猫のキキとヒゲおじさんのあんじゃあない毎日

『あんじゃあない』って、心配ない、大丈夫っていう群馬の言葉、いい歳こいたキキとおヒゲのどうってことない前橋の暮らしです

<おヒゲは咽頭部の検査で入院して留守なの、ごめんなさい。代わりに2017年4月におヒゲが前橋のまちのこと書いた文を載せます>キキ 

2020-11-30 07:50:40 | あんじゃあない毎日

 <キキです。おヒゲは前橋赤十字病院に入院中です。今日10時から、咽頭がんの疑いが強い咽頭部の腫瘍について、全身麻酔をしたうえで、患部の精密な検査を受ける予定になっています。退院は明日の予定です。
ということで、おヒゲは記事の更新ができないので、キキの独断で、以前、おヒゲが前橋工科大学総合デザイン工学科の学生の皆さんに前橋のまちのことをお話しした時の資料を公開します。ちっとんばいは参考になるかもしれないので…>

 <2017年4月27日、「ヒゲおじさん編『前橋の禍福』」というタイトルのお話です>

□ 利根川の流変がもたらした幸い

前橋の中心市街地は、かつて利根川の川底だった。

このあたりの利根川は、浅間火山の噴出物が堆積した『前橋台地(前橋泥流層)』を削り、渓谷をなして流下している。このため、巨大台風の襲来等により何度か流変を起こしている。『流変』とは川の流路が大きく変わることで、最も新しい流変は、15世紀初めとか16世紀中ごろとか諸説あるが、利根川の流路が大きく西へ変わり、ほぼ現在の川筋となった。それまでは、前橋台地の北辺を東行し、前橋台地の東を削り取って、伊勢崎市方面へ流下していた。現在の広瀬川・桃ノ木川の流路が利根川の川筋であった。
この利根川の流変はこのまちに大きな幸いをもたらした。

  •  旧流路が利用可能な広大な荒れ地としてもたらされた。この荒れ地の開拓の用水として造られたのが広瀬川(旧名:比刀根川)で、流変直後の16世紀後半には旧流路に残された利根川分流を利用してその原型ができたという。1601年、酒井重忠が厩橋藩主となってからは、厩橋藩(後に前橋藩)が直接管理する疎水として維持管理されてきた。利根川の流変は、前橋に多くの優良農地をもたらした。現在でも広瀬桃木用水は約2200haの農地に水を供給している。
  •  流変で戦国時代の城は消失し、前橋台地西端の利根川河岸に新たに厩橋城が築かれ、江戸時代に前橋藩として独立することができた。そして、酒井家の支配下で前橋城下が整備され、旧流路に城下町がつくられた。利根川の流変によって、現在の前橋の地域原型ができた。酒井家による養蚕の奨励により繭と絹糸の生産の基礎がつくられ、経済基盤の一つとなった。

 

□ でも、利根川の氾濫に手を焼いた松平家は逃げた

前橋藩になっても、利根川の治水は困難を極め、大型台風の襲来のたびに前橋台地を侵食し、氾濫を繰り返した。1699年の氾濫では前橋城と城下が大被害をこうむり、1706年には前橋城本丸の櫓が倒壊、1767年には前橋城本丸部分が完全に浸食され、消失した。
当時の藩主松平家は財政難、城の修築を断念し前橋城を放棄、武蔵野国川越に引っ越した。これにより前橋藩は廃藩、川越藩の領地となり、前橋城は取り壊され、のちの浅間山の天明の大噴火による泥流に埋まった堀では水田が開かれた。城主の不在により、前橋城下は藩士のほとんどがいなくなり、城下は衰退した。

□ 消えた7万7千8百両(幕末だから、今の金に換算すると3億円ぐらいかな…)

城主の逃亡で前橋には城がなくなってほぼ100年、城下は衰退したけど、周辺の繭生産と生糸生産は右肩上がり、前橋のまちは生糸取引で生き延びていた。その取引でしこたま儲けた絹商人たちは、前橋藩の復活を夢見て8万両近くの資金を用意、前橋城の再築を松平家に求めた。ときは、幕末、江戸幕府崩壊のカウントダウンが始まってたんだいね。
それでも、1864年前橋城の再築工事に着工、3年後の1867年に再築前橋城は竣工した。本丸には天守閣はなく、御殿がつくられた。前橋城が再築された1867年11月、徳川慶喜は大政奉還し徳川幕府は崩壊した。松平家はただちに徳川慶喜に同調し版籍奉還を申し出た。城は、数か月で無用の長物となり、1871年に取り壊された。

絹商人の7万7千8百両はムダ金だったのかなぁ、それが…

 

 □ 再築前橋城の御殿は群馬県庁の庁舎に、7万7千8百両は無駄にならなかった

明治維新後、1869年(明治2年)の廃藩置県で『岩鼻県』、1871年(明治4年)10月24日には『高崎県』、それがさ、3日後の27日には『群馬県』に名称変更された。なんで? それは高崎と前橋の間でどっちが新たに設置される『県』の中心として支配権を持つのか壮絶な争奪戦が始まったことによる。全国でも珍しい県庁盗り騒動…
1871年11月には、高崎城址に県庁建設計画が立てられたけどダメになり、1872年5月に県庁予定地が前橋に変更された。ところが、1873年6月に突然『群馬県』は廃止され『熊谷県』となって、県庁所在地は再び高崎に変更された。そして、1876年8月に再び『群馬県』という県名が復活したが、県庁予定地は『高崎』のまま。それが9月になると…
「花燃ゆ」に登場した楫取元彦が県令で着任、「高崎は嫌だ、前橋がいい」と宣言し政府も許可した。これが紛争に火を付けた。高崎の人々は「県庁を戻せ」と嘆願書を出すが、県令はただちに却下、高崎の抗議運動は過熱、勢いを恐れた県令は「前橋は地租改正がすむまで、いずれは高崎に戻す」と口約束、紛争を鎮静化させた。でも、1881年2月、県令は、「正式に前橋を県庁所在地とする」と宣言、政府の承認をとった。裏切られた高崎の人々は大抗議運動をしたが、県令は突っぱね、法廷闘争へ、裁判では県令が勝訴し、県庁所在市は前橋となった。
で、前橋の絹商人が7万7千8百両を拠出して作られた再築前橋城の本丸御殿は楫取県令の執務室、県庁となった。捨て金に見えた7万7千8百両は、前橋に県庁をもたらす一助となった。

 

□ 前橋の中心商業地は二つあったけど、一つは製糸工場とともに消えた

前橋町が前橋市になったころの市域は、北はだいたい広瀬川までだった。広瀬川の北は一毛村や才川村などで、前橋でなかった。1889年(明治22年)、前橋市は周辺の村を吸収合併し市域は広がった。特に、広瀬川の北側は前橋の新しい産業地として急速に開発された。
大正時代には、才川町を中心とする北部だけで40を超える製糸工場が立ち並び、2万人を超える労働者が新潟や東北から出稼ぎにきた。特に工場労働者の主力となった女工という若年女性労働者は数年間の『年季奉公』が基本、工場の宿舎で生活し、年季が終えると故郷へ帰っていくのがほとんどだったという。
この新しい工場地域で暮らす人々の生活を支える商業・飲食・娯楽・医療・サービス等の機能が集積した新しい市街地が形成された。それが才川通り、南北1㎞余の通りに商店等が軒を連ねていた。『厩橋劇場』という名の芝居小屋も存在していた。大正時代には、一日の通行人が2万人を超えた日もあったと記録されている。
今は、往時の面影はほとんど残していない。杉本肥料店の木造大型店舗、国の登録文化財に登録されている煉瓦造りの旧安田銀行担保倉庫などに、僅かに繁栄の跡を見ることができる。

□ 帝国陸軍に潰された製糸工場の一部は大型商業施設へ

太平洋戦争が始まって、敗色が濃厚になってきた1943年頃から、帝国陸軍は前橋の製糸工場を次々と接収し軍需工場化を進め、学徒を勤労奉仕名目で動員し無償で労働を強いた。前橋が誇る製糸工場『交水社』をはじめ、地元資本の製糸工場はそのほとんどが生糸生産をやめさせられ、軍服、パラシュート等の縫製作業を強制された。
終戦と同時に接収は解かれたが、製糸業は往時を回復することはなかった。
使われなくなった製糸工場の中でも規模の大きなものは、その後、1960年代に大型店をテナントとする商業施設に変化していった。

