どんぴんからりん

昔話、絵本、創作は主に短編の内容を紹介しています。やればやるほど森に迷い込む感じです。(2012.10から)

オオカミがきた

2018年06月29日 | 絵本(昔話・外国)


   イソップえほん1 オオカミがきた/蜂飼 耳・文 ささめや ゆき・絵/岩崎書店/2009年



 「オオカミがきた」「オオカミがきた」とさけぶ少年。
 三度目に、本当にオオカミがやってきても、今度は、誰も助けてくれず、あわてて逃げ出す顔、ヒツジが倒れているそばで、泣いている少年の顔が印象に残ります。

 誰でも?知っている話。オオカミもそれほどこわくえがかれていませんから、小さい子でもスムーズに入っていけそうです。

 「HELP」とあったり、村の人たちが鍬やこん棒をもって、助けにくるところもあって、こちらも注目です。 


子どもと馬

2018年06月28日 | 昔話(ヨーロッパ)

           世界むかし話 東欧/松岡享子・訳/ほるぷ出版/1989年

 旧ユーゴの昔話。

 馬がでてくると三頭という場合が多いが、この話では一頭。主人公においかかるさまざまな困難を解決します。

 性悪の後妻の母親が、子どもを殺そうと、寝床に毒ヘビをいれたり、晩御飯に毒をいれたりしますが、馬のおかげで助かります。

 後妻は、馬のことに気がつき、病気のふりをして、馬の肝臓を食べさせてくれるよう夫にいいますが、そのことにきがついた少年と馬は何日か分の食料をもって、逃げ出します。

 途中拾ったのは、金の指輪、金の蹄鉄、金色の髪の毛。

 やがて、皇帝の馬丁として働くことになった少年。

 半分死にかけた馬六頭、のりつぶされてすっかりだめになった馬六頭をよく手入れして、見栄えのする馬にすることにした少年でしたが、ほかのいじわるな馬丁からねたみをかい、皇帝から難題をだされます。
 ・おまえがもっているのとそっくりの金の輪をはめたアヒル
 ・金の蹄鉄をはめた種馬
 ・金の髪の毛をもつ少女
 をつれてくること。

 導入部もながいのですが、難題をどのように解決していったの展開もながく、話を聞いている人を飽きさせずに、物語が進展します。

 魔女や金の髪をもつ少女がでてきて華やかさもあり、最後は少年が皇帝になるという結末。

 訳も楽しく、子どもが少年になり、若者になっていきます。

 金の髪の毛をもつ少女は、魔女のところに四年間閉じ込められていて、少年が少女を救い出すのに成功したのは三年後。三年後は、訳が少年から若者にかわります。


スモモ売り・・ブルガリア

2018年06月27日 | 昔話(ヨーロッパ)

         吸血鬼の花よめ/八百板洋子:編・訳/福音館文庫/2005年



 ごみでむすこのよめさんを探す話です。

 ある日お百姓は、年頃のむすこに、よめさんをさがしてこようと、荷車いっぱいにスモモをつんで村にでかけました。

 売るというより、ごみとスモモを取りかえるよというのです。
 おかしなスモモ売りに、おかみさん、おばあさん、若い娘は大喜び。たくさんのごみをもってきました。

 しばらくすると可愛い娘がやってきて、ハンカチにつつんだごみをもってきました。
 「どれだけごみをもってきたんだね」という百姓がみたのは、たったひとつ小さな紙くずでした。

 お百姓は「こういう働き者の、気だてのいい娘を、わしはさがしていたんだよ」と、むすこのよめになってくれるようにいいます。

 ごみをださない暮らしは、自然に負荷をかけません。いまの我々の生活をふりかえってみると、いかにごみを出し続けていることか。

 娘が王子と、貧しい若者が王女と結婚するなどの派手さはありませんが、なにか考えさせる昔話です。


やまからにげてきた

2018年06月23日 | 田島征三


      やまからにげてきた・ゴミをぽいぽい/作・絵:田島 征三/童心社/1993年


 表面上は豊かな生活で、生活から出てくるゴミもさまざま。

 ゴミを減らすために、リフューズ(断る)、リデュース(減らす)、リユース(再利用)、リサイクル(資源の再利用)の重要性があげられていますが、それでも回収されたゴミは、燃やせるゴミは燃やされ、そのあとにできた灰は、埋め立てらます。

