どんぴんからりん

昔話、絵本、創作は主に短編の内容を紹介しています。やればやるほど森に迷い込む感じです。(2012.10から)

おかあちゃんがつくったる

2013年06月30日 | 長谷川善史
おかあちゃんが つくったる  

       おかあちゃんがつくったる/長谷川義史/講談社/2012年初版

 

 「おかあちゃんがつくったる」の主人公は小学三年生の「よしふみ」君。作者の名前もよしふみ。

 はじめは作者の遊びごころかと思ったが、この本が作者の自伝的要素があるということで納得。一年生の時お父さんが亡くなって、そのとき親戚があつまって、なまえがよくない。「よしお」にしようというので、お母さんと姉からは「よしお」と呼ばれている「よしふみ」君。

 母さんはミシン仕事で、よしひこ君とおねえちゃんを育てている。何でも作ってしまう母さん。ジーパンが欲しいといわれた母さんは、多分買うお金もないことから、よしひこ君のためにジーパンをつくる。

 しかしよしひこ君は「ジーパンのようで ジーパンでない ベンベン」とみんなに笑われてしまう。あせかきのよしひこ君のために作った体操服も「たいそうふくのようで たいそうふくでない べんべん」とみんなに笑われる。

 あるひ友だちがもっていたかばんがかっこよく、母さんがミシンでつくってくれたかばんには「よしお」という刺繍が(ハートマークがはいった素敵なかばん)。事情をしらないともだちからは「よしふみのようで よしふみでない べんべん」とわらわれる。

 ある日、父親参観日のお知らせを見たお母さん。「母さんがいったるわ」というが、よしひこ君は「はずかしいから いい」。母さんがどうしてもゆずらないから「なんでもつくれるのならおとうちゃんをつくってえな」と言ってしまうよしひこ君。

 当日、せびろを着た母さんが教室のうしろに。

 母さんの存在感が抜群でほろりとする。

 絵本はそれぞれ特色のある絵が多くあるが、長谷川さんの絵は、頭と体の大きさがほぼ同じで記憶に残る強烈な印象があった。

 絵本作家といえば「いわさきちひろ」ぐらいしか知らなかったが、同じ作家の絵本を続けて読む楽しさも感じさせてくれた。
 
 今では保護者参観日というなまえで、父親だけの授業参観日というのはあまりないようであるが、少し前まではたしかにそういう名前での参観日の記憶も残っている。現在の感覚では、父親参観日に母親がいってもおかしくないが、同じく母子家庭で育った私にはなんとなくよしひこ君の思いが共有できる。
 
 裏表紙には、遠足にいってひろげたおいしそうなお弁当とびっくりしてのぞきこむ友だちの姿が。なんだかんだといってもよしひこ君にとっては自慢の母さんだったのかも。


クロアチアの風景

2013年06月29日 | いろいろ

 旧ユーゴを構成していたクロアチア。テレビ東京でクロアチアの旅番組を放映していました。

 スプリットという街は、1300年前にローマ皇帝ディオクレティアヌス(在位:284年-305年)が引退用に建てたディオクレティアヌス宮殿を中心に広がっていました。
 世界遺産にも指定されている宮殿には、人々が暮らしており、当時の面影を保った石畳の道路とコンクリート造り(ブロック?)の家々が立ち並び、狭い路地に店舗が軒を連ねています。

 アドリア海を眼下に見下ろすことができる山の頂上からは、屋根の色が統一されている家々をのぞくことができ、その風景は、まるで昔話の世界のようです。

 また、ラストケという村は50人ほどの村で水車小屋の村とよばれています。日本で水車というと上下に動くというイメージが強いが、ラストケの水車は横にまわり、その水車に心棒のようなものがつけられて、石うすを回すというもの。
 水は利用するときに、川の水をせきとめていた柵(?)をひっぱりあげて水を流して利用していました。

 「ブレーメンの音楽隊」、「長靴をはいたねこ」の冒頭のシーンには水車小屋とロバがでてますが、クロアチアの水車小屋は、この昔話を思い出させてくれます。

  (クロアチアが来月1日からEU加盟のニュースを聞いた日に)

 写真はこの5月かみさんが旅行したときのもの。近くにはマルコポーロが生まれたところも。イメージがでていなくて残念ですが・・・。


三匹のごきげんなライオン

2013年06月27日 | 絵本(外国)
三びきのごきげんなライオン  

    三匹のごきげんなライオン/ぶん・ルイーズ・ファティオ え・ロジャー・デュボアザン 訳・はるみ こうへい 木村有子/童話館/2005年初版

 

