黒古一夫BLOG

文学と徒然なる日常を綴ったBLOG

「怒り」と「絶望」の日々(1)――僕らはどこまで侮蔑されればいいのか?

2016-06-25 09:15:11 | 仕事
 毎度「言い訳」じみたことから始めることを心苦しく思うが、この1ヶ月余り、博士論文の外部審査員として公開審査会のために、500枚余りの博論を精読したり、いよいよ空きに刊行が決まった次著『立松和平論――書くことは生きること』(仮題)のために、1200枚を800枚に縮小したものの見直し(時間が経つと、訂正しなければならない箇所が案外出てきて、それに思いの外時間を取られることになった)を行っていたので、舛添東京都知事の辞任問題や参議院選挙のことについて、僕なりの考えを提示したいと思っていながら、その時間がなかなか取れなかった
 それに、6月というのは、家庭菜園のタマネギとジャガイモの収穫時期にもなっていて、それにも多くの時間を割かなければならなかった。「無農薬・有機農法」を心がけている手前、梅雨に入ってからの雑草の伸びは半端ではなく、2週間に1回は草刈り気を遣って1時間ほど刈り取るということもしなくてはならない。
 自分が選んだ農法であり、ぼやきたくはないのだが、若いときは何でもなかった草刈りも、1時間ほど思い草刈り気を遣っていると、手がしびれ、腰も痛くなり、作業が終わったらとりあえず2,3時間横になって休まないと、次の講堂に移れないという、何とも情けない情況である。
 と、ここまで書いてきて、「言い訳」というのは、考えればいくらでも出てくるものだ、ということに気付いた。
 まるで、アベノミクスの失敗を伊勢志摩サミットにおける「世界的な経済危機=リーマンショック級のリスク」という自分に都合のいい理由で糊塗し、消費背増税再延期を「新しい判断」に基づいて宣言する、という「三百代言」としか思えない安倍首相の態度のようだが、それにしても、参院選に向き合うこの国の人々の意識はどうなっているのか、僕には全く理解できない。
 というのも、朝日新聞や毎日新聞など新聞各紙の参院選序盤における世論調査の結果が、軒並み「改憲勢力(自公を中心に大阪維新の会など)で3分の2をうかがう情勢」となっていたからである
 僕は、このブログを書くに当たって、二つのことを自分に禁じてきた。1つは、公人(政治家など)を批判するとき、プライベートなことを材料にしない。2つめは、自分と同じ庶民(国民)の有り様については、「協同・共生」を望む上からも「侮蔑」的な批判はしない、というものである。
 しかし、1つめの「禁」はすでにフクシマを忘れたかのような安倍自公政権の「原発再稼働」や「原発輸出」に関して、それを主導する安倍首相に子供がいないからで、もし子や孫がいれば、この人類や地球の未来を閉ざす可能性が大の原発の再稼働など考えられない――核武装など、もちろん論外である――、と書いて、安倍首相のプライベートな問題にも踏み込んだ。一度は国民の信を得るために「原発ゼロを目指す」と言いながら、その言葉とは真逆な原発再稼働や原発輸出の推進、この政治指導者の「言葉の軽さ」に怒りが治まらなかったからである。
 そして今日、二つめの「禁」もどうやら破ることになった。それは、現在の日本人がバブル期に盛んに言われた「玩物喪志」(精神<こころ>よりもカネ・モノが優先される様)と同じような風潮の中に埋没しているのではないか、そしてそれは、自分たちの在り方に対して自ら「侮蔑」することなのではないのか、と思うということである

 具体的には、どんなに待っても自分たちに「蜜」はしたたり落ちてこないのに(ということは、アベノミクスは大失敗したということなのだが)、「有効求人倍率が軒並み改善された」――少子化のあおりと数年前からの団塊の世代の大量退職によって「労働人口」が減少の一途を辿っている現在、有効求人倍率が高くなるのは当たり前で、決してアベノミクスの効果ではない――、「民主党時代より税収が20兆円のびた」――円安・株高の影響で大企業からの税収が増え、また消費税を5%から8%に上げたのだから、税収が増えるのは当たり前。しかし、同時に国債の発行高も大きくなっているので、国民の借金は増え続けている――などとアベノミクスの成果を強調する安倍首相に、僕ら国民の多くが「騙され続けている」のに、相変わらずアベノミクスに期待する。
