mimi-fuku通信

このブログを通して読み手の皆様のmimiにfukuが届けられることを願っています。

【東日本大震災と自粛社会】:“お祭りやお花見”に行って人と会おう。

2011-03-31 23:20:00 | 政治・社会・時事

 2011年3月31日。
 この日は、
 NHK-BS2の放送が終了し、
 家電エコポイントの終了日。
 
 本来は大きな出来事なのだけど、
 大きな大きな震災に見舞われ、
 誰もが忘れているようだ。
 
 テレビでは“BS2最後の放送”となる、
 『大集合!青春のフォークソング(再放送)』を放送中。

 山崎ハコさんの歌を聴きながら今の時代は、
 “こんなすごい歌手はいないな”と感じる。
 あの声はやはり好きだし震災とリンクし心に響く。

 今朝の新聞を見て気付いた、
 5月のお祭りの自粛の話題。

 観光地や温泉街も閑古鳥で、
 今年は“お花見”も黄信号。

 今朝の新聞の『女性セブン』の新聞広告に、
 “天皇皇后両陛下:一汁一菜に暖房も使われぬ日々”
 の文字を見つけた。

 東北地方の多くの被災地では、
 寒さに震え食べる物もない方々がいる中で、
 日本国民は痛みを共にしなければならない。
 
の気持ちは理解できるけど、
 東北の方々を助けるために必要な、
 税収と庶民の消費。

 大震災(巨大地震)翌日の3月12日(土)。
 前から決まっていた友人達との温泉旅館。

 ホテルの一室で友人(15人)と見た、
 福島第一原発の水素爆発の映像。
 
~当日は水蒸気爆発と発表されたと記憶。
 
 
ボクは泊まらずに午後11時頃には帰宅したのだけど、
 みんなに会って地震について話せてよかったと感じた。

 また震災後は、
 週に1度の居酒屋の日を、
 3日に1度は酒場に出向くよう、
 心がけている。

 長居はせずに1時間ほどで切り上げ帰ってくるのだけど、
 人が何を感じ考えているかを知るのは酒場が最適。
 お酒の力で少しだけ軽やかになった口から語られる本音。
 酒の席で私は多くを学ぶ。
 
 自粛社会は経済活動を冷え込ませ、
 社会全体を萎縮させるばかりか、
 巡りめぐって自分の懐にも
 やがて大きな影響を与える。

 “お花見=大騒ぎ”である必要はない。

 雲間に見え隠れする月の光を感じながら、
 光を浴びる桜の花の微妙は変化を楽しみ、
 家族や友人や同僚とお酒を酌み交わす。
 静かに、
 感じる事を語らいながら時を過ごす。

 黒澤明監督の、
 最高傑作映画として名高い、
 *動の“七人の侍”と、
 *静の“生きる”がある。

 志村喬さん主演の“生きる”の終盤。
 仏前で故人を偲び、
 関係者が酒を酌み交わす名シーン。
 酒の飲み方は“ひとつ”ではない。

 被災地に目を伏せるのではなく、
 被災地を見つめて酒を飲む。

 被災地を忘れるのではなく、
 被災地に思いをよせながら花を見る。 

 過度な大騒ぎは控えるべきだが、
 人が集まればアイディアも浮かぶ。
 また、
 人が集まる事で心は和むし、
 人が集まれば活力が生まれる。

 おそらく今年の桜は、
 被災地の方々にとって、
 深い感動を与えるに違いない。

 花を見て、
 色を愛でる。

 花を見て、
 春を感じる。

 再生回帰する自然の美は、
 復興への大きな希望となる。

 自粛する気持ちを否定はしないが、
 少しだけ心を変えてみよう。

 自粛するより人が集まり、
 そして多くを語り合おう。


 家に閉じこもるのではなく、
 人と会うために外に出よう。

 そして少しだけ、
 社会のための消費をしよう。

 今夜はそんなことを思った。
 

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NHK-BSプレミアム:『カルロス・クライバー特集(2週連続)』番組情報。

2011-03-31 21:00:00 | クラシック・吹奏楽


 【NHK-BS】:プレミアムシアター
 *ドキュメンタリー:
カルロス・クライバー“ロスト・トゥー・ザ・ワールド”
 *カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団:日本公演1986
 *カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団演奏会1996
  ~2011年4月2日(土)午後11時~翌午前3時(4時間番組)

 【NHK-BS】:プレミアムシアター
 *ドキュメンタリー:『目的地なきシュプール:指揮者カルロス・クライバー』
 *カルロス・クライバー指揮:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団演奏会1991
 *カルロス・クライバー指揮:ウィーン・フィル:ニューイヤーコンサート1992
  ~2011年4月9日(土)午後11時30分~午前3時30分(4時間番組)

 <mimifukuから一言>

 2011年3月10日に速報としてお知らせした、
 クラシック・ファン待望の音楽番組。
 その時点では翌日に巨大地震が東日本を襲うなど露ほども感じることなく、
 同じ日本に暮しながら何も変わらぬ生活をおくることに不思議な気持ちだ。
 
 カルロス・クライバー。
 日本のクラシック・ファンなら誰もが憧れる人気指揮者。
 落語家:八代目桂文楽さんを例える言葉として、
 演目は少ないが演じられる落語は総てが磨きぬかれた一級品。

 カルロス・クライバーもまた、
 演奏する曲目のレパートリーこそ限られるが、
 記録に残された演奏はどれもが名演中の名演。
 クライバーの指揮する音楽CDは、
 “すべてがベストセラー”
 
になっている。

 クライバーの特徴は躍動と色艶。
 艶かしいまでの音色の要求や、
 旋律の揺さぶりは独自のスタイルで、
 誰にも真似のできない興奮をもたらす。

 BSプレミアムで放送される演目での最注目は、
 4月2日放送分の、
 1986年昭和女子大学人見記念行動のライブ・全曲版。
 一昨年にNHK教育で放送されたベートーヴェンの交響曲7番のプログラムの他に、
 交響曲第4番とアンコールのポルカ『雷鳴と雷光』に心踊らぬ者はいないだろう。
 ~ベートーヴェンの第7番はTVドラマ“のだめカンタービレ”でもお馴染。
 
さらにバイエルン交響楽団との1996年のライブ映像の存在を私は知らず、
 手馴れたブラームスの
第4番をどのように料理したのか個人的にも興味津々。
 ~1996年の演奏会はハイビジョン映像での放送(市販DVDあり)。

 4月9日放送分(2つのプログラム)は既に古くから市販が繰り返され、
 クライバー・ファンならば誰もが認める“映像の名盤”として名高い演奏会。
 2度目(1989年が初登場)となった、
 1992年のニューイヤーコンサート(ウィーン・フィル)は、
 歴代
ニューイヤー史上に残る屈指の演奏会
 
として、
 クラシッック・ファンなら誰もが周知の映像(音楽CDもあり)。

 さらにデジタル・リマスター映像として蘇る、
 1991年のウィーン・フィルとの著名な演奏会も必見のプログラム。
 ~今回の特集ではコンセルトヘボウ管弦楽団の映像は外されたようだ。
 

 音楽だけでなく映像にうつる、
 クライバーの情感溢れる指揮法は優雅で気品高く、
 観ていて
飽きる事がない。

 他にクライバーを特集した、
 貴重な海外制作のドキュメンタリー
 
が2つ。

 大災害の最中(さなか)ではあるが、
 テレビ観賞が可能な方は,
 一時(いっとき)のリフレッシュ。
 
 BS放送が統合される事で、
 再放送は微妙なため、
 是非当日に、
 ご視聴ください。

 <ドキュメンタリー:ロスト・トゥー・ザ・ワールドを観て>

 カルロス・クライバーのドキュメンタリー。
 多くを語らなかったとされるクライバーのドキュメンタリーは、
 予想通り関係者の証言で構成されていた。
 ムーティ、サヴァリッシュ、シェンク等の著名人も出演したが、
 何よりもオーケストラ楽団員の証言や感じ方は興味深い。

