井沢満ブログ

後進に伝えたい技術論もないわけではなく、「井沢満の脚本講座」をたまに、後はのんびりよしなしごとを綴って行きます。

イチローさんありがとう

2019-03-22 | スポーツ

とりわけ野球ファンではないので、長嶋さんが引退した時、
多くのファンが抱いた哀惜の情を私は共有しなかったのだが、
イチローさんの存在は、単なる野球選手という域を超えて
日本の古武士という印象で、だから現役を退かれるのは
寂しい。日本人の誇りでもあった。

今後、きっと何らかの形で活躍されるのだと思いたいが、
ひとまずお疲れさまでした。ありがとうございました。

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いたずら

2019-03-21 | 日記

昨夜は、「明日の君」の監督さん、制作会社の方と会食。
サプライズで、三田佳子さんに途中から顔を
出してくださるようにお願いしていたら、
いいタイミングで現れ、お二人のびっくりした
顔を見て、いたずらを仕掛けた私としては
満足。
その後、なお華やかで楽しい酒宴となった。

このてのサプライズ仕掛けが好きで、
久保田利伸くんと会う約束のカフェに
こっそり、岩下志麻さんをお連れしたことがある。
久保田くんが「極道」の熱烈ファンなのを知って
いたので、岩下さんに同道をお願いしたのだが。
久保田くんが仰天した表情をいまだ
楽しく思い出す

三田さんが、お土産に本場佃島の佃煮を持って来てくださったので、
この間人様に頂いた自家製の沢庵を半分、三田さんにおすそ分けしようと
持って来ていたので、佃煮と沢庵を物々交換したのだった。

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反韓・嫌韓は時間の無駄と、説く人あれど

2019-03-19 | 歴史・政治

NEWS WEEk誌の日本語版に「日本よ!「反韓・嫌韓」は時間の無駄だ」というタイトルで寄稿しているのはジャーナリストの木村正人氏であるが、いささか異論があるので、記しておきたい。

 

https://www.newsweekjapan.jp/kimura/2019/03/post-53_1.php

>いったんその毒に侵されてしまうと、偏狭なナショナリズムのサイクルから永遠に抜け出せなくなる。それこそ韓国の思う壺だ

と木村氏は説くのだが、言い返すべきことを相手に言うことと偏狭な
ナショナリズムとは違う、ということをまず申し上げたい。

 

>日本人の耳にはギョッとするような響きを持つ「親日残滓」という言葉だが、韓国文化体育観光部の世論調査では韓国人の8割は「親日残滓」は清算されていないと回答している。

 

「日帝残滓」と聞いても特段、ぎょっとはしない。昔から韓国で言われ続けていて、しかし延々、精算できないでいる。

 

>慰安婦像問題に加えて、これだけ韓国側から焚き付けられれば、どんなに温厚で冷静な人でも反応しない方がおかしい。しかし日本は感情的にならず、現実的に対処した方が賢明だ。

感情的になってはいない。着せられた濡れ衣は晴らさねばならぬ、それだけのことである。感情的になっているのはごく一部のネット民だけであり、政府は「冷静過ぎて」、とっくにやらねばならない制裁を、まだ足踏みして実行出来ないでいる。

 

>英国の欧州連合(EU)離脱の取材でも、旧植民地と旧宗主国の関係はいずこも一筋縄ではいかないことを実感させられる。

ちょっと待て。西欧の植民地支配と日韓併合を同列に置くのは、史実に正確ではない。
西欧の植民地は搾取と、現地民の家畜の如き使役によってなっていたが、日本は日韓併合時代にそのようなことをなしたか? ありようは日本から持ち出しての支援であったろうに。
李氏朝鮮時代の因習から韓国人を救い出し、開放してやったのが日本である。
植民地支配とやらなら、現地の民から教育を奪うのが常道だが日本は学校を建設、教育に力を入れて、韓国人の識字率を一気に高めた。

 

西欧の植民地支配で、時刻の軍隊に現地人を高官に取り立てた例があるか?
非植民地の国民を高官つぃて採用、支配者であるはずの兵隊たちの上に立ち、
指揮していた例など、西欧のどこにある?
このどこが「植民地」なのか。

 

>日本が韓国を支配したのは1910年から35年間。日本がお手本とした英国がアイルランドを支配するようになったのは12世紀以降。1801年に併合されたが、その後のジャガイモ飢饉でアイルランド人は80万~150万人が死亡、150万~200万人が移住した。

 

日本は飢えさせたこともない。農業を教え痩せこけた土地を肥沃にしてあげお蔭で健康政策と相まって韓国人の平均寿命は大幅に伸びた。食料の充実と相まって病院の建設や、建国知識の流布にもよる。

