外国で一時的個人的無目的に暮らすということは

猫と酒とアルジャジーラな日々

2012年5月韓国への旅(1)前書き~韓国人とダマスカスとパレスチナについて~

2021-11-19 19:59:26 | 韓国

 

 

唐突だが、今回からは韓国旅行記ということで、2012年5月下旬に韓国に行った時の写真を数回に分けて載せる。

 

 

1週間足らずの短い旅で、訪れたのはソウルと仁川(インチョン)だけだったし、なにしろもう10年近く前のことなので、例によって記憶の奥の地層に埋もれていて、あまり思い出せないのだが・・・

 

 

とりあえず、少しは思い出す努力をしてみよう。ほりほり(埋もれた記憶を掘り出す音)

 

 

はぁはぁ・・・(気力がない)

 

 

そういえば(ちょっと思い出した)、あの時の旅の目的は、韓国人の友達に会うことだった。ダマスカスで仲良くしていた女の子たちと、パレスチナで知り合った女の子たち。それぞれ2人ずつだ。

 

 

アラビア語を勉強するためにアラブ諸国に留学する韓国人は案外多く、シリアでもエジプトでも、語学学校で韓国人の留学生たちと一緒になった。特にダマスカスで知り合った韓国人の女の子のグループとは、日本人の留学仲間に混じってかなり親しく付き合い、しょっちゅう一緒に遊んでいた。この韓国人の子たちは私より一回り若かったが(日本人の友達も大半がそうだった)、あまり年を気にせず楽しく過ごすことが出来た。あの頃(2008~2010年頃)のダマスカスはそういう場所だった。年齢や出身国の別なく外国人が集まって、若いシリア人の学生たちと共に毎晩誰かの下宿でパーティーをし、夜遅くまで騒いでいた。今思うと、皆が地面から少し浮き上がってふわふわと空中を漂い、その瞬間だけを生きているような、そんな刹那的な輝きを放つ日々だった。

 

 

ダマスカス旧市街の風景(ウィキより拝借)

 

 

 

パレスチナで知り合った方の韓国人の女の子2人組は、ダマスカス組よりやや年上の社会人で、パレスチナ支援のための団体を運営しており、毎年のように西岸地区に一定期間滞在して、様々な活動をしていた(彼女たちはこの記事の最後の方に登場する)。この2人を初めて見かけたのは、西岸地区のビリン村でのデモの最中だった。ビリン村では、イスラエルが近隣に入植地を建設してフェンスで囲んだせいで、村人が農地に行けなくなったり、水資源を取られたりしていることへの抗議として、金曜礼拝の後に毎週抗議デモが行われているのだが、私がそれに参加した時(ビビりだから一番後ろの方でビクビクしながら見てただけ)、彼女たちが遅れて登場したのだ。イスラエル兵が発射した催涙ガス弾の煙がもうもう立ち上る中で、2人が両手に荷物を抱えて平然とスタスタ歩いてくる姿が印象的だった。

 

 

その後私たちはISM(パレスチナ国際連帯運動「the International Solidarity Movement」の略)のトレーニングに参加した時に知り合って仲良くなり、一緒にラーマッラーを散策したり、オリーブ摘みの活動などについて情報交換し合う仲になった(私はキツイだの朝起きるのしんどいだの愚痴を言っていただけだが)。私が住んでいた東エルサレムのアパートに泊まりに来てくれたこともある。

 

 

ラーマッラー中心部(これもネットから拝借した写真)

 

 

当時のビリン村でのデモ等について書いた過去記事

https://blog.goo.ne.jp/mendokusainoyo/e/e2ed3eca19f40d7ec8c08be452e3c2f2

 

https://blog.goo.ne.jp/mendokusainoyo/e/7114ab7c5937525b53c67fc3c59cf85a

 

 

ダマスカスでもカイロでもパレスチナでも、韓国人の子たちとはすぐに仲良くなれた。中国人も同様だ。同じ東アジアから来ているという仲間意識があるし、アラブ人や欧米人と違って外見や文化・生活習慣が似通っているので、何も言わなくても表情で相手の気持ちが察しあえたりするのだ。私には日本人としてのアイデンティティは希薄だが、アジア人(そして関西人)としてのアイデンティティは間違いなくある。

 

そういう訳で、年下の韓国人の友達は何人かいるのだが、どの子もびっくりするぐらい純粋で、愛情表現がストレートだった。ダマスカスでデンマーク人の留学生の女の子が、「韓国人の子たちは最高よね~」と言っていたが、私も同感だった。中東に留学してアラビア語を勉強する学生が標準的な韓国人だとは考えにくいが、とにかく彼女たちはいい子ばかりで、一緒にいると自分の心の汚れがザブザブと洗われるような心地がしたものだ。

 

彼女たちとは、お互いに中東を離れてからもフェイスブックを通じて時折メッセージのやり取りをしていたのだが、ことあるごとに「I MISS YOU」と書いてくるので、ここはひとつ会いに行ってみようかと考えるようになった。それが韓国訪問の理由である。韓国は近くて旅費も安いし、一度も行ったことがなかったから、多少興味もあった。

 

まず最初にソウルに行って、1人でホステルに泊まってその辺をウロウロし、その後日本から到着したダマスカス留学仲間の女友達と合流して、一緒に韓国人の子たちと会い、あちこち案内してもらった。ささやかな同窓会のようなものだ。彼女たちと一緒にいると、かつてのダマスカスの刹那的な雰囲気が戻って来たかのように感じられ、妙に陽気な気分になった。日本人の友達が用事で帰国した後は、パレスチナ関係の女の子たちと会い、最後はそのうちの1人の家に泊めてもらって、仁川を観光してから帰国した。

 

 

思い出すままに書いていたら、やたらに長くなったので、本編に入るのは次回にする。初めに書いたように、もうあまり覚えてないし、しょぼい写真しかないので、サクサクと終わらせるつもりだが、どうなるか・・・

 

 

期待せずにお待ちくださいね~

 

 

 

(おまけの動画)

「ダマスカスが恋しい」という題名の歌(アラビア語)

 

 

おそらくシリアで紛争が始まってから他国に避難せざるを得なかった人が、ダマスカスで過ごした日々への郷愁と胸の痛みを歌った作品。この歌を聴くと泣きそうになる・・・

 

 

 

(おまけの猫写真)

 

 

モデル代を期待している気配が・・・

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
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