 初めて知る父エーリヒの映像に厳格な時代の面影を見た。
 トスカニーニ、メンゲンベルク、クレンペラー等“巨匠達”の時代。
 戦時を生きた指揮者は強い統率力を放ち主に独裁的だった。

 映像に垣間見えるカルロス(カール=独名)は、
 父エーリヒとは真逆の性格のように見えて、
 その実、
 オーケストラを強くコントロールする術を心得ていた。

 クラシック界の珍事として名高い“テレーゼ事件”の実録。
 ~テレーゼ(テレーズとも)の要求にマリーと応えるウィーン・フィル。
 一見すると柔和でユーモアに溢れた要求とは異なり、
 徹底して行われた執拗な要求(リハーサル)に、
 楽団員が拒否の姿勢を示したと感じたクライバーの態度は、
 決して(社会人として)褒められる行動(キャンセル)ではないが、
 クライバーの伝説創りには大きく役立った。

 戦争により多感な頃を南米で過ごさなければならなかったカルロス。
 番組ではカルロスの母親がユダヤ系の血を引くと紹介されており、
 エーリヒの選択は伝えられているナチスの芸術への干渉よりも、
 家族を守るための選択だったのかも知れないとも感じる。

 想像される厳格な父への畏怖と萎縮。
 そして、
 父のスコア(総譜)を大切に持ち歩き、
 父の後を追いかけるようなプログラム選択。
 また、
 フルトヴェングラーとの音楽解釈の比較に、
 カルロスが抱いた父への崇拝も感じられた。

 キャンセル魔として有名な完璧主義者。
 聴衆よりも自身の保持に神経を傾ける姿勢は
 ミケランジェリ同様の伝説としてファンを魅了。

 番組では既に語られている部分が多いものの、
 検証される複雑なクライバーの心象風景。

 その話は長くなるので別の機会に。

 <ドキュメンタリー:目的なきシュプールを観て(4月17日記述)

 2週連続で放送されたクライバーのドキュメンタリー番組。
 録音が少なく殆どインタビューに応じなかったクライバーの真実。
 映像としては有名な、
 歌劇『魔弾の射手』序曲や『こうもり』序曲のリハーサル風景を交えながら、
 クライバーの指揮法を様々な角度で分析・解説する証言を興味深くみた。
 “駄々っ子、我儘、独裁者”と言葉にされた身勝手な行動と
 “全身全霊:緊張感:重圧”と言葉にされた仕事への情熱。

 クライバーの実姉の口から語られた、
 “子供時代から線の細い子(=繊細)”の内面。
 記録された映像を観て多くの人が感じただろう、
 “冗談好き、多弁、恋多き男”の表面。

 繊細で神経質で時々は鬱症状に陥るクライバーの内面心理は、
 実姉が語る小さい頃から他国を転々とした事実と、
 実姉は否定する父エーリヒの厳格への畏怖(=内向的要因)。
 
 カルロス・クライバーが楽団員に求めた手法は、
 父の時代の独裁的権限ではなく理解と説得。
 リハーサル風景をぼんやり観るとユーモアやジョークが多く、
 さらに音符を比喩で例えたり実際に歌ってみたりと、
 クライバー自身が考え抜いた理想を楽団員に要求。
 しかし、
 優しい口調とは裏腹に絶対に引き下がらない(=妥協しない)強固な姿勢。

 そして不可能を可能にする証言として、
 “クライバーの高い要求を楽団員が達成した時に奏でられる異次元の世界”

 前週に放送された『ロスト・トゥー・ザ・ワールド』でも
 “自分達はこんなに素晴らしい能力があったのかと気付かせてくれる”
 との証言もクライバーを知る上では貴重だ。

 “謙虚だけど要求は厳しい”を証明するかのように、
 クライバーが要求した歌劇『こうもり』序曲リハーサルでの、
 スタッカートは精密細工のように細かく執拗だった。
 ~話は変わるが日本公演での“KOUMORI”の地声はつくづく貴重(笑)。

 またクライバーの指揮法の特徴としての、
 踊るように指揮したり表情豊かに指揮することで、
 音符の意味を演奏者に伝える努力を怠らなかったし、
 証言としての
 “指揮の動作を鏡の前で工夫していた”
 は“やっぱりな”とニンマリ。
 さらに、
 コスプレ(テニス・プレーヤー:ボリス・ベッカーを真似て)して、
 指揮台にあがるお茶目な一面も紹介された。
 
 番組終盤でクライバーは“父とカラヤンに認められたかった”との証言や
 妻への愛情と妻の死の喪失感がクライバーの死期を早めたとの証言は、
 既に幾つかの文書で目にしているが、
 完璧主義者:カラヤンに傾倒しながらもカラヤンとはまるで違ったアプローチは、
 カラヤンへの強い対抗意識(追い越したい)があったようにも思う。
 
 蛇足ながらグレングールド(ピアニスト)も、
 カラヤンへの尊敬の念(録音への取り組み)を抱いていた。
 ナイーブな性格の完璧主義者としての、
 クライバー&グールドの内面心理の共通点は
 妥協しない最良の方策は何よりも、
 “人とあまりかかわらない(かかわりたくない)”
 との心理だったと考えるのは不謹慎か?

 不世出のカリスマ指揮者の2つのドキュメンタリーは、
 鑑賞者のマニア思考を刺激したに違いないし、
 クラシック鑑賞の視点の多様性を感じた。


 追記(BS放送について)。

 2011年3月31日の今日。
 長年慣れ親しんだ、
 “BS2の放送が終了”
 BShiとBS2が統合されBSプレミアムに。
 大きなニュースが続く中で、
 気付かない方もおられると思うので念のため。
 ただし、
 アナログBS2の放送は、
 BSプレミアムと同じ放送内容を、
 2011年7月24日まで継続。
 *番組はアナログBS2でも視聴可能。

 お気をつけください。


 <関連記事>
 *ETV50:カルロス・クライバー幻の来日公演。
 
http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/d/20090107

 *NHK-BS:カルロス・クライバー“ばらの騎士”全曲。
  http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/d/20091227


 ~下記NHKホームページより記事転載。

 『カルロス・クライバー特集(第1週)』
 ~2011年4月2日(土)午後11時~午前3時

 *ドキュメンタリー
 「カルロス・クライバー:~ロスト・トゥー・ザ・ワールド~」

 <出演>
 オットー・シェンク(演出家)
 ユリア・ヴァラディ(歌手)
 マーティン・エングストローム(レコード会社プロデューサー)
 ほか

 <監督>
 ゲオルグ・ヴューボルト
 制作:2010年

 *カルロス・クライバー指揮 
 バイエルン国立管弦楽団日本公演1986
 [全曲版/標準画質]

 <曲目>
 交響曲第4番変ロ長調 作品60(ベートーベン)
 交響曲第7番イ長調 作品92(ベートーベン)
 喜歌劇「こうもり」序曲(ヨハン・シュトラウス)
 ポルカ「雷鳴と雷光」(ヨハン・シュトラウス)

 <出演>
 管弦楽:バイエルン国立管弦楽団
 指揮:カルロス・クライバー

 収録:1986年5月19日
 昭和女子大学人見記念講堂

 *カルロス・クライバー指揮 
 バイエルン国立管弦楽団演奏会1996
 [ハイビジョン版]

 <曲目>
 「コリオラン」序曲(ベートーベン)
 交響曲第33番変ロ長調 K.319(モーツァルト)
 交響曲第4番ホ短調 作品98(ブラームス)

 <出演>
 管弦楽:バイエルン国立管弦楽団
 指揮:カルロス・クライバー

 収録:1996年10月21日
 ヘラクレスザール(ドイツ・ミュンヘン)


 『カルロス・クライバー特集(第2週)』
 ~2011年4月9日(土)午後11時30分~午前3時30分

 *ドキュメンタリー
 「目的地なきシュプール~指揮者カルロス・クライバー~」

 <出演>
 プラシド・ドミンゴ(歌手)
 ミヒャエル・ギーレン(指揮者)
 ブリギッテ・ファスベンダー(歌手)
 オットー・シェンク(演出家)
 ヴェロニカ・クライバー(実姉)ほか
 監督: エリック・シュルツ

