黒古一夫BLOG

文学と徒然なる日常を綴ったBLOG

「カデナ」(池澤夏樹著)を読む

2009-12-05 09:17:02 | 文学
 普天間基地の移転問題があれこれ論議されているからということではなく、同世代の作家として、またこれまでにも何度か論究したことのある作家として、いつも気になっていたということもあって、先の長崎行きにも持参して読み継いできたのだが、一昨日読み終わったので、「感想」をしたためておくことにした。いつか本格的に「沖縄文学」の範疇から論じるか、あるいは池澤夏樹文学の一部として論じるかは別にして、昨今徒然に目を通している現代文学の「軟弱さ」(メッセージ性の弱さ)に比して、格段に噛み応えのある(骨太の)作品になっており、いくつか中央紙にも書評が出たにもかかわらず、このような小説があまり読者から歓迎されていない文学状況に対して、どこかおかしいのではないか、という思いを強く持ったということもある。
 時は60年代末のベトナム戦争が激しさを増していた68年から69年にかけて、舞台はタイトルが示すように「沖縄」(嘉手納基地を中心とした各地)、主な登場人物はロックバンドのドラマーとその姉の大学生(及びその生成と学生たち)、嘉手納基地勤務のアメリカ人とフィリピン人のハーフである美人曹長とその恋人であるB52戦略爆撃機のパイロット、先のアジア・太平洋戦争中サイパンで家族を全て失った嘉手納在住の男とその妻、そしてベトナム人の貿易商。物語は、激しさを増す「北爆」(米軍機による北ベトナム爆撃)に対抗して、ハーフのアメリカ人女性とドラマー、ベトナム人、サイパン戦の生き残りが、危険を冒しながらB52の出撃をベトナム側に伝える「スパイ」として活動する様と、複線としてドラマーとその姉が関わる沖縄における「米軍兵士の脱走」計画(いわゆるべ平連による「ジャテック」の活動)を軸に展開する。
 物語の詳細については読んでもらうしかないが、この小説の良さは、まず現在の普天間基地問題などを含む「沖縄」の諸問題に向き合うためには、明治の「琉球処分」から始まり沖縄戦からアメリカによる沖縄占領を経て現在における「歴史」的な視点が必要なのだ、と訴えている点にある。物語は60年代末のベトナム反戦に集中しているように見えるが、あの時代から既に40年過ぎた現在においてこのような作品を発表した意味(意図)を考えれば、作者の内部で「沖縄問題」は歴史的視点抜きでは解決できない、という確固たる信念があると考えざるを得ない。
 このことは、次のこの作品が持っている根源的な「反戦(意識)」にも通底しているのではないか、と考える。これは、いま何故「ベトナム反戦」なのか、ということにも通じる。ベトナム反戦運動を象徴してきた小田実が亡くなり、「ベトナム」と言えば今やアジア観光の目玉になっている感があるのも関わらず、40年前の反戦運動を描く意図、それはおそらくイラク戦争からアフガン戦争に深く関わっている現在の日本の在り様がここには反映されている、と考えられる。僕が池澤夏樹という作家に対して、処女作の『夏の成層圏』以来「骨太」と思い続けてきたのも、彼が例え『静かな大地』のような明治初期の北海道を舞台にした作品を書こうが、常に「現在」を意識して作品を構想してきたからに他ならない。
 そして何よりも彼の作品が魅力的なのは、この『カデナ』でもいかんなく発揮されているのだが、作品内部に通奏低音のように「いかに生きるべきか」(あるいは「生きるとはどういうことか」)という問い掛けが響いていることである。今ある「生」に自足し、その在り様を描くことに専念しているように見える凡百の現代文学の中にあって、『カデナ』が光って見えるのも、近現代文学の根幹を支える先のような問いがダイレクトにぼくら読者に届くからではないか、と思う。
 このような「骨太さ」は、今僕が編集している『立松和平全小説』に示されている立松の作品、あるいは立松が今もライバル視している中上健次の作品に通底する物でもある。

 立松の名前が出たので、この場を借りてお礼を申し上げたいのは、もう少しで刊行が始まる(12月10日~)『立松和平全小説』を早々と注文してくださった方々、本当にありがとうございました。近日中に第1巻が届くと思います。
 お陰さまで前評判は上々です。これから2年半~3年という長丁場になりますが、今後ともよろしくお願いいたします。
 なお、ご購入を希望しながら未だ注文していらっしゃらない方々、お早めにお願いできれば、と思っております。

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3 コメント

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カデナ (ykom)
2010-05-15 11:33:03
4月に、遅ればせながら、「カデナ」を読み始めたところ、引き込まれて、ある週末をかけて読み終わりました。
(これまで池澤氏の著書にはどうもなじめなかったのです。)
うまく表現できませんが
素人たちの反戦運動がよく書かれていると感動しました。
吉岡忍氏にも感謝したい。

インターネットでの情報は、本の紹介などは、実は輪切りで、内容のあるコメントやブログ記事がなかなかありません。
今回もそうかと思いましたが、黒古さんのブログにたどり着きました。
以後読ませていただいております。
ykomさんへ (黒古一夫)
2010-05-16 18:53:16
 池澤夏樹氏の作品について、僕はその出発時から、それまでの日本近代文学の伝統とは異なった作風が気になり(あなたが氏の作品に馴染めなかったのは、もしかしたらそのせいかもしれません)、すべてではありませんが多くの作品を読んできました。その中でも長編の『マシアス・ギリの失脚』とか開拓時代の北海道を舞台にした『静かな大地』など、大変優れた作品だと思いました(『静かな大地』については、北海道新聞に頼まれて僕は書評しました。今その書評は、近刊の拙著『黒古一夫書評集』(勉誠出版刊)に収録してあります。興味がありましたら、どこかでお読みください。
 いずれにしろ、池澤夏樹という作家は現代文学の中で注目し続ける価値のある作家だと思っています。先に挙げた作品(文庫本になっているはずです)をまだお読みになっていなかったら、お読みになってご感想をお送りください。
ありがとうございます (ykom)
2010-05-16 20:33:08
「マシアス・ギリの失脚」 は新潮文庫にありますね
(この作品についてはまったく知りませんでした)
ミクロネシアを題材にする作家は珍しいのでは?
高橋和巳「邪宗門」の終わり頃に、サイパンに行った女性信者の事が書かれていたように思います。

「静かな大地」は朝日新聞連載ですね、全部ではありませんが、読んでいました。

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