今の「オートバイブームの発端」は、いわゆるオヤジ世代と言われる年齢層からなる「返り咲きライダー」がそもそもの起源とされてる為か、
どこか、大型バイクが「偉く」て、それ以下は「偉くない」って心理が何となく働く傾向にあり、特にオヤジ世代に関しては未だに、上から
目線で人に論破する「マウントおじさん」がいたりしますよね(笑)。本来、オートバイってのは、原付50cc〜1.000cc以上まで、数多くの
ジャンルやバリエーションが用意されており、それの「どれに乗るか?」は個人の自由ですし、メーカーもそこを見越してるからこそ、色々な
オートバイを販売してる訳ですから、乗り手に色々な排気量やジャンルに違いが出ても「それで普通である」と考えるのが自然ですよね。まぁ、
もしかしたらオートバイを選ぶにあたり、そこに「大きな意味」があり、自分にとって必要な用途との関係で、たまたまチョイスしてるケース
だってあったりしますよね。そこにマウントなんて全然関係ないですもんね(笑)。ボク個人(ボクもオヤジで現在58歳)としては、昔から
大型バイクにマウントを見出す意味がよく分からないので、この現象の初期時点の段階から「おかしな話になってるなぁ」って思うタイプだった
のですが、そうは言ってもマウントを取りたがってる人の事が「全く理解不能」って意味ではなく、確かに大きなオートバイには迫力を感じま
すし、存在感があるので、自分のバイクの横に止められると「これ!スゲ〜バイクだなぁ!」って思うのは思います(笑)。しかし、そう思う
のはその時だけで、その「オーナーに尊敬の念を感じるか?」と言えば「いやぁ、別に…」って話じです(笑)。なんせ、ボクの場合は、どの
時代のどのバイクに乗ってても、常に「自分のオートバイが一番だ!」とか「愛車と共にボクは最高にカッコいいのだ!」って自分自身の事を
(まさに自己満足)常に思ってるので…(笑)。それが、ボクの乗ってるのが、仮に250ccのオートバイで、相手が乗ってるのが、1.000cc以上
のオートバイであっても普通に「そう思う」タイプです。これは、かなり昔の話ですが、まだ大型バイクの免許が「限定解除」だった頃、友達に
「一緒に大型バイクの免許を取らないか!」って誘われた事がありましたが、その時のボクは、そんなオートバイに必要性を感じていなかったの
で、結局その時には大型バイクの免許は取得しませんでした。だいぶ後になって「ハーレーダビットソン」ブームが到来した時「ボクも乗りたい」
って思いがあったから、必要性に迫られて大型バイクの免許を取得したんですよね。でも、結局ボクの中で芽生えたのは「これで大型バイクに乗れ
るぞ!」って感覚より「これでどんなバイクも乗れる!」って思いの方が強かったです。要するに単純に「選びしろが増えた」って意識ですね。
そう考えるとわかりやすい気がします。なので、例えばボクなんかだと、401ccのバイクにだって乗れるってのが嬉しいって感じです。意外に大型
免許を取得してる人の中でもこの意見に賛同してくれる人はいる気がします。世の中が「大型バイク VS 中型バイク」って構図化してるイメージを
感じますが、ボクにとっては「何だそれ?」って事です(笑)また、古いとか新しいとかも同一の感覚を持ってるのですが、結局、どうであれ本人
が「これが良い!」って事であれば、それで良いのがオートバイじゃないかって思うのですが、さてどうでしょうね!(笑)