 制作: 2010年


 *カルロス・クライバー指揮 
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団演奏会1991
 [ハイビジョン・リマスター版]

 <曲目>
 交響曲第36番ハ長調「リンツ」K.425(モーツァルト)
 交響曲第2番ニ長調 作品73(ブラームス)

 <出演>
 管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 指揮:カルロス・クライバー

 収録:1991年10月6,7日
 ウィーン楽友協会ホール

 *カルロス・クライバー指揮 
 ウィーン・フィル:ニューイヤーコンサート1992

 <曲目>
 歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」(ヨーゼフ・シュトラウス)
 ワルツ「美しく青きドナウ」(ヨハン・シュトラウス)
 ラデツキー行進曲(ヨハン・シュトラウス・父)
 ほか

 <出演>
 管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 指揮:カルロス・クライバー

 収録:1992年1月1日
 ウィーン楽友協会大ホール


 【番組内容】

 BSプレミアムのキック・オフ・スペシャルとなる第1夜は、
 偉大な指揮者エーリヒを父に持ち、
 己の音楽的理想を厳しく追求するあまり、
 公演キャンセルが相次いだ伝説の指揮者、
 カルロス・クライバー(1930-2004)を特集。
 鬼才、異能、カリスマ等、
 カルロス・クライバーを形容する言葉は枚挙に暇ないが、
 極端なインタビュー嫌いのため、
 彼に関する情報はほとんど世に出てこなかった。
 しかし生誕80年を迎えた昨年、
 この不正出の指揮者の実像に迫った待望のドキュメンタリーをお送りする。
 さらに、
 カルロス・クライバーがバイエルン国立管弦楽団を率いて、
 1986年に行った東京公演の模様は、
 2008年のETV50年の記念番組として一部の曲目のみを再放送し大きな反響を呼んだ。
 今回全曲再放送の熱いリクエストにお応えして、
 四半世紀ぶりに全曲ノーカットでの放送を実現。
 また、
 クライバーと同楽団演奏会1996のハイビジョン・リマスター版も併せて放送。
 クライバー・ファンのみならず“すべての音楽ファン”に贈る、
 とっておきのプログラムの数々を是非ご堪能いただきたい。

 <追記:お薦め番組>
 ショータイム:ホセ・カレーラス(再放送)
  ~2011年4月3日(2日深夜)午前3:00~4:30 

  谷村新司が世界のトップミュージシャンに迫るビッグトーク。
 3大テナーの1人ホセ・カレーラスが歌と人生を語る。
 少年時代から最新の歌声まで秘蔵映像満載。

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【福島第一原発事故と福島県民の悲痛】:国会は何を論議したか?

2011-03-30 23:10:10 | 政治・社会・時事

 2011年3月30日。
 私の地元石川県で発行される“北国新聞”のコラムで、
 現状を見据える上で“的を射た言葉”を見つけた。

 【ブッダ:毒矢の譬(たと)え】
 毒矢に当たって苦しむ男がいる。
 毒は何か?
 誰が矢を放ったか?
 どこから飛んできたのか?
 そんな事を聞くより先に、
 毒矢で苦しむ人を救え!
 ~青木新門:いのちの旅より

 福島第一原発1号機の事故以来、
 福島県民の苦痛は想像を絶する。
 特に、
 第一原発から30km圏内にお住まいの方々の苦悩は、
 死者を弔う事もなく“そのまま”に家を追われ、
 転々と行き先を変えながら帰る時(刻)も知らされず、
 また別の地域の方々は恐怖の時間を自宅で過ごし、
 さらには、
 風評被害から言われなき苦痛を背負う。
 こうした事実が、
 21世紀の日本で現実に起きていることは、
 返す返すも残念でならない。

 もう一度ブッダの言葉を読んでみよう。
 
毒矢に当たって苦しむ男がいる。
 毒は何か?
 誰が矢を放ったか?
 どこから飛んできたのか?
 そんな事を聞くより先に、
 毒矢で苦しむ男を救え!

 言葉を置き換えれば
 原発事故に巻き込まれ苦しむ人々がいる。
 原発事故の原因は何か?
 原発事故の責任者は誰か?
 放射性物質はどこへ飛んでいるのか?
 そんなことを議論するより先に、
 原発事故で苦しむ福島県民を救え!


 【福島第一原発の事故について私の認識】

 原子力発電所の安全確保の3原則としての、
 *止める。
 *冷やす。
 *閉じ込める。
 
 現状での、
 *止めるは津波発生当初に完了。
 *冷やすは当初の危機的状況から改善傾向。
 *閉じ込めるは微量の放射性物質が漏れ出したと見られ屋内に蔓延。
  ~一部漏れ出した放射性物質は海水に到達(人体に影響がない程度)。
 さらに、
 *閉じ込める(2)
としての使用済み核燃料は安定傾向。
 ~自衛隊員や消防隊員による決死の放水作業は記憶に深い。

 最も重要な事として、、
 *止めるから20日近く時間が経過した事で日々脅威は小さくなるはずで、
 *冷やすも現地で働く方々の大変な努力によって真水の注水が可能になり、
 *閉じ込めるについては今後も大きな破損がなければ大気に漂う数値は微量。
 ~選択肢としての冷やすと漏れるの重要要素は現段階で“冷やす”を優先。

 原発問題は、
 作業員の方々の努力から原発内部により近づく事ができるようになったことで、
 新たな問題が次々と見つかり大きなニュースとして世間に流されるものの、
 ~さらには度重なる余震によって新たな破損が生じた事も考慮。
 私の目には危険状態(臨界危機)から小康状態へと移行しているように見える。
 ~勿論原子炉内部には目に見えない怪物が潜んでいる事から予断は許さない。

 ただし、
 仮に原子炉の活動が小康状態であったとしても、
 放射性物質が漏れ出している事実は市民に対し、
 避難指示を出し続けることは安全面からも肝要で、
 政府の対応に誤りがあるとは考えていない。

 しかし、
 原発から20~30キロ圏内の市民に対して、
 屋内退避を呼びかけたまま放置し続けた政府の対応は、
 お粗末と言われても仕方がない。
 ~チェルノブイリ事故では初動動作は遅れたもののバス1200台で、
  4万5000人の避難を僅か3時間で完了したとされる事例と比較すると、
  非常事態時の日本政府の対応は無策に等しいと感じられる。
  *高田純著:『世界の放射線被爆地調査』を参照。

 屋内退避している住民は逃げる時期を逸したばかりか、
 風評被害による仮想被曝地帯(20~30km地帯)と見られ、
 自身の安全を確保するために外からの人の出入りはなく、
 “戦国の兵糧攻め”のような事態に陥ってしまったことは、
 政府の対応の遅れと情報公開の不備を指摘されるべきだろう。

 現在安心できる事は、
 福島県内でも水素爆発が重なった時期と比較し、
 大気中の放射線量は日々軽減されていることで、
 人体への放射性物質の影響(懸念材料)が減少。
 何かの突発的な事故が起きなければ危険度は少ない。

 できれば30km圏内にお住まいの方々は、
 安全を考慮して遠地避難したほうが最善だが、
 何よりも、
 政府は物資が届かない現状の回復を最優先に、
 我慢し続ける福島県民のため努力して欲しい。


 そんな中で昨日(3月29日)。
 国会では“過去最大”となる、
 平成23年度予算が可決された。

 
国会では何が論議されたか?

