○紀伊国屋書店・第113回新宿セミナー 佐藤優×竹内洋トークイベント『いま、あらためて<日本主義>を問う-蓑田胸喜的なるものと現代-』(2008年6月29日)
たまたま、紀伊国屋書店のホームページを覗いて、このイベントの告知を見つけた。札止めになるといけないと思って、すぐに電話で予約を入れたが、418人収容の紀伊国屋ホール、満席にはならなかったようだ。しかし、硬いテーマにもかかわらず、かなりの人が入っていた。面白かったのは、私がよく聞きにいく、サヨク(朝日・岩波系)文化人の講演は、女性(おばちゃん)が多いのに、このセミナーは、男性の比率がすごく高かったこと。
やっぱり、佐藤優さんの読者って男性が多いのかな。まあ、壇上に現れた同氏は、太めのジーンズに灰色のトレーナーという、もっさりした服装で、女性ファンがつきそうには無かったけど(失礼)。私は『国家の罠』(新潮社、2005)1冊しか読んでいないが、今では、たぶん日本でいちばん多い連載ページを抱えた評論家だそうだ。私はむしろ、竹内洋先生が大好きで、一度、生でお話を聴いてみたくて、この日のイベントに足を運んだ。さわやかなアイボリーのスーツ、ときどき関西訛りがまじる温厚な口調は、文章そのままのお人柄に見えた。
それにしても、なぜ、このお二人が対談を? 種明かしは、意外にブッキッシュである。竹内洋氏は、2004年、柏書房から『蓑田胸喜全集』を刊行した。全7巻揃いで231,000円の同書は、160~180セットが大学等に校費で売れた。わずかに5人ほど、私費で購入した個人がいて、そのひとりが佐藤優氏だったという。佐藤氏が語るには、東京拘置所に拘留中、五味川純平の『戦争と人間』を読み、脚注(澤地久枝が作成)に出てきた蓑田胸喜に興味をもった。けれども全集を買うお金がなかったので、『国家の罠』の印税が入ってから、ようやく買えて嬉しかった(のちに、この経緯を自ら柏書房の編集者に話したそうで、柏書房が顧客情報を漏らしたのではありません、念のため、とのこと)。
私が、悪名高い日本主義者・蓑田胸喜(みのだむねき)なる人物を知ったのは、立花隆の『天皇と東大』(文藝春秋社、2005)が最初だった。その数ヵ月後、竹内洋、佐藤卓己編『日本主義的教養の時代』(柏書房、2006)で、再び同じ名前を目にする(そうかー。私が竹内洋先生に会ったのは、この本が最初だったか)。詳しくは繰り返さないが、私は、立花隆の近代主義的な傲慢さを受け入れがたく感じ、蓑田の「哀しさ」を捉えた竹内洋氏に強く共感した。
この日、竹内氏は、立花隆の本に触れて、(丸山真男的=左翼思想だけでなく)右翼思想も東大に淵源がある、ということを一般に広めたことは彼の功績である。しかし、まともな学者なら誰でも分かっていたことで、独創的見解でも何でもない、と評した。そうだろう。また、立花が蓑田を狂人と断ずるのに「文章にやたら圏点を付けているから」というのは、理屈になっていない、と一笑する。そうそう。立花は、伝統的な漢籍の読み方を知らないんじゃないかと思う。明治人の蔵書に親しむと、圏点(強調したい文字の横に書き入れる点)だらけの本は、めずらしくない。
ここで佐藤氏が、レーニンの著作にゴシック・イタリックなどの強調記号が多いことを指摘したのも面白いと思った。丸山真男もよく圏点を使う。つまり、意外と”蓑田的”(デモーニッシュ)なのである。「立花さんには、蓑田的なものが見えない」「蓑田的なものとは、知識人を映す鏡であり、知識人が最も”見たくない”と恐れるものではないか」というような意見の交換があり、立花の本にずっと不満を抱き続けてきた私としては、我が意を得た感じで、本当に嬉しかった。
このあと、大川周明、井上日昭、高畠素之、北吉(北一輝の弟)、権藤成卿など、興味深い名前が次々に挙がり、「全共闘って、右翼か左翼か分からないし、蓑田的でしょ」とか「蓑田を使い捨てにしたのは、”横領する権力”と呼ぶべきもの」という刺激的な発言もあった。
最後に、蓑田の著作から、おすすめとして、佐藤氏は『国防哲学』、竹内氏は『学術維新原理』を挙げる。そうねえ。図書館の本で読んでみるか。むかしの職場の図書館に、蓑田胸喜全集をリクエストして入れてもらったのは私なんだし。
■参考:紀伊国屋書店「日本主義」ブックフェア