□ 前橋空襲は市街地の8割を破壊した

1945年8月5日の夜10時から、前橋のまちは米軍の空襲を受け、市街地の8割を消失、535名の命を失った。

襲撃したアメリカ軍のB29爆撃機 92機
投下された爆弾 723.8トン(焼夷弾 691.0トン 破裂爆弾 17.6トン
              通常爆弾 15.2トン)

焼失面積 市街地の8割  焼け落ちた家 11,518戸  死者 535名
             負傷者600名人以上

このまちはほぼすべてを失った。

 □ 戦災復興以降は、皆さんの目で見ることができる。

前橋空襲の直後から、前橋のまちは戦災復興が始まった。私は戦災復興の中で育った。
前橋市の戦災復興については、『戦災と復興』(1964年刊 前橋市戦災復興誌編集委員会編)に』詳しくまとめられている。
それに、皆さんの目で直接確かめることができる。
今の前橋のまちは戦災復興の結果として成立している。その後は、たいした『禍福』はもたらされていない。
戦災で灰燼となったこのまちは、わずか15年間ほどの間に再興されたまちが今の前橋だ。
みなさんの目でよく見て、考えてほしい。

 

□ 新しい歴史は若者がつくる

(おまけその1)ヒゲおじさんがこのまちについて書いたコラム数編。気が向いたら読んでください

2005年 タウン誌 Matto連載 『のんべえのほおづえ』より。
06は戦争の記憶を私をかわいがってくれた下駄屋のおじさんと新前橋の理研鍛造で敗戦を迎えた高柳重信の俳句で、07はこのまちの未来をゴッホの画集を抱える子供に託して、なのだ。
この街の新しい歴史は若者に託されいる。

 

そして 朝日新聞群馬県版に連載していたコラムの1篇(2008年4月から、前工大理事長を引き受けるまで連載)。これは呑竜仲店とそこに出店したヤギカフェのことを書いたものだ。

 

(おまけその2)は、大正の学生・田島丑太郎と明治の学生と大正の学生・高津仲二郎について簡単に紹介する。
若者は未来を創る。明治の群馬にも、大正の群馬にも、その先頭を走ろうとした学生がいた。
こういう若者が群馬にいたことを知ってほしい。

□ 上毛電鉄の計画つくった田島丑太郎
旧粕川村の地主の息子。大正時代、早稲田大学入学、渋川の江利川、桐生の関口ってダチと共同で「勢多郡下の交通に於ける軽便鉄道の敷設に関する専門的考察」って論文書いて、先輩で、後に、上毛新聞の社長になる篠原秀吉のとこへ持ち込んだ。桐生から赤城南麓を抜け前橋を通り利根川を渡って群馬総社に至る鉄道計画、総延長22.4キロというものだ。
篠原は、前橋市長の木村二郎や、糸繭商の勝山益太郎、群馬電力の小倉鎮之助なんかにこの計画を伝えた。小倉は、県知事の大芝惣吉や、藤岡の有力者で、群馬電力の創業者、高津仲二郎と相談し、丑之助の計画を拡充して、総延長約120kmの路線敷設の計画を作成、群馬県議会や、埼玉県、鉄道省と交渉を始めた。結局、前橋-大胡-大間々-桐生間、大胡-伊勢崎-本庄間、新町-藤岡-鬼石間の3路線で鉄道省の認可を受け、1924年(大正13年)上毛電気鉄道を設立、1928年(昭和3年)に桐生前橋間が営業を始めた。

田島丑太郎は、大学で勉強して得た知恵を、実際の世の中に当てはめて、世の中良くしたいって考えたんだいね。思い切りいいやね、田島が論文まとめて提案をしたのが、1920年頃らしいから、10数年で学生の提案が具体化し、実現した。
この話、詳しくは、高崎経済大学の『上毛電気鉄道の設立と創業期の鉄道計画に関する研究』(大島登志彦・石関正典)にまとめられている。大正時代の元気の良い大学生の姿だ。

□ 藤岡の高津仲二郎(1857年~1928年)この人もすごい。

田舎の養蚕農家の息子だけど、板垣退助の愛国社に加わり、自由民権運動に参加、早稲田大学の前身の東京専門学校へ入学、在学中の1884年(明治17年)に群馬県議会議員選挙に立候補して当選。それで、1890年(明治23年)、最初の国会議員選挙に出馬、33歳で衆議院議員になる。でも、本当にすごいのはここから、国会議員を3期やった後、北海道の開拓に新天地を求め、室蘭の近くに1500haの開拓地を作り上げて群馬に戻ってくる、そして、今度は電源開発に取り組み、群馬電力株式会社を創立したんだ。教育にも手を出した。1897年(明治30年)群馬尋常中学校(現前橋高校)の分校を高崎に開設することを提案し、実現させている。現在の高崎高校の前身となった学校だ。苦労して早稲田に学んだ高津は、地元に中学が必要なことを痛切に感じていたんだな。敬虔なクリスチャンで、群馬の廃娼運動の先頭にも立った。いろんな分野に手を出すから、何度も失敗を重ね、挫折を味わいながら、挫けずに頑張った明治の学生だ。

 

 <おヒゲは、前橋のまちが失うことから生まれてきた歴史を知ってもらいたかったみたいです。そして、その歴史を担った人々の中に、元気の良い、素敵な若者たちがいたことを伝えたかったみたいなんです。
今前橋のまちでは、前橋ビジョン「芽吹く。」で新しい胎動が始まっている一方で、知事が県民会館廃止を叫んだり、戦災復興の記念碑的ゾーンの呑竜仲店でもおかしな動きが始まっているみたいです。そんなときなので、おヒゲがそもそもどんなこと考えているのかを知ってもらいたかったのです。
読んでいただいた皆さんに患者申し上げます。

おヒゲは明日帰ってくるはずです…>

 

 若柳吉駒でございます。4月12日に開催を予定しておりました第77回美登利会につきましては、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて延期してまいりましたが、秋になりましても、お客様に足をお運びいただくうえでいろいろな心配が解消できませんことから、来年の春まで延期させていただくことといたしました。誠に申し訳なく存じますが、どうぞお許しの上、来春の開催までのお待ちをお願い申し上げます。

第76回美登利会と三代目吉駒襲名リサイタルの舞台はこちらでご覧いただけます
お稽古場は前橋市城東町、詳しくはこちらをご覧ください

 


今日から12月1日まで前橋赤十字病院へ入院です。昨日はCOCOの餌買いだけ、後は家で静かにしてました。

2020-11-29 07:16:11 | あんじゃあない毎日

ちょいと行ってまいります。
今日10時に前橋赤十字病院へ入院して、明日、咽頭部の検査を受けます。病院からもらった「入院計画書」では、2日が退院予定日です。


昨日は北風が吹いて、赤城山がとてもきれいでした。写真は、開店直後の欅ウォークから眺めた赤城山です。

 昨日はもう出歩かないことにしていたのですが、COCOの食餌が終わりそうなので、一番空いている時間ということで、開店時間の欅ウォークのペットショップへ行きました。
広瀬川の十六本堰の水門から流れ出す水も冷たそうに見えていました。


でもね、これ、モクレンの木なんです。ほら、早春に咲く花の花芽がもうはっきりと見えています。冬が来る前に、春の支度が始まってるんです。
国の新型コロナ対策も、このぐらいしっかり先を見通して、きちんとした制度設計をして実行してほしいです。PCR検査体制の整備や保健所等の予防体制の強化にしても、経済対策と称するGoToキャンペーンにしても、みんな付け焼刃です。そして専門家の意見を遠ざけていたのに、ここにきて急旋回、またぞろ「自粛」を国民に押し付けて…、困ったものです。

  
キャットフードを買って戻ってくる道すがら、所々で赤城山の姿が見えます。いいものです。
前橋赤十字病院は、まだ一般医療の抑制はしていないようです。でも、救急医療の基幹病院ですから、きっと大変なんだと思います。医療スタッフに決して迷惑かけないように気をつけます。

 COCOは、少し肥満気味なので餌を変えることにしました。ダイエット用のキャットフーズに切り替えます。中年太りは生活習慣病の原因になりますから気をつけねばなのです。手前の魚のぬいぐるみは「メダカ」なのだそうです。「猫キックができる大きなメダカ」って書いてありました。

 
COCOに渡したら、すごく関心持って、前足で抱えて顔を近づけました。これで猫キックかなと思ったら、いいえ、がぶって噛みついちゃいました。キャッチコピー変更です、「噛みつきやすい大きなメダカ」。