 ごみ焼却場まではなんとか理解できるのですが、その先にはもっと問題があり、ゴミ捨て場からは、有害の水が流れ出ることもあり、動物たちにも深刻な影響が。

 作者が東京三多摩地域広域処分場建設反対運動のためにかかれた絵本です。

 前からも後からも読むことができます。

 いろいろな動物たちが、逃げてくる「やまからにげてきた」から読み進めると原因が、あれもほしい、やすいから買っておこう、あまったからポイ、あきたからポイと「ゴミをぽいぽい」から読み進めると、結果がみえてきます。

 たすけて、たすけて、タスケテ、タスケテという動物たちの叫び声が聞こえてくるようです。

 大量消費社会の中で、消費者の工夫も限界がありますが、あらためてゴミをださないことが環境問題を考える第一歩でしょうか。


パイナップル・ポリーとライオンぼうや

2018年06月22日 | エインワース

    ねこのお客 かめのシェルオーバーのお話1/ルース・エインワース・作 河本祥子・訳/岩波少年文庫/1996年初版


 黒い巻き毛を頭のてっぺんでたばねていたパイナップル・ポリーとよばれる女の子が遊ぶ草のボールをみて、いっしょに遊びたいと思ったライオンのぼうや。

 優しい声で歌い、なんとか一緒に遊ぼうとしますが、「ガラガラ声あたしこわい!」といわれ、魔法使いのジュジュマンにおしえをこい、ハチミツを食べて、またパイナップル・ポリーの家のうらで歌って・・。

 「そんな大きな声!あたしこわい」「そんなしゃがれ声!あたしこわい」といわれるたびに魔法使いのジュジュマンにおしえをこいますが、なかなかうまくいきません。

 何度も聞かれて機嫌が悪くなった魔法使いは、「アザミの綿毛をたべるのじゃ」といいます。
 ライオンぼうやが、アザミの綿毛をのみこみ、いつものように歌おうとすると、綿毛が詰まって、せき込むばかり。
 せきをききつけた村中の男が弓と矢をふりまわし、こどもたちまで棒と石をもって、パイナップル・ポリーをおいかけまわします。

 ところがパイナップル・ポリーが逃げるライオンぼうやをみて、草のボールをなげてあげます。ライオンぼうやが、ちっとも大きくも、おそろしくもみえず、ひとなっつこそうに見えたからでした。

 ライオンぼうやは、草のボールを秘密の穴にかくして、たのしくたのしくあそびます。

 そしてポリーの家にちかづくことはやめます。でもライオンぼうやは、ポリーのことが大好きだったようですよ。

 声をかえようとするのは「オオカミと七ひきの子ヤギ」とそっくりですが、繰り返しが五回。
 歌にも、こどもごころをくすぶるものがでてきます。

  パイナップル・ポリーちゃん 出ておいで!
  パイナップル・ポリーちゃん いっしょにあそぼう!
  きみに 貝をあげるよ
  なかに虹のもようがあるんだよ
  でておいで!でておいで!

  パイナップル・ポリーちゃん 出ておいで!
  パイナップル・ポリーちゃん いっしょにあそぼう!
  サンゴのビーズを糸に通して
  首かざりをあんであげるよ
  でておいで!でておいで!

  パイナップル・ポリーちゃん 出ておいで!
  パイナップル・ポリーちゃん いっしょにあそぼう!
  きみに うでわをつくってあげよう 
  金のゆびわもつくってあげるよ
  でておいで!でておいで!

 歌えたら楽しそうです。


魔法のつぼと魔法の玉・・ドイツ

2018年06月21日 | 昔話(ヨーロッパ)

          世界むかし話 ドイツ/矢川澄子・訳/ほるぷ出版/1989年


 「むかしあるところに、ひとりのまずしい寺男がいて、わずかなかせぎで家族ともども、やっとこさくらしをたてていました」と、はじまると、まさに昔話の世界です。

 ある日おかみさんが、最後のめんどりがはいった背籠をせおい、町に出かける途中、白い長い髭をはやした男に会います。

 男は、もっているつぼとニワトリのとりかえっこをいいだします。一度はことわりますが、結局つぼとニワトリを交換することに。

 このつぼ、「つぼや、ミルクでいっぱいになれ!」と叫ぶと、ミルクがいっぱいになり、ほかのものもいっぱいになる魔法のつぼ。

 たいてい条件がついていて、洗ったり、日なたにおくと魔法の力を失います。

 つぼの力がなくなり、ヒツジを買って、町にでかけたとき、また例の髭の男にあいます。

 今度は、ヒツジと玉の交換。
 この玉、「玉や、ぎょうぎよくして、ぼうしをおとり!」とさけぶと、なかから、こびとが出てきて、食事の準備ばかりか、後かたずまでしてくれる魔法の玉でした。 