 フランス小さな町の動物園のライオン。

 一匹が二匹にそして三匹に。三匹目はかわいくて、やんちゃなライオンのフランソワ。父親ライオンは、フランソワの将来をあれこれ悩みます。
 先生にも消防士にもなれると思うが、結局はお金持ちのご婦人にもらわれていきます。

 婦人と暮らすフランソワは、きぬのかけふとんのうえで、子猫のようにじゃれたり、ころげまわったり。おおきくなったフランソワは、婦人のベッドに飛び乗り、ベッドをこわしてしまいます。やがてフランソワはサーカスへ。

 サーカス団の団長は、火の輪くぐりをさせようとあの手この手で芸をさせようとするが、気立てのいい百獣の王は、火の輪で遊んだり、お客をふるえあがらせたりするのがにがて。
 サーカス団の団長は芸をさせるのをあきらめ、フランソワは、また動物園に。

 飼育係の息子フランソワが動物園の公園の庭師の手伝いをしているのを見たライオンのフランソワは庭師になって、ひかりにあふれ、においかぐわしい花々にかこまれてはたらきくらすことを心にきめます。木を植える穴掘り、花の水やり、草むしり、落ち葉かきはライオンの仕事にぴったり。やがてライオンのフランソワは正式に動物園の庭師に。

 フランソワの両親は「ライオンはかしこいんだから、やろうと思う仕事は、やれるものなのさ」と見守ります。

 子どもを見守る親の思いが伝わってきます。カラーと白黒の絵が交互にでてきて、これまでの絵本にあまり見られない構成です。

 しかし、動物園のライオンは本当に幸せだったのでしょうか。食と住が保障された生活は恵まれたように見えても野生とはまったくかけ離れたもので、ストレスがたまってもおかしくありません。        


昔話・・美女の形容詞はさまざま

2013年06月25日 | 昔話あれこれ

 男の場合はあっさりすまされても、美女?だとさまざま形容詞が。

●シルクロードの民話1 タリム盆地/小澤俊夫・編 岡田和子・訳/ぎょうせい/1990年初版


1 月も天も恥じいる美しさ
2 口はまるで月のよう、その目は太陽のよう(木馬)
3 月や太陽の美しささえもが色あせてみえる。腰は花のつぼみのようにほっそりして、両のほほはりんごのように赤く、口は指ぬきのように小さくて、目は泉のように澄んでいた(黄金の剣)
4 品の良い娘が月と太陽のように美しい姿をしていた(長持ちの中の娘)


●シルクロードの民話2 パミール高原/小澤俊夫・編 岡田和子・訳/ぎょうせい/1990年初版


1 空に輝く第二の月のように美しい(大麻を吸う男)
2 きつね色したほおはこんがりと焼きあがったナンのよう、きらきら輝くまなざしは善良そのもの(メリケン粉人形)
3 水を飲めば、水がのどを通っていくのが見え、りんごを食べればりんごがあばら骨を通っていくのが見えるほど、きゃしゃな娘


●金色の髪のお姫さま/チェコの昔話集/カレル・ヤロミール・エルベン・文 木村有子・訳/岩波書店/2012年初版


1 目をみると、そのあまりの美しさに息が止まるかと思うほど(火の鳥とキツネのリシカ)
2 輝きが空から海まで届くほど(金色の髪のお姫さま)


●子どもに語るアラビアンンアイト/西尾哲夫 訳・再話 茨木啓子 再話/こぐま社/2011年初版

1 朝の光のように美しい王女(空飛ぶじゅうたん)
2 雲のベールをはずした満月のように美しい(黒檀の馬)
3 微笑みはバラの花、流す涙は転がる真珠、長い髪は金と銀に輝く(ものいう鳥)


●子どもに語るイタリアの昔話/剣持弘子 訳・再話 平田美恵子 再話協力/こぐま社/2003年初版

 ミルクのように肌が白く血のようにくちびるの赤い(三つのオレンジ)


●いちばんたいせつなもの バルカンの昔話/八百板洋子 編・訳/福音館書店/2007初版

 春いちばんに咲く、白い花のような娘(吸血鬼に恋した娘)


●世界の民話19 パンジャブ/八百板洋子 編・訳/ぎょうせい/1999新装版

 髪が真っ黒で、夜る雷雨も恥じて顔を隠すほど。目はキラキラ光るダイヤモンドに、頬は熟した赤いリンゴにそっくりだった(半分の王子)


●世界むかし話7 ドイツ/矢川 澄子・訳/ほるぷ出版/1979年初版

 トネリコのきのように美しかった(七倍きれいさん)


