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【経験したことのない大雨】:熊本・大分の豪雨災害(2012年7月12日)資料・補足。

2012-07-12 23:11:11 | 自然・気象・災害

2012年(平成24年)7月12日
熊本・大分豪雨について。


 
 *7月12日午前4時:気象衛星(画像・気象庁)

  
 *7月12日午前3時:天気図(画像・気象庁)

 
 *午前4時の雨雲レーダー(画像・気象庁)

 
 *午前5時の雨雲レーダー(画像・気象庁)

 
 *午前6時の雨雲レーダー(画像・気象庁)

 
 *被害地周辺の航空写真(画像・Google Map)

<24時間最大雨量:熊本県>
*阿蘇乙姫 502.5mm
*阿蘇山 386.5mm
*菊池 270.0mm
*五木 252.0mm
*八代 230.0mm
・参考:tenki.jp

<1時間雨量最大値:熊本県>
*阿蘇乙姫 106.0mm 3時
*阿蘇山 89.0mm 4時
*五木 79.0mm 9時
*菊池 71.0mm 3時
*八代 67.5mm 10時
・参考:tenki.jp

<阿蘇乙姫>
アメダス実況
6時: 96.0mm
5時 :95.5mm
4時 :87.0mm
3時:106.0mm
2時: 51.0mm
*5時間最大雨量。

<熊本市京町>
アメダス実況
7時:31.0mm
6時:30.5mm
5時:26.5mm
4時:14.5mm
3時:24.5mm
*5時間最大雨量。

*****

<24時間最大雨量:大分県>
*竹田 220.5mm
*大分 162.0mm
*椿ヶ鼻 126.5mm
*湯布院 104.0mm
*宇目 100.0mm
・参考:tenki.jp

<1時間雨量最大値:大分県>
*竹田 51.5mm 7時
*大分 43.5mm 4時
*日田 35.0mm 1時
*椿ヶ鼻 31.5mm 1時
*玖珠 31.0mm 1時
・参考:tenki.jp

<竹田市大字会々>
アメダス実況
7時:51.5mm
6時:48.5mm
5時:35.0mm
4時:35.5mm
3時:45.0mm
2時: 4.0mm
*5時間最大雨量。
8時.9時は計測記録なし。

【特記事項】
気象庁は12日午前6時41分。
“これまでに経験したことのないような大雨”
の表現を初めて使用した。
*6月27日に気象情報の表現を変更。

【補足】
2012年7月12日。
気象庁が熊本県と大分県に対し、
“これまでに経験したことのないような大雨”
との異常気象に関する情報を初めて使用した。
*こうした表現の使用は適切であり今後の継続を願う。

しかし、
素人で簡単に手に入る情報を調べていくうちに、
気象庁が緊迫した表現を使用する約3時間前の、
午前4時には熊本県乙姫で既に250㍉を超える降雨。
緊急情報発表前の、
午後6時過ぎには集中豪雨のピークは終わっている。
また、
深刻な警戒情報を出した時点では既に土砂災害などの実例。
そうした事実を見つけていくと気象庁の発表に些か疑問も残る。

7月11日(前日)の夜の時点で、
時間雨量最大70㍉。
最大降雨予想24時間で250㍉。
*そうした予報に誤りはないだろう。
しかし実際には、
1時間雨量100㍉を超える豪雨が未明から約4時間。
その事実を(前日に)予報することは難しく、
最先端の気象技術の限界は理解している。

しかし、
死者10名、行方不明者19名の数字は重い。
*12日午後10時の時点での推定値。
かと言って、
土砂降りの時間帯に屋外に逃げ出すことも危険を伴い、
気象予報と避難誘導について今後の課題は残る。

今回の熊本・大分県の豪雨被害は、
局地的な場所に雨雲が停滞。
*前線の活動+夥しい積乱雲の発達(湿舌)。

記録的な豪雨被害(土砂災害)は、
北緯33度のやや南寄りの地域に限定される。
*地図に見る豊肥本線の熊本県と大分県の県境に集中。

また熊本市内の白川が溢れたことは、
黒川(記録的豪雨の流域)の支流に、
山地から大量の雨水が流れ込み、
上流から下流に位置する白川と合流。
さらに熊本市内では、
午前5時~7時頃に雨雲が流れ込み(前線の南下)、
纏まった降雨の影響から熊本市内の白川も溢れた。
ただし、
熊本市から八代市へと前線が南下したことで、
豊肥本線沿い県境に集中した雨雲は南に移動。
そのことは不幸中の幸いであった。
八代市の1時間最大雨量は午前10時。

私たちは通常において、
1時間に何㍉の降雨ばかりに目がいくが、
本当に怖いのは雨雲の停滞であり、
何時間で何㍉の雨を降らせるかがポイント。
1時間50㍉の雨量は広域・狭域でも被害の差は異なり、
短時間の記録的雨量は概ね低地の浸水被害の傾向。