http://www.kinokuniya.co.jp/04f/d05/nihon/
たまたま、紀伊国屋書店のホームページを覗いて、このイベントの告知を見つけた。札止めになるといけないと思って、すぐに電話で予約を入れたが、418人収容の紀伊国屋ホール、満席にはならなかったようだ。しかし、硬いテーマにもかかわらず、かなりの人が入っていた。面白かったのは、私がよく聞きにいく、サヨク(朝日・岩波系)文化人の講演は、女性(おばちゃん)が多いのに、このセミナーは、男性の比率がすごく高かったこと。
やっぱり、佐藤優さんの読者って男性が多いのかな。まあ、壇上に現れた同氏は、太めのジーンズに灰色のトレーナーという、もっさりした服装で、女性ファンがつきそうには無かったけど(失礼)。私は『国家の罠』(新潮社、2005)1冊しか読んでいないが、今では、たぶん日本でいちばん多い連載ページを抱えた評論家だそうだ。私はむしろ、竹内洋先生が大好きで、一度、生でお話を聴いてみたくて、この日のイベントに足を運んだ。さわやかなアイボリーのスーツ、ときどき関西訛りがまじる温厚な口調は、文章そのままのお人柄に見えた。
それにしても、なぜ、このお二人が対談を? 種明かしは、意外にブッキッシュである。竹内洋氏は、2004年、柏書房から『蓑田胸喜全集』を刊行した。全7巻揃いで231,000円の同書は、160~180セットが大学等に校費で売れた。わずかに5人ほど、私費で購入した個人がいて、そのひとりが佐藤優氏だったという。佐藤氏が語るには、東京拘置所に拘留中、五味川純平の『戦争と人間』を読み、脚注(澤地久枝が作成)に出てきた蓑田胸喜に興味をもった。けれども全集を買うお金がなかったので、『国家の罠』の印税が入ってから、ようやく買えて嬉しかった(のちに、この経緯を自ら柏書房の編集者に話したそうで、柏書房が顧客情報を漏らしたのではありません、念のため、とのこと)。
私が、悪名高い日本主義者・蓑田胸喜(みのだむねき)なる人物を知ったのは、立花隆の『天皇と東大』(文藝春秋社、2005)が最初だった。その数ヵ月後、竹内洋、佐藤卓己編『日本主義的教養の時代』(柏書房、2006)で、再び同じ名前を目にする(そうかー。私が竹内洋先生に会ったのは、この本が最初だったか)。詳しくは繰り返さないが、私は、立花隆の近代主義的な傲慢さを受け入れがたく感じ、蓑田の「哀しさ」を捉えた竹内洋氏に強く共感した。
この日、竹内氏は、立花隆の本に触れて、(丸山真男的=左翼思想だけでなく)右翼思想も東大に淵源がある、ということを一般に広めたことは彼の功績である。しかし、まともな学者なら誰でも分かっていたことで、独創的見解でも何でもない、と評した。そうだろう。また、立花が蓑田を狂人と断ずるのに「文章にやたら圏点を付けているから」というのは、理屈になっていない、と一笑する。そうそう。立花は、伝統的な漢籍の読み方を知らないんじゃないかと思う。明治人の蔵書に親しむと、圏点(強調したい文字の横に書き入れる点)だらけの本は、めずらしくない。
ここで佐藤氏が、レーニンの著作にゴシック・イタリックなどの強調記号が多いことを指摘したのも面白いと思った。丸山真男もよく圏点を使う。つまり、意外と”蓑田的”(デモーニッシュ)なのである。「立花さんには、蓑田的なものが見えない」「蓑田的なものとは、知識人を映す鏡であり、知識人が最も”見たくない”と恐れるものではないか」というような意見の交換があり、立花の本にずっと不満を抱き続けてきた私としては、我が意を得た感じで、本当に嬉しかった。
このあと、大川周明、井上日昭、高畠素之、北吉(北一輝の弟)、権藤成卿など、興味深い名前が次々に挙がり、「全共闘って、右翼か左翼か分からないし、蓑田的でしょ」とか「蓑田を使い捨てにしたのは、”横領する権力”と呼ぶべきもの」という刺激的な発言もあった。
最後に、蓑田の著作から、おすすめとして、佐藤氏は『国防哲学』、竹内氏は『学術維新原理』を挙げる。そうねえ。図書館の本で読んでみるか。むかしの職場の図書館に、蓑田胸喜全集をリクエストして入れてもらったのは私なんだし。
■参考:紀伊国屋書店「日本主義」ブックフェア
http://www.kinokuniya.co.jp/04f/d05/nihon/