 最大の論点は、
 
“子供手当てのつなぎ法案”
 だったようだ。
  
 お気楽な方々の“楽観主義”に、
 庶民の一人として、
 頭を抱える事しかできない。


 

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東日本大震災(巨大地震):災害義援金(救援募金)に感じる疑問。

2011-03-30 21:00:00 | 経済・産業・mono

 2011年3月30日付の読売新聞に、
 東日本救援募金の一時金として8億円を、
 岩手県・宮城県・福島県に各2億円ずつ。
 茨城県と中央共同募金会に各1億円ずつ。
 との支払いの報告。

 読売新聞が集めた義捐金(募金)は、
 早々と各自治体に配布されたようだ。

 大きな災害の募金と言えば、
 日本赤十字が即座に頭に浮かぶが、
 募金の分配は数ヵ月後に、
 被災者各自に配分される。

 調べてみると、
 日本赤十字社には3月25日現在で約400億円を超える義援金が集まり、
 これとは別に、
 アメリカの赤十字から日本赤十字社に対し約100億円の義援金が寄せられた。
 とされる。

 巨大地震から間がない3月18日には、
 台湾で救済チャリティー番組が放送され義捐金額は約21億円。
 ~人口やレートを考えると1人当たりの募金金額の大きさに驚く(感謝)。

 メガバンクにシステム障害を与えたとされる全国からの募金規模を、
 日本赤十字ではどのよう体制でどのように取り扱っているのだろう?
 日本赤十字の収支報告とはいかなる形態で行われているのだろう?
 そんなことが頭を過ぎった。

 通常のビジネス感覚であれば月単位で決済を行い、
 何らかの収支の結果が明らかになると思うが、
 そもそもこれまでの各募金ごとの収支報告は、
 どのような形で発表されているのだろう。
 そんな事も感じる。
 ~たぶん私が知らないだけだろうが。

 また、
 世界から集まっている義捐金の各国別単位と、
 その義捐金がどのように使われているかを、
 義捐金を寄せていただいた各国に対して、
 発表する義務が生じる思うが、
 現状の該当当局の体制で、
 それは履行されるのだろうか?
 考え出すと疑問が止まらない。
 ~これは赤十字だけの課題ではない。

 私は、
 日本赤十字に疑いを持っているのではなく、
 提示しなければならないはずの数字が、
 *募金総額ー必要経費=被災者への分配とその時期。
 *募金額の内訳(銀行別・企業別・その他&各国別)
 は、
 何時何処で確認できるのだろうかとの疑問だ。

 また、
 読売新聞の救援募金の分配方法を見て、
 募金する側の立場として、
 インターネットが急速に普及した状況の中で、
 今後は自治体別(県・市・町等の単位別)に、
 募金者が募金選択ができることも望ましい気がする。
 ~ただし報道の大きさの有無で格差の弊害も予想される。

 また、
 即効性のない募金手法が取られる現状で、
 可能であれば将来的にお店で品物の支払いを済ませ、
 物品を該当地区近辺から被災者へ届ける制度や、
 ~百貨店のギフトの手法をイメージ。
 郵便局や宅配便業者に委託金(募金)を支払い、
 漠然とした物品を送るのではなく、
 現場で臨機応変に必要な物品が、
 被災者の手に入るようにはできないか?
 ~巨大地震や都市型地震のような長期の支援が必要な場合のみ。

 世界中から集められた募金を、
 世界の人達は現在困っている人達の手に、
 直ちに渡るものと考えられるだろうが、
 現実としての日本での募金手法は、
 遠い後日に自治体を通して被災者に分配され、
 基本的な判断は自治体に委ねられると記憶している。

 さらに今後の課題として、
 緊急を要する支出がある場合に、
 国や自治体単位で赤十字に対して、
 募金金額を借り入れることは可能か?

 と、
 今の時点で文字にする必要があるのか疑問だが、
 思いついたうちに文字にしないと忘れてしますので。

 失礼。

 ~下記Web関連記事転載。

 東日本大震災の被災者への義援金を受け付けている日本赤十字社など4団体は8日、
 被災した岩手、宮城、福島など15都道県と共同で設置した、
 『義援金配分割合決定委員会』の初会合を開き、
 第1次分約500億円の配分割合を決定した。
 都道県に近く振り込みを行い市町村を経て4月中に被災者に届けることを目指す。

 割合は、
 *死亡・行方不明者(判明の約2万7000人)は1人当たり35万円を家族に配分。
 *住宅の全壊・全焼(約4万6000戸)は1戸当たり35万円。
 *住宅の半壊・半焼(約1万戸)は同18万円とした。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故による、
 30キロ圏内の避難指示・屋内退避区域(約6万5000世帯)については、
 住宅の損壊程度にかかわらずすべて全壊と見なし、
 1世帯につき35万円を支給する。
 (2011年4月8日:読売新聞記事転載)

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【平成23年:東北地方太平洋沖地震(東日本巨大地震)】に思う事 10。

2011-03-29 22:42:22 | 地震・津波・震災


 今夜(29日)は、
 多くの人達がお茶の間で、
 “サッカー:夢のゲーム”
 を観ていただろう。

 
Jリーグ選抜 vs 日本代表のチャリティ・マッチ。
 結果は1-2で日本代表が勝利するも、
 オールド・ファンも楽しめる結果になった。

  それぞれが、
  それぞれの立場で、
  “何ができるか”

 3月27日には、
 
FNS音楽特別番組
 “上を向いて歩こう”
 が放送された。
 日本を代表する多くの歌手が、
 渾身の歌声を聞かせてくれた。
 
 ただし、
 65歳以上の方々にとって、
 “今の歌”は支持されにくく、
 できれば一流歌手が歌う、
 “唱歌や童謡”
 
などもあればと感じた。

 また、
 多くの激甚被災地区では未だに電気が通っていない地域もあり、
 観ることができない人達が多い事実も忘れてはならないだろう。

 3.11以後。
 殆ど民放を見る機会がないので気が付かなかったが、
 ACジャパン(旧公共広告機構)のTV・CMが、
 とっても不評なのだそうだ。

 AC=社団法人って…?
 税金なの?
 って思いを感じてる人も多いだろう。

 そう言えばNHKでは、
 “歌でつなごう”と言う3分番組を放送し、
 矢沢永吉さん、ファンキーモンキーベイビーズ、平原綾香さんらが登場。
 こちらは放送されていることに気付かない人も多いと思うが好評なようだ。
 
 歌と言えば、
 3月23日に開幕した、
 選抜高校野球の開会式

 録画したものを後日に確認したが、
 『君が代』を歌った女子高生の声の美しさは、
 すこぶる評判のようだ。
 
 素朴ながら素晴らしい選抜高校野球の開会式のあの日。
 日本のテレビ局がニュースとして一斉に流したものは?
 これ以上は言うまい。

 ・・・。

 何日前だろう?
 仙台市内の田んぼの中からイルカが救出されたとのニュース。
 ニュースは概ね動物愛護の観点から微笑ましい記事として紹介された。
 しかし視点を変えれば、
 巨大地震から10日以上もたった水田に海水が残されている現実。
 微笑ましさの裏には多くの絶望感があることを忘れてはならない。
 この話題を地元の農家の人に聞くと興味深い話を教えてくれた。
 おそらくは、
 現在石川県にある減反分を被災地区に移動する手があるのではないか?
 つまり、
 減反(米の生産調整)している地域の減反分で被災地区に移動する事で、
 減反で得ることのできる政府からの補助金を被災地区の農家に振り分け。
 水田管理は国がしてくれるはずなので、
 2~3年で回復できればその方が良いのではないか?
 ~色々な方々が色々なアイディアを持ち寄る社会は頼もしく思う。

  それぞれが、
  それぞれの立場で、
  “何ができるか” 

 今週に入り、
 夜7時のNHKニュースは録画して観ることにした。
 一昨日の夜7時からはFNS:音楽特番を観たし、
 昨晩の夜7時はTBS:フレンドパーク最終回を観たし、
 今晩は7時20分頃から自室でサッカー観戦をした。

 新聞で読めば3分で理解できる内容を、
 20分近くもかけて、
 パネルと解説者の説明で過ぎ行く時間。

 テレビ・ニュースの最大の魅力は、
 動く映像であり現場のリアリティであるべき、
 大原則を忘れてしまったニュース報道。
 現在放送されているニュースを、
 生放送で見る価値は少ないような気がする。

 と言って、
 原発問題への関心は日増しに大きくなっている現実も認識。
 最近は、
 にわか原発評論家(特に壮年男性)が巷に溢れている。 
 個人的な意見としては、
 ニュース・ソースの大きさが原発に偏る事で、
 被災地域への関心が薄まりはしないか?