2008年の金沢市の浅野川の氾濫は約2時間で200㍉の豪雨が、
浅野川上流の湯涌温泉周辺を襲い雨水は下流の金沢市内を襲った。
山地での異常な降雨は概ね数時間以内に下流に押し寄せる。
*そのことは広く周知されているが住民避難に生かされることは少ない。
*浅野川水害の場合は市内の降雨記録が少なく対策が後手に回った。
*雨量の面積(広域×狭域)で下流に流れ込む量は大きく異なる。

仮に今回の熊本・大分の県境に降りそそいだ記録的豪雨が、
上流の黒川の水流(雨水は重力に従う)を遮るような時間帯に、
熊本市に深刻な積乱雲が押し寄せていれば、
上流からの膨大な雨水は行き場を失い、
熊本市内は未曽有の大水害に襲われたかも知れない。
*気象災害の多くは幾つかの偶然が重なって起きる。
私が言わんとすることは、
上流(山地)の激しい気象状況の早期把握こそが、
下流(人口集中帯)の安全な時間内での避難(対策)に繋がる。

避難のポイントは、
気象予報と同時に雨雲レーダーの確認。
*激しい降雨の中の避難は危険。
レーダーを確認しながら、
家が流されるような河川の傍でなければ、
自宅の2階に家財道具(個々の財産)を移動させ、
2階で待機する方が安全な場合も多い。
*河川の傍は濁流に呑まれる前の避難が必須。

大雨の被害は、
・低地の浸水。
・河川の氾濫。
・斜面の崩壊。
の3点が基本であり、
自宅の立地条件は、
(3点の内の)何に当てはまるかを確認。
*河川の氾濫は渓流と河口では異なる。

立地条件に一抹でも不安があれば、
安全な時間に安全な場所で待機(避難)。
と同時に、
激しい気象状況の折には、
無闇に移動せず室内で待機。

気象予報は起きた後に深刻な情報を出すことも珍しくなく、
自治体や情報発信する機関(メディア)は其々の地域判断も肝要。

亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。


【人的被害】

九州では熊本・大分の両県で合わせて、

20人が死亡、7人が行方不明。
<熊本>
熊本県阿蘇市の災害対策本部によると、
阿蘇市では土砂崩れや住宅の倒壊で合わせて18人が死亡。
南阿蘇村でも1人が死亡しました。
死亡した19人は倒壊した住宅の中や自宅の近くで、
土砂に巻き込まれて亡くなったとみられる。
行方不明者は、
阿蘇市で4人、高森町で1人、南阿蘇村で1人の合わせて6人。
<大分>
大分県でも竹田市で74歳の男性が死亡。
80歳の男性が行方不明。
(7月13日:22時30分/NHK News)

【関連記事:社説・コラム】

*西日本新聞社説(2012年7月14日)
“熊本県と大分県を中心にこれまでに経験したことがないような大雨になっています”
12日早朝に記録的大雨情報を発表した気象庁はこんな表現で厳重な警戒を住民らに呼び掛けた。
▼被害が甚大だったのが中山間地域だ。
熊本県阿蘇市では逃げ遅れた多くの高齢者が犠牲となった。
防災専門家によると同市が位置する阿蘇の外輪山周辺は火山灰などが堆積した地層が多い。
このため大雨が降ると水が浸透しにくく表層が崩れて斜面崩壊が起きやすいという。
今回犠牲者が出た地域では1990年の豪雨災害でも山肌が崩れて大きな被害が出ている。
土石流などの災害が起こりやすい地形だけに山鳴りなどの前兆を捉えて早めの避難を心掛けたい。
▼街の中心部を流れる川が氾濫した大分県竹田市も含め中山間地は災害時に道路が通行不能となったり通信網が途絶したりして孤立しやすい。
救助活動や物資供給を遅らせる要因にもなるだけにヘリコプターの活用を想定した駐機場確保や衛星携帯電話の配備、食料備蓄など防災体制の整備を急ぐ必要がある。
▼今回の豪雨は熊本市中心部にも浸水被害をもたらした。
市内を流れる白川の上流に当たる熊本県阿蘇地域で記録的な雨量を記録。
その雨が白川に流れ込んで急激に水かさが増したためだ。
▼白川は市内を蛇行しながら流れるうえに、河床が周囲の平野部よりも高い「天井川」として知られる。
川の水が増水すれば被害を受けやすい。
400人を超える死者・行方不明者を出した53年の「白川大水害」など過去にも大きな災害に遭っている。
国も堤防強化や拡幅工事に取り組んでいるが今回は未整備区間で災害が目立った。
▼福岡管区気象台によると熊本西海上で「湿舌(しつぜつ)」と呼ばれる暖かく湿った風が北からの寒気とぶつかり、積乱雲を次々生み出す「クラウドクラスター」が発生した。
さらに九州山地にも南西からの風がぶつかって積乱雲となった。
二つの条件が重なったことが「経験したことのないような大雨」の原因になった。

