井沢満ブログ

後進に伝えたい技術論もないわけではなく、「井沢満の脚本講座」をたまに、後はのんびりよしなしごとを綴って行きます。

伊勢海老カレー

2014年12月11日 | 旅行

一昨日、昨日と伊勢海老カレーを食べに鳥羽に行って来た。

鳥羽観光ホテル。伊勢湾が窓外にパノラマで広がる高台のホテルであった。

伊勢行きに関しては皆さんからさまざまアドバイスを頂戴し

心丈夫だった。改めて感謝申し上げたい。

伊勢海老カレーだが・・・・・

まずカレーはタイ風カレーであり、パクチー他の香草が味蕾をキック、

具は鳥羽湾の新鮮な魚介が、プチプチと歯の間ではじける。

当初、伊勢海老をカレーでまぶすことに多少の疑問・・・・くどくないか?

伊勢海老の味を消さないか? という危惧を抱いていたのだが、

それは杞憂であった。

濃厚美味なタイカレーに、伊勢海老が添えてある、というのがシンプルな

説明。まぶして食べるもよし、濃厚カレーに飽きそうになったら、

海老の淡白さで舌を洗うもよし、という饗応の仕方。

まぶしても、伊勢海老の淡白さは実は強靭で、濃い南国カレーの

味にも負けず、自らの味を主張するのが想像の埒外であった。

味は想像を大きく逸れることはなかったけれど、海老がカレーとは

溶け合わず、また溶けて、海老は海老の存在感を程よく主張することは

意外だった。伊勢海老の性根は淡白なようで勁く、これは日本人とも

相共通する資質かもしれぬ、というのは大仰か。

と、私は絶賛だが、香草のきついタイカレーが不得手な人には

お薦めしない。

もし苦手でなければ、私が生涯で味わったカレーの中で第一位であったと

星5つを進呈する。私はインドでもカレーはさまざま食べてきたし、パキスタン人が

経営するカレーショップで皿洗いのバイトをしていたこともあるから(若いころの

シドニーでだった)、カレーはこれでも本場を食べている。

鳥羽の、伊勢海老カレーがそれでもピカ一であった。

しかし、フロントで伊勢海老カレーを予約しようとしたらフロントマンに

怪訝な顔をされ、「ありません」と言われて本気で焦った。

「え゛」(と、「え」に濁点をつけるニュアンスで)眉をひそめ、

「そのために、来たんです。伊勢海老カレーを食べに東京から鳥羽のこの

もんど岬まで!ランチタイムに間に合うよう、早朝5時起きで来たのです!!」

5時起きは嘘で、徹夜した流れであるに過ぎない。でも起きてはいたので

まるっきり嘘というわけでもない。

私の哀願だか勢いだかに気圧されたように、私がメールで質問した時の

写しを開いて目を通したフロントマンであったが、メールにはもちろん、

「伊勢海老カレー!!」と明記してあるのだ。

これは逃げられないとおもったのか・・・・笑

フロントマンはレストランに、電話していたが

「ございます」という返事。

その時の安堵感。嬉しさ。

いそいそと、海を広々と見はるかすレストランに陣取れば、延々と

出て来ぬカレー。カレーなど、最もてっとり早く出て来るのに、きっと

伊勢海老で手間取っているのだな、と待つことの苦手な私が延々と待つ。

待つことしばし、蓋付き白磁の容れ物に入れてカレーが運ばれてきて、

それと別に更に白米と、伊勢海老がまるごと載っている。

「カレーをおかけしますか」

給仕の黒服氏に言われ「お願いします」

・・・・・まずカレーとご飯を口に含んで悶絶。

タイカレー絶品。これだけでも、訪れる価値あり。

それに、焼いた伊勢海老の至福が添えてあると思われたし。

伊勢海老単独で食し、またカレーと併せて口に含む。

再度説明しておくが、カレーのベースは新鮮な魚介色々入りで

すでにそれだけで、深い味のカレーなのである。

至福のカレーを食し終えたら、あとはもうおまけ。

と言っては申し訳ないが・・・・タクシーで鳥羽から、伊雑宮へと

飛ばしてもらう。乗車約30分、5千円ちょっと。

伊雑宮は亡き親友と20年ほど前に訪れた場所で、それだけで

涙が噴き上げる。

訪れる人も少ない隠れ里のような神社だが私は好きである。

帰りはタクシーを待たせず、敢えて上之郷という無人駅から

電車に乗って鳥羽まで帰り、寒かったが面白かった。

ホテルは「潮路亭」という別館を備えていて、ここは和室専門で

大浴場の温泉がある。

しかし、いつも満室。私は和室より洋室を好むので構わなかったが、

趣味と建物のしつらえは圧倒的に潮路亭がよろしい。