 敢えて言う。どうしてカネやモノ以外にも「幸せ」を感受する方法があるということに気付かないのだろうか。待機児童問題が改善されないのも、介護退職が減少しないのも、また有効求人倍率が増加しながら非正規労働者の数が全労働者の40%になっているのも、「子供の貧困」が問題になっているのも、みな安倍自公政権が「安保法制=戦争法案」の制定や憲法改正に熱中し、僕らの生活の現実を見ようとしないからではないか。
 何度でも言うが、僕らはもう「目覚める」べきである。特に、若者たちよ。このまま安倍自公政権的な政治が続けば、君たちの「未来」に待っているのは、「闇」である。奮起して欲しい、と思う。
 それにしても、参院選にかんする党首討論や街頭宛然における山口公明党代表の「アベノミクス評価」や「野党統一候補批判」は、自民党右派も顔負けなのではないかと思えるほど「えげつない」が、公明党はもう「平和と福祉の党」の看板を下ろし、「第二自民党」を正式に名乗ったらどうだろうか
 なお、公明党に関して、公明党が野党だった時代(僕の若い頃)、優秀な編集者に請われ、「公明新聞」など公明党関係のメディアにエッセイや書評を書いたこと、今では大変後悔していることを、ここで付記しておきたい。
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「怒り」を武器に!(20)――自公を支持する人たちへ

2016-06-04 08:49:46 | 仕事
 前回、伊勢志摩サミットを利用して安倍首相が目論んだ「消費税増税再延期」について、政治家の「言葉=公約」はこれほどまでに軽いのか、という観点から批判(異議あり)したが、国会の閉幕時に安倍首相が発表した「再延期」の理由や、昨日から始まった参議院選挙戦での演説を聴いて、改めてこの人は、本当に愚かなのではないか」という思いが募ったが、それと同時に、このような「愚か者」を党首にしている自民党、及び「権力の魔」に振り回されてこのような「愚か者」を総理大臣として未だに支持している公明党、とその自公の支持者たちに「あきれる」というより、腹の底から「怒り」を覚えざるを得なかった。
 というのも、自公の政治家及びその支持者たちは、安倍首相が「消費税増税・再延期」を決めた理由を本当に納得しているのか、と思ったからに他ならない。安倍首相は、相変わらず「実態(実情)」を無視して、「有効求人倍率の向上」や「高卒の就職率が上がった」「株価が上昇した」というようなことを理由に、多くの経済学者やエコノミストたちが「失敗」と言っている「成長」を基調とした経済政策(アベノミクス)について、「順調に伸展している」が、中国をはじめとする新興国の経済が「危機的」情況にあるので、ここで消費税を上げるのは得策ではない、と言う。
 しかし、1年半前の2014年11月に消費税増税を「延期」するとき、「この次は、いかなる経済的理由があっても、確実に増税する」と言っていたはずである。アベノミクスの「失敗」を糊塗する(隠す)ために、中国経済の減速などを挙げるのは、「責任転嫁」も甚だしい。アメリカやイギリスのマスコミ(ワシントン・ポストなど)が新興国の経済状況を持ち出すのは、アベノミクスの「失敗」を隠すためだと批判するのも、当然といえば当然である。
 例えば、安倍首相が誇らしげに繰り返し言い募っている「有効求人倍率の向上」(失業率の減少)にしても、それは「格差社会」を増長させる原因の一つになっている非正規労働者(契約社員・派遣社員・アルバイト、等)の採用が増えただけで、この「有効求人倍率の向上」は、言ってみれば「見せかけ」の就職率向上で、大企業の「横暴」を隠すために安倍首相(政権)が提唱した「同一労働同一賃金」と同じで、実態からほど遠いものである
 騙されてはならない
