私は初老男である。
なんだかめんどくせー。
大晦日の夜、
「ダウンタウンの絶対笑ってはいけないシリーズ」
を初めて見た。
ダウンタウンという芸人は、わたしの波長と合わない。
しかし、松本という人の物の見方は嫌いではない。
浜田という人の、自然さも不快感を抱くほどではない。
すでに大御所となりつつある芸人だろう。
年齢も私と幾つも違わない。
そのことが逆に親近感を沸かせない理由かもしれない。
番組自体は面白かった。
ただ、芸人なかまや後輩内の「楽屋落ち」を見せられている感じが、後輩をいじめている感じがどうにも馴染めない。
同じことがとんねるずにも言える。
だから、どうにも進んで彼らの番組を見る気が無かった。
笑ってはいけないアメリカンポリスは、海外でも問題になっている。
映画ビバリーヒルズ・コップのエディ・マーフィーに浜田が扮するのに「黒塗り」にしたことが「人種差別」だといわれ、ベッキーの「タイキック」で笑うのが間違いだといわれている。
終了が決まっている「みなさんのおかげでした」の年末の回で「細かすぎて伝わらないモノマネ」の中でも「コンプライアンスに引っかかってしまう~」モノマネが幾つか出てきていたが・・・。
そうした物を見てきた私等の世代は、自分らの中での「笑い」がこんなめんどくせーことになるとは思っていなかっただろう。
なんとなく「いじめっ子達の作ったお笑い」の感覚が好きではないけれど、たかだか日本のお笑い番組でのシーンを世界中で寄って集って批判するのには辟易してしまう。
ガラパゴス化しやすい日本という国が、こうしたことを理解して笑いを作ることはまだまだ先の事だろう。
今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、グローバルになるってことは、めんどくせーことだって気づきますように。
May
「いじめっ子」の匂いがするお笑いは好きじゃないが「グローバル」って御旗で口に出さなければ差別が無いと言い張るのはもっと好みじゃないね。