●吸血鬼の花よめ ブルガリアの昔話/八百板 洋子 編・訳/福音館文庫/2005年初版

 摘みたてのミズキの花のように美しい(ふしぎな小鳥の心臓)

 

●子どもに贈る昔ばなし13 桃もぎ兄弟/小澤昔ばなし研究所/2012年初版

 日本の昔話では、美女の形容詞はおさえめ。めずらしくこんなのがありました。

 「立つに栴檀、なびくに栴檀、三千楚腰の」(カエルのワタン袋)。
 栴檀は香りのよい樹木、楚腰は細く美しい腰

 しかし、素話で語ったら、聞き手はキョトンとすることになりそう。          


「英雄ディックベール」・・シルクロードの民話

2013年06月24日 | 昔話(ヨーロッパ)

      英雄ディックベール/シルクロードの民話2 パミール高原/小澤俊夫編 岡田和子訳/ぎょうせい/1990年初版


 ウラテューベで記録された話とあるが、ウラテューベで検索しても該当なしという珍しい例。タジキスタンか。

 何度かシルクロードの民話を取り上げたが、いずれも重層的なものになっているのに感心するところ。この「英雄ディックベール」も昔話のいろいろな要素が入っていて飽きさせない。

1 七つの国を治めていた王さま。息子が一人もいなく誰に王位を譲ったらいいかと悩む。しかしマリーカという娘が一人。右のほおは太陽のように輝きがき、左のほおはさながら月のような美しい娘。世界中から求婚の使者がやってくるが、王さまは、なかなか手放しがたくもう少し大きくなってからと断る。

 (美しさの表現もいろいろあり。七つの国を治めていたとあるのは、あとからいきてくる)

2 貧しいたきぎ拾いの息子ディックベールもまた王女マリーカに恋する。

(貧しくても、王女に恋することができるというのが、外国のお話の特長か。日本の昔話で、貧乏な若者が対象とするのは、せいぜい金持ちの長者の娘といったところか)

3 ある日、ディックベールは両手に火のように輝く剣をもち、黒い馬に乗ったプラターネンヘルトという若者に道の真ん中でであい、力比べをすることになる。ディックベールのほうが勝って兄弟のちぎりを結ぶ。

(二人がでてくると、一方は正直、働き者で、一方が怠け者か意地悪が定石であるが、この話は大分異なる)

4 プラターネンヘルトは妖精王の娘、ラノーポリに恋していたが、ある晩、魔人のジャビールにつれて行かれ、その娘を捜しに旅にでたことを話す。

5 プラターネンヘルトは、あるじいさんから聞いた話として、母なる鳥<シムルグ>の助けが得られたなら望みをかなえることができると話し、どちらかシムルグに出会ったほうが、願い事を話して助けを請うことにして一本の剣をディックベールに持たせる。

6 ディックベールは母親を説得して旅にでる。

(若者が旅に出るのは、昔話にかかせない)

7 ディックベールは旅の途中、大蛇にあい、これを退治するが、この大蛇は毎年シムルグの子どもたちを食べに来ており、シムルグのひなたちは大蛇がいなくなったのを喜んで母親が「望むものをかなえてあげる」と言ったら、世界中の宝物をあげると言われても、シムルグの舌にあるものをほしいと言うようにと言う。

(宝物より大事なものというのも昔話。母なる鳥<シムルグ>とはどんな鳥なんでしょうか。舌にあるものがなんであるかは明示されていない)

8 ディックベールが家にかえって「ありったけのごちそうがテーブルの上に並んだらいいのになあ」とつぶやくとテーブルの上にごちそうがあらわれる。

9 ディックベールは母親に、王女マリーカに結婚の申し込みにいくようお願いし、母親は王さまのところに行くが、王さまは「ひとり娘を、どこの馬の骨ともわからぬたきぎ拾いにくれてやらねばならんのだ」かんかんに怒る。大臣がとりなして「千人の人が結婚を申し込んできている。やりとげることができないような難しい条件をだせば、みんなあきらめて帰るでしょう」と進言する。

(結婚を本人ではなく、親が申し込むにいくというのは、よくあるところ。相手が格上だからでしょうか)

10 王は大臣の言うことが気に入り、4つの条件をだし、これをやり遂げたものをマリーカの夫とする命令を出す。

11 王さまがだした条件
・王女が花をもち、階段が40段ある玉座にすわる。その花を馬で駆け上がり、手に持った花をもってくること。馬に鞭を当てるのは1回だけ。
・王さまがもっているような宮殿をたてること。宮殿は庭に囲まれ、その庭からナイチンゲールの歌声が聞こえること。
・40日間の間、結婚の祝宴が張れるだけのごちそうを用意すること。
・王の国の財産と同じだけの財産をもっていること。

