見もの・読みもの日記

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「地上の楽園」の現実/北朝鮮帰国事業(菊池嘉晃)

2009-12-02 23:58:31 | 読んだもの(書籍)
○菊池嘉晃『北朝鮮帰国事業:「壮大な拉致」か「追放」か』(中公新書) 中央公論新社 2009.11

 私の場合、そもそも「在日コリアン」という問題系を意識したのは、90年代以降ではないかと思う(遅っ!)。であるので、1959年から84年まで、四半世紀にわたって続いた「北朝鮮帰国事業」についても、その存在を知ったのは、ごく最近のことだ。本書は、「北朝鮮による壮大な拉致」、いや「日本政府による厄介払い」という具合に評価の錯綜するこの問題を、起源にさかのぼって丁寧に、客観的に論じた労作である。

 私が本書から学んだこと(再認識したこと)を挙げていこう。まず、在日コリアンが渡日した要因は(1)生活難(2)留学など(3)戦時動員(4)前記三者の家族として、の4パターンに大別される。(3)に関して「強制連行」があったことは事実だが、戦後の在日社会において(3)の比率は1割程度に過ぎないという。また、渡日者の9割以上が現在の韓国地域の出身だった(戦前の内務省統計)。ではなぜ、大量の「北朝鮮帰国者」が発生したか。

 終戦時200万人を数えた在日コリアンのうち、130万人が46年3月までに帰国した。しかし、解放後の朝鮮南部の厳しい経済状況に加えて、南北分断、戦争の危機、大洪水などが伝えられると、暫時、帰国を思いとどまる者が増えてきた。52年、朝鮮戦争のさなか、サンフランシスコ講和条約が発効すると、在日コリアンは日本国籍を離脱させられ、韓国でも北朝鮮でもない「朝鮮国籍」が付与された。このような閉塞的な状況で、朝鮮戦争の休戦後、北朝鮮帰国運動が始まる。

 うーん。自分が当時の在日コリアンだったら、と考えてみる。日本政府が意図的に在日の厄介払いを図ったという説を本書は否定している。しかし、当時の日本政府に差別解消、就職支援など、共生に向けた責任ある取り組みがなく、潜在的な厄介払い願望があったことは事実である(政治家の発言など)。その結果、日本にあっては、能力や本人の努力にかかわらず、進学や就職の希望を叶えることは不可能で、十分な医療・社会保障もなく、貧困を抜け出すことは困難だった。では韓国は? 現在の韓国を念頭に置いてはならない。本来の祖国、韓国は、李承晩の独裁政権下(1948~1960)、粛清・虐殺が相次ぎ、経済は停滞し、北朝鮮以下の世界の最貧国と見られていたし、そもそも日韓国交正常化は、65年まで待たなければならなかった(59年~北朝鮮帰国事業が日韓関係を冷え込ませた面もある)。

 このように、進むも地獄、とどまるも地獄みたいな状況で、とりあえず同じ民族、同じ朝鮮半島への帰国という選択肢が与えられたら、無鉄砲が身上の私は、たぶん多少の不安には目をつぶって、「未知の祖国」へ進んで飛び込んで行っただろうと思う。2009年の現時点から振り返れば、それは愚かな決断であり、豊かで民主的な社会が実現されている「日本」「韓国」にとどまった人々は、まだしも「賢明」だったとみなされるだろう。しかし、それは歴史の後知恵ではないのか…。

 北朝鮮の現実が、もう少し早く暴かれていれば、これほど悲劇は大きくならなかったという反省もある。しかし、「地上の楽園」なんて誇大宣伝丸出しコピーを、当時、どれだけの帰国者が真に受けていたのだろう。ほかにどこにも安住の地がない状況では、たとえ誇大宣伝と分かっても、前に進まざるを得なかったのではないかと思う。自己決定、自己責任なんて、現実にはそんなものだ。

 本書の第8章には、実際に北朝鮮に帰国した人々の証言が紹介されている。全体の記述から見て、分量はわずかだが、内容は衝撃的だった。出迎えの人々の貧しさ、生気のなさを見て「だまされた」と知る帰国者たち。一方、「日本で虐げられてきた貧しい在日同胞を受け入れよう」と聞かされて集まった北朝鮮の人々も驚いたらしい。帰国者は、食事も住居も、北朝鮮の平均的な水準よりは優遇された。しかし、日本の生活に慣れた帰国者には「優遇」と感じられないものだった。――この悲しい齟齬。

 悲劇の最大要因はもちろん北朝鮮当局にある。とは言いながら、現体制が崩壊した場合、(もと在日コリアンの)帰国者・日本人妻・その子孫など、一説では10万人が移民や難民として日本にやってくるかもしれない、という想定には、たじろがざるを得ない。どうするのがいいのかなあ。読み終えても答えは見つからない。

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