岩清水日記

「あしひきの岩間をつたふ苔水のかすかにわれはすみわたるかも」良寛

関西社会事業思想史研究会に出席しました。

2014-11-21 05:44:48 | 社会福祉の源流
第189回関西社会事業史研究会に参加しました。
久しぶりです。
3年ぶりかもしれません。

懐かしい先生方にお会いできました。
岡本民雄、室田保夫、加藤博史、今井小の実諸先生方です。

第189回ということは、現在、年に5~6回ペースでしょうから、単純計算しても30年以上です。

今回の講演者は、同志社大学の李善恵さん。
『賀川豊彦の社会実践・思想が韓国に及ぼした影響』に関する研究です。

李善恵さんは、「韓国で牧師として奉仕をしながら、ソーシャルワーカーとして活動」されてきた方です。
李さんと賀川豊彦を結ぶ糸はどこにあるのだろうと思ってしまいます。

日本人の中で賀川豊彦を知っている人も少数でしょう。
神戸を中心に活動した人ですから、関西では比較的知られていると思います。
WIKIの記事から一部転載させていただきます。

賀川 豊彦は、大正・昭和期のキリスト教社会運動家、社会改良家。戦前日本の労働運動、農民運動、無産政党運動、
生活協同組合運動において、重要な役割を担った人物。日本農民組合創設者。「イエス団」創始者。
キリスト教における博愛の精神を実践した「貧民街の聖者」として日本以上に世界的な知名度が高い。
生年月日: 1888年7月10日
生まれ: 兵庫県 神戸市
死没: 1960年4月23日
学歴: プレスビティリアン大学、 プリンストン大学
ノミネート: ノーベル文学賞


では、李さんはなぜ賀川と繋がったのか。
2009年にソウルで賀川の「社会宣教献身100周年記念」シンポジウムが開催されたことを知ったことからだそうです。
100年前の1909年は、賀川が「神戸新川というスラム街に初めて入り、伝道だけではなく貧民救済事業を開始した」年です。

賀川豊彦は韓国でも知られていません。内村鑑三の知名度に比べてはるかに低いそうです。
李さんは、「ソーシャルワーカー」としての賀川豊彦に興味を持ったのです。

賀川の宗教は両面的である。
それは生命の本質と生命の表現の両側面である。
生命の表現を考える者は愛の行動によってのみ生命の本質を知り得ることを学ぶ。
(金徳俊の言葉=韓国の社会福祉の先駆者)

李善恵さんは、この言葉に導かれて賀川豊彦研究を進めてきた。
258ページの論文が出来上がることになる。
日本語の習得から始まった賀川研究、継続する意志の強さに驚かされた。
大したもんです。


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