>歴史問題の解決には長い時間がかかる

まともに向き合わねば、長い時間がかかるどころか永遠に解決はしない。
それが日韓問題という特殊性である。

 

>日本の外交官がよく「韓国は日本が解決策を出すと、いつもゴールを動かす」とこぼしていたのを思い出した。しかし英国と日本の大きな違いは、英国は決して感情的にはならず、アイルランドを罵らないことだ。

日本も戦後73年間、韓国を罵ったことはない。耐えに耐え、許容して現在に至り、それが韓国に日本を見くびらせる結果を生んで、現在のていたらくである。

>しかも韓国と日本は電化製品、自動車、インフラ輸出で激しい競争を繰り広げている。

韓国の半導体の原料になるフッ化水素は日本の戦略的物資なので、その輸出を日本がストップしただけで韓国の生産現場は動けなくなる、という視点を木村氏はお持ちではないようだ。日本の2銀行が韓国の貿易「信用状」の保証を止めれば、韓国の貿易、とりわけ輸入が立ち行かなくなる。
かつては韓国に食われていた電化製品も、自動車も韓国の地金がさらけ出されて、日韓はその点で今、対等であろうか? 生殺与奪の権を握っているのは日本である。

 

>国防や情報でも北朝鮮の脅威にさらされてきた韓国は、憲法9条に縛られる日本を頼りにしていない。だから韓国の物言いに遠慮がなくなってきたのだ。

9条に縛られている日本など、昔から韓国は承知していてだからかさにかかって来る。遠慮のない無作法は今に始まったことではない。
竹島を盗んで行かれたのも、拉致被害者が出たのも日本に軍隊がなかったからだ。
核を持たぬことも、弱点の一つではあろう。

韓国が日本を頼りにしたことなど、今まで絶えてない。「用日」という言葉はまだ品が良すぎる。日本は脅してたかる相手なのである。しかも平然と嘘をつく。レーダー照射問題のごとき、明らかに非が韓国にあることすら、否定するどころか日本にあろうことか「謝罪をせよ」と居丈高に言って来る。さして関心もない国際社会においては、言ったもの勝ちで少なくとも「喧嘩両成敗」ふうに、「どっちもどっち」という印象を周辺にばらまく手法である。
今に始まったことではない。

 

>文政権の背後には中国が控えている。日本はまず中国や北朝鮮の圧力に負けないよう防衛力と日米同盟の強化を図る必要がある。そのためには憲法改正は避けては通れない。

これには全面同意。それに加えて日本は常に、いつでも核を保持できるように下地だけは作っておかねばならない。

北朝鮮のような極貧の、モラルもない弱小低級国がアメリカと対等に渡り合えるのは核の存在による。

 

>中国や韓国との技術開発競争に勝ち抜かなければ日本の未来はない。韓国はいずれ中国にのみ込まれるだろう。「反韓・嫌韓」は負け犬の鬱憤晴らしにはなっても、現実問題の解決策にはならない。

 

日本はこの何十年、「反韓」も「嫌韓」もなくやって来て、技術の開発に営利と努力を重ねて来た。そして今この始末である。
日本はおとなしすぎたのだ。黙って来たことこそが、外交上の負け犬となる原因だったのではないか?

>「反韓・嫌韓」の怖いところはいったん、その毒に侵されてしまうと、偏狭なナショナリズムのサイクルから永遠に抜け出せなくなることだ。これこそ韓国の思う壺なのだ。

 

偏狭なナショナリズムの国を相手するに、まともに闘わずいることこそが「韓国の思う壺」であろうに?
「永遠」という言葉を使うなら、闘わねば反日・嫌日の連鎖こ永遠に続き、日本はいわれなき侮辱を受け続ける。
それはこれから国を支える子供たちの未来に、負の遺産を押し付けることではないのか。

>「反韓・嫌韓」をやる暇があったら、日本人はもっと勉強をして研究・開発に全身全霊をささげなければならない。

私がもっとも、呆気にとられたのはこの末尾の一文である。
研究開発への飽くなき努力は当然のことであり、それは反韓・嫌韓と何ら関係ないことである。

木村氏への反駁は以上であるが、同じNEWS WEEK誌日本語バージョンに、「韓国にまともな民主主義はない」というアメリカの大勢を占める見解に異議を唱える記事あり。その記事は「文政権への警戒心には根拠がない」とも説く。