(馬で階段を駆け上がるという条件は他の昔話にも多い。ナイチンゲールが出てくるところは、アンデルセンの「童話」を思わせる)

12 マリーカ王女への求婚者がいずれも失敗するが、ディックベールは3回目に階段をのぼりきる。その他の条件も母なる鳥<シムルグ>からもらったものでやり遂げる。

(このあたりはさっと終わる。うまくいくのは当たり前というところか)

13 結婚にこぎつけたディックベールは、式を先にのばして、弟分のプラターネンヘルトをさがしにいく。ここでもシムルグからもらったもので、よびだすがプラターネンヘルはひげはぼうぼう、顔色は真っ青、目はすっかり落ち窪み、げっそりやせた姿。プラターネンヘルがさがしていた恋するラノーポリはみつからない。そこでシムルグから、三つの品物、砥石とくしと鏡を渡され、魔人のところにラノーポリを捜しに行く。魔人が目をさまし、まず砥石を放り投げると大きな山があらわれる。魔人がさらに追いかけてくると今度はくしを投げると森があらわれる。
 三度目につかまりそうになったら鏡を投げると、川があらわれる。魔人が「どうして川をわたっんだ」と聞くと、「この川の流れは速いから溺れて死んでしまうかもしれない。石うしをからだにしばりつけて、その縄を首にしっかり結びつけるんだ」というと、魔人がその通りにすると、川の真ん中で黒い煙が上がって魔人はおだぶつになる。

(いろいろなものを投げて障害物を出現させ、無事に逃げ出すのも昔話に多い)

14 ディックベールは王女とプラターネンヘルトは妖精王の娘ラノーポリと結婚式をあげ、やがてディックベールは王さまになって国と民を正しく治めます。

(正しく治めるという終わり方。どこかの人に聞かせたい)


もったいないばあさん もりへいく

2013年06月23日 | 絵本(日本)
もったいないばあさん もりへ いく  

   もったいないばあさん もりへいく/真珠まりこ 作・絵/講談社/2011年初版

 

 今、世界で通用する「もったいない」。

 おばあさんが森にでかけ、野原のお花で遊ばないとはもったいないとレンゲソウの髪飾り、シロツメクサの指輪、タンポポ腕時計をつくる。
 四葉のクローバーをさがしたり、野原の花でおままごと。笹船を川に浮かべたり、葉っぱやくきで音遊び、木登り。
 秋になると落ち葉のあてっこや、落ち葉の布団に寝転んだり、葉っぱのお面をつくったりと少し前まで(?)の子どもの遊びが。

  ゲーム機で部屋のなかで遊んでいる時間が多くなっている今のこどもに、自然にふれる機会をもうけ、こんな遊びが教えられたら親も見直されるかも。

 「もったいないばあさん」とあるが、絵は、どんぐり婆さんと言ったほうがぴったり。
 
 コナラ、クヌギ、マテバシその他を総称して「どんぐり」といっているんですね・・・。       


やぎとおおかみ・・ウズベキスタンの昔話

2013年06月20日 | 昔話(アジア)

      やぎとおおかみ/シルクロードの民話2 パミール高原/小澤俊夫編 三宅光一訳/ぎょうせい/1990年初版


 ウズベキスタンのレニナバードで記録された話。

 ある人がやぎを飼っていたが、6か月ごと子やぎが生まれたので数年後にはたくさんの子やぎや孫やぎができます。

 年老いたやぎが殺されそうになるが、悲しみにふけりながら群れについていくと、いつのまにか群れから離れてしまい、腹ペコのオオカミにあう。
 年寄りやぎは「走っても、ゆっくり進んでもオオカミが食べてしまうだろう。わたしの死ぬ時間がやってきたことはたしかだ。それも運命だろう」とひそかに思う。

 オオカミは、年寄りやぎがあいさつしたので、恐ろしくないんだろうかと考える。年寄りやぎは「食べてもらうため」ためにオオカミに近づいた言い、身の上話をはじめる。

 「ご主人様は、よくめんどうをみてくれ、多くの子やぎを生んできたが、年老いてしまったら、つぶして、肉がかたければスープだけを飲むことにしよう。肉は犬たちにくれてやろうと言う。このどこに正義が情けがあるというのか。だからあなたに食べてもらおうときた」。
 しかし、骨をかみくだくときポキポキと骨の折れる音を耳にしたくないので大きな声で歌ってほしいと条件をだします。