 ここでも条件がついていて窓や戸を開けると効力をうしないます。

 昔話でここまでくると、大抵は、盗まれたり、同じようなものと交換されてしまいますが、この話では、上役がとりあげてしまいます。

 次には、魔法の玉をとりかえすものがでてきます。

 もう一回、髭の男から前よりおおきめの玉をもらった寺男。この玉に呪文をとなえると、なかから二人の大男が出てきて、こん棒をふりあげ、なさけようしゃなくびしびしひっぱたくというもの。

 寺男は、上役から小さな玉を取り戻すもとに成功しますが、ある日、友だちに、ごちそうをしようとして呪文をとなえると、誰かが家にはいってきて、小さい玉は、あいた戸から外へ飛び出して行ってしまいます。

 しあわせは、それほど長くは続かなかったようです。

 食べ物や金貨がでてくる昔話も多いのですが、でてくるグッズが異なります。


ぺーテルとペトラ

2018年06月20日 | 絵本(外国)


   ペーテルとぺトラ/作:アストリッド・リンドグレーン・文 クリスティーナ・ディーグマン・絵 大塚 勇三・訳/岩波書店/2007年



 ストックホルムの小学校にペーテルとペトラというこびとがやってきて、学校にいれてくれますか?といいます。ヴァーサ公園に住んでいるという二人。たしかに小学校の学区です。

 先生はすぐに席に座っていいですよといいますが、小さいので二人にあう腰掛なんてありません。

 すぐにグンナルは、自分の机のうえにのせてあげます。それから二人は授業をうけはじめます。

 グンナルとペーテルとペトラはすぐに仲良くなって、横断歩道をわたるときは、二人をやさしくエスコートしてあげます。

 グンナルが二人がどんなところにすんでいるのか、公園をさがしまわり、ちいさなまどから家をのぞくと、ふたりのおとうさん、おかあさんの姿がありました。

 突然やってきたこびとを、先生も子どもたちもすぐに受け入れるのにすこしも違和感がないのはスウェーデンということでしょうか。

 ペーテルとペトラが、前へ後ろに、何とも美しく心をとろかすようにスケート場ですべるシーンが幻想的です。表紙の見開きも最後のページも二人が楽しそうにすべる姿です。

 何か事件がおこるわけでもないのすが、子ども同士の交流がほのぼのと展開します。

 出合いがあれば別れも。あたらしい学期がはじまると、二人は引っ越しをしてしまいますが、多分手紙のやり取りなどで友情は続いていきそうです。


かいぶつアグサム

2018年06月19日 | エインワース

    ねこのお客 かめのシェルオーバーのお話1/ルース・エインワース・作 河本祥子・訳/岩波少年文庫/1996年初版


 胴体はまるまるふとっていて、鱗がはえ、歯は長くて棒飴のようにまがっているアグサムというかいぶつ。
 アグサムが誰かを怒らせると、その怒った人は、召使になって、その命令にしたがわなければなりませんでした。
 アグサムが怒らせた人を召使として、無給で城の掃除や食事の支度、羊や馬の世話などをさせていました、

 このアグサムがほしかったのが、洗濯を上手にする召使でした。近くの村で見たこともないほどまっしろな洗濯物をほしている家の庭先をとおります。さっそくこの家のおばあさんをおこらせ、自分の召使にしようと画策します。

 まず、月曜日おばあさんがほしていた洗濯物のひもを切り、雪のように白い洗濯物を汚れた草の上に落とします。

 火曜日、鍋にはいっていたミルクをすっぱくしてしまいます。

 水曜日、庭のタチアオイをアザミにしてしまいます。

 木曜日、階段にひもを張り渡し、おばあさんをころがすことに成功します。

 金曜日、たまごをかかえたおばあさんを驚かし、たまごを全部わってしまいます。

 アグサムが何度も何度も、おばあさんをおこらせようとしますが、おばあさんは、なにごとも前向きにとらえる陽気なおばあさんです。

 あれもこれも失敗したアグサムは、土曜日、ついには、おばあさんの家に火をつけてしまいます。

 どこまでも前向きなおばあさん。


 「家は好きだったけど、壁も崩れ落ち、屋根からは雨が漏り、床には穴があいていたからねえ」と平然。

 おばあさんは熱い灰にジャガイモを入れて焼き、これを村の子どもに手渡すのに大忙し。

 家がなくなって、おばあさんどうするのか心配になっていると、焼きジャガイモをもらおうとやってきた村中の人が、おばあさんを助けようと、あっという間に新しい家をつくる約束をしてくれます。

 五回も「わたしはなんて運がいいだろう!」と続きます。


 運が悪いと考えるより、運がいいと考える方が、人生何倍も楽しくなります。


レッスン

2018年06月17日 | 絵本(外国)


    レッスン/キャロル・リン・ピアソン・作 絵:ささめや ゆき・画 灰島 かり・訳/平凡社/2002年

 ロバートの学校がきょうからはじまり、楽しいことばかり。先生もやさしそう。
 一たす一、二たす二。学年が上がって、算数の記述問題。

 自転車で走っているとき、ひどく転び、足の骨を骨折。先生は問いかけます。
 悪いのは君?それとも自転車?歩道の出っ張り?誕生日に自転車をくれたパパとママ?

