クラシック・ロイヤルシート
ストラヴィンスキー:『火の鳥』『春の祭典』『結婚』
~ サンクトペテルブルク白夜祭2008 ~
放送局:NHK-BS2
放送日:2009年12月28日(月)
放送時間 :午前1時~午前2時57分(放送終了)
<mimifukuから、一言>
今年の春(2009年3月7日)にBShiで放送された番組の再放送。
サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場:白夜祭2008の注目は、
伝説のバレエ・ダンサー:ヴァーツラフ・ニジンスキー 振り付けによる、
バレエ『春の祭典』の再現。
バレエ音楽『春の祭典』と言えばクラシック・ファンにとって、
初演(1913年5月29日)で生じた騒動を知らぬものは少ないだろう。
手持ちのディスク(ブーレーズ:クリーブランド管/91年盤)の解説を要約すると、
“パリ・シャンゼリゼ劇場での初演は劇場史上最大級の騒動と言われ、
オーケストラ序奏部(高音部で奏でられるファゴットの序奏)から会場はざわめき、
幕があがると同時に奇妙な振り付けに対し観客の憤慨は喧騒に変わり、
聴衆からの抗議と抗議に対する抗議が交錯し喧騒が渦巻いた”
とされている。
多くのクラシック・ファンにとって音楽としての『春の祭典』の特異性が、
“当時の観客達の耳に鮮烈な衝撃を与え受け入れられなかったのだろう”
と考えてきたし音楽評論でもバレエについての論及は少なかったように思う。
しかし、
白夜祭2008で再現されたニジンスキーによる振り付けは、
クラシック・ファンの固定観念を覆すものになるかも知れない。
ヴァーツラフ・ニジンスキーの年表(石福恒雄著:ニジンスキー)を調べると、
1890年2月28日:キエフで生まれる。
1908年:マリインスキー劇場に入団。
1909年5月:パリ・シャトレ劇場に出演。
1910年:パリ・オペラ座に出演。
1911年:マリインスキー劇場を退団。
同 :ディアギレフ主催のロシアバレエ団を創設。
1912年:「牧神の午後」を初演。
1913年:「春の祭典」を初演。
同年9月:ロモラ・プルスカと結婚。
1914年8月:戦争の人質としてブタペストに軟禁。
~以下略。
特にパリ時代のニジンスキーが出演する公演は各地で評判を呼び
「空を飛んでいる」と評される跳躍力は他の追随を許さず人々は歓喜した。
その彼が、
1912年に「牧神の午後」(ドビッシー作曲)で主役を演じた時、
露骨な性描写を感じさせる振り付けを行い観客の拒絶をかう。
そのためか1913年に初演された『春の祭典』では、
自らは出演するのではなく振付師として参加。
~自らが舞台に立って演じたとの記述も見られる。
観劇史上(音楽史上)最も有名な騒動を巻き起こすことになる。
3月7日に放送された、
ニジンスキーの振り付けによる『春の祭典』の再現を見るとき、
バレエの概念を覆す舞踏(創作ダンス)に驚きを覚えた。
現代社会ではあらゆる舞踏(ダンス)表現が乱立しているため、
映像を観ても当時の演出に驚きを覚えない人もいるだろうが、
そこに演じられる原始的で単純な舞踏(跳躍や足踏み)と、
伝統的なバレエを比較することの困難を感じることだろう。
バレエの古典としての、
『白鳥の湖』の優雅な踊りをイメージして、
『火の鳥』の演出を見ても違和感を覚えないが、
白夜祭2008で放送される、
フォーキンによる『火の鳥』を観た直後に、
ニジンスキーによる『春の祭典』を見るとき、
当時の観客の混乱ぶりが目に浮かぶようだ。
~『火の鳥』の演出は天才振付師:ミハイル・フォーキン。
『結婚』の演出はニジンスキーの実妹:ブロニスラワ・ニジンスカ。
3曲共に初演時の振り付けの再現と思われる
石福恒雄著『ニジンスキー』の中で、
“レィビンソンの言葉を借りれば<リズムそのものの現実化>であり、
1.おどりを<身体>の芸術に引き戻したこと。
2.舞台空間を精神の空間から<身体>の空間としたこと。
私はニジンスキーの振付けた『春の祭典』を観る時、
一枚の絵を思い出した
マティス:『ダンス(第1作)』(1909年作品:ニューヨーク近代美術館所蔵)である。
~2001年10月→2002年1月に上野の森美術館で展観された。
1905年にフォービスム(野獣派)が幕明けしたとされる4年後の大作。
すべてが簡略化されデザインのように描かれたマティスの『ダンス』は、
フォービズム運動の持つ明快な色彩や荒々しいタッチとは一線を隔するものの、
見る者に大きな衝撃を与えた。
~『ダンス(第2作)』はサンクトペテルブルグ:エルミタージュ美術館が所蔵。