そうそう、今回入院を前にPCR検査を受けました。結果を聞いていないのですが、「陽性」ならば手術できませんから連絡があるはずで、連絡がないので「陰性」です。

 いただき物の野菜の処理や、身の回りの片付けなんかしてたら、日が傾いてきました。ユキ子さんは、5日にながめ遊園の余興場に出演する子どもたちの指導で出かけていました。


わが家の前の路地の夕日です。11月末から12月の初めにかけて、太陽はこの路地の先に沈みます。
大好きな風景の一つです。

 
上電の踏切からは、赤城山の鍋割と荒山が見えます。二つとも夕日を浴びています。赤城の寝牛の頭の影も見えてます。もう形が悪くなりましたけど。

そんなわけで、ちょいと行ってまいります。

  
夕食はお腹に優しいものってんで、酒の中骨缶を使った洋風鍋にしました。玉ネギ、大根、人参、キャベツ、ブロッコリーの茎、椎茸、豆腐が入って、味の決め手はバターです。サラダは、ブロッコリー、レタス、二十日大根です。そしてご飯の代わりは、大根餅でした。いただき物の大根があったので、食べたくなったんです。

 

 留守中のことはCOCOに頼もうかとも考えたのですが、どう考えても無理です。
COCOにはのんびりしていてもらって、留守居役はやっぱりキキに頼みましたので、30日と12月1日はキキが記事をアップしてくれるそうです。


今朝の日の出前の空、紅色に染まっていました。

 

11月28日の体温 7:30 36.0℃  12:00 36.4℃  20:20 36.2℃
     今朝の血圧 7:30 最高 126 最低 72
     今朝の体温 7:30 36.6℃

 若柳吉駒でございます。4月12日に開催を予定しておりました第77回美登利会につきましては、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて延期してまいりましたが、秋になりましても、お客様に足をお運びいただくうえでいろいろな心配が解消できませんことから、来年の春まで延期させていただくことといたしました。誠に申し訳なく存じますが、どうぞお許しの上、来春の開催までのお待ちをお願い申し上げます。

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入院支度して、Droitでトレーニング、呑竜の突然工事に驚いて、鈴なり雀の竹見た後で床屋へ、尾身さんの危機感に触れCOCOと記念撮影

2020-11-27 19:57:35 | あんじゃあない毎日

昨日の夕方、COCOが膝に乗ってきました。
そして、しげしげと私の顔を見てました。


ついでなので、記念写真を撮りました。こういう写真に一緒に写るのは初めてのことです。でも、皴が増えましたいね…、75歳ですから仕方ないですよね…

 

  「朝ごはん用意できました!」、ユキ子さんに呼ばれて食堂へ行くと、ユキ子さんが座る椅子にCOCOが座ってました。退くように説得したのですが、無視していました。最近こういうことが増えました。

 
朝食後に、入院の準備をしました。必要書類を作成して、印鑑を押す必要のある書類には押して、病院へもっていくもののリストを確認して、揃えたんです。着衣やタオルを二階のベットの上で揃えていると、COCOがやってきて真剣に見物を始めました。袋詰めしても、まだ見張ってます。いつもやらないことを始めると、たいそう気になるみたいです。

 整えたものを再度チェックして、キャリーケースに詰めました。あと数点入れると準備完了になります。今回は短期入院なので、荷物はとても少ないです。

 次は、12時からDroitのトレーニングなので、その準備をしてたら、またCOCOが見に来ました。でも、今度は<なんだ…>って顔してます。トレーニング着やシューズを入れてるバックは、キーヤンの鯉の図柄の東袋です。キーヤンこと木村英揮さんは、ロックのオルガナイザーとして有名な壁画絵師です。素敵な作家です。

 

 
Droitへ行く途中、街のあちこちに落ち葉を詰めたポリ袋が積み上げられ、秋が捨てられ始めました。


広瀬川沿いの遊歩道、クヌギ林です。いいですね。
Droitのトレーニングはいつもと変わりなし、入院までもきっちりやりました。そのあと、鈴木トレーナーに、ユキ子さんの両親が週1回の訪問指導を希望していることを伝えました。スケジュールはユキ子さんと相談してもらうことにしましたが、94歳と90歳もトレーニングを継続的に始めることになりました。

 

 
トレーニングの後、呑竜仲店のヤギカフェで昼食をと寄ってみたら、アーケードの屋根の工事が始まっていました。25日のヤギカフェ日記「お久しぶり!コロナ禍・呑竜にGoTo!」に、突然工事が始まったことが載っていたのですが、本当でした。借家人に対して無通告で工事が始まるってのはほとんど聞いたことのない話です。たまげました。

 ちょうど新聞記者さんも取材に来ていて、そのうちいろんなことが明らかになると思います。しばらくは大変だな、ヤギカフェも。私のランチは、カボチャのカレーでした。

 


ヤギカフェからの帰り道、雀が鈴なりの竹を発見しました。すごいですね、これもまた珍しいかも…

 左の写真に写っているだけで20羽います。全部で30羽ほどいたんじゃないかな、竹の曲がり強度を計測しに来るはずはないし、何してるのかな…

  すぐ近くには、オナガの群れもいました。こちらは元気に鳴き交わして賑やかでした。

 十六本堰ではカルガモが泳いでました。冬の広瀬川は鳥がいっぱいです。
家に戻って一休みして、日が落ちるころにタケウチ理容店へ散髪に行きました。入院前には必ず散髪します。

 

 きれいにしてもらって戻ってきたら、ちょうど城東駅に西桐生からの上りの電車が入ってきました。男の子を一人だけ降ろすと、大きく汽笛を鳴らして走りだしました。あたりはもう真っ暗でした。

 家に戻ると、出迎えてくれたCOCOが、私から顔をそらしました。なんか感じたのかな、それとも、国会での尾身さんの話で心配になってるのかな。

尾身さんの話って、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が国会で、感染防止対策について「人々の個人の努力に頼るステージは過ぎた」と述べ、政府や自治体の対策を強化すべきだとの認識を示したそうです。更に、現在の感染拡大に関し「問題の核心は、新型コロナではない一般の医療との両立が難しくなっていることだ」と述べ、医療現場の負担が急増する状況に強い危機感を示したとのことが、ニュースで伝えられていました。専門家の危機感が政府の皆さんにちゃんと伝わっていないのかなって、私も心配になります。

 

  
心配ではありますが、日曜日には「一般の医療」で入院し検査のための手術を受けるわけで、元気が出るようにちゃんと料理して夕食をしました。
野菜スープは、キャベツ、ジャガイモ、ニンジン、ブロッコリーの茎、ネギです。主菜は紅茶豚、白髪ねぎをトッピングしてゴマ風味の醤油ソースでいただきました。添えたのはほうれん草とレタスです。サラダはトマト、ブロッコリー、シメジにピーナッツソースです。

 それと、人参の葉のジェノベーゼソースにモッツァレラチーズをたっぷり加えたスパゲティーがご飯替わりでした。紅茶豚、おいしくできていました。使った野菜は12種類でした。

 

11月27日の体温 7:40 36.6℃  12:00 36.5℃  21:30 36.8℃
     今朝の血圧 7:30 最高 123 最低 73
     今朝の体温 7:30 36.0℃

 若柳吉駒でございます。4月12日に開催を予定しておりました第77回美登利会につきましては、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて延期してまいりましたが、秋になりましても、お客様に足をお運びいただくうえでいろいろな心配が解消できませんことから、来年の春まで延期させていただくことといたしました。誠に申し訳なく存じますが、どうぞお許しの上、来春の開催までのお待ちをお願い申し上げます。

第76回美登利会と三代目吉駒襲名リサイタルの舞台はこちらでご覧いただけます
お稽古場は前橋市城東町、詳しくはこちらをご覧ください


朝、日暈を見てからずっと雲が気になった日は、太陽の鐘と新型コロナの話をしていました…

2020-11-27 07:57:27 | あんじゃあない毎日

昨日の朝食後に眺めた、薄雲のかかった太陽です。
ぼやけてますけど、上半分に虹色現象が見られました。
虹色の日暈(ひがさ)です。
空気中の氷の粒で太陽の光が屈折して起こる現象なのだそうです。漢字が難しいので最近は「ヘイロー」とか「ハロ」とか、英語を使う人が多くなりました。
COCOとしばらく眺めてたら、いつの間にか消えました。COCOには何に見えたのかな…