 安倍自公政権は、2014年末の衆議院選挙がよい例だが、僕たちの大部分が生活苦に陥っていることを「逆手」にとって、自分たちに任せれば(国会で多数を占めれば)「生活は豊かになる」、つまり自分たちの「経済政策(アベノミクス)」は順調に伸展している、ということを大々的に喧伝して、選挙において「勝利」を収めようという政治戦略を採っている。しかし、もう一度、先の衆議院選挙で「大勝利」した後に、安倍政権が何をしたか、を思い出してみよう。選挙の際には、一度も言わなかったマニィヘスト(公約)の「片隅」に書いてあった「集団的自衛権行使容認=日米安保の強化」が「国民の信を得た」ということで、自民党。公明との支持者のほとんどがそんなことは想定していなかった特定秘密保護法の制定から集団的自衛権行使容認を中核とする「安保法制=戦争法案」の制定へと突き進んでいった 思い出して欲しい。安倍自公政権が「消費増税の延期」を前面に押し出すことで(隠れ蓑にすることで)、安倍首相やその取り巻きの「真の狙い」である「集団的行使容認」=憲法改正(解釈改憲)を実現し、アメリカへの「従属」(属国化)を推し進めたことを。
 今回の参議院選挙も、「柳の下の2匹目の泥鰌」を目論んで、理由にもならない理由を述べて、生活苦を痛感している国民の多く(僕もその内の一人)が賛意を示すであろう「消費税増税・再延期」を全面に押し出すことで、選挙に「勝利」し、そして参議院も衆議院と同じように「3分の2」を確保して、その結果「国民の賛同を得た」ということで、いよいよ本格的に「憲法改正」(第9条の改正)を行おうとしているである
 その意味で、アジア太平洋戦争に「敗北」することで僕らが手に入れた「平和と民主主義」が、今や「危機に瀕している」ことを、今こそ本気で考えるべきである。
 特に、これまで「何となく」自公を支持してきた人たち、自分たちの「何となく」が将来に禍根を遺すだろうことを、よく考えてもらいたい、と思う。
 僕たちは、もう一度、「戦争では血が流れる=死者が出る」ということを考えるべきだということである
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「怒り」を武器に!(19)――消費税増税「再延期」に異議あり

2016-06-01 09:56:06 | 仕事
 5月26,27日の「伊勢志摩サミット」において、「世界経済はリーマン・ショック級の危機的状況にある」ということを、ドイツやフランスなどの首脳から「異議」を突きつけながら言い出したときから、安倍自公政権による消費税増税の「再延期」は待ったなしだな、と思っていたが、サミットが終わって旬日をおかずに、自民党内の「反対派」(どうやら結果的にパフォーマンスだったようだが)を説得し、「再延期」を決定した安倍首相、この人の言葉が「軽く」「信用できない」というのは、これまでの政権運営において嫌と言うほど見せられてきたが、今回の「再延期」決定は、果たして国民に受け入れられるだろうか。
 確かに、各種の世論調査が如実に物語るように、この経済悪化(生活苦が増大している)の時代にあって、消費税増税を歓迎する人などいないだろう。僕も消費税増税はすべきではない、と思っている。それは、民進党を中心とする野党も安倍首相より先に「消費税増税反対」を打ち出したことからも分かる。しかし、本気で消費税増税の「再延期」を言うのであれば、まず1年半前の2014年11月に消費税増税の延期を宣言し、その際に「再延期は絶対にない」と言って、衆院を解散したことを「反省」すべきである
 言葉を換えれば、多くの経済学者や識者が指摘するように、第二次安倍自公政権が「目玉」として掲げた「成長」を基底とする経済政策(アベノミクス)が「失敗」であった、と認めるべきである。つまり、アベノミクス)によって一部の上場企業や富裕層は「恩恵」を受けたが、非正規労働者の割合が全労働者のうち「40%」を占めるようになったことが象徴するように、中小零細企業がアベノミクスの恩恵を受けることはなく、「貧富の格差」は広がるばかりであるという現実をまず安倍首相や政権幹部は認めるべきだということである。