 答えはでてきません。

 ロバートが大きくなっても、先生の問題は続いていきます。
 大学に行って、結婚して、子どもができて・・・。三人の子どものうち、一人は先天性の障害があり、そのこの将来が心配で・・・。
 やがて、歳を取って、三回の心臓発作を起こし、手術で腎臓は一つになり、体力が日に日に衰えて、今では息をすることさえ苦しくなって・・・。

 人生どこまでもすんなりとはいきません。人生のどこかであいそうなシチュエーションばかりです。

 はじめ学校の先生を想像していたらそうではありませんでした。人生を導いてくれる存在でした。

 問題の答えは自分で探しなさいということ。

 全米の大ベストセラーとありますが、子どもには難しそうです。


七倍きれいさん

2018年06月16日 | 昔話(ヨーロッパ)

              世界むかし話 ドイツ/矢川澄子・訳/ほるぷ出版


 美女の表現もさまざま。「七倍きれい」というのは、他の娘が七人かかっても、かなわないという意味。
 もう一つはトネリコの木のように美しいとあります。

 王子が七倍きれいさんと話し合ってみたいと、金の指輪、銀のくつ、金の衣装をおくりますが、七倍きれいさんのこたえは

 ・ゆっくろ考えるひまがありません。なにしろニワトリにエサをやり、キャベツをきざんだり(料理)、シャツをぬったり(仕立てのしごと)

 ・もうひとつは、わたしは、まずしく、王子の父が許さないだろう

 と、いたって謙虚です。

 それでも、王子をこころから愛するようになった七倍きれいさん。ところが性悪ばあさんが告げ口したので、王さまはたいへんな腹立ち。
 王さまは、七倍きれいさんの家に火をつけさせてしまいます。七倍きれいさんは、貧しい夫婦の一人娘でしたが、助かったのは七倍きれいさんのみ。


 危険をさけるため、七倍きれいさんは、若者に変装し、不幸という名前で王さまの召使になります。

 やがて、王子が他の国の王女と結婚することになって、王女の城まで行列を組んででかけますが・・・。

 昔話には、もちろん名前がでてくるものもありますが、名前がない話も多く、若者、王子、王女といった表現がされていますが、このドイツの昔話は、七倍きれいや不幸という名前で、やや苦しいところがあります。

 「箱の鍵をなくし、新しい鍵を買いに行ったが、帰ってみると、もとの鍵がみつかった。古い鍵と新しい鍵のどちらをつかったらいいか?」というのは、ドイツの諺でしょうか。


どうぞのいす

2018年06月15日 | 絵本(日本)


    どうぞのいす/作:香山 美子 絵:柿本 幸造/ひさかたチャイルド/1981年


 小さな子に大人気の絵本。

 絵も内容もほっこりするやさしさがあります。

 うさぎさんが小さなイスを作り、作ったしるしに、イスに短いしっぽをつけます。
 うさぎさんはこのイスをどこに置こうか考え、ちょっと考えると たちまちいい考えが浮かんで、うさぎさんは立て札を作ります。立て札に「どうぞのいす」と書くと、大きな木の木陰にイスをおいておきます。

 初めにやってきたのはロバ。
 ロバはこのイスを見ると「おや なんて しんせつな イスだろうと」と喜びます。
 ロバは座る代わりに、背負っていたどんぐりのつまったカゴをイスの上に置くと、背中がかるくなって、おおきな木のしたでお昼寝を始めます。

 そこへくまさんがやってきます。
 イスを見ると「これは ごちそうさま。どうぞならば えんりょなく いただきましょう。」とカゴの中のドングリを全部食べてしまいます。
 しかし、でも からっぽに してしまっては あとの ひとに おきのどく。」と、代わりにはちみつの瓶をカゴに入れておきます。
 何にも知らないロバさんはまだお昼寝中。