最近、NEWS WEEK誌は韓国に厳しい筆致になったと言われているが、そうか?
少なくとも上記2つの記事を読む限り、私にはそうは思えない。

韓国にまともな民主主義が根付いたことが今まであるだろうか?
北朝鮮の広報をやっている文政権を、信頼に値すると言わんばかりの
記事を載せる雑誌が? 2017年、ローソクデモで朴槿恵政権を
倒した韓国の民衆が民主化を勝ち取ったという筆致なのだが、
私はあれは韓国名物「情動」の過激な発露に過ぎないと思う。
持ち上げるとなると頂点まで持ち上げ、何かが気に障ると寄って
たかって袋叩きの国であり、民主化とは対極にある、と
私は思っている。

後で知ったのだが、上記の不可解な記事はパク・ネーサンという
韓国系弁護士が書いたものだった。とすれば現実遊離の妄論にも
得心が行く。弁護士になるほどの頭脳を持ちながら、これか。

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夜の夢こそうつつ

2019-03-18 | 日記

悪癖の一つに、寝室のテレビをつけっぱなしに寝るというがあり、
そのためについているテレビが音声で伝える情報に
夢の内容が反映されるときことが、ままある。

昨夜は、滞在中のホテルの部屋が見つからず焦燥して部屋を
探し歩くという夢を見て、これが現実ならフロントに
案内を請えばよいだけのことなのだが、夢の中の理性は
特有で、そこに発想が行かない。

そのフロント自体が迷路の中にある。
やっと探し当てたフロントで、にこやかに
親切に応対してくれた女性がいて、それが
片平なぎささんだった。片平さんとは、大昔に一度
仕事をしたことがある

夢もリアルだと、覚醒時の体験と同質であり、時に
うつつのそれよりも、夢の中の体験が強烈であることもある。
わけてもこの世を去った愛犬たちの夢がそうで、
たなごころに感じるぬくもり、息遣い、体臭まで
耳に鼻腔に知覚して、覚めた瞬間この夢覚めなかったら
よかった、と悔いに似た思いを味わうことも
しばしば。確かにそこに「実在」したという実感があり、
白日のもとしらじらと味わう現実よりも、心により深く刻印されるのだ。
うつつと夢まぼろしの境界線が曖昧になる。

となれば、思い起こされるのは人生の出来事は
全ては想念が織りなす夢ではないのか、という
メタフィジカルな命題である。

いったい、どちらが現実なのか、という問いかけは
古代中国の思索家も述べていて「莊子の夢」として
知られている。

荘子が、蝶となり百年を花上に遊んだ夢を見て目覚める。
自分が夢で蝶となったのか、蝶が夢見て今自分に
なっているのかと、形而上の疑問を述べたのが
「 荘子斉物論」であるらしい。
らしいというのは、私が未読で解説のみを知っているに
過ぎないからだが。

富士山という一見実在も、実はそれは想念が織りなす
夢ではないのか。
という問いが大乗仏教における「唯識説」への
発端かも知れない。それはすべてを生成している
のかもしれない「宇宙」とは何か、壮大な問いかけにも
通じるのではないか。

飛躍するが、「思いは実現する」というこの世の仕組みの
その「思い」はネガティブなそれであれ、
希望に満ちているものであれ、
表面意識におけるそれではなく、潜在意識と更に
その先の深層意識に到達した場合の思いである。

フロイト、ユングが近代において把握した潜在意識や
深層意識を仏教はとっくに知っていてそれが
「阿頼耶識」というものではあるまいか。
この世の実存を探るときのキーワードが
阿頼耶識なのではないのだろうか。

思えば叶う、念ずれば花開く、は深層意識領域内の
ことなのであるが、しかし表面意識でそれを
コントロールするのは難儀である。
トラウマによって正常の水位にはない
潜在意識(深層意識)は、表面意識では思ってもいない
ネガティブな歪んだ「願望」を更に強く刻印していて、
それが
思いがけない現実を引き寄せてしまうのだという
考え方。

となれば、人生を望ましいものに再編成するには
潜在/深層意識を浄化する必要があり、そこから
精神世界の技術が必要となり、修行法も
派生するのかもしれない。

表面意識で幸せな結婚を望んでいるのに、実際は
めぐりあう男のすべてが、自分を不幸にするタイプで
あるという世の中に珍しくはない例も、実現間際で
挫折してしまうパターンも実は
潜在/深層意識で自己処罰としての願望の実現ではないか、
と考える一派がいる。
幼少期の親との関係で、不幸であると自己肯定感が
持てず、孤独や不幸を自ら招き寄せてしまう・・・・。

学びが半端なので、私にとっては仮説なのであるが。
私の神秘学の著書を送ってくれた友は、一生を
その分野の追求に捧げたらしいので、今度
40年ぶりに会ったら、そのことを教えて欲しいと
思っている。