 僕は、アベノミクスに関わる安倍首相のこれまでの言動を見てきて、結論的に思ったことは、この人は所詮「国民=庶民の暮らし」のことなどに関心はなく、あるのは「日本を取り戻す」とか「戦後レジュームからの脱却」が如実に表しているが、戦後の「平和と民主主義」に彩られた日本(国)、つまり「戦争放棄」を謳った第9条を中心とする「平和主義」と「国民主権・基本的人権の尊重」の日本国憲法を否定し、「戦前」のような「国家主義」的な国にすることを念願するウルトラ・ナショナリスト(ネオ・ファシスト)だということである。
 その意味で、アベノミクスという経済政策は、ウルトラ・ナショナリズムを実現するための「隠れ蓑」に過ぎず、安倍首相は自分の「思い」(思想)を実現するためには、いくらでも国民を「騙す(嘘を言う)」ということである。
 今回の「再延期」だって、第一義的にはアベノミクスの「失敗」を隠すためだと思うが、本質的にはこのまま「公約」通り消費税を増税したら、とうてい参議院選挙で勝利し、憲法改正に必要な3分の2の議席を確保できないと思ったが故の結果だった、と僕は思っている。安倍首相にとって、全ての政策は「憲法改正」に繋がるものなのである。だから、本来は「福祉」や「年金」のことを考えて増税されるはずだった消費税増税に対して、いとも簡単に「再延期」を宣言することができたのである。毎晩高級料亭やレストランで食事している安倍首相に、庶民の暮らしに思いを馳せる気持など端からないことを、僕らはしっかりと認識すべきである。
 僕が、安倍首相(自民党)に「騙されてはならない」と繰り返し言うのも、安倍自公政権下において特定秘密法が施行され、集団的自衛権行使が容認され、いよいよこの国が「戦争のできる国」に変質されようとしているからであり、「反戦」を思想の根幹において批評活動を行ってきた僕としては、どうしても安倍自公政権のやり方を認めることができないからである。政権内部に存在することで「甘い蜜」の味を知ってしまった公明党が、「平和と福祉の党」という看板をかなぐり捨てて、自民党の「補完物」になってしまったことを批判し続けるのも、同じ論理である。そんな安倍自公政権に「50%」もの支持率を与える我が日本国民、この国はどうかしてしまったのだろうか。
 僕は、消費税が20%、30%の国で暮らす人のことをいくらか知っているが、それらの国々では高い消費税や所得税のほとんどが国民の「教育」や「福祉」に使われていることに比べて、「教育」や「福祉」の代わりに、防衛費や国会議員の歳費、一部上場企業の利益のために、湯水の如く国債が発行され(現在国の借金は1500兆円を超える)、所得税や消費税に使われる日本。
 本気で国の仕組みを換えなければダメなのではないか、と思う
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「怒り」を武器に!(18)――オバマ大統領の広島訪問に「異論」有り

2016-05-30 08:52:19 | 仕事
 今朝の東京新聞を読んでいたら、共同通信の「世論調査」が載っていて、その質問項目に「オバマ大統領の広島訪問はよかったかどうか」というのがあり、「よかった・98%」という結果が報告されていた。
 しかし、このオバマ氏の広島訪問について調査に答えた人の全部に近い98%の人が「よかった」と答えたことに対して、僕には「異論」がある。というのは、「オバマ氏の広島訪問はよかったか、それとも悪かったか」と問われれば、広島・長崎の両市に原爆を投下したアメリカの大統領が初めて被爆地の一つ広島を訪問したのだから、来日前に議論を呼んでいた「広島で謝罪するかどうか」などといった問題とは別に、誰だって(僕だって)「よかった」と答えるしかないのではないか、と思うからである。最近の世論調査の特徴だが、質問の仕方が悪いのである。例えば、「オバマ氏の広島訪問で、世界の核状況は進展し、核軍縮は進むと思うか」と聞けば、レーム・ダック(死に体)状態にあるオバマ氏に期待する気持は、絶対「98%」などにはならないのではないか。
