見もの・読みもの日記

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足裏で感じる/日本の身体(内田樹)

2014-06-08 00:04:24 | 読んだもの(書籍)
○内田樹『日本の身体』 新潮社 2014.5

 「素晴らしい身体」を持つ12人と著者の対話集。そういえばNHKに、超ハイスピードカメラ撮影をはじめとする最新の映像技術でトップアスリートの肉体に迫る「ミラクルボディー」という番組がある。あれはあれで面白いが、著者の求める「素晴らしい身体」というのは、ちょっと、いやかなり違うことが、読んでいるうちにだんだん分かってくる。

 本書に登場するのは、茶道家、能楽師、文楽人形遣い(勘十郎さん!)、合気道家、尺八奏者、元大相撲力士、マタギ(!)など。日本の武道や芸能に精通している方が多い。表紙の折込みに小さな活字で記された短文には、著者の目的が「日本人には日本固有の身体観があり、それに基づく固有の身体技法があるという仮説を検証する」ことだったと明かされている。

 ただ、あまり初めから「日本」を意識して読まないほうがいいのではないかと思う。どの達人の話にも「なるほど」と納得できる面白さがある。たとえば、人間には傍らにいる人間と同期して、一種の共同の身体みたいなものを成り立たせる力がある。このことを、著者は、さまざまな達人との対話で繰り返し、確認する。主人が楽しみながら、その楽しみを客に伝える茶道の「もてなし」。三人の人形遣いが、人形の身体感覚を共有する文楽。敵対的な状況から相手に同期していく武道。優れた武将は配下の兵士をまさに手足のように使う。配下の見ているものが自分にも見え、自分の見ているものを配下全員に伝えられる。そういう体感の制御に秀でた人物が、華々しい武勲を立て、また統治者となっていったのではないか。このへんは、かなりの程度まで、人類共通に応用できる仮説だと思う。

 その中で、尺八奏者の中村明一さんとの対話で「それぞれの風土に生きるにふさわしい身体と仕草」の問題が出てくる。中村さんのアメリカ留学中のエピソードで、アジア人の見分け方の話になり、中国人は仕草が大きく違うので立った瞬間に分かる。日本人と韓国人は少し歩くと分かる。韓国人のほうが膝から下の動きが大きい(足が長く見える)という話は面白かった。この違いは両国の気候・風土から説明されている。足運びの問題は、雅楽家、元大相撲力士、マタギとの対話でも繰り返され、著者の「少し長すぎるあとがき」にまとめられている。この列島では、湿潤な気候と生い茂る照葉樹林が「すり足」を生んだ。豊かな大地と足裏を通して触れ合い、感謝を捧げ、祝福を促す「すり足」的な身体と知性の構えを、日本人は、もう一度取り戻すべきではないか。

 豊かな自然をこの国の「負けしろ」と見る著者の思考が私は好きだ。必死で金儲けをしなくても、なんとか我々を生かしてくれそうなこの大地。しかし、国や地域の経済活動に順位をつけて、どうしても勝ち負けを争いたい政治家・経済人には、実に目障りな思考法なんだろうな、こういうの。

 対談相手の中で、異彩を放っているのは、マンガ家の井上雅彦氏。剣豪・宮本武蔵を主人公にしたマンガ『バガボンド』を描いているということもあるけれど、「絵を描く」こと自体が「身体」の鍛練であることが窺えて、非常に面白かった。それから、最後の元ラガーマンでスポーツ教育学者の平尾剛さんとの対話は、共感的な「日本の身体」の鍛え方とは対極にある、体罰によるスパルタ指導の功罪を真剣に問うていて、読み応えがある。確かに短期的な「富国強兵」を成し遂げるには、いったん「兵」の自我を壊して型にはめていく体罰指導は効率がいい。しかし、それは「兵」を消耗品と考えるメソッドである。「試合とか順位とか点数とかいうのは、上手くなるための『スパイス』だから」という、この対談から考えさせられたことは、とても多かった。

 大相撲の双葉山や朝青龍の身体が非常に柔らかで、ウェイトトレーニングでつくる筋肉と「人間に触ること(ダンサーでも武道家でも)」でつく筋肉は違う、というのも面白かった。この対話シリーズ、ぜひもう少し範囲を広げて続けてほしい。個人的に、フィギュアスケーターの話が聞きたいなあ。あと、日本人であって、異国の舞台芸能(フラメンコとか京劇とか)で活躍している人の話も聞きたい。

 最後になるが、雅楽演奏家(宮内庁楽部)の安倍季昌さんが「秘曲」について語っているのは貴重な証言である。明治以降、各楽家の秘曲はほとんど公開されたが、大嘗会や伊勢の式年遷宮で奏されるものは、いまも「秘曲」扱いで、楽譜は金庫に保管されている。役に当たった者は、楽譜を見て頭に入れ、音を出さず、頭の中で譜面のとおり演奏するのだという。天皇家、すごい…。あと、天皇陛下、皇后陛下は海外にご外遊の際、出発前と帰国後は、必ず衣冠束帯・十二単の正装で宮中三殿にお参りされるのだという。外遊自体より、お疲れになるのではないかなあ。

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