 これ以上は言うまい。

 ・・・。

 今週から、
 3.11以後続いていた(専門的な)日経の購読をやめ、
 読売と朝日の2紙を毎朝コンビニで購入。
 少しだけ速報性に欠けるが、
 新聞の情報に心が動く。
 特に、
 原発関連は目の前を通り過ぎるテレビ報道よりも、
 読み直しや立ち止まりがきく新聞記事に魅力を感じる。

 3月28日付:読売新聞(最終面)は、
 『24時・自衛隊』と題して自衛隊員の苦渋な内面を特集。
 
 3月29日付:朝日新聞(最終面)は、
 『消防団員:命かけ守る』と題し消防団員の使命感を伝える。

 全国紙が伝える、
 身を粉にして懸命に働く方々の特集は、
 必ず現場で働く方々の士気を高める。
 ~災害時に求められる最も大切な報道姿勢。

 困難な現場での精神力を支える、
 メディアや市民の応援。
 
  それぞれが、
  それぞれの立場で、
  “何ができるか”

 私達は誰に守られているのか?
 私達は誰を守っているのか?

 時間が経過する事で生じる弛んだ気持ち。
 自分自身を引き締め直さねばならない。

 今日はそんなことを思った。

 

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【福島第一原発事故】:双葉町に住む高校生の願いは政府に届くか。

2011-03-29 20:34:40 | mimifuku

 
 3月27日。
 さいたまスーパーアリーナでボランティアをしている女性からのコメント。

 私はさいたま市ボランティアのものです。
 はじめまして。
 さいたまスーパーアリーナに避難してこられた、
 双葉町の方の中に有望な短距離選手がいます。
 現在高校2年生です。
 しかし当然のことながら、
 スパイク、ランニングシューズ、ウェアがありません。
 行く高校も通信制になると言われ、
 その子は夢をあきらめかけています。
 何とかしての夢をかなえさせてあげたいと思います。
 知恵を貸してください。

 コメント内容だけでは、
 意味の掴めない箇所もあるものの、
 陸上部で夢を持つ、
 高校2年生の短距離選手は、
 福島第一原発事故現場から最も近い、
 双葉町の自宅から、
 何も持ち出すことができないままに、
 おそらく避難所を転々とし、
 現在は埼玉県で避難している。

 おそらく、
 双葉町から通う高等学校は、
 現在も避難指示地域内(20km圏内)にあり、
 帰る事も許されず、
 いつ帰れるかも分からない。

 東北地方沿岸部の壊滅地域に住む中・高校生達を含め、
 市町村機能を失った街に住む多くの学生達が抱いた夢。

 3月29日現在。
 福島第一原発周辺は深刻な状態が続くものの、
 その他の市街地での、
 空気中の放射性物質の数値はやや安定。
 一部報道では20km圏内でも、
 避難指示に従わず、
 一時帰宅する人達も増えているらしい。

 また20km圏内の自治体関係者も政府に対し、
 一時帰宅願いの許可の申請をしているとも聞く。
 ただし、
 現状の福島原発周辺への立ち入りはリスクが高く、
 政府が一時帰宅を許可しないのは賢明な判断だろう。

 つまり、
 コメントに出てくる夢を抱いた高校生は、
 少なくとも当分の間は自宅に帰ることを許されず、
 学校に通う事も許されない。

 春休みが終われば、
 全国どこの高校も新学期がはじまる。

 市町村機能ごと集団移転することを余儀なくされた地域や、
 一時的ではあるが、
 自治体の多くの住民が県外避難しなければならない地域。

 コメントから見えてくる、
 
多くの夢を持つ学生達”
 
が自分たちの住む町を後にしている現状。

 被災者を受け入れてくださった自治体は、
 学生達をどのように受け入れてくださるのか?
 もし本当にコメントにあるような、
 通信教育を余儀なくされるような現実があるのか?
 ~追記記事として下記表示(4月1日)。

 いずれにせよ、
 “夢ある学生達の夢”
 をつぶさない方策は何か?
 時間との戦いの中で、
 政府関係機関は、
 なんらかの道筋を示して欲しい。
 
 また、
 日本陸連や高野連のように、
 高校生・中学生の部活を統括する機関は、
 これまでに優秀な成績をおさめている、
 学生達の被災状況を把握し、
 できる限りの支援をして欲しいと考える。

 それぞれの機関が自分達にできること。
 復興への課題はあまりに多すぎる。


 ~下記:Web読売新聞記事転載。

 『30キロ圏9県立高:間借り・通信教育で再開へ』

 放射能漏れ事故が起きた福島第一原発の半径30キロ圏内にあり、
 避難・屋内退避指示区域の県立高校9校に通う生徒の教育機会を確保するため、
 福島県教委は転入学に加え他校の校舎を間借りして授業を行う、
 「サテライト方式」を採用する方針を固めた。
 同方式に参加できない生徒については避難先で自習する“通信教育”を検討する。
 役場機能を移転した第一原発の立地町や周辺の8町村も、
 新学期に向け小中学生の転入の受け入れ先探しに腐心している。

 県教委によると第一原発から半径20キロ圏内の避難指示区域には、
 浪江、双葉、富岡、双葉翔陽、小高商、小高工の6校、
 半径20~30キロ圏の屋内退避指示区域には、
 原町、相馬農、浪江高校津島校の3校があり、
 いずれも再開の見通しは立っていない。

 このため他の県立高校の校舎の一部を借りて授業を行う、
 「サテライト方式」が妥当と判断。
 各校の生徒の避難先を調べながら高校の選定を進めている。
 授業に必要な設備を考慮し工業高校は工業高校の校舎を、
 商業高校は商業高校の校舎を利用する方向だ。
 サテライト方式を基本とするが非常時だけに生徒が自習した上で、
 教員が添削する通信教育の実施も視野に検討している。

 さらに各地に散らばった被災地の高校生から転校の要望が相次ぐことも予想されるため、
 県教委が2006年に県立高校に通知した「1%を限度」とする定員枠の拡大も検討中だ。
 (2011年4月1日16時25分:読売新聞記事転載)

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『幸福とは何か?不幸とは何か?』:幸せの定義(2011年3月27日記)

2011-03-27 22:50:00 | 文芸・思想・書物


 人から、
 “幸せとはなんですか?”と聞かれる時に、
 私はいつも1つの答えを用意している。

 『幸福(幸せ)の定義』は、
 “考えていたいこと”を考えていられる状態を保つこと。
 
であり、
 『不幸(不幸せ)の定義』は、
 
“考えたくないこと”を考えなければならない状態(現実)。
 である。


 【幸せについて】

 我国で最も信頼が高いとされる、
 語学辞典:広辞苑(岩波書店)には、

 *幸福=満ち足りた状態にあって幸せだと感じること。
 *不幸=幸福でないこと、不幸せ、不運。
 また、
 *幸せ=幸福、幸い、運が向くこと。
 と記載されており、
 まるで“禅問答”のようだ。

 誰もが“幸せになりたい”と願いながら、
 幸せとは何かについての明確な答えを持たない事実は、
 幸せとは(個人個人の)感覚(感情)的な問題と捉えるからだ。
 
 幸せとは心の中の感じ方であって個々に感じる事が違う限り、
 幸せを定義する事は難しく殆どの辞書・事典では、
 幸せ(=幸福)について曖昧な表現に留めることは承知の通りだ。

 では“幸福”を仮に、
 “考えていたい事を考えていられる状態”
 と定義すればどうだろう。
 それは、
 個人の感覚的な問題ではなく、
 “人の脳の働き”の問題となる。

 また幸福を定義する上で必要な、
 不幸(=幸福の対義語として)を、
 “考えたくない事を考えなければならない状態”
 と定義すればそれもまた、
 個人の感覚的な問題ではなく、
 人の脳の働きの問題となる。

 人の心(=経験・環境・教育等で築かれた感情)は、
 多種多様であるが脳の働きは基本的には個々に変化はない。
 幸せを定義する上で必要な基本的な脳の働き。
 ~ソフトとしての感情に対するハードとしての脳が持つ機能。