 僕には、「核」(核状況・核軍縮)に対するマスコミ・ジャーナリズムの感覚が「鈍く」なっているのではないか、と思えてならない。オバマ氏が広島訪問した翌日の新聞の見出し「核なき世界へ『勇気を』」(朝日新聞)、「日米で誓う核なき世界」(東京新聞)が、そのことをよく表している。
 確かに、オバマ氏は17分間スピーチにおいて、『(原爆の被害者は)10万人を超える日本人男性、女性、子供たち、多くの朝鮮半島出身者、そして捕虜となっていた十数人のアメリカ人を追悼するため(に我々は広島に来た」とか、「我々はあの恐ろしい戦争やその前の戦争、その後に起きた戦争で殺された全ての罪なき人々に思いを馳せる」とか、「私の国のように核を保有している国々は、恐怖の論理から逃れ、核兵器なき世界を追求する勇気を持たなければならない」というようなことを言い、あくまでも「核廃絶」を願う、と宣言し、それはそれでオバマ氏の個人的思い(考え)を率直の述べたものとして、それなりに評価できる。特に、ヒロシマ・ナガサキの犠牲者が日本人だけでなく朝鮮人・アメリカ人もいたというのは、日本の政治指導者たちも言ってこなかったことで、貴重な発言であったといえる。
 しかし、多くのメディアが指摘したことであるが、広島を訪問した(この時だけではないが)オバマ氏に同行した人たちの中に「黒いアタッシュケース」を持った人がいて、そのアタッシュケースの中は「核戦争」を含む戦争の開始をアメリカ軍に告げる通信機器が入っていること知れば、片方で「核軍縮」を唱えながら、片方でいつでも「核戦争」に応じられる準備をしているという、よく言えば二律背反状態、悪く言えばダブル・スタンダードが、オバマ氏が世界に向かって発した「理想=核なき世界」だということを、私たちは考えなければならない
 また、オバマ氏がノーベル平和賞をもらうきっかけになった「核兵器を使用した唯一の核保有国として、アメリカには行動を起こす道義的責任がある」とスピーチ(「プラハ演説」09年4月)してから7年、この間世界の核状況=核軍縮は「進展」しただろうか。核大国ロシアとアメリカの核兵器だけでも地球上の生物を何回も絶滅させるだけの能力があり、北朝鮮の核開発をはじめ、核は世界的に拡散するばかりである。
 さらに、「核なき世界」目指すと宣言し、北朝鮮の核実験を非難し、イランの核開発を断念させたたオバマ氏の足下アメリカにおいて、他国の核実験は非難しながら、核兵器の性能を維持・高めるための「臨界前核実験」という名の核実験が続けられているという「矛盾」に対して、オバマ氏はどう応えるのか、という問題もある。
 さらにさらに、次期アメリカ大統領になるかも知れない共和党のトランプ氏は、中国やロシア・北朝鮮に対抗するために、韓国と日本に核武装を勧めている(日本のウルトラ・ナショナリスト(核武装論者)たちが、トランプ氏の大統領就任を歓迎するという情報もある)。
 なお、アメリカの「傘の下」でひたすら「戦争への道」を進む安倍首相が、いかにも自分のオバマ氏と同じ考えであるかのように、広島でスピーチしたが、「括弧=歴史」を直視しない点で、安倍首相とオバマ氏は全く「同列」と考えないわけにはいかない。つまり、今やレーム・ダック状態のオバマ氏の「矛盾」した「核」認識とそれに乗じて、「調子のいい」安倍首相のスピーチを考えると、オバマ氏の「広島訪問」を日本のマスコミ・ジャーナリズムのように「諸手を挙げて」歓迎するわけにはいかない、と僕は思っているということである
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「怒り」を武器に!(17)――「姑息さ」見え見えの伊勢志摩サミット

2016-05-29 05:26:17 | 仕事
 何十億円もの大金を濫費して仰々しく26,7日の2日間にわたって開催された「G7 伊勢志摩サミット」(第42回先進国首脳会議)、これがマスコミ・ジャーナリズムが大騒ぎした割に、「冷戦」時代(古き良き時代)の落とし物と言ってもよい世界の現実を反映しない今や政治指導者たちの一種の「お祭り=遊び」であることは、北朝鮮の核開発問題を重要課題に挙げながら、核大国のロシアが資格停止中ということで参加せず、また「世界の経済状況」についての認識を共有するためと称しながら、GDP世界第2位の中国の存在が無視されていることに、よく現れている。