私は潜在意識と深層意識の区別もわからぬまま、あるいは
同じなのかも知らぬまま、深層意識は潜在意識の
更に奥底にあるもの、と勝手に区分けしているだけのことであり、
それも、今後追求してみたい。

大学入試では第二志望として心理学科を選んだほどで、
第一志望が合格したので、心理学を学ばずに終わったが
関心のある分野であることは、今も変わりがない。
ものを書くことを選んだのは、畢竟人の心を
探ることに興味があるからだろう。

テレビをつけっぱなしにする悪癖から、話が飛躍したが、
眠りについて表面意識が薄れ、潜在意識の領域に
なった時、音声としてテレビから刻印される情報には
注意をしたほうがいいのかもしれない。
テレビで発信される情報はネガティブなもののほうが多い。

目覚めた時接するテレビでも、朝な夕な繰り返し
伝達されるそれは潜在位意識にもいずれ到達しそうで、
理性による分別が必要なのかもしれない。思考を
望まぬ方向へ拉致されかねない。おのれ主体での
思考、感性と思い込んでいるそれも実は
マスコミや、親や学校、親しい友人たちの
思念に誘導された結果かもしれない。
人が生きる目的の一つが「自分とは何か」という
ことを知る過程だと思うが、そこに到達するまでの
道のりが人生なのではないか。仮に
目的地にたどり着かずに果てた、としても、だ。

誤変換他、その他の遺漏がもしあれば後ほど。

 

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日本政府は、韓国の「慰安婦」という嘘をいつまで許し続ける気か

2019-03-15 | 歴史・政治

韓国寄りのある女優さんがいて、韓国寄りなのは自由だが、
単に高給が条件の売春婦を韓国が言い立てるように
性奴隷と思い込んでいて、昔「徹子の部屋」で自分が
強姦されそうになった時、性奴隷の女性たちを
思い起こし、自ら犠牲になることで償おうとした
というごとき発言を聞き、辟易としたのだが、
最近の韓国の異常さにやっと目が覚めたようで
発言が、まっとうな位置に立ってのそれになったように思う。

いわく「日本人の道徳観は「善悪」が基本です。しかし韓国人は
『損得』が大切です」
また、日本政府が発する「遺憾」という言葉など韓国語に
翻訳されたら非常に軽くなるのだとも。(翻訳しなくても
軽い)

それはいいが、それまで自分の発言がいかに
日本人の名誉を傷つける方向でなされたか、
そのことへの自省が欲しいと思われる。
テレビという公器での発言だから、なにがしかの
影響力はあり、彼女が世論のミスリードへの
加担者であったことは否めない。
彼女が発言した当時、日本人の多くがそうであったように
私もまた韓国の言い分を信じ込んでいたので(恥じている)、
裁く資格はないのだが。
しかし公けに発信したことへの、けじめはつけられたい。
一国ともあろうものが、これほど平然と嘘をつく、ということを
私達はようやく、近年思い知った。そういう意味で
韓国にはもっと暴走して欲しいくらいだ。
のんきで人のいい日本人の目が更に覚めるように。

慰安婦には日本人女性も大勢いた、という事実が
慰安婦問題では全く語られない。
日本人には過去を恥じる心があるから、慰安婦の
経験者が名乗り出ない。事実を知っているから尚更語らない。

強韓国では制的に狩り出された被害者なのだから、という
建前(フィクション)だから恥もないという感性なのだろうが、
しかし、強制の事実はない。私も随分資料をあたって
調べた末での結論である。狩られた慰安婦などはいはしない。
現代の価値観に基づいての売買春への批判とごっちゃにされるので、
政府も徴用工のでっち上げには、強気だが売春婦問題には
口ごもり、そこをつけこまれる。
まず戦地をお商売の場として稼ぐ売春婦など
どの国にもいた、とはっきり指摘すべきであろう。
女性の人権問題と慰安婦問題とは別物である。
朝鮮戦争の時、韓国にはドラム缶に詰めて
「用品」扱いされた悲惨な慰安婦が大勢いた。
日本軍の慰安婦など、米国の公文書館に聞き取り調査結果が
保存されているが個室も休日も与えられ
兵隊とピクニックをしていたほどの待遇であり、
祖国にはたまげるほどの送金も出来ていた。

少数、同国人の悪質な女衒に騙されたり、親に
売り飛ばされた人たちはいるようだが、
日本はそれに対して警告を公けに発し、取り締まり検挙していた
側であり、また半島における当時の官憲はほとんどが現地の男たちである。

 

 

 