 オオカミが声をふりしぼって吼えると、年寄りやぎは、耳が遠いので、もう一度歌ってくださいという。 オオカミがもう一度ほえると、その声をききつけた三匹の犬が近づいてきたので、オオカミはびっくりして逃げ出すが、高いところから飛び降りて腰の骨を折ってしまう。
 
 オオカミは「おろかだ。黙って殺すことだけを考えりゃいいものを、おろかにも歌に手をだすとは」という言葉を言い終えると息が絶える。

 こんな終わり方もありかなと思わせる。

 オオカミをやり込めた老やぎだが、そのあとどうなったかは、語られていない。余生は穏やかに暮らせただろうか。


なけない ちっちゃいかえる

2013年06月19日 | 絵本(日本)
なけない ちっちゃい かえる  

    なけない ちっちゃいかえる/エクトル・シェラ・作 やまうちかずあき・絵/すずき出版/2004年初版

 

 おたまじゃくしからかえったばかりのかえる。ちっちゃいかえるは元気にあそぶが、まだなけない。

 みんなと同じように「ケロケロ」なきたいが「ケ・ケ・ケ」としかなけない。あひるにであってあいさつをしようとするが、考えすぎてなにもいえない。

 おんどりや牛、ぶた、ひつじにあって、みんなちがうなきかたをするので、自分のなきごえは「ケケケ」でいいときがつく。みんなの前で大きな声で「ケケケ」、ほかの動物の前でも元気よく泣くと動物たちは拍手。

 デフォルメされたかえるや動物の姿がかわいらしい絵本。大人が子どもたちに対して、何かのきっかけで自信をもてるヒントを与えることができるといいなと思わせる。

 出典に訳がないのは、コロンビア出身の作者が日本語で書いたもの。「完璧でなくてもOK」「自分らしさOK」というメッセージが伝わってくる。このメッセージは大人にも言えること。


双子の兄弟・・ヨルバ族の昔話

2013年06月18日 | 昔話(アフリカ)

    双子の兄弟/新編世むかし集9 アフリカ編/山室 静 編著/文元社/2004年初版


 ヨルバ族は、アフリカのペナン、ガーナにも居住しているが、大半はナイジェリアで三千万人以上。
 この他にもキューバ、ブラジル、ハイチなどに奴隷貿易によってアメリカ大陸に連行されたヨルバ系の人々の子孫が存在するという。
 紀元前4世紀ごろには、ヨルバ人は現在の地域に住んでいたと考えられていることから、古い歴史をもっています。

 宗教はキリスト教60%、イスラム教30%、アフリカ伝統宗教。

 物語が次々に展開して、叙事詩的味わいがある昔話。どんな場面で語られていたか興味のあるところ。

1 ある夫婦に何人も子どもがいたが、みんな若いうちに亡くなって、悲しんだ夫婦は、丈夫に育つ子どもをほしいと思い、神官に神託をうか がってもらうと、夫婦の持ち物と財産をすべて神にささげなさいとのお告げ。全てのものを失ってしまうが、最初からやり直していると、ほ かの人がさまざまな援助をしてくれる。ある日、夫が魚をつりあげると、魚の中から、二本のナイフと二本の刀がでてくる。家にかえると、 奥さが双子の男の子を生んでいた。しかも同じ日に、他の人からもらったネコが二匹、犬も二匹、タカも卵を二つ生む。夫の兄弟が男の子の 誕生を祝うために狩りに行ってヒョウを射止めるが、そのヒョウは二頭の子を生んだばかり。

 (子どもができない夫婦という話は多いが、ここでは子どもがいても丈夫に育たなかったという展開。昔は子どもが一人前になるのが困難だったことが反映されている出だし)。

2 やがて双子の兄弟は独立した生活をしたいと旅にでる。父親はヒョウ、タカ、犬、ネコ、ナイフ、刀を息子にもたせる。

 (若者が旅に出るというのは昔話の定石。話しの前段で犬やネコ、ナイフなどが二本(匹)とくどくなるほどがでてくるが、ここで生きてくる)。

3 双子が旅に出て一本のパンヤの木のところで道が分かれていたので、兄弟は別々の道を進むことにするが、5年後にここで落ち合おうと 約束する。5年後どうなっているかわかるようにパンヤの木にナイフをさして旅立つ。このナイフは、死んだか、病気か、何か危険におちいっているかを示してくれるもの。

