黒古一夫BLOG

文学と徒然なる日常を綴ったBLOG

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何故、『村上春樹批判』を上梓したか?

2015-04-17 18:35:26 | 仕事
 昨日から今日にかけて、ますこみは村上春樹が「世界の100人」にとりあげられたとして騒いでおり、また「東京新聞」が共同通信文化部記者小山鉄郎(彼は昔から村上春樹に「オマージュ」を捧げ続けてきた新聞記者としてよく知られている)のインタビュー記事を載せていて、何だか拙著『村上春樹批判』の刊行が余りにもタイミングが良すぎるのではないか、とも思えたが、僕がどのような「意図」でこの所を上梓したか、その一端をここに記しておきたいと思う。
 以下の一文は『村上春樹批判』の「あとがき」の一部である。


 確か、「文学における党派性」に言及したのは、戦後文学者の埴谷雄高だったと記憶しているが、この頃つくづく思うのは「文学における党派制」は体験を共有する者によって形成されるものなのではないか、ということである。その意味で、一九六〇年代末から七〇年代初めにかけての「政治の季節」(学生叛乱・全共闘運動)を同じ大学生として過ごした村上春樹と私は、間違いなく暗黙の裡で「党派性」を形成する同世代の作家と批評家ということになる。
私が一九七九年に群像新人賞を受賞した『風の歌を聴け』でデビューした村上春樹に対して強い関心を持つようになったのは、その後に発表された『1973年のピンボール』(八〇年)、『羊をめぐる冒険』(八二年)――私は後に、『風の歌を聴け』を含むこの三作について「鼠三部作」と命名した――の背後に、私たちが体験した「政治の季節」が存在すると感受したからに他ならなかった。私は、「鼠三部作」に大変な親近感を覚えた。しかし、その村上春樹の文学への親近感は、彼より先に作家デビューを果たした中上健次や三田誠広、立松和平といった、どちらかと言えば西洋の「近代」を否定して「土着(反近代)」を志向していた「同世代」の作家とは異なる、これまでにない感触からもたらされたものであった。
たぶん、それは「政治の季節」の体験をどう捉えるかの違いから生じたものであった。村上春樹は、一九六〇年代後半から一九七〇年代初めにかけての学生運動体験=「政治の季節」体験について、本書に何度も出てくる『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』(九六年 岩波書店刊)の中で、次のように言っていた。

  考えてみると、六八~六九年の学生紛争、あのころからぼくにとっては個人的に、何にコミットする かということは大きな問題だったんです。あのころはっきりした政治的意思があったわけではないです が、ところが、その必ずしもはっきりしない意思をどうコミットするかという方法論になると、選択肢 はものすごく少なかったんですね。あれは悲劇だという気がするんですよ。
  結局、あのころは、ぼくらの世代にとってはコミットメントの時代だったんですよね。ところが、そ れがたたきつぶされるべくしてたたきつぶされて、それから一瞬のうちにデタッチメントに行ってしま うのですね。それはぼくだけではなくて、ぼくの世代に通ずることなのではないかという気はするんで す。

 たぶん、あの「学生運動(叛乱)=政治の季節」に対する最大公約数的な「総括」としては、村上春樹の言うとおりなのかもしれない。しかし、これは私が名付け親だと思うが、三田誠広や立松和平、桐山襲といった「全共闘小説(文学)」の書き手たちが、なぜ自ら(及び世代)の体験である学生運動の意味を凝視し問いつめることから文学的出発をなしたのか、言い換えれば何故そのような「政治の季節」体験を自らの文学における発語(表現)の「原点」としてきたのか、という問題と繋げて考えれば、村上春樹の河合隼雄との対談において、「(六八-六九年における)コミットメント」はその後「デタッチメント」へと転換したという認識は、あくまでも最大公約数的な総括に過ぎないのではないか、と思う。
 私が村上春樹の文学を「肯定」し、また「期待」し続けてきたことは、最初の『村上春樹 ザ・ロスト・ワールド』(八九年 六興出版刊)を見てもらえば、一目瞭然である。ただし、その後陸続と刊行されるようになった「村上春樹論」「村上春樹研究」の先駆けとなる初めての本格的作家論と言ってもいい本書が扱ったのは、長編第六作目の『ダンス・ダンス・ダンス』(八八年)までである。その後この著は、『国境の南、太陽の西』(九二年)論を加えて「増補版」(第三書館刊)として一九九三年五月に刊行された。しかし、私の村上春樹への関心は、村上春樹の文学が「ポスト・モダン文学」として世界的に評価されるようになるのと反比例して、徐々に薄くなっていった。
 そんな状況を一変させたのが、『アンダーグランド』(九七年)と『約束された場所で――Underground2』(九八年)の刊行である。一九九五年の一月と三月に起こった阪神淡路大震災とオウム真理教による地下鉄サリン事件は、「太平の夢」を貪っていた日本人を心底から震撼させる出来事であった。『アンダーグランド』の発表は、「デタッチメント(社会的無関心)」を装っていた村上春樹がこの二つの出来事(とりわけ、オウム真理教による一連の地下鉄サリン事件などの「無差別殺人」事件)に深い関心を寄せ、近代文学がその成立の原点としてきた「社会と人間との関係」、つまり「コミットメント」の在りようについて考えるようになったことを明らかにするものだったからである。
 私の二冊目の村上春樹論『村上春樹――「喪失」の物語から「転換」の物語へ』(二〇〇八年 勉誠出版刊)は、ノンフィクションながら、『アンダーグランド』や『約束された土地で』で示された「デタッチメント」から「コミットメント」への「転換」や、その後の「転換」が生かされなかった『海辺のカフカ』(〇二年)、「転換」に成功した『アフターダーク』(〇四年)などについて、その「迷走」ぶりに重点を置いて、訂正する必要をほとんど感じなかった最初の村上春樹論『村上春樹――ザ・ロスト・ワールド』を組み込んで刊行したものである。
 本書は、以上のような私の村上春樹文学との関係を踏まえて、村上春樹が二〇〇六年にフランツ・カフカ賞を受賞して以来、毎年のようにノーベル文学賞候補に上げられるようになって以降の「目に余る」パフォーマンスへの批判を中心に、すっかり「本卦還り」した最近の作品を同じく批判したものから成っている。
コメント (3)
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新刊『村上春樹批判』が刊行されました。