 つぎのやってきたのはきつねさん。
 きつねさんも、どうぞのイスを見ると「まあ ごちそうさま。どうぞならば えんりょなく いただきましょう。」とはちみつを全部舐めてしまいます。
 しかし、やっぱりきつねさんも「でも からっぽに してしまってはあとの ひとに おきのどく。」
と、代わりに、持っていたパンを一本カゴの中に入れて帰ります。
 まだまだロバさんはお昼寝中。

 10匹のりすさんは、パンをたべ、かごいっぱいにクリをいれておきます。

 そこでやっとロバさんが目を覚まし、カゴを見ると、そこにはクリ。
 ロバさんは「あれれれえ。どんぐりって クリの あかちゃんだったかしら。」と、目をパチクリです。

 「まあ ごちそうさま。どうぞならば えんりょなく いただきましょう。」「でも からっぽに してしまってはあとの ひとに おきのどく。」というフレーズが何回かつづきます。やさしさのリレーです。


三人兄弟のよめえらび、かえるのよめ

2018年06月14日 | 昔話(外国)

 ヨーロッパでよくみられるパターンの昔話に、三人兄弟がでてきて、結婚相手を選ぶのに、末っ子が選んだ(選ばざるをえなかった)のは、かえるやねずみという物語。
 最後はかえるなどが、美しい娘になる結末。



蛙嫁(イタリアの昔話/剣持弘子・編訳/三弥井書店/1992年初版)

 三人兄弟の若者が父親から「ボールを投げて、ボールがいった先に娘がいたら、その娘をよめにするといい」といわれ、末っ子が投げたボールは、ヒキガエル口にくわえてきます。

 父親は、おのおのが選んだ娘に子犬をそだてるように課題をだし、ヒキガエルの娘?はすばらしく美しい子犬に育てます。
 さらに糸を紡ぐ課題もヒキガエルはきれいな絹の糸を紡ぎます。

 父親は娘をつれてくるように末っ子に言いますが、末っ子は大慌て。なにしろ相手はヒキガエルなのですから。
 しかしヒキガエルのいるところにいってみると、そこには、魔法がとけて人間にもどった王女がいたのでした。

 この話で面白いのは末っ子とヒキガエルのやりとり。

 「カエルよ、ヒキガエルよ!」
 「わたしを呼ぶのはだあれ?」
 「おまえをちっとも愛していないジョヴァンニさ」
 「でも、わたしが美しくなったら、きっと わたしを愛してくださるわ!」
 この繰り返しが3回続きます。


カメのおよめさん(ブルガリア 吸血鬼の花嫁/八百板洋子・編訳/福音館文庫/2005年初版)

 リンゴを投げて、落ちたところの娘と結婚するよう父親からいわれ、長兄は金持ちの坊さんの娘、二番目は、村長の娘がリンゴをひろいますが、末っ子の相手はカメ。

 他の話では、最後に登場するカメが、ブルガリア版では、すぐに登場します。上の二人からはばかにされるのですが、末っ子が一日中畑で働いて家にかえってみると、部屋はきれいに片づけられ、おいしそうな料理もできあがっています。
 何回かそんなことが続くので、末っ子が不思議に思って、こっそり部屋をのぞいてみると、カメがリンゴをかじると、甲羅がすっぽりとれ、月のように美しい娘に変わり、料理をつくりはじめます。

 末っ子は娘がまたカメになることが悲しくなり、甲羅を窓の外に投げ捨てると、タカが甲羅をつかんで、どこかへ飛んで行ってしまいます。

 この娘に横恋慕した王さまが、自分の妃にしようとしますが、末っ子はきっぱりとことわります。
 ここから、末っ子は棒でたたかれたり、無理難題をいいつけられます。

 最後、二人はしあわせにくらすことになるのですが・・・。

 この話でも楽しいのは無理難題を解決する場面。

 九つの穀物の袋の麦と米とキビをまぜあわせた粒をより分けることになります。
 九百万びきものアリの大群が穀物の山をより分けます。
 このアリを呼び出すには、カシの木を三べんたたき、
     古い森よ わたしの森よ
     黒い森に仲間を 九百万
     おおいそぎでたのむ!
 ととなえます。この繰り返しが2回続きます。


森の花嫁(フィンランド おはなしのろうそく2/東京子ども図書館編/1973年)
 再話といいいます。

 百姓の父親から、木を切り倒し倒れた方角にいって、似合いの娘をさがすだすよういわれ、ベイッコという末っ子が見つけたのはネズミでした。

 世の中の不幸にくらべたら、ネズミを花嫁にするくらいなんでもないわ、と言われネズミを花嫁にすることに。
 父親は花嫁候補にパンをつくらせます。さらに自分の織った布の見本をもってくるようにいいます。
 もちろんこの二つを見事にこなしたネズミですが、父親からこの目で花嫁を見たいといわれ、兄弟は花嫁をつれてきます。
 ネズミも五頭立ての馬車でやってくるのですが、すぐに変身するのではなく、一人の男が、この馬車を川へ蹴り落してしまいます。

