2/25日は、落合郷土史会員定例の歴史探訪。今湾内架橋の是非をめぐって何かと話題を提供している景勝地鞆の浦。北前船や朝鮮通信使で賑わった、広島県では数少ない貴重な歴史の重みを持つ場所だ。
昨年11月にも訪れているので、今回小生は国重文の釈迦堂が現存する「安国寺」の拝観を楽しみに参加した。
足利尊氏の命により、南北朝時代に創建された事になっているが、事実は釈迦堂に納められている「阿弥陀三尊像」の体内から出た写経などの記載から、更に時代は遡り、鎌倉時代の建造物である事が判明している。
瑞雲山安国寺にある国重文の「阿弥陀三尊像」は、、南北朝以前にに建立された、金宝寺なるお寺の仏像が移された物だという。臨済宗に阿弥陀三尊像は似つかわしくないがこれで納得できた。
更に三尊像の船形光背を良く見ると、化仏と思われる彫り物が削り取られている。これは光背が本来この阿弥陀三尊像のものではなく、他の仏像の物を流用しているためそぐわない化仏を削ったものであろう。
室町時代までは大変栄えた寺院であったが、戦国時代一時衰退したものを、安国寺恵瓊が再興したと伝えられている。
広島県には数少ない国重文の建造物、ぜひ一度足を運んでいただきたいものである。場所は鞆の浦より一つ手前のバス停、「安国寺下」下車徒歩10分程度である。