  (旅の途中で、道が分かれて兄弟が別々の道を進むというのも定石。相手が無事かどうか示してくれるナイフも、ものは違っても同じ展開の はなしは多い)

4 右の道をとった双子の一人、ケヒンデは医学を学んでたいした名医になる。

  (このあたりは2行でおわる)


5 左の道をいったタイウオは、海辺の道をたどって、大きな都につく。
 この都では、海の神に毎年娘をささげて洪水から国をまもっていたが、今年は王さまの娘が人身御供にされていた。タイウオは、頭が六ッつ ある海の怪物と二日二晩戦う。一緒に連れていたヒョウ、ネコ、犬、タカの助けと雷の神の助けで怪物をたおす。タイウオは怪物の頭を切り 落とし、二つの頭からは耳を切り取ってポケットにしまう。ここで姫から一緒に王宮にいってほしいとこわれるが、タイウオはもっと先にい かなければという。姫は別れるとき感謝のしるしに、首に巻いていた布を二つに裂いて犬とネコの首に巻きつける。
 
 (ここで王宮にいくとめでたしとなりそうであるが、話はまだ続く。タイウオがどこにいきたいかは示されていない)

6 タイウオが残して行った海の怪物の頭を横取りしたのは、王さまに仕えていた将軍。自分の手柄として王さまに報告した将軍は、王子がなかった王さまから姫を妻としてあたえられる。姫は事実を話すが誰からも信用されない。

7 婚礼の前日、お姫さまの侍女が犬の首に結ばれていた布からタイウオの家を見つけ出す。お姫さまは犬とネコの首に布を巻きつけたことを 王さまにはなす。王さまの前で、タイウオと将軍はどのように怪物を退治したか話すが、タイウオのもっていた怪物の二つの耳が決め手とな ってタイウオとお姫さまの話が真実とわかり、将軍は頭をはねられてしまう。二人は結婚し、ヒョウ、犬、ネコ、タカも王さまの城でくらす ことになる。姫はまたスカーフを二つに裂いて犬とネコに半分づつ与える。

 (王さまの前でのやりとりは大分詳しい。ここで話が終わってもいいところだが、双子のもうひとりのケヒンデの登場がないので、さらに話は続く

8 一年後、王さまはなくなり、タイウオは三年間平和に国を治める。あるとき一羽の巨大なオンドリが城の中に入ってきておそろしく騒ぎ立 てる。タイウオが矢を射てもあたらず、ヒョウ、犬、ネコ、タカの助けをかりて、ようやくメンドリを王宮から追い出す。オンドリを追いか けていったタイウオは、一人のお婆さんに出会う。この婆さんはタイウオの退治した海の怪物の母親で、タイウオにヤシ酒を飲ませ、石にかえてしまう。

9 5年後、医者になっていたケヒンデがパンヤの木のところで、弟のナイフが赤くさびているのをみて弟を探しに行く。タイウオの都にたど りつくと弟と間違えられてしまう。弟がいなくなった様子を知った兄のところにまたオンドリがあらわれる。このオンドリについて行ったケ ヒンデは、弟と同じようにお婆さんからヤシ酒を飲まされ、石にされそうになる。しかしあらかじめ魔法の薬を飲んでいたケヒンデはお婆さんを、ただの一突きで殺してしまう。

  (このへんの展開もくわしい)

10 お婆さんの家にはヒョウタンにはいった魔法の水があり、それをふりかけたらみんな生きかえるというもの。この魔法の水をタイウオや 石像になっていた動物たちにふりかけ、みんなは生きかえる。

 (このへんのやりとりも長いがあまりあきを感じさせない。ここでも話は終わらず続く)

11 双子は都にかえるときにいたずらをくわだてる。タイウオの奥さんが自分の夫を見分けられるかどうか。お妃は犬とネコの首についていた鎖でようやく自分の夫が見分けられる。

 (さらに話は続くが、少し長くなりすぎなので・・・・・)       


湖の中の黄金・・中国・シンチャンウイグル自治区の昔話

2013年06月16日 | 昔話(アジア)

           湖の中の黄金/シルクロードの民話1 タリム盆地/小澤俊夫編 虎頭 恵美子訳/ぎょうせい/1990年初版

 

 役に立たなくなった年寄りを殺してしまえという話は日本の昔話にもあって、かわいそうになった息子が殿さまの命令をきかずに年寄りをかくまい、やがて殿さまの難題をお年寄りの知恵をかりて解決し、不思議に思った殿さまから問い詰められて、実は~という。それから年寄りを大事にするという話。

