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最低生活保障(ベーシック・インカム)

2009年09月16日 | ハ行
 シャンパンの形をしたクラッカーが鳴り、テープが舞う。(2009年)08月末、兵庫県尼崎市内の選挙事務所で、新党日本の田中康夫代表は小選挙区での当選をにぎやかに祝った。

 新党日本は、今回の総選挙のマニフェストで唯一、「すべての個人に最低生活保障=ベーシック・インカム(以下BIと略)を支給する」政策を明確に掲げた政党だ。

 田中代表は「日本『改国』宣言」を発表した08月上旬の記者会見で、「BIはミルトン・フリードマンのような自由経済学者も、アントニオ・ネグリのような逆の(左翼的な)学者も、まさにジャズとクラシックのような(対照的な)左石の学者が」支持する政策であると説明した。

 国民全員に無条件に「ベーシック(基本的な)」「インカム(収入)」を与えるBI─「働かない人間になぜカネを?」「そんな財源はどこにあるの」と基本的な疑問が起こるのは当然だろう。

 月8万円を国民全員に支給するというBIの試算を手がけた京都府立大の小沢修司教授は「都会の非正規雇用の現状を見ても、働いたその収入で生活できるという資本主義の前提はすでに壊れ、安定した雇用がいつ不安定になるかわからない。そんな時代に社会保障制度の機能不全を解決する根本的な発想の転換策なのです」と説明する。

 「全員に一定の金額を給付する」という荒唐無稽(こうとうむけい)な策が現実味を帯びるのは、BIを導入すると、配偶者控除や扶養控除などの現行の各種の所得控除が不要となり、年金、児童手当、生活保護など社会保障の現金給付部分が全部、現金給付のBIに一括されるからだ。これで膨大な行政コストも不要になる。

 2007年に翻訳出版された『ベーシック・インカム』(現代書館)の著者ベルナーは欧州のドラッグストア・チェーンのオーナー。経営者側から見ても、BI導入で「ある程度のセーフティーネットが確保されるから」(堀江貴文氏)、市場の需給で雇用調整を行い、賃金を下げやすくなるとの予測もある。その意味で社会主義的な政策とは言いがたい。

 BIは1980年代以降、欧州などで具体的な政策として実現可能性を検討されてきた。日本でも2004年の参議院本会議で最初にこの言葉を用いて民主党議員が当時の小泉首相に質問した。

 総選挙では新党日本のほかにも、各党の政策に同じような発想がうかがえた。

 「民主党の月2万6000円の子ども手当は『所得制限なしに無条件に全員』という点で子ども版BIだし、基礎的年金を一定年齢以上に全額税方式で支給する実は高齢者版のBI。全員支給の発想は、限定された形ではすでに採用されている」(小沢教授)。

 「基本的な発想がほとんど同じ」(同教授)という政策に「負の所得税」がある。例えば、300万円を基準に、それ以上の収入を得る人からは多い分だけ所得税を取り、それ以下、例えば200万円の人には、その収入不足分に対して逆に税金を給付する考え方で、米国の経済学者フリードマンの議論で有名だ。

 HPの政策集「堂々たる政治 あたたかい改革」の中で、この「負の所得税導入」を「検討する」と掲げたのが財務相の与謝野馨氏だった。

 BI的な発想は新党日本から自民党の財政通まで幅広く現実政治の視野に入っている。先の定額給付金は1回限りだが、「全員が国から現金給付を受ける」感覚を身近にしたとする指摘もある。

 人口約5400人、長野県南部に広がる美しい中川村の曽我逸郎村長は、BIが過疎に苦しむ村を救う策になり得るのではと関心を持つ。

 「グローバリゼーションに翻弄(ほんろう)され、生きるためにギリギリで働く都会の若者と、効率主義の経済優先の中で切り捨てられている農村の高齢者の問題は根が同じ」。基本的な生活保障があれば、多様な人間が多様な場所で多様な暮らしができ、生きる選択肢が広がる。都会から農村へも移住しやすくなる。「食うために田舎を離れるというギスギスした状況が緩和され、過疎の村でも手を差しのべ合うゆとりもできる」と期待する。


   所得税45%と引き換え

 財源はどこにあるのか?小沢教授は「すべての国民全員への毎月8万円の無条件給付」として試算した。

 1億2000万人に月8万円を支給するには年115兆円必要だ。財源は消費税や環境税などさまざまだが、同教授は国民が働いて生み出す「所得」への税金、所得税を財源としたい考えだ。

 対象となる所得額は250兆~260兆円。現在は基礎控除や扶養控除、配偶者控除など非課税枠が多いが、現金をまるごと支給するBIを導入すると、所得控除が不要になる。所得額全体の250兆~260兆円をまるごと課税対象にすることが可能で、115兆円の財源を得るには、「45%程度」の税率を考えればいいということになる。

 小沢教授は累進税率を止め、45%の単一比例課税にする考え。「45%の所得税などというと、『おまえ、何考えとるんや』と言われるのですが、下の計算を見てください」。

 (社会保険は残るものとして、収入の4%で計算。所得税は「収入-保険税」に45%を掛ける)

 ① 年収700万円、片働きの3人家族の場合
 700万-28万(社会保険)-302万4000円(所得税)+288万(BI)=657万6000円

 ②年収400万円のシングルの場合
 400万-16万-172万8000円+96万=307万2000円

 ①のケースでは、現行では、所得控除や配偶者控除、16ー23歳の特定扶養控除などで課税所得額は301万円だが、最終所得は609万6500円。所得税を大幅に取られても、BI収入のおかげで50万円近く収入が増える。

 逆に、シングルは300万円以上収入があると、現行より収入が減る。年収1000万円のシングルだと試算では、現行の819万円から624万円に減る。

  (朝日、2009年09月12日。中島鉄郎)