 日暈に気づく前、二階で片づけをしているときにCOCOと一緒に眺めた雲です。東の空に、まるでブルドーザーかなんかのキャタピラが通った跡みたい。COCOは食いしん坊ですから鱧の身を連想してたかもしれません。でも、わが家ではCOCOに鱧を食べさせたことはありません。

 そのあとも、ずっと空が気になって家から出ると見上げていました。晴れ時々曇りの空模様、いろんな雲が見られました。写真は、午後3時ごろかな、西の空の雲です。傾き始めた太陽は、この写真の枠の外、左手の方へ沈んでゆきました。

 

 石原総合歯科へ行くと、手術の時に使うマウスピースが出来上がっていました。上の前歯に装着して、人工呼吸器の管や咽頭部を処置するために挿入される金具から歯を守ってくれます。歯に接触する側は弾力のある樹脂、外側には硬質の樹脂が使われ、二層になっています。
歯の状態が良くない人で全身麻酔をする方は、ぜひ用意されるといいですよ、昨年の手術の時も石原先生に作ってもらいました。

 

  歯医者さんを終えてから、買い物もあったので街へ出かけました。諏訪橋を渡るとき、太陽の鐘が暮らす杜が見えます。あらかたの木の葉が散ってしまったようです。すっかり見通しが良くなりました。


「今度は咽喉なんだって?」
「はい、そうです。30日に検査のための手術を受けます」
「人間は面倒だね。がんだのコロナだのって、それにしても新型コロナは気をつけろよ。重症者が過去最多を記録しているというではないか…」

 太陽の鐘も心配してくれています。
GoToキャンペーンの旗振りで強気一点張りだった菅総理も、26日夜には態度を急変させて、「この3週間が極めて重要な時期だ。国民には感染拡大防止の基本的な対策にぜひ協力を頂きたい」と、唐突に言い出しました。でも、GoToキャンペーンを止める気はないみたい、政策的な対応については一つも説明はなく、私たち国民に感染拡大防止の自己努力を求めただけでした。
「うまくいかねいからって、ただ投げ返されたんじゃたまらねえやいね」と太陽の鐘も言っていました。

 杜の中には見事に色づいたカエデもありました。
経済評論家の金子勝さんは、26日のダイアモンド・オンラインに「コロナ第3波とGoTo見直しは『失政』の当然の帰結」という評論を寄せています。是非読んでみてください。
本質的な感染予防対策や医療体制の緊急整備をおろそかにして、「マスク会食のススメ」なんかしてたんですよね。それに、景気刺激策として菅総理自身が旗振りをしたGoToキャンペーンは、制度設計上のミスが山ほど出てきて、機動的な運用改善もできないでいます。それに、自分で言い出したことだもんだから止める止められなくて…

 これはウリハダカエデかな、これから黄色くなるみたいです。
26日の日本経済新聞は、「日本医師会(日医)の中川俊男会長は25日の記者会見で、新型コロナウイルス感染が拡大していることを受け『全国各地で医療提供体制が崩壊の危機に直面している』と懸念を表明した。」と伝えています。同日のFNNプライムオンラインは、「『手術が受けられなくなる』急速な感染拡大に強い危機感…通常医療と“コロナ医療” 両立の厳しさ」という特集を送信しています。
テレビでは、北海道旭川市の赤十字病院長が、ほかの病気の患者の治療に支障が出ているという深刻な窮状を訴えていました。

 がん治療を継続しなくてはならない私にとって何よりも恐れていた「医療危機」が迫ってきている感じがします。太陽の鐘もこんなことを言っていました。
「病については『自分のことは自分で守れ!』と言っても酷だいね、世の中全体で守らなくてはいけないことだからな…」
なぜか、太陽の鐘の顔にかかるカエデの木の葉は、未だに緑色でした。

 

  買い物をして、青井食堂でタンメン食べて、帰ってきました。買い物は、平野屋米穀店で十六穀米、焙煎館でコーヒー豆、スズランデパートのモロゾフの売り場でリンゴの入ったチョコレート、それから食品売り場で甘いリンゴ酢と黒コショウでした。

 
帰り道に眺めた街の空の雲です。

 
わが家の近くの城東町の空の雲です。雲を眺めながら新型コロナ相手に「自分のことは自分で守れ!」ということを考えてました。この言葉は、ロッキード事件の捜査に当たった元検事の堀田力さんが使っていた言葉ですよね。堀田さんは今、さわやか福祉財団ってとこで福祉の仕事してるのだとか…

 
路地の猫にも出会いました。なんとなく、よい陽気の一日でした。

 

  フェンスに絡んだヘクソカズラがきれいです。雲を眺めてたら、踏切の警報が鳴りだして、上電の電車が走ってきました。運転席のガラス窓が夕日を反射してまぶしく光ってました。

  家について、撮ってきた写真の整理を始めたら、COCOがすぐにやってきて膝に乗ってしまいました。膝に乗せたまま作業をするのは大変なんですよね。
猫好きの勤労者が在宅勤務になると、こういう事態になっているのかな…

 

  
夕食です。風呂吹き大根はほうれん草を添えてピーナッツ味噌でいただきました。シメサバです。おいしいサバでした。温かい味噌仕立てのとろろ汁です。

  シメサバを使った柚庵焼きです。大好きな食べ物の一つです。残り物のローストビーフ添えたサラダです。脇の味噌みたいのは、ピーナッツ粉とマヨネーズを合わせたクリーム、野菜につけていただきます。ピーナッツ粉が手に入ったんで、二つに使ってみました。あとは黒豆ご飯でした。使った野菜は10種類でした。

 

11月26日の体温 7:40 36.5℃  12:00 36.4℃  22:30 36.7℃
     今朝の血圧 7:40 最高 122 最低 64
     今朝の体温 7:40 36.6℃

 若柳吉駒でございます。4月12日に開催を予定しておりました第77回美登利会につきましては、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて延期してまいりましたが、秋になりましても、お客様に足をお運びいただくうえでいろいろな心配が解消できませんことから、来年の春まで延期させていただくことといたしました。誠に申し訳なく存じますが、どうぞお許しの上、来春の開催までのお待ちをお願い申し上げます。

第76回美登利会と三代目吉駒襲名リサイタルの舞台はこちらでご覧いただけます
お稽古場は前橋市城東町、詳しくはこちらをご覧ください


ちょっとのつもりが関根町までうろうろとしちゃって、幾何学的風景や、発芽した麦や、ヤギの親子に出会って…

2020-11-26 07:50:04 | あんじゃあない毎日

関根町あたりの山際の田んぼ、もう麦が発芽してました。
朝倉や上泉なんかの平場に比べると、麦の種蒔きの時期が早いのですね。

 こんなとこなんです。自転車を押して歩いているとモズの高鳴きが聞こえます。「キッ キッ キキキキキキィー」てな感じに聞こえます。姿を探したのですが見つかりませんでした。

 

 昨日はのんびり過ごすことにしました。でも、私よか先に、COCOがのんびりしてました。猫窓から差し込む日差しがなかったのですが、私のベットの上で丸くなって寝てました。

  私は、買ってきておいた肩ロース肉で紅茶豚を仕込みました。紅茶はリバティーのケニアを使っています。それから、いただき物の赤大根を甘酢漬けに加工しました。ゆっくり急がずに…

  朝食用の常備菜に、刻み昆布と大豆の煮物を炊きました。それから、残っていた牛筋大根の煮汁で、大根も煮ました。こんなことしてたら、11時過ぎてました。

 

  白い一重咲きの椿です。割れたザクロの実、葉もしっかりと色づいてました。ちょいと用事を思い出して電動アシスト自転車で出かけたら、通りがかりの家の庭に見つけたんです。

  
県民会館東の公園のプラタナスです。大きなプラタナスは半分以上の葉を散らしていました。青空だとよかったのですが。地面にはまん丸な実が落ちていました。子どものとき、これを友だちにぶっつけて泣かせたことがありました。訳は覚えていません。


群大付属小学校の南側の道です。幼子が落ち葉を踏んで歩いているところ、私が子どもの時には堀がありました。ドジョウを捕った記憶があります。

  赤城県道の橋から見た桃ノ木川、昨日は極端に水が少なかったです。近くの菜園でソバの花が咲いていました。

 

 用事を済ましたら、もう少し遠くへ行きたくなりました。青柳大師の脇を抜けて、赤城白川の岸へ出ると、雀さまの杜が見えていました。旧青柳村の村社の「神明宮」なのですが、「雀大神」が祀られていて、地元の皆さんは「雀さま」って呼んでいます。毎年4月の末ごろに開かれる春祭りが賑やかなんです。


