内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

F. ブローデル『文明の文法』と日本史暗記ラップ

2017-01-28 23:11:54 | 講義の余白から

 今週の火曜日のことであった。古代史の授業を終えて教室を出ようとすると、毎週のように質問してくる女子学生が、「世界の諸地域を横断的に比較している歴史の教科書はありませんか」と聞いてきた。この学生、前期の期末試験の論述問題の答案が抜群の出来で、最高点だった。こちらが教室で教えたこと以上のことを自分で勉強して身についてけていて、それをよく活かした見事な答案だった。毎回の授業での質問も、自分でさらに勉強するための手掛かりを得たいがためであり、今回の質問も、先週の授業で私が引用したレヴィ・ストロースの講演 « Place de la culture japonaise dans le monde » (L’autre face de la lune, Seuil, 2011, p.13-55.1988年に日本で行われた講演。同書の邦訳は仏語版の編集者である川田順造先生ご自身による『月の裏側』中央公論社、2014年刊。同書については、拙ブログで2015年1月29日の記事から十回に渡って取り上げている) の一節に示されていた文明史観を念頭に置いてのことであるのは明らかであった。
 お恥ずかしい話だが、その場では即座に回答できなかったので、来週までに調べて答えると約したら、「自分でも探してみます」という反応。その日、自宅に戻ってから、自分の手持ちの本の中に推薦できる本があるか自問していて思い浮かんだのが、フェルナン・ブローデルの Grammaire des civilisations (Flammarion, coll. « Champs histoire », 1993) だった(もともとは高校生向けの教科書の主要部分として執筆され、1963年刊行。その後、ブローデル執筆部分が独立の書として著者没後の1987に再刊される。邦訳『文明の文法』は、みすず書房から1995年とその翌年に二巻に分けて刊行されている)。同書には、二十世紀を代表する歴史家による世界の各地域を見渡す壮大な文明史観が暢達なフランス語で展開されており、大学生なら容易に通読できるだろう。
 こんな向学心に富んだ学生がいるかと思えば、同じ古代史の授業を受講している別の女子学生から今日メールが届いて、「日本の友だちが日本の歴史を覚えるためのラップのヴィデオを教えてくれたのですけれど、先生がどう思うか知りたいと思いました。こんなのがクラスに存在する曲であってもよいです。これはどうですか」と、YouTube のリンクが貼ってある。楽しく日付・人名・事項を暗記するにはなかなか良く出来ていたので、「面白そうだから、来週の授業で紹介するね」と返事する。
 「歴史は暗記物じゃない。日付や人名など、最重要なもの以外覚えなくていい」と日頃繰り返しており、昨日の記事で述べたように、歴史的事実の「選択性」、さらには「虚構性」についてまで注意を促しているくらいであるから、日付の暗記なんか二の次でいいと本当に思っているし、実際、試験問題にはいっさいその手の問題は出題しないのだけれど、せっかく日本の歴史に関心をもって、メールを、それも日本語で、くれたのだからね、意気阻喪させるような反応はしたくなかった。
 日本への関心の持ち方は様々であってよい。それぞれに異なった側面から日本にアプローチしてくれればいい。