 ネズミは世にも美しいおひめさまとしてあらわれるのですが、おひめさまは「魔法にかかっていて、その魔法は、誰かがわたしをいいなずけにし、ほかのだれかがわたしをおぼれさせるまで、けっしてとけないことになっていました。」とわけを話します。そして王女さまの国で、結婚することになります。

 再話らしくパン作りや織物をするところが楽しくなっています。
 パン作りで、上の兄はライ麦のパン、二番目の兄は大麦のパンで、ベイッコは小麦のパンでした。
 織物で、上の兄は木綿の布、二番目の兄は木綿と麻をまぜて織ったもの、ベイッコはリネンでした。


蛙の王女(ロシアの民話/アファーナーシエフ 金本源之助・訳/群像社2010年初版)

 王さまと三人の王子がでてきます。
 弓で矢を放ち、その矢を拾ってきたものを花嫁にしなさいという王さまの命令。

 末っ子のイワン王子の矢をもってきたのは、蛙でした。
 蛙と結婚できないとイワン王子はいうのですが、どうやら王さまの命令は絶対的だったのです。

 ここでも王さまは、三人の花嫁にルパシカを縫うよう言いつけます。
 次はパンづくり。そして今度は舞踏会です。
 舞踏会の日、蛙が自分の皮を脱ぎ捨てると美しくかわります。
 イワン王子は、一足先に帰ってくる蛙の皮を見つけ、焼き捨ててしまいます。
 すると花嫁は姿を消してしまいます。

 イワン王子は遠い遠い地の果てまで、花嫁を探す出す旅に出ます。
 そこで三人の老婆にあいます。
 三人目の老婆の助言で、花嫁のエレーナ姫にあうことができますが、エレーナ姫は、じつはほかの人に嫁ぐところでした。
 老婆から、空とぶじゅーたんをもらいうけた二人は、空高く舞い上がると飛び去っていきます。しかしその時、相手の花婿が二人を追っかけだします・・・・。

 蛙が、上の兄二人の花嫁を手玉にとる様子がほかの話とはことなります。やや策略めいていて、すききらいがでてきそうです。


カエル嫁(世界むかし話 東欧 松岡享子・訳 ほるぷ出版)

 旧ユーゴスラビアの昔話。旧ユーゴはスロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、コソボ、モンテネグロ、マケドニアとわかれていますから時代を感じさせます。といってもそんなに古いことではなく30年ほど前のはなしです。

 皇帝には三人の王子がいて、結婚相手をみつけるため、冠をなげて、その冠が落ちた家のむすめと結婚させることに。
 一番目の王子は、ある王さまの宮殿におちて、そこの王女と結婚。
 二番目の王子は、大臣のむすめと。
 三番目に冠が落ちたのは、湖の中。三度やっても同じ結果。
 末の王子は、小さなむすめカエルと一緒になります。

 上の二人は、カエルと暮らすのをいやがり、末の王子とカエルは城を追い出され、畑で働いたり、森で木を切ったりの暮らしをはじめます。

 夕方、王子が帰ってくると、食卓の用意はでき、着物はブラシをかけてアイロンがあててあります。

 不思議に思った王子が、木を切りにいくふりをして、小屋をのぞくと、カエルが皮をぬぎ、美しいむすめにかわります。そして夕方またカエルの皮をとりあげ、口の中でぶつぶつとなえると、むすめは、またカエルに。

 ここでも、王子は、カエルの皮を燃やしてしまいます。

 「ああ、あなた、なんということを!どうしてそんなことをなさったのです。いままでのようにしておいてくださったほうがずっとよかったのに。」という、カエルでしたが・・・。

 王子は精を出して働き金持ちになり、むすめのやさしさと美しさも遠くまでしれわたります。

 弟の成功をねたんだ上の王子は、皇帝に難題をださせます。

 「兵隊が一人残らず、腹いっぱい食べたあとも、まだスープがいっぱいという鍋」
 「軍隊全部が、そのうえで寝ることができ、毛布のように上からもすっぽりからだをつつむことができる布」
 「身の丈一インチ(2.54㎝)の男をつれてくること」