そうそう、この作品は皮革工芸の作品なんですけど、これを制作している福島佑子さんは、雀さまの春祭りのお囃子が聞こえてくるところで暮らしているらしく、前に「お囃子が聞こえて来ましたよ、いらしてください!」ってメールしてきたことがあるんです。


佑子さんの祖父は、私が高校時代の数学(幾何)の先生でした。期末試験、白紙が配られ、黒板に「ピタゴラスの定理を証明せよ」と書かれた気がします。大学入試には全く役立たない数学を教えてくれた先生でした。高山豊太郎先生というお名前だったと思います。こういう試験をする先生がもう一人いました。白紙を配り、「大宇宙と小宇宙について論ぜよ」と黒板に訳の分からんことが書かれました。1960年代初めの前橋高等学校です。

 

 
左の写真、国道17号上武道路の下のボックスカルバートの中から見えるちょいと変わった風景です。高山先生のことから思いだして見に来た、幾何学的に面白い風景です。幾何学的構成の上にあるのは旧川端村の村社、愛宕様です。


こんなしてうろついていたら、関根町あたりで行き止まりの農道に迷い込んでいました。戻るしかない道です。

  
周りを見たら荒れた林、道端にはコセンダングサがいっぱい、ジュズダマを見っけました。

 
迷い込んだ農道から抜け出したら、飼育されているヤギに出会いました。左は子ヤギと母ヤギ、右は父ヤギのようです。なんというヤギなのか私には分かりません。

 結局、2時間以上うろうろしてしまいました。のんびり過ごすとこういうことになるみたいです。曇り空の山際の里の風景です。

 

  
帰りに岩神町の養田鮮魚店に寄ると、鮮魚ケーズは鯛だらけでした。一番手前のでかいのはサザナミダイ、目の下に青味がかったさざ波模様に見えるラインが数本あるので付けられた名前らしいです。
私は鯛でなく、鯖とカキなんかを買いました。

  COCOは玄関わきの猫窓で出迎えてくれたのですが、私が家に入ってもずっと猫窓から外を眺めていました。ひょっとすると、出迎えたわけではないのかも知れません。

 

  左はJAファーマーズ朝日町店の直売所で見っけたニシユタカという品種のジャガイモです。シンプルに煮てみました。ユキ子さんの両親へ届けた夕食のおかずにも入れました。
そうそう、昨日は、Droitの鈴木トレーナーがユキ子さんの両親の家へ出張指導をしてくれました。ユキ子さんが頼んだのです。おかずを届けたとき感想を聞きました。
「とっても楽しかったですよ」、これは90歳の義母です。「少しくたびれたかな」と言いながらは94歳の義父も笑顔でした。ベットでマッサージやストレッチしてもらって、椅子や階段を利用していろんなことしたみたいです。Droitには、高齢者のための出張指導のメニューもあるのです。

 

  
わが家の夕食は牡蠣鍋でした。食べたかったんです。大粒のカキをチョーコーの麦みそ使った練り味噌で煮ました。おいしかったです。

 箸休めはサバの味噌煮とニシユタカの煮物です。
「ニシユタカって人がいそうね…」とユキ子さん、いるかどうかは別にしてなかなかおいしいジャガイモです。
使った野菜は10種類でした。

 

11月25日の体温 7:50 36.5℃  15:00 36.6℃  22:30 36.9℃
     今朝の血圧 7:40 最高 128 最低 62
     今朝の体温 7:40 36.5℃

 若柳吉駒でございます。4月12日に開催を予定しておりました第77回美登利会につきましては、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて延期してまいりましたが、秋になりましても、お客様に足をお運びいただくうえでいろいろな心配が解消できませんことから、来年の春まで延期させていただくことといたしました。誠に申し訳なく存じますが、どうぞお許しの上、来春の開催までのお待ちをお願い申し上げます。

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前橋赤十字病院で咽頭部の検査手術の説明を受けてきました。きれいな夕日見ながら、新型コロナが治療に影響しないことを願いました

2020-11-25 08:00:19 | あんじゃあない毎日

わが家の前の路地の夕日です。
昨日の前橋の日没時刻は16時30分。前橋赤十字病院から帰ってきた4時ちょっとすぎの写真です。
病院へは午後1時前に入ったのですが、説明を聞いたり必要な手続きをして帰ってきたら、ちょうど踏切の向こうに日が沈んで行くところでした。

 
前橋赤十字病院を出た時、駐車場から見た夕日です。西の空は雲一つなく、夕日だけが輝いていました。赤城山も夕日を浴びていましたけれど、霞の中でぼやけた姿を見せていました。
午後1時から「患者支援センター」で、薬剤師と事務担当者から入院に当たっての指導と説明を受けました。それから、手術部の術前準備支援外来で、手術部の看護師の問診と指導、麻酔医の指導と説明を受けました。それから、耳鼻咽喉科の主治医の診察と手術説明を受けました。すべて終わって、外に出たら、夕日がとてもきれいでした。

 
由喜子さんが運転する車の中から見た朝日町のイチョウ並木です。まだ完全に色づいていないのですが、夕日を浴びていました。そして、朝日町の交差点から見えた夕日です。住宅の屋根にかかってきていました。
家に着くと、最初の写真、上電の踏切の向こうへ日が落ちて行くところでした。

 <キキです。おヒゲが受ける今回の手術について説明しますね。
手術はがんを取り除く手術ではありません。手術の目的は、咽頭部の状態を精密に調べること、がんの範囲や状態など今後の治療に必要な情報を正確に得るために行われるものです。お医者さんが確定診断をするために必要な検査のための手術です。咽頭がんの本格的治療は確定診断の後に始められます・
だから手術そのものはあんじゃあないのです。翌日には退院予定、治療はゆったりなんです>

 

  朝の赤城山は美しい姿を見せてくれていました。JAファーマーズ朝日町店への買い出しを三連休していたので、朝一に野菜を買いに行きました。「ニシユタカ」という品種の秋採りのジャガイモとラディッシュがすごく魅力的でした。うれしいです。

  そして、朝食の常備菜が少なくなったんで、胡桃ちりめんと生シイタケの含め煮を煮ながら、病院へ出かける準備をしていました。

 手術説明は家族の立ち合いが必要なので、ユキ子さんに同行を頼んで、一緒に早めの昼食、そうめんチャンプルを作って、たっぷりと刻み海苔をかけて食べました。

  それで、COCOに見送られて前橋赤十字病院へ出かけたんです。

病院から戻るとすぐにお向かいの石原総合歯科へ報告とお願いに行きました。


石原総合歯科の院長さんに、手術時の歯の保護のためのマウスピースの製作をお願いしました。急な話で申し訳なかったのですが、間に合わせてくださるとのこと、併せて手術前の口腔のクリーニングの予約もしていただけました。ありがたいことです。
石原総合歯科を出た時には、もう日は沈んでいました。

 

  
夕食はいつもの通りちゃんと作りました。豆腐のサラダは胡麻ソース、野菜はレタス、シメジ、ほうれん草、二十日大根、アスパラ菜、カリフラワー、パプリカです。豚肉の南蛮は、人参とネギです。それとほうれん草の卵炒めです。

 ご飯は十六穀米、汁は白菜と焼きバラ海苔です。使った野菜は11種類でした。

それにしても、政府や都道府県知事の新型コロナの感染拡大への対応には疑問を感じます。急速な感染拡大と重傷者の増加で、医療のひっ迫は避けられない事態になる可能性があります。いろんな病気を抱えている人たちの検診や治療に影響がないことを望んでいます。厚労省の専門家委員会は強い危機感を示しています。私も心配です。

 

11月24日の体温 7:50 36.2℃  13:00 36.1℃  22:30 36.5℃
     今朝の血圧 7:50 最高 116 最低 63
     今朝の体温 7:50 36.5℃

 若柳吉駒でございます。4月12日に開催を予定しておりました第77回美登利会につきましては、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて延期してまいりましたが、秋になりましても、お客様に足をお運びいただくうえでいろいろな心配が解消できませんことから、来年の春まで延期させていただくことといたしました。誠に申し訳なく存じますが、どうぞお許しの上、来春の開催までのお待ちをお願い申し上げます。

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正幸寺の勝軍地蔵前は黄金色の池、前橋の秋は駆け足になって、新型コロナが爆発する前に咽喉の治療を済ませておかなきゃ…