*****

*熊本日日新聞社説(2012年7月13日)
▼県内(熊本)は12日。
未明から午前中にかけて活発な梅雨前線の影響で記録的な豪雨に見舞われた。
県北部を中心に河川の氾濫や浸水、土砂崩れなどが相次ぎ、
これまでに阿蘇地方で死者・行方不明者が20人を超えるなど甚大な被害が出た。
▼増水した白川は熊本市の一部で氾濫し熊本市は一時流域の全世帯に避難指示を出して警戒を呼び掛けた。
濁流となって住宅地に流れ込む白川の姿に59年前の1953(昭和28)年の6・26水害の恐怖を思い起こされた年配の方も多かっただろう。
増水時が満潮と重ならなかったのは不幸中の幸いだった。
だが市中心部を白川が貫く70万都市・熊本は水害の危険と隣り合わせであることをあらためて見せつけられた。
▼県内では6・26水害をはじめ天草大水害(72年7月6日)、阿蘇を襲った7・2水害(90年)、水俣土石流災害(2003年7月20日)等の多数の犠牲者を伴う大きな災害が梅雨末期に起きている。
梅雨末期は気温が高く大気に含まれる水蒸気の量は多くなる。
今回の豪雨も停滞する梅雨前線に「湿舌」と呼ばれる南からの暖かく湿った空気が継続的に流れ込んだことが一因とみられている。
特徴的なのは極めて短時間に集中して降ったことだ。
▼熊本地方気象台によると阿蘇市乙姫では午前5時53分までの1時間に78年の統計開始以来最大の108ミリの雨量を観測。
5時までの3時間雨量が288・5ミリ。
降り始めからの24時間雨量が507・5ミリ。
いずれも最多記録を更新した。
平年の7月の月間雨量が570・1ミリなので〝これに近い激しい雨〟が僅か1日で降ったことになる。
▼熊本を含む九州北部の梅雨明けは平年だと7月19日頃。
まだ雨の降り方には厳重な注意が必要だ。
自然の猛威は、たやすく想定を超える。
しかし被害を最小限に防ぐために緊急の連絡体制は十分かどうか?
今一度、防災体制を再点検すべきだ。

*熊本日日新聞社説(2012年7月14日)
▼梅雨前線の影響による記録的豪雨は阿蘇市を中心に多数の死者・行方不明者を出す惨禍を県内にもたらした。
家屋の損壊や浸水も相次ぎ今なお避難中の人々は少なくない。
関係機関は被災者支援に全力を挙げる一方で農業なども含め被害の全容把握と復旧を急いでほしい。
▼県によると13日夕現在、
*死者・不明者25人をはじめ、
*家屋の全半壊100棟以上、
*床上・床下浸水約800棟。
*道路や堤防、水道施設の損壊なども相次いだ。
*総雨量が阿蘇市乙姫で600ミリ。
*1時間雨量でも最多で100ミリを超えた。
▼不明者の捜索が続く一方で阿蘇市や熊本市などでは避難所にとどまらざるを得ない住民もいる。
熊本日日新聞社も避難所に新聞を届けているが官民とも被災者支援を最優先したい。
自宅の泥や家財の片付けに高齢者だけで当たらなければならない世帯も少なくなく地域とボランティアの支援にも期待したい。
▼水道、電気はじめライフラインの復旧は急務。
水田や農業用ハウスの冠水、旅館の浸水など産業被害も起きており全容把握を急ぐ必要がある。
道路、鉄道、橋りょうなど交通インフラの点検も欠かせない。
▼県は既に阿蘇市と熊本市、南阿蘇村に「災害救助法」の適用を決め救援経費を国、県で支援する。
併せて道路、堤防などの公共土木施設や農業用施設などの復旧事業に対し国の補助率をかさ上げする「激甚災害指定」を目指し被害総額の算定も急いでほしい。
▼今後検証していかなければならない課題も指摘しておきたい。
熊本市では白川の一部が氾濫し始めた時刻よりかなり遅れて避難指示が出されたとの指摘がある。
阿蘇市や他の市町村でも避難誘導が適切だったか点検を要す。
熊本市は各世帯にハザードマップを配布し避難に役立てるよう促していた。
それが生かされたかも確認してほしい。
▼阿蘇市では1990年の7・2水害以降、山腹崩壊を防ぐため林野庁が百数十億円をかけて治山工事を施したがその効果はどうだったのか。
熊本市付近の白川河川改修のテンポは現状のままでいいのか。
いずれも大切な観点だ。
▼“これまで経験したことのない(気象庁)災害”
に直面した場合に行政任せでは間に合わない恐れも出てくる。
今回の悲惨な体験を住民レベルでも“災害時にどう動くか”を想定しておくきっかけとしたい。