 カエルよめのお母さんが三つとも助けてくれます。

 楽しいのは三番目の”こびと”でしょうか。
 箱に入っているのですが、箱から出すとどんどんおおきくなります。もとにもどすための呪文は「ドゥル、じいさん!」。
 呪文をわすれた皇帝、二人の王子、兵士は、巨人になった”こびと”に、たおされてしまいます。

 カエルが美しいむすめ(ときには王子など)にかわるところから、さらに物語がつづいていきますが、国によって、さまざまな展開を楽しめる昔話でしょうか。


三枚の羽(グリム)

 年をとり、からだがよわってきた王さまが、誰に国をつがせるか考えます。
 そこで三人の息子をよびあつめ、一番上等のじゅうたんをもちかえった者を、この国の跡継ぎにすることにし、三枚の羽を高く吹いて、羽が飛んでいく方角に行くよう話します。

 一枚目の羽は東にとんだので一番目のりこう者の兄は東へ。
 二枚目の羽は西にとび、これまたりこう者の二番目の兄はにしへ。
 三枚目の羽は地面におち、がっかりした三番目の息子は、地面にすわりこんでしまいます。
 (タイトルが三枚の鳥の羽となっているのもあるのですが、どんな鳥の羽だったのでしょうか。三番目のむすこは、ぼんやり者、抜け作などと訳されていて訳者の方も苦労されているようです)

 三男は、羽のそばに戸口があることに気づき、戸をたたいてみると中から声がして戸が開き、そこには太ったヒキガエルがすわっていて、なにがほしいかたずねます。
 上等のじゅうたんがほしいというと、小さなヒキガエルが大きな箱をはこんできます。箱には、地上のだれもまねができないほどの立派なじゅうたんがありました。

 二人の兄は、弟をばかにしていたので、手抜きして、たまたまであった羊飼いのおかみさんから、身に着けていた布をもちかえります。

 結果はみえみえですが、兄たちはもう一回、べつな取り決めをするように王さまにお願いします。

 そこで、王さまは一番美しい指輪をもってかえった者に国をつがせることにします。
 三男はヒキガエルから宝石がたくさんついた光り輝く金の指輪をもらいます。
 ここでも手抜きした兄たちとの違いは、はっきりしていました。

 納得のいかない兄たちは、やいのやいのと王さまにいいたて、三つめの取り決めをすることになります。
 美しい娘をつれてかえった者を国の跡継ぎにすることになります。

 ここで、ヒキガエルはそれはそれは美しい娘に変身です。

 さらに三人がつれかえった娘が、広間のまん中につるした大きな輪をくぐりぬけることに挑戦しますが・・・・。 

 だれを跡継ぎにするかがテーマですが、よめさん選びもからんできます。松谷みよ子さんの「七男太郎のよめ」でも、よめえらびの儀なるものがでてきます。

 松谷さんのほうは鉢かつぎ姫と人間ですが、グリムはカエル。
 動物の変身はファンタジーに欠かせない要素です。

 最後は、輪くぐりというカエルにとっては得意技ですから、ここはカエルがぴったりのようです。


どろんこそうべえ

2018年06月12日 | 田島征三


    どろんこそうべえ/作・絵:田島 征彦/童心社/2007年

 子どもに大人気という「そうべえシリーズ」は三冊目で、関西弁の小気味よいリズムで、有無をいわせず展開します。

 そうべえが、宴会中におちていったのは、土の中。

 おけらがかずをかぞえると、だんだんわかがえり、こどもになって。おなじみの山伏のふっかい、歯科医のしかい、医者のちくあんも みーんなこどもに。おまけにすっぽんぽん。

 おけらから、みみずのかんたろうと、みみずひめの結婚式をじゃまをするかもしれない、もぐらのもぐりんをつかまえてくれとたのまれて・・。

 もぐりんをなんとかおさえると、もぐりん
  かんにん かんにん 
  みみずを たべへんと
  わて いきて いかれへん

  かんにんしたろ 
  わたいらかて やきとりも たべるし、
  たこやきかて だいすきや。
  いのちの あるもんを たべてるんや。

 土の中で楽しそうに遊びまわる四人組、なんと三か月も。
 おけらが数をかぞえると、こんどは、どんどん大きくなって。

 このへんでとめてといっても、どんどん歳をとっていくのも笑わせます。

 今回、独特の絵が、型絵染という手法であるのがわかりました。

 そうべえの妻のおさきさん、息子そうすけも初登場です。


六月の空

2018年06月11日 | 絵本(社会)