2020-11-24 07:50:18 | あんじゃあない毎日

三河町の正幸寺境内、勝軍地蔵尊が祀られているお堂の前は黄金色の池ができてました。
公孫樹の落ち葉が広場を埋め尽くしています。

 傾いた秋の陽を浴びて、公孫樹も光り輝いていました。
前橋の秋も駆け足になってきました。新型コロナの脅威も急激に大きくなってきています。

 

  昨日も北風が強く吹いていました。
間もなく咽頭がんの手術を控えてますので、風邪など引いてしまうと大変、治療に支障が出ます。それなので、家に籠ることにしました。とはいえ、COCOのように昼寝三昧とはいきませんので、あれやこれやで暇つぶししてました。

  「ラーメン買ってきてあるから作って…」とユキ子さんに言われ、昼食はラーメンになりました。トッピングは野菜です。ついでなんで、野菜のペーストを三つ仕込みました。ブロッコリーの茎、人参、玉ネギです。夕食に使います。

 


そいで、日が傾き始めた午後2時半過ぎに散歩に出かけました。3時前だというのに、広瀬川の水は傾いた日の光を受けてまぶしいほどになっていました。

 
川の中の堆積土砂で暮らすアシはすっかり枯れて、折からの北風にお大揺れに揺れていました。屋並みの向こうに見える赤城山の鍋割は、落葉樹の葉は散りきったみたい、常緑樹の塊が見えるようになりました。電線が音を立てていました。

 
川岸の柿の木の実をムクドリが夢中かえって食べていました。おいしそうです。

 

  三河町の正幸寺前の大きな樹も風に載せて枯葉を飛ばしていました。寺の住職の住まいの屋根には、落ち葉がいっぱい降り積もっていました。

  
空き地の草々もみんな枯れています。山門前に立ったら、参道は落ち葉が散り敷かれていました。私の影も落ち葉の上。そいで、勝軍地蔵尊のお堂の前は黄金色の池になってたんです。

今日の午後、前橋赤十字病院へ行きます。咽頭がんの手術についての説明を受け、必要な手続きをしてきます。
新型コロナの感染者が急増しています。とりわけ重症者は11月に入って倍増しました。状況は悪くなっていますけど、最悪の事態になる前に、咽頭がんの治療を受けることができそうなので少しホッとしています。

 

  
人の暮らしが失われた家屋は落ち葉と枯草の中に埋もれそうです。落ち葉を音を立てないように枯葉を踏みしめて路地を通り抜けました。

私が恐れるのは、観光や外食ができなくなることではありません。新型コロナの爆発的流行で、医療が受けられなくなることです。本気で案じています。
日本全国で、毎年がんで亡くなる人は30万人以上います。適正な医療を受けられなくなると、がんで死ぬ人の数はもっと多くなります。大事なことは、きちんと検診が受けられ、初期の内に適正な治療が受けられることです。新型コロナの流行が、ほかの疾患の検診と治療に影響を与えることのないように願っています。

 
表通りと言っても狭い通り、屋並みの向こうに赤城山の荒山の姿がありました。どなたかの家の庭には、真っ赤な実を大きな房にしたビラカンサスがありました。すごいですね…

 
家の近くまで戻ってきたら、空き地に風に揺れる穂を見っけました。チガヤみたいに見えるのですが、チガヤの花穂は5~6月頃だいね、葉っぱも青々している、今頃どうしたのかな…、何だろう。
そして、ヒイラギの花です。これは秋のおしまいごろの花ですよね。

 

 家に帰って、一休みしてから夕食の支度を始めると、COCOが階段から見張っています。最近は、近くに来てまとわりつくことをやめて、離れて自分の夕食を出してもらうのを待てるようになってきています。良い子です。

 
夕食はインド料理風にしました。左から、ひよこ豆のカレー、ブロッコリーのカレー、人参とニンニクのカレー、牛筋と卵のカレー、そして、豆腐のカレー焼きです。本当の意味で「ベジミート」ではありませんが、野菜中心に作ってみました。昼に野菜のペースト作ってたのもこのためでした。
それと、サラダにパンです。使った野菜は、11種類でした。

 先に夕食を済ませたCOCOは、お気に入りの椅子の上でぐ~すか寝てました。猫は、新型コロナに感染しないので気楽です。

 

11月23日の体温 7:50 36.4℃  12:30 36.7℃  20:00 36.8℃
     今朝の血圧 7:50 最高 114 最低 58
     今朝の体温 7:50 36.2


 若柳吉駒でございます。4月12日に開催を予定しておりました第77回美登利会につきましては、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて延期してまいりましたが、秋になりましても、お客様に足をお運びいただくうえでいろいろな心配が解消できませんことから、来年の春まで延期させていただくことといたしました。誠に申し訳なく存じますが、どうぞお許しの上、来春の開催までのお待ちをお願い申し上げます。

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新型コロナ感染予防に理想的な買い物形態を実践して、森永卓郎さんが推察する「高齢者の清算」に抗しておいしい夕食…

2020-11-23 07:55:26 | あんじゃあない毎日

昨日は遠出をしないつもりでしたが、ひょんなことから桃ノ木川を渡ってしまいました。
行った先は、群馬陸運支所の先の橋を渡った石関町でした。
気温は少し下がったのですが、風もなく、山は霞の中に隠れてました。

 
目的は鶏卵を買いに来たんです。桃ノ木川の橋を渡ってすぐの左手に、高井養鶏の自動販売機があります。この自販機には二つの特色があります。一つは、保冷機能があって卵の鮮度を守っています。もう一つは「わけあり卵」を売っています。昨日は20個で210円、超安値です。
(株)高井養鶏は、富士見町赤城山に本社を置く飼育羽数100万羽の養鶏企業です。どんな具合いに仕事をしているのかは、是非ホームページをご覧ください。感心しますよ。安心して買えます。

  <キキです、お久しぶり。「わけあり卵」の説明をさせてもらいます。ちゃんとした養鶏場ではね、鶏が産んだ卵をまずきれいに洗います。60℃ぐらいのお湯で自動的に洗浄する機械があるんです。洗った後は、殻の外側を殺菌して乾します。
次は選別作業です。選別は二つ、一つは殻に汚れや割れ等の傷がないかどうか、もう一つは大きさによる選別です。殻に汚れや傷のあるものは一般消費者には出荷しないで、自社加工するか、「液卵」などを製造する専門業者に卸すのだそうです。この、殻に汚れのある卵、これが自販機に入れられている「わけあり卵」ですよ>

  <汚れったって、本当に小さな汚れです。左の写真で汚れが分かりますか。割ってみると、見事な新鮮卵です。おヒゲは、昼食にほうれん草入りのスクランブルエッグの卵サンドにして食べてました。すごいお得な新鮮卵なんです>

  <でもさ、キキ変な格好してるでしょ、これはね、2014年11月におヒゲたちが野村たかあきさんの誕生祝の宴会の時に、キキが猫又になった姿を野村さんが描いてくれたんです。キキも猫又になって、新型コロナの退散祈願の踊りを踊ってますよ。>

 
<COCOはさ、近頃、上原三千代さんの「中根家の猫」って作品のカレンダーの前によくいるのよね。COCOも誰かに肖像を作ってもらいたのかもしれないよ…
あ、話それちゃった、おヒゲの卵の買い出し、どなたにも会うことなく、三密なし、新型コロナ感染予防のために理想的な買い物形態の実践だったんです。すごいですね!>

 

  吉駒の稽古場の前のヤマモミジが黄色く色づきました。稽古場入り口には小菊の飾り扇が飾られています。日曜日は、自宅稽古場でお弟子さんの稽古を見ています。

 COCOは私のベットの上にできた陽だまりの中で眠っています。
朝食の後片付けをしていたら、冷蔵庫に鶏卵が一個もないことに気づきました。日曜日ですからスーパー等は混みあいますんで行かないことにしています。でも明日月曜日も休日だからスーパーにはいけない、どこかで買わねば、ということで思いだしたのです、鶏卵の自動販売機を。これなら三密は避けられるし、誰とも濃密接触しないってことで、自転車で出かけたんです。

 

  桃ノ木川の先ですから、わが家から東へ3.5㎞ほど、そう遠くはないです。サイクリングロードを、自転車の車列がのんびりと走って行きます。私はサイクリングではなく、玉子を買って秋の田園風景を見物です。


麦の種まきを終えた田んぼです。まだ発芽していません。
面白いのですよ、大麦だと種まきしてからの毎日の平均気温の累計が100を超えると発芽するのだって言われています。だいたい、10日から2週間ぐらいの感じです。