2015-04-16 15:57:13 | 仕事
 しばらくです。
 別にサボっていたわけではなく、この2月から始まった時事通信社配信の連載(全18回)「戦争文学を読む」の準備――作品の再読・原稿執筆――に思わぬ時間が取られ、加えて「部落解放文学賞」(小説部門)の選考(いずれ、紹介するつもりだが、今年から新たに作家の佐伯一麦氏が加わったせいか、質の高い作品が集まった)、さらには19日(日)から27日(月)まで山東省(中国・山東師範大学)で開かれるシンポジウム「日本近代文学と山東省」の基調講演の準備、およびついでに回る二つの大学(曲阜師範大学・山東農業大学の日本語科で行う講演の準備、そして6月から始まる連載(1回9枚―詳細についてはこれもまた後に)の準備(草稿の執筆)、などなどで、1日の大半を机の前で過ごすという毎日を送っていたのである。
 そんな毎日であったが、前にお知らせした村上春樹批判』(アーツアンドクラフツ 1800円+税)の「見本刷り」が昨日届いた。昨年11月に出した『葦の隋より中国を覗く――「反日感情」見ると聞くとは大違い』に引き続きアートアンドクラフツにお世話になったのだが、下の画像を見てもらえば分かるように、「村上春樹」の文字が金箔押しになっていて、並製だが豪華な感じがする本になっている。



 『村上春樹批判』の内容(目次)は、

 第1章:「転換」へ――果たしてそれは実現したか?
 第2章:「コミットメント」の行方――「迷走」する村上春樹
 第3章:『1Q84』批判――村上春樹はどこへ行く
 第4章:「反核スピーチ」批判――私たち日本人は、確かに核に対してノーと叫んできたが……
 第5章: 時代との接点は、どこにあるのか?
         ――『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』をめぐって
 第6章: 昔の名前で出ています――『女のいない男たち』批判
 第7章: 文学表現における「コミットメント」とは?
         ――村上春樹『1Q84』と莫言『蛙鳴』との違い


 です。
 毎年のようにノーベル文学賞候補として「フィーバー」を巻き起こす村上春樹の文学は、ハルキストたちが言うように、本当にそれだけの「内容」と「文学的価値」を持っているのか、村上のデビュー作『風の歌を聴け』(79年)からずっとその作品を読み続け、2冊(『村上春樹―ザ・ロスト・ワールド』・『村上春樹―「喪失」の物語から「転換」の物語へ』)を書いてきた批評家として、真摯に検討してきた結果が、今度の本ということになる。
 書き下ろしは、「第6章:『女のいない男たち』批判」以外になく、いままで折に触れて書いてきた「村上春樹批判」の文章を、統一された1冊にするために書き直したものである。
 来週22日(火)頃には店頭に並ぶ予定ですが、是非多くの人に読んで欲しいと思っています。 
 なお、版元(アーツアンドクラフツ)に直接注文して購入なさってくださる場合、前著と同じように、
 「1800円+税」→「1600円(税・送料込み)」になります。
 版元「アーツアンドクラフツ」の連絡先は、
  電話: 03-6272-5207
  FAX:03-6272-5208

  (FAXの方が、便利だと思います)
 どうぞよろしくお願い致します
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