 この話も同じように、年よりを大事にかくまっておいた息子が、王さまから湖の中にある金の塊を持ってこいと命令され、年よりの知恵をかりて黄金をもちかえる。実は、この黄金は山の頂上にあるものが、湖の水面に映っていたもの。しかし息子は王さまのもとにはこの黄金を差し出さなかったので、王さま追求に合い、山の頂上のシンギラウ鳥の巣からとってきたことを言う。自分で考えたという息子の言い分を信用しない王さまの追求にあい、お年寄り(父)が教えてくれたことを話す。
 王さまは、黄金をひとりじめし、それいらい老人に助言をもとめるようになるという結末。

 これが収録されているシルクロードの民話では、王さまではなくパーディシャーと訳されている。
 パーディシャーと王さま、同じように思うがやはり違いがあって、王さまとは訳せないのではないかと思う。

 シンチャンウイグル自治区は新疆ウイグル自治区といったほうが日本ではとおりがよさそう。中国の西端にありウイグル族の民族自治区である。中華民国は1912年から新疆省という行政区分を置いていたという。

 ウイグル族のほか、漢族、カザフ族、キルギス族、モンゴル族(本来はオイラト族である)などさまざまな民族が居住する多民族地域であるともいう。
 民族自治の拡大を求める動きが今どうなっているのか?   


ながいながいすべりだい

2013年06月15日 | 絵本(日本)
 

     ながいながいすべりだい/長 新太 作・絵/偕成社/1987年初版

 

 大分昔、子どもをつれて公園にいったとき、よく滑り台にのって楽しんでいたことを思い起こしました。

 この絵本の滑り台はなんと大きな山。すべりおりるのになんと一日がかり。

 きのこ、かえる、ちょうちょ、はちのす、おはな、とり、たまご、おにんぎょうにであい、ゆきがふったり、あめがふったり。
 すべりおりたときは、いちばん星が。

 悩んだのは、山のすべりだいの絵。どうみてもすべりおりれない滑り台。20分ぐらい考えて??あきらめました。

 ところで絵本は、定価+税で表示されており、いつでも消費税がかわっても対応できるようになっているが少ししゃくになるところ。                 


Poo・・うんち

2013年06月12日 | 絵本(自然)
POO うんち  

    Pooうんち/ニコラ・デイビス・文 ニール・レイトン・絵 唐沢則幸・訳 今泉忠明・監修/フレーベル館/2004年初版 

 

・ウンチってなんのため?
・肉食動物と草食動物のウンチのちがいは?
・小鳥の多くが巣の中やまわりにウンチをのこさないのはなぜ?
・一頭のカバが一晩にするウンチの重さは?
・ゾウのウンチはどうなる?
・こうもりのウンチを食べる生き物はどのくらい?
・世界一おおきなウンチは誰がする?
・いちばん小さなウンチは?
・くささで一番のウンチは?
・まったくウンチをしないのは?
                   etc

 このほか、まだまだあるウンチの疑問に答えてくれる絵本

 Pooは、幼児語で「うんち」を意味するが、Pooの音には、「うっくさい」のほか「ふうーん」「へえ!」という意味もあるという。
 文字通り「ふうーん」「へえ!」と言いたくなるウンチの本で、もっと早く出会いたかった一冊。


クレオールの民話

2013年06月10日 | 昔話(南アメリカ)

  クレオールの民話/パトリック・シャモワゾー 作 吉田可南子 訳/青土社/1999年初版

 

 クレオールという聞いたことのなかった言葉にひかれました。この「クレオールの民話」は、大人向けの感じがしました。

 訳者あとがきにある「砂糖きびのプランテーションの農園で奴隷の黒人の誰かが死ぬと仲間があつまって通夜をする。通夜の語りは夜明けまで続く。」という背景がすべてを物語ってくれています。

 作者も「われわれの物語と語り部は奴隷制度と植民地の時代に生まれた」といいます。

 世界各地に見られる「民話」の共通性はもちながらも、背景から生まれたさまざまな構造は単純ではありません。
 この本には12編(雨を呼ぶ少年、きれいな娘は桶の下、魔法使いマダム・ケレン、かぼちゃの種、ちびっこ大将は音楽家、心臓を干からびさせる女など)が収録されているが読み込みには時間がかかりました。あらすじは、作者・訳者の思いと異なりそうでできそうにもありません。