    6月の空 宮森630/ハーフセンチュリー宮森・文 磯崎主佳・絵 中村ヒューバーゲン・英訳/なんよう文庫/2010年


 「50年・・・・」
 ムネじいがつぶやきます。
 「あしたで、ちょうど50年・・・」
 チエばあがつづけます。
 2009年6月のことでした。

 1959年6月30日宮森小学校にアメリカ空軍のジェット戦闘機が墜落し、児童11人、一般6人、計17人が亡くなり、210人が負傷しました。

 この事件を風化させていけないと、結成されたハーフセンチュリー宮森のはじめての絵本です。
 グループは、歌、演劇、ダンス、詩の朗読などで、平和への思いを表現しています。

 また宮森小学校の土やフクギの木で染色をした紙をもちいて、描かれたとありました。

 日本語と英語訳、朗読CDも付いていて、作り手の思いがこもった絵本です。

 事件が起こってもすぐに忘れがちですが、残された遺族にとっては、一生忘れられません。まだまだ忘れてはいけない出来事もいかに多いことか!


ガラスの山のぼり・・ドイツ、ガラス山のおひめさま・・ノルウエー

2018年06月10日 | 昔話(外国)

 三人兄弟、三頭の馬がでてきて、ガラスの山を三度駆け上る話。

ガラスの山のぼり(世界むかし話 ドイツ 矢川澄子・訳 ほるぷ出版)

 百姓が、自分が死んだらお棺を開けたまま教会におかせてもらって、毎晩夜とぎをするよう三人のむすこに言い残して亡くなります。

 息子三人の末っ子は「ばか」とよばれていました。
 上の二人は夜とぎを末っ子のクリスチャンに代わりをつとめさせます。

 クリスチャンが死人の父親からもらった黒い笛をふくと、は一日目には、一頭の黒馬
 二日目には、栗毛の馬
 三日目には白馬
 があらわれます。黒い笛、茶色の笛、白い笛は教会の壁の穴にかくします。

 上の二人はまたぞろ、クリスチャンにつらくあたります。

 あるとき、けわしいガラスの山にすんでいるというお姫さまの手から指輪をぬき、ハンカチをもらってきたものを姫を妻としてとらせるというおふれがだされます。ただガラスの山には馬でのぼるという条件がついていました。

 クリスチャンが、教会にかくしてあった笛をふくと馬があらわれ、
 一回目は、黒馬で山の中腹へ
 二回目は、栗毛の馬で、山のてっぺんのすぐ下
 三回目に、白馬で頂上までのぼりつめ、お姫様の指輪とハンカチをもらうことに成功します。

 クリスチャンンは、お姫さまから「こんなこじきがあたしの夫になるんですって?」といいますから、見た目はひどかったのでしょう。


ガラス山のおひめさま(太陽の東 月の西/アスビヨルンセン・編 佐藤俊彦・訳/岩波少年文庫/2005新装版) 

 牧場の草が、夏至がくるといつもすっかり根元まで食べつくされて、困った男が、三人の息子に、見張りをいいつけます。
 ここでも、末っ子のアシュラッドは、上の二人からからかわれる存在。

 まず一番上の息子が見張っていると、夜もふけたころ、大きな地震が起こって、一番上の息子は、逃げ出します。草はすっかり食べつくされていました。

 二番目の息子のときも同様でした。

 アシュラッドは何とか地震にたえると、あたりはしいんとしずまりかえります。
 外で音がするのでアシュラッドが戸の隙間からのぞいてみると、一頭の馬がさかんに草をたべていました。馬の横には鞍と手綱があり騎士の鎧が一着そろえてありました。
 アシュラッドは、この馬が草を食べたと思い、火うちがねを馬のからだ越しに投げると、馬はそのままおとなしくなってアシュラッドの思うようになります。

 アシュラッドは、いままでだれもいかない場所に馬をつないでおきました。

 その次の年の夏至にもおなじことがおこります。手綱や騎士の鎧は全部銀です。
 翌年もおなじことが。

 この国の王さまは、ガラスの山に馬でのぼれたものと、おひめさまを結婚させるといいます。ひめさまから三つの金のリンゴをもちかえる条件がついていました。

 ここでも、アシュラッドはみたこともないような見事な馬で、一度目は三分の一ぐらいまでのぼり、おひめさまがなげた金のリンゴをひとつ、もちかえります。
 二度目は三分の二で。
 三度目はてっぺんで。

 一度目は、しんちゅうの騎士、二度目は銀の騎士、三度めは、金の騎士の姿です。

 いずれも、冒頭部は兄弟の勇敢さを試しています。

 ガラスの山は急でけわしくのぼりにくいこと、この上ない難所。そんなところに住んでいるのは、孤立していることをしめすのかも知れません。

 ガラスは比較的近年のものと思っていたら、何千年もさかのぼることができるようです。