サキ短編集/中村能三・訳/新潮文庫/1960年
あるおはなし会で、O・ヘンリーに劣らぬほどの短編の名手というサキというイギリスの作家をはじめて知りました。サキは本名ヘクタア・ヒュウ・マンロウ(1870~1916)、ミャンマーのマキヤブで生まれています。
第一次世界大戦がはじまると将校にという勧めをことわり、一兵卒として志願し、1916年フランス戦線で戦死を遂げたといいます。
この短編集には20篇が収録されています。そのなかから三つほどあげてみました。
・話上手
二人の女の子と一人の男の子が、付き添いの伯母と車室の一隅の座席を占め、その座席には、もう一人の独身男。
伯母も子どもたちも、あくことを知らぬおしゃべりで、追えども去らぬ蠅のうるささ。
男の子は、伯母の言うことに「なぜ」を連発し、小さい女の子は、歌の冒頭の一句を繰り返し繰り返し歌っていました。伯母がお話をしてあげても、子どもたちは大きな声で意地悪な質問をあびせ、あげくに「こんな面白くないお話って、聞いたことがない」「はじめのほうだけで、あとは聞いてやしなかった」という始末。
「お話はあまりうまくいかなったようですな」と、独身男から声をかけられ、伯母は「じゃあなた、この子たちにお話をしてみてくださいよ」といわれた独身男。
子どもたちの質問にもたくみにこたえた独身男の話は歓迎されますが、伯母は「小さな子に話してきかせるのに、こんな不適当な話ってありませんよ。あなたのおかげで、何年もの注意深い教育の力がめちゃくちゃになりましたわ」と不同意をとなえます。
独身男は、荷物をかきあつめて、降りる支度をしながらいいます。
「ぼくはこのこどもたちを、十分間だけおとなしくしておきましたからね。こいつはあなたより、ぼくの方が上手でしたよ」
伯母が不同意といったお話ですが、子どもを満足させるためには十分でした。
独身男に、子どもから四の五の言わさぬ質問がなげかけられますが、あざやかに切り返す話の巧みさが秀逸です。
・開いた窓
人間らしい話し相手をもとめて、伯母を訪ねたフラムトンの前には、十五歳の姪。
じつは伯母のことはよく知らないフラムトンと少女の間には、伯母が現れるまで、しばしの沈黙。
やがて少女は沈黙をやぶるように、開け放した窓を指差し、伯母は三年前に、大きな不幸に見舞われ伯父と伯母の二人の弟が猟に出てそのまま帰ってこなかったと言い出します。気にいりのシギ猟場への途中、荒れ地をとおっているとき、まちがって沼地に、三人とも呑み込まれてしまったというのです。それ以来ずっと伯母はいつかはあの人たちが、一緒に呑み込まれた茶色のスパニエル種の犬とがかえってきて、いつものとおり、あの窓から入ってくると、思い続けているというのです。
やがて部屋に入ってきた伯母は、遅くなった申訳をしながら、フラムトンと話しはじめます。ところが伯母は、フラムトンの話には注意を払わず、眼は絶えず開いた窓から其の先の芝生に移しています。
「ああ、やっと帰ってきましたよ」叔母が突然叫びます。少女も目に放心したような恐怖を浮かべ、開いた窓から外を眺めていました。
濃くなりまさる宵闇の中に、三人の人影が芝生を横切って、窓の方へ歩いてきました。
フラムトンは、猟銃をかかえた三人を見ると夢中でステッキと帽子をつかみ、逃げ出しました。少女の話を聞いていたフラムトンは、幽霊が現れたと思い、逃げ出したのです。
ミステリー風の展開で、幽霊があらわれたと思わせておいて、三人が亡くなったのは、じつは少女が即座につくった話だったというオチ。
フラムトンは神経衰弱(もっとも、いまでは神経衰弱というのはつかわれていないという)だったという前段が、オチにつながっています。
・宵闇
宵闇の公園のベンチに座る男。男のそばには一人の年配の紳士。笛吹けども人踊らざる見棄てられたオーケストラの一員風で、毎週の部屋代を払えるかどうか、
紳士が去った後には、一人の青年が。ホテルに泊まろうときてみたら、ホテルは取り壊され、その跡には映画館が建っていたという。タクシーの運転者に教えられたホテルに泊まり、家族のものに手紙で住所をしらせておいてから、石鹸を買いにでかけ、酒場で飲んだり、店をひやかしたりしているうちにホテルの名前も、なんという町だったかも覚えていないことに気がついたという。
そして、僕の話を鵜呑みにして金をいくらかでも貸してくれる、太っ腹な人間を見つけ出さない限り、今夜は野宿することになるという。
早い話、金を貸してくれともちかけた青年に、男が買った石鹸を見せてくれるように言うと、青年はポケットを急いで探しますが石鹸は見つかりません。
青年は,くたびれの見える気どったようすで、そそくさと小路を立ち去っていきました。
石鹸が見つからなかったことから青年の話は信用できないと考えた男でしたが、ベンチを立ち上がりかけたとき、小さな楕円形の包みを見つけます。それは石鹸で、青年の外套のポケットから落ちたものであることは明らかでした。
男はすぐに青年をおいかけ、疑ったことを詫び、20シリングの援助を申し出ます。青年は住所のある名刺を差し出し、妙にせき込みながら、急いで立ち去っていきます。
男が「あんな羽目に追い込まれていたのに助かったんだから、ずいぶん嬉しかったろう。おれも、あまり利口ぶって、状況でものを判断するものじゃないという教訓をえたわけだ」と今きた道を引き返すと、ベンチには、先ほどの年配の紳士が。
紳士はベンチの下やまわりから、頭を突っ込んだり、のぞき込んだりしています。男が「なにか おなくしになったんですか」と声をかけると、帰ってきたのは「ええ、石鹸をね」