 書き手(私)が文書を進める上で、
 読み手はこの事実(脳の働きの視点で捉える幸福の定義)
を、
 あなたの心(=脳の中の記憶)に留めて欲しい。


 【嬉しい気持ち】

 昭和の名人と言われる、
 落語界の巨人:古今亭志ん生さんの話で、

 「露天の店先で、
 支払いをしようと手に持っていた1万円札が、
 突然の風に吹かれて飛んでしまった。
 一生懸命探すが見つからない。
 探しながら、
 “1万円あればあれも買える、これも買える。”
 と頭に描きながら、
 更に探すがどこにも見つからない。
 仕方なく(覚悟を決めて)、
 1万円を失った事実を受け入れようとしたその時に、
 ふと目の前の“自分が乗ってきた自転車”のカゴの中に、
 探していた1万札を見つけたとき、
 人は“心から嬉しい”と感じる。」

 話の内容は、
 理解しやすいよう現代風に改良したが、
 志ん生さんが語る“嬉しさの意味”は深い。

 つまり、
 ある程度のレベルの生活(標準的な先進国の生活)は、
 心の動き(=脳の働き)は一定の状態が保たれており、
 平素の生活で“嬉しい”と感じることは少ない。

 しかし突発的に、
 自分が思ってもいない不幸(=考えたくない事実)に襲われたときに、
 その不幸(=考えたくない未来)が解決に導かれた時の心理こそが、
 “嬉しいと感じる瞬間”なのだろう。

 平素私達の多くは幸福(=安定)な環境の中で生きながらも、
 幸福である事に気づかないことが多い理由はそのためだ。

 戦時の中で生き抜いた古今亭志ん生さんの時代。

 “嬉しい”と言う感情は日常(=平和な状態)と、
 非常時(=災害や戦争状態)では大きく異なる。

 “嬉しい”と言う気持ちを、
 欲っしている人達と立場と、
 与える事のできる人達の立場。

 2011年3月27日。

 “嬉しいの言葉の意味”
 
を多くの方々が、
 思い悩んでいるだろう。


 【不幸の回避】

 幸福の定義を、
 “考えていたいことを考えていられる状態”
 だと仮定して
 “考えていたい事を持続(保持)”
 するためには何が必要か?

 人は、
 *病気にもなれば、
 *事故にも遭遇する。
 それは、
 偶発的な出来事の場合もあれば、
 自己責任の生ずる場合もある。

 考えていたい状態(=幸福な日常)が仮に“食べたい”と言う感情から、
 暴飲暴食の状態が続けば必ずいつかは内臓に障害をきたす。
 ~深刻な病気になれば生涯に渡って食事制限が課せられる。
 
 考えていたい状態が仮に“贅沢な暮らしがしたい”と言った感情から、
 見分不相応な生活が続けば近い将来に暮らしは必ず破綻する。
 ~不要な負債を繰り貸せば必ず将来“考えたくない事”を迫られる。

 考えていたいこと(=安定した生活)を持続するためには、
 計画的な生活と自らへの自制心が必要となり、
 そのためには、
 考えたくない事(=不幸)を先に見通し(=未来予測)、
 自身の生活環境のバランスを保たなければならない。
 ~それは個人も企業も国家も同じシナリオを持つ。

 不幸を回避する最善の方法は、
 自分や家族にとっての不幸な未来予測を推測し、
 回避するための準備(抑制)や知識の収得。

 幸福の定義が仮に、
 “考えていたいことを考えていられる状態”
 だとして、
 “考えていたい事(=幸福)”
 を持続するためには、
 自分自身をコントロールできる能力を身に付ける。 
 不幸の回避は、
 それに尽きるのだろう。

 
 【突発的な不幸】

 人は時に無情を感じる事が多い。
 2011年3月11日。
 東日本を襲った巨大地震
は、
 多くの人々の“考える能力”を永久に奪い去った。
 
 今を生きる者にとって、
 不幸であると感じるのが脳の仕組みなら、
 幸福だと感じるのも脳の仕組みによる所が大きい。

 亡くなった人の不幸は如何なるものか?
 その問題を解決するために宗教は、
 人々(=残された)に必要とされ続けた。
 ~特に念仏とお題目は鎌倉期から大衆に指示される。

 残された者の不幸とは何か?
 それは、
 *第1にすべてを失った喪失(焦燥)感であり、
 *第2に見通すことができない未来への不安。

 人類は、
 安心の中に生きる知恵として、
 衣・食・住に改良を重ね、
 人々が安心して毎日を過ごすために、
 医療の進化や環境の整備を整えてきた。

 しかし自然は時として、
 余りに多くの安心を一瞬にして奪い去る。
 *同時に日々の自然からの恵への感謝。
 
 災害時の衝撃的経験は幸福や不幸も通り越し、
 人の考える能力を一時的に停止させる事もある。
 
 しかし人(=人間)は、
 必ず何かを考えなければ生きてはいけない。
 
 多くの人達が、
 幸福である事に気付かなかった3・11以前と、
 多くの人達が、
 幸福とは何かを真剣に考え出した3・11以後。

 幸福は決して、
 一人では実現(達成)できない。

 個人個人が幸福を持続するために、
 自分自身をコントロールできる能力
 が必要なように、
 社会の幸福を持続するためには、
 社会全体が個人個人の役割に気付き、
 社会の一員として、
 一人ひとりがコントロールできる能力。

 それが何であるかを掴み取れば、
 残された人間は、
 どんな不幸をも乗り越えることができる。 
 ~社会の幸福なしに個人の幸福はありえない。

 皆が“考えていたい事”を、
 個々に考える事のできる社会。
 我国で実現できない理由はない。


 【補足:不幸の最大値】

 仮に、
 *幸福(幸せ)の定義=考えていたいことを考えていられる状態を保つこと。
 *不幸(不幸せ)の定義=考えたくないことを考えなければならない状態。
 だとすれば、
 *最大の不幸=考えることを許されない状態。
 ではないかと感じる。

 独裁国家、(極度な)主従関係、拉致・監禁、拘束、束縛。
 などの理由で、
 個人の自由や権利が侵された状態が“最大の不幸”と考える。
 ただし、
 何らかの依存症(薬物等)に対する一定期間の自由の拘束や制限は、
 その限りではないと感じる。
 また、
 他人の権利を法的に侵した罪人に対する自由の拘束や制限も、
 (法に基づく拘束=収監)その限りではない。

 個人個人が自由に考え自由に感じる事のできる社会環境。
 *幸福(幸せ)の定義=考えていたいことを考えていられる状態。
 が可能な社会こそが“幸福な社会”と私は定義付けたい。


 追記

 今日初めて知った事だが、
 
3月27日は“さくらの日”なのだそうだ。
 ~自家用車に備付けのナビゲーションが教えてくれた。

 桜の開花の早い年なら、
 3月27日頃(今日)には上野公園~不忍池周辺の桜が満開になり、
 4月3日には京都周辺のソメイヨシノが満開の花を咲かせ、
 4月10日すぎには大阪造幣局の花見に多くの人出で賑わう。

 それが今年はどうだろう?
 私の地元では今朝も雪化粧。
 桜の蕾(つぼみ)もまだまだ固い。
 
 巨大地震により壊滅的な被害を受けた被災地。
 燃料が少ない中での極寒の3月。
 自然の与える試練はあまりに厳しく惨い。
 しかし明後日(29日)以降は、
 平年並みの暖かい日が予想され、
 桜前線も徐々に北上していく事だろう。

 季節の春が必ず来るように、
 “被災者の方々の心に幸福感が芽生えますように”
 と、
 無力な自分は祈るしかできない。

 mimi-fuku通信

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『東日本大震災:優先報道の選択&言葉の選択』 “人の心”を考える。

2011-03-27 14:43:33 | 政治・社会・時事

 2011年3月27日。
 午前中に金沢香林坊の百貨店で開催されている、
 親鸞聖人750回忌『親鸞展』に行ってきた。
 展示品には複製品やデジタル・グラフィックなど、
 パネル構成も多いものの心(=脳の働き)は、
 一時(いっとき)でも“今ある困難”とは、
 別の世界に引き込んでくれた。 

 余談ではあるが現在京都市内では、
 *法然上人800回忌を京都国立博物館で、
 *親鸞聖人750回忌を京都市美術館で、
 開催中。

 話題を変えよう。
 お昼のNHKニュースのトップは、
 相変わらず福島原発の事故問題。
 これまでの数値とは異なり、
 深刻な数値に驚きを覚えたものの、
 その数値(水)の容量や空気中への影響など、
 重要な項目には触れずに、
 相変わらずのメカニズムの話。

 それ(専門的な化学の話)を、
 一般市民にニュースとして流す事で、
 何かの解決策が見つかるのであれば良いが、
 専門家ですら把握できない問題に多くの時間をかける、
 放送方針がどうしても私には理解できない。

 また、
 原発内部の深刻な数値(状態ではなく)を、
 大きく世間に報道する事で、
 内部で働いている人達の動揺が、
 “士気(=仕事への前向きな姿勢)にかかわる”ことや、
 働く人達の家族の心情(=不安)を加味すると、
 あなた方(放送局各位)のしている事(優先順位)は、
 間違っているのではないか?
 人の心の細部までを推測し報道を行っているか?
 