  左はキャベツ畑、右はブロッコリー畑です。両方とも冬の恵みですね、たくさん食べなくちゃ。

 
桃ノ木川の川面を泳ぐ水鳥を橋の上から眺めてました。左の三羽はカモだけど、右のは何だろう、体つきがカモと違うな。望遠レンズで撮った写真を更に拡大して見たら、額から嘴にかけて真っ白です。カモでなくオオバンですね。いろんなの生き物が一緒している桃ノ木川は素敵です。

 
少しだけ色づいた大きな樹、食べてしまいたくなるような雲、高井養鶏の自動販売機まで卵を買いに出かけてきてよかったなと思う瞬間です。
こういう買い物は、新コロナ感染拡大下では最善の買い物のあり方だと思います。小池都知事さんに「結構でございますね…」って評価してもらえそう。それにいろいろ楽しめました。高井養鶏さんありがとうございました。

 

 気持ちよく家に帰ってお昼を作って食べて、COCO相手にボール遊びのお稽古です。だいぶ慣れてきたようです。
そいで、ネットニュースをチェックしてたら深刻なコラムを見っけました。経済アナリストの森永さんの【森永卓郎の本音】(スポーツ報知)です。タイトルは「コロナ無策の背景は何か」です。

新型コロナの感染が急拡大している。21日の新規陽性者数は2592人と、過去最多を更新した。本来なら緊急事態宣言の発動や外出自粛の要請を出してよいレベルの数字なのに、政府の動きは鈍かった。それどころか、「GoToキャンペーン」を継続して、感染拡大をむしろ煽(あお)ってきた。
(中略 それなのに…) なぜ、第3波に関しては、政府が強い感染抑制策を取らないのだろうか。

 PCをいじり始めると、COCOは私の隣の椅子に寝そべってこっちを見ています。

(森永さんは新型コロナによる高齢者の死亡リスクが高いことが問題だとして…)
経済学者には、「清算主義」あるいは「創造的破壊」という思想を持つ人がたくさんいる。経済成長をするには、生産性の低い企業を潰して、生産性の高い企業に資源を集約しなければならないとする思想だ。もしかすると、政府が「生産性の低い」と考える高齢者を清算しようとしているのではないかと思ってしまうほどの動きの鈍さだ。

なるほどな、そういうことなのか。そういえば、菅総理大臣のブレーンの竹中平蔵氏は、典型的な「創造的破壊」思想の持ち主だいね。そうか、無策なふりして、俺っちら高齢者を清算しようって魂胆なんだ、こりゃ大変だ…

 夕方、ユキ子さんの両親に届けた夕食のおかずです。JAファーマーズ朝日町店で牛肉3割引きしてた時に買い込んだモモ肉で作ったローストビーフです。小池都知事の「五つの小」は無関係な家庭料理ですよ。高井養鶏の「わけあり卵」は右上のマカロニ入りサラダに入ってます。

森永さんの推察が当たっていたとしても、そいう簡単に清算されないようにおいしいもの作って食べ続けます。

 

  
わが家の夕食もローストビーフです。ソースは赤ワインと醤油とバター、付け合わせはほうれん草、シメジ、ズッキーニのソテーです。サラダは、レタスに赤大根、それと高井養鶏のわけあり卵いっぱいのマカロニサラダです。そして、スープはほうれん草とトマトの卵とじ、それにパンでした。

 

11月22日の体温 7:50 36.4℃  12:30 36.5℃  22:00 36.5℃
     今朝の血圧 7:50 最高 123 最低 67
     今朝の体温 7:50 36.4 ℃

 若柳吉駒でございます。4月12日に開催を予定しておりました第77回美登利会につきましては、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて延期してまいりましたが、秋になりましても、お客様に足をお運びいただくうえでいろいろな心配が解消できませんことから、来年の春まで延期させていただくことといたしました。誠に申し訳なく存じますが、どうぞお許しの上、来春の開催までのお待ちをお願い申し上げます。

第76回美登利会と三代目吉駒襲名リサイタルの舞台はこちらでご覧いただけます
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風が強いのでお出かけせず自宅待機、朝はこども公園の秋を一巡り、日暮れにゃ煉瓦蔵の夕月を眺め…

2020-11-22 07:40:06 | あんじゃあない毎日

土曜日のこども公園、まだ10時前ですが子どもたちの歓声が聞こえてきていました。
朝から強い風が吹いてましたけど、GoToトラベルと無関係の前橋市民が遊びに来てました。
秋のこども公園をご覧ください。

 
芝生広場の方は北風がまともに吹き抜けていました。イチョウの若木も、メタセコイアの枝も、ベンチに座っている女性の髪の毛も、北風にあおられていました。10時過ぎからは、6m/秒~8m/秒の風が吹きまくり、最大瞬間風速は16.4m/秒を記録していました。

 
実が黄色く色づき始めているのはダイダイかな、クリスマスの頃が収穫期ですよね。子どもたちの観察用水田では、アサザの葉はまだ枯れていませんでした。上の方で枯れているのはガマですね。

 
佐久間川の上で紅葉しているのはサクラ、たぶん船原吉野の葉っぱだと思います。イチョウの木の下では小さなお友だちが黄色い落ち葉を拾っては風に飛ばして遊んでました。
朝食後の休憩をとってからの散歩で眺めた風景です。いいでしょう!

 

 朝、ベットの上でマッサージとストレッチをしている間、COCOは窓辺から外を眺めていました。何を見ているのか、このところ毎朝必ず窓辺にいます。

  朝食中は、玄関脇の猫窓の小卓に寝そべっています。ここだと、外を見たり、私とユキ子さんを見たり、両方眺められるからかな、それとも食卓に近づくと私に叱られるからかな…、お気に入りの場所の一つであることは確かです。こっち見て、鳴くのですが、意味不明です。

  風が強いので出かけるのはあきらめて、散歩から戻ると揚げた麩や里芋を煮て遊んでいました。揚げた麩は新潟産の車麩です。

  麩を揚げたついでに、こじょはん用の揚げパンを作ったら、忙しく伊勢崎へ出かける吉駒に半分食べられました。伊勢崎で「初めての日本舞踊」というワークショップで、子どもたちに「菊づくし」を教えるんだって。お昼食べてる時間がなかったみたいです。たっぷりのハヤシライスが昼食でした。


今朝の上毛新聞に、子どもたちにお稽古つけてる吉駒の写真が載っていました。男の子もいますね、みんな伊勢崎市のお友だちです。


このワークショップを受講した子どもたちは、12月5日に、みどり市大間々町にあるながめ余興場で群馬県教育文化事業団が開催する「群馬こども郷土芸能祭り」に特別出演することになっているのだそうです。てなわけで、吉駒は忙しなんです。

 

  昼食と昼食休憩をはさんで、今度は鶏肝を煮て、牛のモモ肉でローストビーフを仕込みました。ローストビーフはオーブンを使わずに、湯煎で作りました。これで、三連休中の夕食で困ることはなさそうです。

 

 
午後3時ごろになると、音を立てていた北風が少し弱まってきました。外へ出ると、お隣さんちの柿の木に、柿の実の数と同じぐらいの数のムクドリとオナガガ群れて、鳴き声もにぎやかに柿の実で大食事会をやってました。人間様がこんなことしてると、菅総理大臣や黒岩神奈川県知事がすっ飛んできて、「マスク、マスク会食ですよ、マスク会食しないとチケットやんないよ!」って叫びそうです。
この柿の木の実、お隣さんから頂きました。種なしで、すごくおいしい柿です。ごちそうさま。


ついでにチャリで散歩、赤城山を眺めたりして、飲み処「ひろ子」でお茶をごちそうになっていたら、Iさんが来たのでしばらくおしゃべりしてました。Iさんは酒、私はお茶、会食はしませんでしたから、「マスク、マスク会食ですよ!」って叫ぶおじさんは現れませんでした。

 
帰り道、旧大竹酒造煉瓦蔵の屋根の上に素敵な夕月が見られました。

  夕月夜 こころもしのに 白露の
      おくこの庭に こほろぎ鳴くも (万葉集8巻)

いいなって気分で家に戻って、夕食の支度を始めるころなんです。菅総理大臣が「GoToキャンペーンの運用を一部見直す」と発表したニュースが届きました。でもね、中身が何もないのですね、GoToキャンペーンについての評価もなし、何を見直すのか具体策は全くなし、マスク会食のお話もなしでした。いいのかな、こんなことで…