官憲でなくても、当時の朝鮮の男たちは、目の前で
13歳の女の子が、性奴隷とやらで引き立てられていくことに
抵抗もしなかったのか。嘘をつく女たちも恥知らずだが、
黙って見過ごしていたことを恥とも思わぬ男たちも
同様であろう。むろん、性奴隷狩りなど実在はしなかったのだから、
抵抗も何もない。ただ、強制慰安婦を言い立てるほど、男たちの
不甲斐なさをも世界に喧伝していることと等しいのだ、という
事実に気づけよ、と言いたい。この視点を、私達は
もっと声高に世界に発信したほうがよい。「で、朝鮮の
男たちはその時何をしていたの?」と。

強制労働者がいたというフィクションの軍艦島には朝鮮人労働者のための
慰安所(遊郭)があった。強制で連れてきた奴隷とやらに、なんで
性的サービスを日本が与えるものか。この軍艦島のユネスコ登録に
あたって、韓国の求めに応じて「労働を強いられた」forced to workという
文言を許した外務省の佐藤地ユネスコ大使と、当時の外相、岸田文雄氏は
日本国民にひざまずき懺悔せよ。このての安易な妥協で、いかに日本が
損傷されて来たかを心得ぬ、浅薄な人たちが日本国の代表として
平然と居座っている。

岸田氏は、「forced labor」と「forced to work」の違いなどと
弁明しているが世迷い言である。軍艦島の朝鮮人労働者は
いかなる意味でも強制などされていない。韓国側は、
どちらの文言を使おうと、日本が労働者を強制連行して
軍艦島で酷使したと嬉々として、捏造映画まで作ったではないか。
佐藤地氏と岸田文雄氏は、日本人とりわけこれから日本を担っていく
子供たちに顔向けできるか、恥というものを知りなさい。
いまだ国の上部にべんべんと居座っていらっしゃるが。
現在岸田文雄氏は自由民主党政調会長、佐藤地氏はハンガリー大使である。
このような人物たちの存在が日本の「ゆるさ」の表象であり、それゆえ
韓国になめられ続ける。そしてご本人たちは、祖国を守る立場で
ありながら損傷する側に立ったことへの自覚もない。

捏造慰安婦に関しては、女たちには解らない男の性衝動の強烈さも併せて
率直に語らないと、必要悪としての戦地における
売買春のことは伝わらない。

現在の慰安婦問題における空転ぶりを見ていると、まるで
便所のない家を語っているようなものである。人間である以上、
きれいごとでは済まないのだ。とりわけ明日の命があるかないかという
極限状況で男たちには女が、要る。

慰安所に行ったことがないという、小野田 寛郎さんのような
高潔な男は少数派である。その小野田さんも、無理やり連れてこられた
女郎などいなかった、と証言を残している。

某集まりで小野田さんをお見かけした。短い言葉なりと
交わさなかったことが悔やまれる。91歳のご長命だったようだが、
帝国軍人の毅然と厳しい表情を保っていた方だった。
話しかけるのを憚ったのは、なまなかの人を寄せ付けない
厳しさを感じたせいもある。
今更ながらご冥福を祈りたい。

末尾に、世界のあちこちに建立している慰安婦像なるものは、あれは
慰安婦像ではなく、「米軍装甲車女子中学生轢死事件」の
被害者の1人である。

議政府市の駐韓米軍基地に帰ろうとしていた米軍の装甲車が、
公道で女、死角にいた女子中学生2名を轢いて死に至らしめた事故である。

 

被害者の二人の少女のための椅子が二つあるのに、一つ空いているのは
製作途中で資金が尽きたからだと伝えられている。
いずれにしても、慰安婦の像などではなく当時の韓国における
反米運動の象徴なのである。
それが、日本貶めの像として転用されただけのことである。

 

 

この反米デモに使われた画像が、一転して慰安婦像になった。
安易な使い回しである。その使い回しを恥じる精神は韓国にはない。

 

 

画像は「WiLL」17年10月号より。

 

被害者像の顔も髪型も、米軍による犠牲者の少女と酷似しているのに
韓国は平然とそういう嘘をつく。俗に「息を吐くように」嘘をつく
と言われている。

また徴用工の写真として韓国の教科書に載せられているのは、
あれは日本人炭鉱労働者のものである。

何度も指摘さればれているのに、なお教科書に載せ続ける。それが
韓国という国である。
エセ被害者としての自らの正当化がなされ、日本を悪者にして叩けるなら
何でもいいのである。

そしてそれらに対して病的なほどに鈍感な岸田氏、佐藤氏に象徴される
国にいるトップの人達。

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