伊雑宮詣でで冷えた体を、潮路亭の露天風呂で温めたのだが、

暮れゆく空を眺めながら浸かる湯の心地よさ。

躰は温かく、頬に吹き抜ける冷たい潮風の、悦楽。

おまけに、湯は真珠風呂。

乳白色の湯がライトを浴びて、キラキラと煌めき、手でかき混ぜると

星雲のごとく渦巻くのだ。

そして湯質のなんという、柔らかさ。

ミキモトパールの企画案らしいが、あられもなく現実的な想像を言うと

真珠を加工する際の屑真珠やら、あこう貝の中の何かやらを入れているのではないか。

半端ではない湯の乳白色と、煌めき方なのであった。

タイのフアヒンで米国系の贅沢なホテルに泊まり、その時味わった

薔薇をこれでもかと浮かべた薔薇風呂の数倍の贅沢感であった。

ちなみに、別館は知らないが洋風ホテルの方の本館の宿泊料金は

土地に比してさほど安くはない。ただし室内も廊下もバスルームも質素。

だが、鳥羽湾がパノラマで広がる窓外の景色込みなら、豪華である。

伊勢海老カレーも細かくは覚えてないが、一人前5千円弱。

別のホテルなら、倍以上する。最初はここを考えたのだが、お参りに不便そうなので

止めた。

東京のホテルでこんなもの食べたらきっと恐ろしい値段。

伊勢海老カレーとパール風呂のホテルを、朝6時半にチェックアウトして、

タクシーで伊勢市へ。朝食を頼んであったので、諦める形になり

少々心残りだった。伊勢海老カレーのあの旨さからすると、バイキング形式の

朝食は果たして・・・・と後ろ髪引かれながら、しかし伊勢神宮は

早朝にお参りしたい。

(明日に続く)

 

 


バーチャルな恋

2014年12月11日 | ドラマ

PCの音声を、女性の声でと指定した男が、その発達したPC機能がきめ細かく発信してくる

言葉に惹かれ、恋してしまう・・・・と、機械に疎いので上手に説明出来ないが、

そんなアメリカ映画(だと思う)をDVDで観た。

相手の実像は無視、恋に恋するという、恋の本質が現れた作品である。

いずれの恋も、相手を知るまでのバーチャル、幻なのだ。

パソコンの出会い系掲示板で生じる恋心も珍しくないが

むろん幻想である。

恋による美化の時期を過ぎ、相手を知る頃になってもまだ続いていれば

恋が愛へと変わり、年数を経るごとに深まって行く。

PCに対してバーチャルな恋をする、と同じ発想で、コミックの原作を書いたことがある。

それが、30年ほども前のことであったから、時代の先取り的には早かったかもしれない。

「少年マガジン」に単発として載り、読者アンケートで2位の評価を得た。

通常アンケート上位に来るのは、連載もので人気が定着している作品なので

単発で2位獲得は異例だった。

売れた本もあり、コミックの世界で順調、編集者の方々にも随分お薦め頂いたが、テレビのほうが面白くてコミックの世界からは、じき抜けた。

題材によってはコミックのほうがいいものもあるし、今なら何か書いてみたいものもあるのかもしれない。

勉強を兼ねてこのところDVDをまとめて観ているが、私はウディ・アレンがどうも

生理的にダメなようだ。

素材はどれも面白く感じるのに、見るとつまらないのだ。

最近見たのは「ブルージャスミン」という映画で、おそらくテネシー・ウィリアムズの

「欲望という名の電車」に着想を得ている。

美意識豊かだが、高すぎる誇りが嘘をつかせてしまい、やっと

男に巡り会うが、その嘘ゆえに破綻してしまい、最後は気が狂って

精神病院送りになる、と「欲望という名の電車」のほぼそのままの

話の仕組みであるが、「欲望」のヒロイン、ブランチの狂気も嘘も

美しく心を打つのに、ウディ・アレンの造形したヒロインには全く

感情移入が出来ないのは、どうしたことだろう。

作家の品位のごときものかもしれない。テネシー・ウィリアムズの作品には

「滅びの美学」があるが、ウディ・アレン版のヒロインには愚かしさしか

感じない。ブランチの嘘は誇りと彼女(と作家)の美意識に根ざして切ないが

ウディ・アレンのヒロインは単に傲慢で、見栄っ張りからつく嘘だけなのだ。

ウディ・アレン版でヒロインを演じるケイト・ブランシャットは、巧みに演じていて

世評も高いそうなのだが、後味が悪かった。

天才と目されているウディ・アレンに対して僭越だが、他の作品は

さておき、「ブルージャスミン」に関しては「欲望という名の電車」から

換骨奪胎したものの、テネシー・ウィリアムズ作品の読み違い、「詩」の高みにまで

純化、達することは出来ずに不発だった。