○辛酸なめ子『女子校育ち』(ちくまプリマー新書) 筑摩書房 2011.3
辛酸なめ子さんは、中学・高校と多感な6年間を過ごした女子校ネタで、雑誌などに多数の著作を発表しているエッセイストである。私は、なめ子さんと同じ女子校の出身なので(年代的には全く重ならないが、それでも)ネタの楽屋が分かってしまうことがあって、読んでいると、少しこそばゆい。
著者によれば、ひとくちに女子校と言ってもタイプがあって、大きくは『勉強系』『ニュートラル系』『お嬢様系』に分かれ、さらに1番目は「性超越系」と「努力型秀才系」、2番目は「モテ系」「良妻賢母系」「温室・夢見がち乙女系」、3番目は「お嬢様系」と「深窓お嬢様系」に分かれるという。著者と私の出身校は「性超越系」に属する。校風でいうと「男子のいない共学」あるいは「女を捨てて勉学に励む男子校のような雰囲気」。なんだ、それは(笑)。でも、確かに私、昔から「勉強系」ではあったけど「努力型秀才系」ではないな、と思う。「努力型」の言い換えである「アグレッシブなキャリア志向の才女」には、今でも強い違和感がある。
あと、小ネタではあるが、ミッション系の女子校だったので、学生時代は面倒だった礼拝や賛美歌を懐かしがり、「同窓生の結婚式で『ハレルヤ』を歌って列席者の間に微妙な空気を漂わせたり、カーオーディオで突然賛美歌をかけて同乗者をひかせてしまったり」という箇所では爆笑した。分かる~。分かりすぎる~。さらに、「掃除より勉学」という雰囲気だったので、一人暮らしを始めたあとも「掃除のやり方が分からず、掃除の習慣もない」という著者の告白に、膝を打つ思いだった。
一方、校風の差はあっても、女子校出身者には共通する点もあるらしい。著者は、男性受けを考えない個性的なファッションのレディー・ガガの例を挙げている。男子の露骨なブサイク差別に遭遇することなく、伸び伸び育った結果、「女の敵は女」という意識が薄く、同性を素直にほめたり認めたりできるのも、いいところ。女性の感情のツボを分かっていて、人当たりが柔らかく「女さばきがうまい」とも言える。あんまり自覚はなかったけど、自分も当たっているかも知れない、と思った。逆に、共学出身の女性が発するアグレッシブなオーラ、「異性にモテたいというのが仕事の原動力」的な発言に感ずるギャップは、そうか、私が女子校出身だったからかあ…と妙に納得した。
女子校出身者は、力仕事でも何でも女性だけでできると言い張り、影で支えてくれた男性たちの存在に気づいていない、視野が狭い、というのは、反省すべきところ。狭く深い付き合いに慣れ過ぎて、コミュニケーションの取り方がうまくない、という指摘もあるそうだ。偉い人のビールのグラスが空いたらすぐ注ぎに行くような女性には、ならなくていいけど、気をつけよう。女子校育ちの魂は五十まで、いや百まで。
辛酸なめ子さんは、中学・高校と多感な6年間を過ごした女子校ネタで、雑誌などに多数の著作を発表しているエッセイストである。私は、なめ子さんと同じ女子校の出身なので(年代的には全く重ならないが、それでも)ネタの楽屋が分かってしまうことがあって、読んでいると、少しこそばゆい。
著者によれば、ひとくちに女子校と言ってもタイプがあって、大きくは『勉強系』『ニュートラル系』『お嬢様系』に分かれ、さらに1番目は「性超越系」と「努力型秀才系」、2番目は「モテ系」「良妻賢母系」「温室・夢見がち乙女系」、3番目は「お嬢様系」と「深窓お嬢様系」に分かれるという。著者と私の出身校は「性超越系」に属する。校風でいうと「男子のいない共学」あるいは「女を捨てて勉学に励む男子校のような雰囲気」。なんだ、それは(笑)。でも、確かに私、昔から「勉強系」ではあったけど「努力型秀才系」ではないな、と思う。「努力型」の言い換えである「アグレッシブなキャリア志向の才女」には、今でも強い違和感がある。
あと、小ネタではあるが、ミッション系の女子校だったので、学生時代は面倒だった礼拝や賛美歌を懐かしがり、「同窓生の結婚式で『ハレルヤ』を歌って列席者の間に微妙な空気を漂わせたり、カーオーディオで突然賛美歌をかけて同乗者をひかせてしまったり」という箇所では爆笑した。分かる~。分かりすぎる~。さらに、「掃除より勉学」という雰囲気だったので、一人暮らしを始めたあとも「掃除のやり方が分からず、掃除の習慣もない」という著者の告白に、膝を打つ思いだった。
一方、校風の差はあっても、女子校出身者には共通する点もあるらしい。著者は、男性受けを考えない個性的なファッションのレディー・ガガの例を挙げている。男子の露骨なブサイク差別に遭遇することなく、伸び伸び育った結果、「女の敵は女」という意識が薄く、同性を素直にほめたり認めたりできるのも、いいところ。女性の感情のツボを分かっていて、人当たりが柔らかく「女さばきがうまい」とも言える。あんまり自覚はなかったけど、自分も当たっているかも知れない、と思った。逆に、共学出身の女性が発するアグレッシブなオーラ、「異性にモテたいというのが仕事の原動力」的な発言に感ずるギャップは、そうか、私が女子校出身だったからかあ…と妙に納得した。
女子校出身者は、力仕事でも何でも女性だけでできると言い張り、影で支えてくれた男性たちの存在に気づいていない、視野が狭い、というのは、反省すべきところ。狭く深い付き合いに慣れ過ぎて、コミュニケーションの取り方がうまくない、という指摘もあるそうだ。偉い人のビールのグラスが空いたらすぐ注ぎに行くような女性には、ならなくていいけど、気をつけよう。女子校育ちの魂は五十まで、いや百まで。