 それよりも、
 市民の力で解決できる可能性の高い被災地の様子や、
 それぞれの避難所で見ることができる新しい取り組みや、
 被災者を受け入れてくださった各自治体と被災者の交流。、
 其々の避難場所での被災者の表情や今後の課題。
 できることなら、
 “被災地区の現状を優先”して報道して欲しい。
 ~それは安全な地から報道を見る私の偏見なのか? 

 私達が解決できない問題に報道時間をさくより、
 私達が解決できるかも知れない話題を優先に!
 ~原発問題の報道が最大必須事項に依存はないが。

 毎朝日課の朝刊(3部)の購入。
 石川県で販売された朝日新聞朝刊一面トップ。
 “集団疎開、住民に溝”
 の見出しは心を痛めた。

 これも私の偏見なのかも知れないが、
 “疎開”の言葉は、
 高齢被災者の方々には戦時を思い出し、
 特に空襲の可能性の高い都市から田舎へと、
 疎開した子供達が移動先では惨めな思いをしたと、
 地元の人から人伝えに聞いたことがある。

 また一部の人達の間には、
 被災者を難民と捉える向きもあるようで心を痛める。
 *疎開ではなく集団移動 or 移動&県外避難など。
 
~集団移転と文字にする場合は被災者が地元に帰れない場合。
 *難民(避難民)ではなく被災者。
 言葉の選択を誤ると要らぬ差別を生み出す事もある。
 言葉の選択に誤りはないか皆で確認して欲しい。
 ~これも私が耳にした疎開のイメージの偏見なのか?

 気付いた事を少しだけ。


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【平成23年:東北地方太平洋沖地震(東日本巨大地震)】に思う事 9。

2011-03-26 20:10:00 | 地震・津波・震災

 3月20日に放送された、
 “ジ
ャズ・ピアニスト:上原ひろみの世界”を視聴しながら。
 
今日は少しだけ気分を変えて。

 被災地の方々の事を思うと、
 どのような文書が適当で、
 どのような文書が不謹慎なのかを考えずにいられない。

 3・11以前からmimi-fuku通信をお読みの方々には、
 期待する記事の内容と現在文字にされている内容の、
 あまりの落差に驚いておられると思う。
 従来は、
 自分が好むジャンルのテレビ番組の紹介が多いブログであり、
 自分用に録画保存したい番組のメモとしての活用も多かった。

 3・11以後はテレビ番組の内容が大きく変わり、
 番組表とは異なる変更に次ぐ変更があり、
 さらに、
 巨大災害を自身の記憶に留めたいとの思いも強く、
 暫くは巨大地震関連への思いを文字に変換していきたい。


 被災地では何が起きているのか未だに謎の部分が多い。
 津波災害の捜索は多くの方々が海の中に引き込まれる事で、
 時間が経てば時間が経つほどに遺体を見つけることは困難だ。

 昭和三陸沖地震(昭和8年3月3日)では、
 *死者:1522名(49・7%)
 *行方不明者:1542人(50・3%)
 との数値が、
 『新編日本被害地震総覧』に記載される。

 また、
 行方不明者は家族からの“捜索願い”によって作成されるため、
 家族や一族が津波災害に巻き込まれている場合はカウントされず、
 巨大地震から15日が過ぎた3月26日現在も被災者総数の実数は不明。
 巨大津波の傷跡は沿岸部を中心に想像を絶する被害を齎した。

 福島第一原発では予断の許さぬ状態が続き、
 多くの人達の“心理面に深い傷”を植え付ける。
 また、
 実際に放射性物質の外部流失による被害も日々伝えられ、
 事態の終息が長期化する見込みから、
 ようやく昨日(25日)になって、
 20~30km圏内の屋内待機指示は屋外退避へと変更
 ただしガソリンも物資も不足する中での、
 屋内待機地域の住民の移動は困難な様子が見て取れる。

 福島県内の避難所は何れも満杯で、
 県民は早くから県外退避を余儀なくされ、
 栃木県・群馬県・新潟県・埼玉県・東京都などに早い時期から移動。
 さらに、
 1万人を超える原発被害者の受け入れを可能にする自治体として、
 今後も東京都・神奈川県等の巨大シティの協力は不可欠だろう。

 今週の火曜日(23日)に栃木県小山市の顧客に電話を入れた。
 平素はクールな方が“明らかに動揺”している様子が分かる。
 小山市でも強い揺れが発生し室内の多くの物が倒れる被害が続出。
 しかし、
 何よりも心配なのが原発事故の今後の成り行きと語り、
 見えない恐怖に関東圏の誰もが平常心を保つ事が困難
 なようだ。
 
 また、
 テレビ報道に情報源を頼る西日本の人達にとって、
 東北地方の災害に目を取られ関東地方の災害に目が行かない。
 被災の大きかった“岩手県・宮城県・福島県”だけでなく、
 関東各県も燃料不足や品不足が続き
 平穏な毎日には程遠い日々を過ごす。

 テレビ情報とは異なるネット情報を確認すると、
 大津波は北海道東南部~千葉県南部の沿岸までに達し、
 東京都、神奈川県、静岡県では潮位の大きな変動こそあるものの、
 津波による被害はないように推測される。

 地元(石川県)の方々の口コミやネット情報を確認すると、
 テレビでは報道されていない各地で、
 甚大な被害が続出しているようで、
 この巨大地震の被害の大きさは計り知れない。

 以下の文書は“庶民感覚”で文字にします。
 現時点では不適切と思われる文面も含みます。
 ご容赦ください。

 計画停電 
 が実行される事で“あちらこちら”で乾電池が売り切れている。
 停電が実施される関東地方では長期間必要な品物であるし、
 電池を充電する家庭用機器も当然品不足が続くのだろう。
 難儀な事である。

 自分ならどうするだろう。
 部屋の明かりとして捉えるなら、
 只今使用している、
 ノートパソコンのバッテリーを使用。
 ~バッテリーの替えなら手に入らないか?
 通電されている時に蓄えた電気を、
 暗闇で使用した場合に、
 小型テレビ程度の“明るさ”は確保できる。
 ~最初は薄暗いですが目が慣れてくれば意外に使えます。
 電池が手に入らないときには、
 家族でパソコン画面を見ながら食事をするのも良いかも?
 ~以上は無責任な発言かと思う。

 友人や知人と会う度に、
 地震について語る時間が多くなっている。
 其々の方々の、
 思い思いの面白いアイディアや意見を沢山聞くことができる。

 例えば、
 現在謹慎中の大相撲は部屋別で被災地に行って、
 “ちゃんこ鍋”を振舞えばよいとの意見。
 確かに異次元空間の力士達の振舞は、
 多くの被災者の方々の心に“和み”をあたえるだろう。

 それよりも個人的にお願いしたいのは、
 横綱:白鵬関の土俵入り。
 以前にも文字にしたが、
 横綱とは、
 許された力士だけが“腰に締める綱”の名称であるが、
 横綱とは御幣(ごへい)の下がった注連縄(しめなわ)であり、
 