 作者の注文で注釈や地図もないため、場所は自分で調べるしかありません。

 序文に、場所はマルティニックとあり、訳者のあとがきにカリブ海とあるので世界地図を広げてみました。
 北アメリカと南アメリカのカリブ海に浮かぶ西インド諸島のなかのウィンドワード諸島に属する一島で海を隔てて北にドミニカ国があるフランスの海外県の一つ。
 ヨーロッパから遠く離れたこんな場所に、植民地時代の名残でいまだに海外県が存在するのに驚かされます。
 コロンブスが「世界で最も美しい場所」と呼んだとあり、またナポレオン・ボナパルトの最初の妻もここの出身であるという。

 作者のパトリック・シャモワゾー(1953年~)はこの島の小説家。「黒人たちの民話の語りを応用しつつ豊かな想像力と鮮やかな文体によって描かれた年代記『テキサコ』によってフランスで最も権威のある文学賞のひとつゴンクール賞を受賞」しています。
 また、クレオール文化及びクレオール化の肯定的評価を世に知らしめるうえで多大な役割を果たしたという人。

 「民話」が語られたのはクレオール語。
 “クレオール語とは、意思疎通ができない異なる言語の商人らなどの間で自然に作り上げられた言語(ピジン言語)が、その話者達の子供達の世代で母語として話されるようになった言語を指す。
 ピジン言語では文法の発達が不十分で発音・語彙も個人差が大きく複雑な意思疎通が不可能なのに対し、クレオール言語の段階ではそれらの要素が発達・統一され、複雑な意思疎通が可能になった。
 クレオールはピジンと違い完成された言語であり、他の言語に引けをとらない。また、日本語も北方系言語(アルタイ語族)と南方系言語(オーストロネシア語族)が混合したクレオール言語から変化したという説もある。”           


あたしもすっごい魔女になるんだ!

2013年06月09日 | 絵本(外国)
 

    あたしもすっごい魔女になるんだ!/ミシュエル・ヴァン・ゼブラン・ 作・ 金原瑞人・訳/小峰書店/2004年初版

 

 ママはすっごい魔女で、つくった薬で、相手をカエルやクモやほこりに変身させたり、呪文で鼻に毛をはやしたり、足をでっかくしたり、ドラゴンになってしまうキノコを知っていたり{あたし」のあこがれ。

 でも魔法は「あぶないの」「おあそびじゃありません」「こどもはこどもの遊びをしなさい」といわれてしまう。「わたし」が薬をおちゃに入れるとママはカエルになってしまう。

 ママがいなくなってすきなことができるようになった「わたし」は、毒へビの巣をつくったり、ネズミに魔法の呪文をかけたり。

 ママがいなくなった晩、こわい夢をみて目がさめた「わたし」はこころぼそさにママを探しに行く。
 ママをもとの姿にするためには、カエルにキスしなくちゃならない。気持ち悪いのを我慢して森からもちかえったカエルにキスしていくとやっとママがあらわれる。

 ママから怒られたり、魔法で変身させられてしまうのではとおもいきや、ママが「わたし」をだきしめて言うには、「いいのよ。わたしも むかしは そうだったもの」。

 こんなにやさしく自分を理解してくれるお母さんの存在は、なによりの贈り物ですよね。

 日本で魔女というと何か違和感があるが、地中海の海に面した石タタミの坂道でレンガ作りの低層の家が建ち並ぶ風景を想像するとぴったりといったところか(ただし、やさしい魔女?)。   


おおきなたまご

2013年06月07日 | 絵本(外国)
おおきなたまご  

    おおきなたまご/M・Pロバートソン: 作・絵 ささやま ゆうこ・訳/PHP研究所/2009年初版

 

 ある日、おかあさんがかわいがっているメンドリが大きなたまごをあたためているいるのをみたジョージは、そのたまごを自分の部屋に運び、三日三晩、お話を聞かせてあげます。すると三日目の晩に生まれたのはなんとドラゴン。

 ジョージはドラゴン語を知りませんが、ドラゴンが「ママ!」と言ったことはわかりました。

 ジョージは、りっぱに育てなきゃと思い、美しい飛び方、火のはきかた、お姫様のいじめ方、騎士との戦い方などを教えてあげます。そして、ジョージが寝る前にドラゴンのでてくるお話を読んであげると、ドラゴンは涙を流していました。

 ドラゴンは仲間に会いたくなったのです……。やがてドラゴンは仲間のいる洞穴へ。ジョージとドラゴンの別れ。

 ドラゴンがお母さんといったのは本当だったのでしょうか。とにかく一生懸命ドラゴンを育てようとする少年の健気さが伝わってきます。でもやっぱり仲間のいるところがいいんですね・・・。

 体が緑色のドラゴンの目がやさしい。