 もっと言えば、主催国(今回は日本)の意向(都合)を最優先させた、自分たちが「世界経済」の指導者であることを世界に向かってアピールする「儀式」だ、ということである。今回、他の国々(アメリカ・フランス・ドイツ・イギリス・カナダ・イタリア・EU)に比べて一番経済的に落ち込んでいる日本の窮地を救うべく「伊勢志摩サミット」は開催されたと言うことである。つまり、3年目の半ばにして安倍自公政権の経済政策(アベノミクス)がいよいよ「失敗」を明らかにしつつあることによって陥った安倍政権を世界的な規模で救うために、順番ではあるが「伊勢志摩サミット」は開催されたということである。
 その証拠に、サミット議長国の安倍首相が繰り返し「リーマン・ショック級の世界経済の危機」を訴え、G7が一致して「財政出動」(国債を発行して、そのカネで公共事業などを進める)を行うよう要請したのに対して、緩やかであるが堅実な「経済成長」を続けているドイツやイギリスなどが「危機というのは言い過ぎだ」と安倍首相をたしなめ、結果的に7カ国やEU諸国が挙って財政出動するという安倍首相の目論見は、退けられた――それでも、安倍首相はG7閉幕後の記者会見で、世界経済が危機にあるという認識では参加国が一致した、と協調した。しかし、今朝の新聞で報じられた海外メディアのG7評は、挙って安倍首相の強引な「世界経済の危機説」に各国首相が反対し(たしなめ)財政出動は時期尚早だと判断した、というものであった。
 では何でこのようなG7参加国の賛同を得られなかった「世界経済の危機説」を安倍首相は力説したのか。それは、早速昨夜の速報で明らかになったのだが、消費増税延期(→参議院選挙での勝利(3分の2の議席を確保)→憲法改正の着手)を宣言するためであった。「消費増税の延期を問う」という名目で行った2014年12月の衆院総選挙で大勝利を収めた安倍首相は、柳の下には2匹目の泥鰌がいるとの思ってのことだろうが、自らの強引な経済政策(アベノミクス)の失敗を何とか糊塗するために、「作り上げられた」世界経済の危機説。
 こんな「嘘」で塗り固められた「世界認識」で、2匹目の泥鰌=参院選の勝利を狙っているとしたら、国民も馬鹿にされたものである
 もちろん、消費税増税が2年半(2019年10月まで)「凍結」されるのは、生活苦にあえぐ庶民=国民にとって悪いことではない。しかし、消費税増税が何のために行われるかという「原点」を考えた場合、年金や福祉(子育てや老人問題、等)に使われる消費税増税分がストップするという現実を、本当に私たちは受け入れていいのか、ということがある。北朝鮮や中国の脅威を理由に増額の一途を辿っている防衛費、企業だけが優遇される法人税減税、等々の「悪政」の現状を見ると、「犠牲」になるのは常に「弱者」(非正規労働者や老人、女性、子供、障害者ら)である現実を、僕らはもう一度考えるべきである。
 現に、年金生活者でもある僕の年金は、健康保険税や介護保険料の値上げや年金そのものの減額で、少しずつではあるが減り続けている。それに対して、最近はよくスーパーに行くのだが、ものの値段は上がり続けているという実感がある。スーパーなどは「努力」して「安い」商品を店頭に並べているようだが、全体として「値上がり」感は日々大きくなっているように思う。時々、新聞の「首相動向欄」に記載されている、毎晩高給料理屋やレストランで食事している安倍首相の生活をみて、妻と語るのは、今汗威喝している安倍さんには僕らの慎ましやかな生活のことなど分からないだろうな、ということである。
 7月10日に予定されている参院選、絶対自公に勝利させてはならない。今回も安倍さんに「騙される」ならば、先に待っているのは「戦争への道」であること、そのことを誰もが思い知るべきである

 (オバマ・アメリカ大統領の広島訪問については、又後で考えを述べる)
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