横綱だけに許された土俵入りの意味は、
 拍手(かしわで)を打ち四股を踏むことで、
 神を鎮め地面の下の悪霊を封じ込め、
 五穀豊穣(ごこくほうじょう)を願う。

 であるなら、
 被災地区各地での“土俵入りの意義”は大きく、
 東北の大きな市町村には幾多の土俵があるはずで、
 現実的に土俵入りが行われれば大きな希望となるだろう。

 懸念される“ご高齢の天皇陛下”の被災地訪問に代わって、
 横綱が被災地を訪れてくれれば相撲への印象も大きく変わる。

 また面白い意見として、
 被災者を避難所に住所登録することによって、
 宅配便のスピード・アップを図るとの意見は、
 物資提供者が各県の自治体の指定場所に物資を持っていくのではなく、
 住所登録された避難所に向けて提供者が直送する手段にも応用できる。
 さらに、
 通信事情がある程度改善し必要と不必要の有無をネット上で閲覧可能になれば、
 逸早く個人の判断で必要な物資を避難所に宅配便で送ることができる。 
 
 人が寄ればアイディアは尽きる事がない。

 今回の大災害では
 地方自治体の柔軟で懸命な姿勢に敬意を表するが、
 自治体判断だけでなく“庶民の知恵”も活用したい。

 今日はそんなことを文字にした。


 PS
 mimi-fuku通信の読者の皆様へ。
 既に紹介済みの番組もありますが、
 下記番組は従来の読者の皆様にお薦めできる番組です。
 時間許せば是非ご覧ください。

 ~以下NHKホームページより記事転載。

 *衛星映画劇場
 
ザ・ローリング・ストーンズ:シャイン・ア・ライト
  ~NHK-BS2:2011年3月27日(日) 午後1時~3時3分       

 2006年秋。
 ニューヨークのビーコン・シアターにおいて18台のカメラを駆使して撮影された、
 ザ・ローリング・ストーンズのライブ・ドキュメンタリー。
 監督は自身の作品でもストーンズの曲を多数使用し、
 「ラスト・ワルツ」など音楽映画も手がけている巨匠マーティン・スコセッシ。
 演奏曲やステージ・デザインに関するスコセッシとミック・ジャガーの意見のせめぎ合いや、
 メンバーのインタビューなども見どころ。

 <作品情報> 

 (原題:SHINE A LIGHT)
 〔製作〕ビクトリア・ピアマン、マイケル・コール、ゼイン・ワイナー、スティーブ・ビング
 〔監督〕マーティン・スコセッシ
 〔撮影〕ロバート・リチャードソン
 〔出演〕ザ・ローリング・ストーンズ


 
*つかこうへい:よみがえる伝説の舞台
 
~NHK-BS2:2011年 3月26日(土)午後11:00~翌午前0:30
 ~NHK-BS2:2011年 3月27日(日)午後 3:30~午後5:00(再放送)

  日本を代表する劇作家/演出家として活躍した“つかこうへい”。
 70時間におよぶ未公開映像からつかが全力投球をした、
 韓国公演(1999年)の舞台をよみがえらせる。

 【出演】
 つかこうへい,小西真奈美,平田オリザ,
 ソン・ビョンホ,キム・ビョンチュン,チョン・ヒョナ
 
 【語り】草剛


 *八百万の神がすむ山河:村治佳織・白洲正子祈りの道を往く
 ~NHK-BS2:2011年 3月29日(火)午後8:00~午後9:30

 白洲正子が日本人の誇りとつづった「神と仏を共存させる祈りの心」。
 宗教対立の歴史を持つスペインで演奏活動を続けるクラシック・ギタリスト、
 村治佳織が日本独特の神仏習合を感得した正子の巡礼の道をたどる。
 神が十一面観音に化身した伝説が伝わる白山や、
 正子が絶賛した山水図屏風が残る寺、
 山伏が祈りをささげた吉野の荒々しい神々と向き合う。
 深い感動を覚えた村治は、
 那智の滝や霊山の巨樹の前でギターの名曲を演奏する。

 【リポーター】村治佳織
 【語り】倉野章子、今井朋彦

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東日本大震災(巨大地震)から2週間:現場で働く戦士達の休息。

2011-03-25 22:25:00 | 地震・津波・震災

 2011年3月25日。
 東日本の太平洋沖を襲った巨大地震から2週間。
 想像を絶する甚大な被害を確認し、
 自然の猛威を感じない者はいない。

 さらに人間が創り出した怪物が、
 巨大な津波により目を覚まし、
 人々を恐怖のどん底に突き落とす。

 庶民が感じる2週間のできごとは、
 戦後生まれの者にとっては初めて体験する恐怖であり、
 自然や科学物質との戦いの終息点は未だに見えないばかりか、
 被害の実像すら浮かび上がってこない現実には只唖然とするばかりだ。

 特に人的被害は死者・行方不明者の合計が27000人を超え、
 最終的な死者・行方不明者は4~5万人を超えるとの示唆もあり、
 沿岸部地域を総ざらえした大津波の恐怖を、
 言葉に置き換える術を私は知らない。

 震災直後から被災地では、
 自衛隊の方々を中心に、
 地域の防災関係者、行政職員の方々、
 さらに、
 電気・ガス・水道・通信等のインフラ整備の復興には
 多くの人々が昼夜問わず働き尽くめに働いている。

 また、
 福島第一原子力発電所では、
 自らの危険も顧みず、
 制御不能になった怪物をコントロールするため、
 連日連夜必至の作業が行われている。

 私は東日本大震災(巨大地震)が起きた当日から、
 自身の“防災思考のベース”となっている、
 
 *阪神・淡路大震災から16年(地震と防災の考察)
 本文http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/d/20110117

 を何度も読み返しながら日々文字を綴っている。
 文中に下記の文字を見つけた。

 災害直後の活動として、
 生命の救出が最大の課題であることに疑いを持たない。
 次に公的な生活生命線(ライフ・ライン)の確保。
 そ して災害地域の社会生活の回復。
 ただ、
 こうした過酷な活動ができる体力の維持は、
 食料摂取と安息であることも真実だ。 

 生命救出活動の速度維持とは矛盾するが 、
 安息を無視し救助活動を続けることが、
 正しいとは決して思えない。
 
 事実として、
 石川県では能登沖地震の際に、
 地域防災関係者の方が、
 過酷な作業から逃 れたいがために、
 自らを傷つける狂言事件をおこしている。

 指揮する方々は、
 作業されている方々に、
 
無理をさせてはいないだろうか?
 先ず、
 過酷なオーバーワークにならぬような健康管理と、
 劣悪な環境の中で行われる地道な作業の繰り返しは、
 精神的なケアも必要となるだろう。

 手元のにある昭和三陸沖地震での被災者の状態(写真)を、
 現状にリンクさせながら、
 戦場よりも酷い惨劇の中での労働が脳裏を過ぎる。

 3月19日夜:東京ハイパーレスキュー隊の3人の隊長の会見、
 「隊員の安全を確保し連続して大量の水をプールに放水するミッションを達成できた。」
 「放射能という見えない敵と戦う恐怖心を克服した隊員に敬服の念を抱いている。」
 「隊員は士気が高く一生懸命だった。」
 「
残された家族におわびとお礼を申し上げる。」 
 との言葉に感動しなかった者はいないだろう。

 隊員への配慮なしに信頼関係を築くことはできず、
 隊員の命を守る事が上に立つ者(隊長)としてのミッション。

 どこかの国の指導者が言った、
 「お国のために死んで来い」
 とのニュアンスの言葉が話題になったが、
 育まれた能力の持続(=安全の確保)こそが
 国家にとっての命題(財産の保持)である事に、
 私は疑いを持たない。

 被災者のためにと1日無理をする事で、
 3日間休まねばならない疲労困憊よりも、
 しっかり休んで、
 健康な中で日々の任務を全うする。

 巨大地震から2週間が過ぎた。
 戦士達の休息は、
 確保されているのだろうか?

 そのことが心配だ。

 そして、
 現場で懸命に作業されている皆様へ。
 国民はあなた方の活躍に感動し、
 心から感謝しています。

 どうかご無事で。

 mimi-fuku通信

 

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