『ダンスⅠ』と比較し完成度が高くマティスの代表作として名高い。
『ダンスⅡ』と『音楽』はロシア人セルゲイ・イワノビッチ・シチューキンの注文品。
また蛇足として、
1907年に幕が開いたとされるキュビスム(出発点はセザンヌとされる)は、
ピカソが描いた『アビニヨンの娘たち』(ニューヨーク近代美術館所蔵)とされ、
シューンベルクやベルクが進展させた新しい音階に影響を与えたと考えられる。
20世紀に入り間もない時代。
世界は急速に変わろうとしていた。
19世紀後半にヨーロッパで行われた万国博覧会は、
世界の知・文化・産業を一箇所に集めることで、
芸術家の観念を改革したとも考えられる。
いずれにせよ世界が身近になった20世紀初頭の時代は、
通信の急激な発達を経験する21世紀初頭にも通ずる。
~特にエッフェル塔が建設されたパリでの万国博覧会(1889年)は注目。
さらに万博で日本が世界の工業国(工芸王国)としての地位を確立。
芸術の発展は、
すべての時代の中において
“最先端の様式に刺激”され、
各々が社会様式の変化に気付くことで、
自己表現の場としての自らに変化を求め、
時に大衆に拒否感をも植えつける。
それは時代の中での思想観にも通ずることで、
1914年に起きる第一次世界大戦前夜の人々の緊張は、
絵画や音楽表現に慰めを求めていたのかも知れない。
在り来たりの芸術様式に安心を覚える反面、
見た事もないような非現実世界(異時空間)を体験するために、
富裕層は日々観劇に酔いしれていたのかも知れない。
さらに提供する側も、
過激な変化を模索したと考えるのは道理だろう。
しかし、
ニジンスキーが表現した現実は…。
番組をお楽しみください。
と同時に、
クラシック・ファンが呪縛のように信じている、
『春の祭典』に対するイメージの見直し。
多くの方々にとって興味深い番組だと思います。
<ブログ内:関連記事>
*ブーレーズ&ウィーン・フィルの『火の鳥』全曲。
→ http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/adcec5f6880405d0c76a0fbb796b58e9
*ゲルギエフ『春の祭典』:演奏会番組の感想。
→ http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/ca7a42b7bcecadccead7ad4f1ad2b9fd
~下記、NHKホーム・ページより記事転載。
サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場の白夜祭から、
創設者ゲルギエフの指揮でストラヴィンスキーのバレエ作品を放送する。
白夜祭の最新の共同制作は2006年の「白鳥の湖」(制作主体:BBC)。
世界中を駆け回り八面六臂の活躍を続けるゲルギエフが
ホームグラウンドで行う音楽祭で自ら創設した白夜祭であり、
また「白鳥の湖」はマリインスキー劇場での初演がきっかけとなって,
バレエの代名詞ともいえる知名度を獲得した作品。
今回の演目は,
ストラヴィンスキーのバレエ「火の鳥」「結婚」そして「春の祭典」。
ゲルギエフはストラヴィンスキーのバレエ音楽を非常に得意としていて、
オーケストラコンサートで「春の祭典」や「火の鳥」をさかんに取り上げ、
独自の解釈による圧倒的な演奏で聴衆を熱狂させている。
今回収録するのはオーケストラコンサートではなく、
ニジンスキーらの振り付けによるバレエの舞台で、
ストラヴィンスキーの新しいスタンダードを予感させる公演である。
<曲目リスト>
「火の鳥」( ストラヴィンスキー作曲 )
台本 / 振付 : ミハイル・フォーキン
改訂振付 : イザベル・フォーキン
〃 : アンドリス・リエパ
美術 : アレクサンドル・ゴロヴィン
〃 : レオン・バクスト
〃 : ミハイル・フォーキン
「春の祭典」( ストラヴィンスキー作曲 )
台本 : イーゴリ・ストラヴィンスキー
〃 : ニコライ・レーリヒ
美術 : ニコライ・レーリヒ
原振付 : ワツラフ・ニジンスキー
振付復元 : ミリセント・ホドソン
「結婚」( ストラヴィンスキー作曲 )
台本 : イーゴリ・ストラヴィンスキー
美術 : ナターリャ・ゴンチャロワ
振付 : ブロニスラワ・ニジンスカ
バレエ : マリインスキー劇場バレエ団
管弦楽 : マリインスキー劇場管弦楽団
指 揮 : ワレリー・ゲルギエフ
~収録:2008年6月/サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場~