 

  
夕食は、牛筋と大根と里芋の煮物、野菜の酢の物、それと野菜いっぱいの湯豆腐鍋でした。

 〆は、湯豆腐鍋にうどんを入れて、熱々のカレー汁でカレーつけ麺をいただきました。夕方から急に冷え込んできたので、予定変更、暖かな食事にしたのです。GoToキャンペーンと違って、わが家の夕食は、素早く見直し、即座に変更です。

 

11月21日の体温 7:20 36.6℃  14:30 36.7℃  23:00 36.5℃
     今朝の血圧 7:50 最高 106 最低 57
     今朝の体温 7:50 36.4 ℃

 若柳吉駒でございます。4月12日に開催を予定しておりました第77回美登利会につきましては、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて延期してまいりましたが、秋になりましても、お客様に足をお運びいただくうえでいろいろな心配が解消できませんことから、来年の春まで延期させていただくことといたしました。誠に申し訳なく存じますが、どうぞお許しの上、来春の開催までのお待ちをお願い申し上げます。

第76回美登利会と三代目吉駒襲名リサイタルの舞台はこちらでご覧いただけます
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COCOと一緒に暮らして4ヶ月、本性は大変な甘えん坊です。新型コロナが深刻、大臣やなんかの発言見ると吐きけをもようしますね…

2020-11-21 07:24:31 | あんじゃあない毎日

私の膝の上でくつろいでいるCOCOです。一緒に暮らすようになって4ヶ月が経過しました。
ようやく、COCOが成長する過程で身に着けた「本性」を出して暮らしてくれるようになりました。「借りてきた猫」の期間が過ぎようとしているようです。

  性格的には人に対してすごい甘えん坊です。ちょいと強面のオス猫に見えるのですが、人には誰にでもすり寄って仲良くしようとします。引っ搔いたり、咬んだりはまったくしません。キキに比べると、ものすごく楽な猫です。なんて言っていると、ディスプレイの中のキキに怒られそうですが…

 推定年齢4~5歳ですからもうおじさん猫なのですが、玩具で遊んでもらうのが大好きです。よく遊びます。それと、自分がしてほしいことを、声を出して鳴いたり、頭をこすりつけたり、前足で押したりして伝えようとします。少しずつ判別作業を進めています。夜鳴きと食餌を求める行動は止めさせる対策を講じ、だいぶ静かになりました。

 ピンぼけ写真で申し訳ないのですが、ユキ子さんが転がした布製の玉を追いかけて拾って咥えて小走りに戻ってくるところです。「持って来い!」って叫んで転がしても、犬とは違って猫は持ってきません。COCOが持っている性格をうまく利用すると成立する遊びです。目下、少しずつ習慣づけをしていますので、そのうちちゃんとできるようになると思います。猫も「芸」ができるんですよ。
そのうち、「COCOは賢いのね、さすが大学に無断入学した猫よね!」とほめてもらえる日が来るかもしれません。

 

  
朝食後に外を見ると小雨が降り始めてました。それなので、買い込んでおいた食材を調理することにしました。牛筋肉のあく取りしてから柔らかくなるまで茹でて、それから焼き大根を加えて、牛筋大根を煮ていました。ついでに、前日作ったロールキャベツの残りをトマトソースを作って煮込んでおきました。


Droitのトレーニングへ出かけた11時40分には雨があがっていました。広瀬川の遊歩道は落ち葉が敷き詰められていました。
鈴木トレーナーに咽頭がんのことを報告し、治療とトレーニングとのスケジュール調整をお願いしました。

  川面にはカルガモが群れていました。カルガモは秋が婚活の季節、もうカップリングできたのかな、流れてきた柳の枝のそばで寄り添う2羽がいました。
トレーニングはいつもと変わらず、20キロのベンチプレス10回を3セットとか、けっこう厳しくやられました。

 トレーニングの後、青井食堂でタンメン食べて一休み、それからのんびり帰ってきたら、今にも降り出しそうな空模様になっていました。

 

それにしても、新型コロナの感染拡大は深刻な状況を迎えていますね。それなのに…

 西村担当大臣は、13日の夕方の記者会見では、「(Go To トラベルを利用して北海道旅行をするかは)国民のみなさんの判断だと思います。」と、Go Toキャンペーンは変更しない、利用するかどうかを国民の責任にしちゃいました。
14日の記者会見では、「会食時、娘が買ってきてくれた首に掛ける扇風機で風を出し、換気を良くするようにしている」との驚くべき発言、東京大学法学部卒業の「英才」の日本国国務大臣が首掛け扇風機で換気ですって、冗談もたいがいにしなよ!

 18日になると、西村担当大臣は、新型コロナの感染状況に「極めて強い危機感がある」とした上で「常にマスクをしてほしい」と呼び掛けていました。マスクの話はもう10ヶ月にならいね…
そして19日の夜の記者会見では、「感染がどうなるかっていうのは、本当に神のみぞ知る……」と言ったのだそうです。これ、日本の新型コロナ対策担当大臣の発言ですよ、信じられない発言です。そのうえ、「これはいつも、(政府の分科会会長の)尾身(茂)先生も言われています」と付け加えたのだそうですが、本当に尾身さんが言ったのであれば、感染学の専門家とはいえないやいね、失格だいね。

 そして19日には、菅総理大臣がGo Toキャンペーンの変更に関する質問に答えずに、「 ぜひ皆さん、静かなマスク会食、これをぜひお願いをしたい、このように思います。 私も今日から徹底をしたいと思います」だってさ。
そして20日午後、小池東京都知事は今日からはじまる3連休の過ごし方について「五つの小(こ)」ってキャッチコピー掲げて「お年寄りは無理して食事にお出かけにならないようにお願いいたします」だってさ。なんだい、「五つの小(こ)」って、ルビ降らなきゃ読めないようなキャッチコピー使うんじゃねえよ!

 はっきり言ったらいかがでしょう、「三連休は家族以外の人に会わないようにしましょう、家族以外とは食事しないようにしましょう!」、これって感染予防の大原則なんです。どうせすべてを国民の「自己責任」に帰そうという魂胆は見え透いているわけで、それならそうとはっきり言ってほしいですよね、回りくどくって、聞いてて吐き気がスライね。
イラつく情報に接していたら、外は雨になりました。

 

  夕食です。ユキ子さんと二人ですからマスク会食ではありません。横並び会食でもありません。栄養をつけるために…
スープはバターナッツのポタージュです。サラダはレタス、赤大根、トマト、菊花です。

 
メインは、豚の肩肉のピカタ・ブロッコリーの茎のバターソースでした。添えたのは、ピーマン、ジャガイモ、ズッキーニ、シメジのソテーです。ブロッコリーの茎のバターソースは、繊維を取り除いて茹でたブロッコリーの茎を裏ごしして、バターとパルメザンチーズを加えたソースです。食卓の初雪です。
それと、新鮮な白菜の外葉がもったいないので、ベーコンと炒めました。死して十六穀米のごはんでした。
使った野菜は、12種類です。

食事を終えたら、「政府は20日、新型コロナウイルス感染症対策分科会(会長・尾身茂地域医療機能推進機構理事長)を東京都内で開いた。爆発的な感染拡大の可能性が指摘される現状を踏まえ、国民に「最大限の警戒」を要請。一連の国の需要喚起策「Go To」キャンペーンについて、感染拡大地域での見直しを含む提言をまとめた。」というニュースが届き、「新型コロナウイルス感染症対策本部を21日午後に首相官邸で開く」という政府発表が届きました。
日本医師会会長が強い懸念を示した三連休が始まりました。東京都医師会長が強く求めたGoToトラベルは変わりなく続けられています。「これから会議?」

 

11月20日の体温 7:40 36.7℃  14:30 36.6℃  22:00 36.1℃
     今朝の血圧 7:20 最高 124  最低 65
     今朝の体温 7:20 36.6 ℃

 若柳吉駒でございます。4月12日に開催を予定しておりました第77回美登利会につきましては、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて延期してまいりましたが、秋になりましても、お客様に足をお運びいただくうえでいろいろな心配が解消できませんことから、来年の春まで延期させていただくことといたしました。誠に申し訳なく存じますが、どうぞお許しの上、来春の開催までのお待ちをお願い申し上げます。

第76回美登利会と三代目吉駒襲名リサイタルの舞台はこちらでご覧いただけます
お稽古場は前橋市城東町、詳しくはこちらをご覧ください