*****

*コラム新生(07月14日/09:18熊本日日)
扇状に広がる阿蘇谷、南郷谷を囲む外輪山。
その雄大な景観ができたのは30万年から9万年前のことという。
度重なる噴火がつくった地形は世界でも珍しく人々が生活を営む“カルデラの里”として知られる。
その外輪の山々は時として巨大な雨雲の発生装置となる。
山の急斜面は南西からの湿った空気を上昇気流に変え活発な積乱雲を生み出す。
この3日間、麓の阿蘇市で降った雨は1カ月分に匹敵する600ミリ超。
経験則の通じない短時間豪雨である。
今も多くの住民が避難を強いられ不安な時を送っている。
山崩れの起きた阿蘇市や南阿蘇村では降りやまぬ雨と泥と戦いながら行方不明者の捜索が続く。
3・11(東日本大震災)以降、思い知らされた自然の脅威だが関係者の心境はいかばかりか。
外輪山を覆う鈍(にび)色の雲がうらめしい。
熊本都市圏の“水がめ”を担う阿蘇は言い換えれば多雨の地である。
年間降水量は年によって3000ミリを超え熊本市のそれを大きく上回る。
降った雨は白川に注ぎ豪雨のときには約3時間で熊本市に流れ込む。
今回、白川の脅威の一面に身を震わせた方も多かろう。
59年前の“6・26水害”が風化していたとしたらここで防災への思いを新たにしなければならない。
『五風十雨』という言葉がある。
5日ごとに風が吹き10日ごとに雨が降ることを指す。
気候が穏やかなことを言い豊作の兆しとされる。
まだ大雨には警戒が要る。
備えを万全にしながら一日も早く被災地に“五風十雨”が戻らんことを。

*コラム新生面(07月13日/09:10熊本日日)
20人を超える死者・不明者。家屋の倒壊や浸水。
農作物への影響。
県内に降り続く大雨が甚大な被害をもたらした。
「これまで経験したことのないような大雨」。
昨日朝、聞き慣れないフレーズが報道機関を通じ流され緊迫感が増した。
熊本、大分両県に厳重な警戒を呼び掛けようと福岡管区気象台が発表した。
1時間雨量80ミリ以上を“猛烈な雨”とするなど気象用語には定形がある。
しかし、
「のっぴきならない危険が迫った時にはそんな決まり文句ではなく、
気象予報官の肌感覚を表現して伝えようと今夏から改めた」
と気象庁。
その第1号が今回だった。
実際、死者・不明者500人以上を出した1953年6月26日の白川大水害。
知らない多くの世代にとって白川の水があちこちであふれるなど“経験のない”光景。
所により100ミリを超えた時間雨量では白川大水害を上回ってすらいた。
もちろん災害対応では“経験”がものをいうことも多い。
1999年9月。
宇城市の松合地区と同様に高潮に襲われた上天草市の龍ケ岳町では住民全員が避難し無事だった。
死者・不明者約120人を出した72年の「天草大水害」で避難の大切さを学んでいたからだ。
その天草大水害から今年で40年。
毎年7月6日には住民が地元の病院に集まり、被災時の炊き出しを再現した、
〝おにぎり・めざし・漬物〟を食べて当時をしのんでいる。
「経験を忘れない」ことと「前例にこだわらぬ対応」。
今後も続く雨への警戒と災害復旧でも心掛けたい。

*****

*熊本日日新聞記事(2012年7月16日)
阿蘇地域を12日に襲った、
“これまで経験したことのないような大雨”は、
カルデラ特有の地形で阿蘇谷に集中。
阿蘇市乙姫の午前1~7時の雨量は、
『千年に一度』の歴史的豪雨だったことが山口大農学部(気象防災学)の解析で分かった。
同大では熊本地方気象台と県内の地域気象観測システム(アメダス)、
国土交通省、県の雨量計など計300カ所以上のデータから雨量分布を解析。
その結果、
12日午前0時から15時間の総雨量が400ミリを超えた地域は、
北外輪山と阿蘇五岳に囲まれる阿蘇谷とほぼ重なる南北10キロ、東西30キロの地域に限られた。
南西の風で阿蘇谷に運ばれた湿った空気が標高約800メートルの外輪山の内側で集中して、
積乱雲となって発達した「地形性豪雨」だという。
高森町など南郷谷は300~150ミリにとどまった。
特に阿蘇市乙姫の午前1時から6時間の雨量は459・5ミリと、
同日の雨量(493ミリ)のほとんどが集中。
『957・1年に一度』の雨量と算出されるという。
同大では、
「豪雨が起こる地形的な仕組みを理解し防災対策を見直すべきだ」。
と指摘している。

コメント (2)
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