岩清水日記

「こうして綴ることで想いは深く掘り下げられ、岩清水が湧くように新たな命脈が保たれて、みずからを励ます」平松洋子 

広瀬隆さんの講演会に出席しました。会場は満員でした。

2017年05月15日 | 原子力発電

岡山県瀬戸内市長船です。田んぼの中にある会場に400名の方が参加されました。

岡山からの列車はここで折り返して県北の新見までいくそうです。岡山県の南東端から北西端までの路線ですね。

駅前に立ってもどこに会場の「夢とぴあ」がるあるのかがわかりません。

事前にネットで確認はしていたのですが方位もわかりません。道端におられた女性に聞き場所がわかりました。

皆さん、車のナビだから問題にならないのでしょうね。

会場に着きました。

会場のポスター。いいですね。

長船はむかし福岡と呼ばれ、黒田官兵衛が今の福岡へ名前を持っていたと言われていますね。

一遍上人が布教に訪れている図です。武士に威嚇されていますね。(絵の左側)

武士の刀は、「備前長船」でしょうか。そうです。ここは刀剣のまちです。

近くに刀剣の資料館があり、最近は外国の方も見学に来られているとニュースで流れていました。

 

広瀬隆さんに講演を依頼したのは、

せとうち交流プロジェクト(福島の子どもたちを瀬戸内に呼び保養してもらうプロジェクト)と

「放射能のごみはいらない!県条例を求める会」の共催です。

「放射能のごみはいらない!県条例を求める会」は、1986年のチェルノブイリ事故後に危機感を持った県民が

1989年に発足した会です。30年近く地道な運動をされてきました。

県に「高レベル放射性廃棄物等の持ち込み拒否に関する条例」を34万46500人の署名を付して請求しました。

条例は否決されましたが、知事は「県民が不安に覚えるような施設は誘致するつもりはない」との意見表明をしています。

ご存知のように岡山県と鳥取県の境には、人形峠があります。ウラン採掘で有名になりました。

採掘をしてみたものも放射能のごみが残ったのみというとんでもない結果になってしまいました。

そのごみはいつまでもなくなりません。問題は半永久的に続いています。

重要な市民運動を続けておられます。

さて、広瀬隆さんの講演についてです。

広瀬隆さんの名は著作はよく目にするのですが、直接講演をお聞きするのは初めてです。

1943年生まれ。74歳ですが精力的に活動をされています。

1979年のスリーマイル島原子力発電事故以来の原発取材や世界の財閥を扱った著作を読まれた方も多いと思います。

広瀬さんの予見力には驚くばかりです。

かつて、チェルノブイリ事故の後、次は日本で大事故が起こるということを聞きました。

私は「それはないだろう」と思ったのを覚えています。安全神話を信じていたことになります。

福島原発事故以前にも日本各地の原発で事故が続いていました。

それでもメルトダウンにつながるほどの事故が起こるとは思っていませんでした。

1970年代から警告を発していた人がいるにもかかわらずです。

広瀬さんの講演は休憩をはさんで3時間にも及ぶものでした。

パワーポイントを駆使した内容はとても簡単に紹介できるものではありません。

私の理解力にも問題があります。

しかし少しでも紹介できればと思います。

つづく。

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