるイラストを探す」事自体が、億劫な仕組みになってしまっています。

ですから、動画もイラストも、多くの利用者は、ルールではダメだと半分知りながら、使ってしまっている…のが現状です。これも、いつかは「形骸化してしまっている」という理由で、ルールが外されるのでしょうか。「ルール違反」野放しの状況を長く続けることは、恐らく誉めた話ではないのです。著作者の権利がキチンと守られる、何か斬新なルールを、速やかに提言すべきではないでしょうか。



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国立競技場

2015年07月17日 | 社会派らぼ
2020年の東京オリンピックのメーン会場となるべき新国立競技場の建設計画は、一旦白紙に戻すと、安倍首相が表明されました。現在の計画は白紙に戻して、ゼロベースで見直すのだそうです。

この経緯、連日ニュースで報じられています。2019年に開幕するラグビーワールドカップで使用する事も念頭に、19年5月完成を目指して来たようですが、この見直しでは当然無理で、ラグビーW杯での使用は断念するとのことです。現行のデザインは、2012年秋に実施されたデザインコンクールで最優秀賞に選ばれたザハ・ハディド氏のもの。このデザインが斬新過ぎて、総工費が当初予定の1300億から2520億と膨れ上がった事が、今回の見直しの原因です。

安倍氏の一言で、事態は急速に振り出しに戻る事になりました。が、ここに至るまで、口々に「自分に責任は無い」とする意志表明ばかりが目についてしまいました。たとえがあまりにも不謹慎な事は分かっていますが、まるで先般のJR飛び込み自殺をした中学生の事件での学校対応のようです。重なる報道によって、この中学生が「いじめ」を受けていたことも、そのことを担任に相談していたことも明らかになっているのに、学校側は歯切れの悪い説明しかしていませんでした。

デザインコンクールの審査員長を務めた安藤忠雄氏は工費が増大した理由を「私も聞きたい」という風に語られました。建設費については、コンクール参加者も承知の上のことであるはずで、なぜ巨額の工費がかかるようになってしまった経緯が分からないとされました。デザイン決定後の試算では一時3000億ともされており、資金のねん出が論議を読んでいました。東京五輪組織委員長である森喜朗氏も、ご自身に責任があるとは思われていない様子。

大阪市の橋下市長が言うように、「金がない家がフェラーリ買ったらアホと言われる」が正論でしょうか。物事の規模が大きくなればなるほど、多くのブレーンが関わる事になり、ブレーンが多ければ多いだけ、責任の所在が不明瞭になると共に、誰もが全体像を把握できなくなります。東京オリンピックほどの大きな事業を動かすには、相当のエネルギーが必要なのでしょうけれど、それができると見込まれたからこその東京誘致成功のはずです。

ちなみにザハ・ハディド氏には、「アンビルトの女王」の異名があるそうです。デザインがすごすぎて、建築できない事で有名なのだそうです。コンペの審査というものも、もっと多方面の専門家が入って責任ある審査がされるべきだったのでしょう。安倍氏の一言で、仕切り直されることになった国立競技場、今度こそは日本の威信をかけて、完成に持ち込んでいただかなければ困ります。



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