孝明天皇陵は、後堀河天皇陵と同じく泉涌寺に付属する形で存在する。
後堀河天皇陵からさらに奥に進むと、数分で砂利広場に到達するが、そこが孝明天皇陵墓である。
お馴染み宮内庁の表示盤があった。
板塀と板の開き戸があるが、神明鳥居は見当たらない。
この塀の奥が参道で、左手側が陵墓の正面にあたるようだが、完全に仕切られていてこちら側からは通り抜けできなかった。
陵墓の形も確認できないが円墳であると言われている。
板塀が切れて、石の玉垣が巡らされている処が陵墓であろう。
孝明天皇は在位21年、36歳で崩御された。
平安京が皇居であった最後の天皇で、在位期間は世情騒然とした幕末であった。
死因は天然痘と言われているが、回復途中の急逝であったことから他殺説も根強い。
孝明天皇の御陵印である。