先日のブログ「素敵な言い訳」(9月23日)をご記憶だろうか。
結論を一言でいえば「過去の失敗をいくら悔いても仕方がない、なにしろそのときは一生懸命だったんだからと思えば諦めもつく」
これについてKさん(横浜:設計士さん)からメールが届いた。
「今回も素敵な言葉ありがとうございます。「あの時“ああすれば”、他の案もあったのに」と悔やむこと多々・・。
でも今日の言葉に救われました、「その時は一生懸命」だった、確かに!
まあこう言い切れるのは記憶の内の?%としてもですが。」
これに対し、「実は私もそうなんです。その時は一生懸命だった、と言い切れるのは「?%」くらいかな~。まさに盲点を突かれましたね(笑)。」
この記事は2週間くらい経った今でも過去記事ランキングに登場してくるほどだからかなり共感を覚えられた方がいるみたい。
それはさておき、この中で「このブログは更新することに意義があるので、質より量を優先している」みたいなことを、いささか開き直って書いたわけだが、これに関連して10年ほど前に「数こそ質なのか」という、これに賛同できるような記事をふと思い出した。
改めて一読したところ、かなり頷けるので適当に今風に改変して再掲してみよう。それでは以下のとおり。
ブログを始めてからこの10月でまる16年になる。振り返ってみると一瞬のことだが、渦中にいるときはそうでもない。
「一日が過ぎるのは長く感じるけど、一年が過ぎるのは早い」と、ずっと前に退職した先輩がしみじみと言ってたが、自分も実際にその境遇になってみるとその感覚を実感するところが大いにある。
さて「石の上にも3年」という言葉があるが、初めの頃は大好きなオペラ「魔笛」(モーツァルト)の同好の士を募って「魔笛倶楽部を組織できればいいな」ぐらいの軽い気持ちで(ブログの)投稿を続けていたが、この頃ではとうとう投稿記事数が3000件近くとなり、しかも(ブログへの)アクセス数も想像以上の盛況ぶり。
こんなニッチな内容で勝手気ままの独善的なブログを読んでいただくのはとてもありがたいことだし、ブログを続けていくうえで大きな励みとなっている。
とはいえ、「はたしてこのままでいいんだろうか」という疑問がときどき湧いてくるのも事実。
単に目新しいというだけで人の目に触れて後は“読み捨て”同然に忘れ去られていくパターンの繰り返しには当然マンネリズムの罠もあって質的な劣化は避けられないところ。
実を言うと「量から質への転換」というのはいざ実行するとなるとなかなか難しい。
質的な向上のためには深い洞察力と思考力が求められるが、自分のような「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」式のタイプには無理のような気もする(笑)。
そういう中、興味深いテレビ番組があった。
それは、毎週日曜日の23時から放映されている「情熱大陸」(30分)。たいへんな長寿番組である。
様々な分野で活躍する人たちをひとりひとり密着取材して取り上げ、紹介していくドキュメンタリー番組だが、先日登場されていたのが心臓外科医の「新浪博士」(にいなみ ひろし)氏。
埼玉医科大学教授(当時)として年間300例にも届く難易度の高い心臓手術を手がけている斯界(しかい)の第一人者。
(ちなみに、番組の中で新浪氏がこの世で唯一、頭の上がらない存在として紹介されていたのが兄に当たる現「サントリー」社長の新浪剛史氏。)
番組の中でこの新浪氏が仰るのには「数こそ質なのです。毎日のように手術をやってないと、腕が錆びつくだけです。」
成る程、そういう考え方もあるのかと「眼からウロコ」だった。
このブログも毎日のように更新していると、内容はどうであれ「筆が錆びつかない」利点があるのかもしれないですね(笑)。
そういえばベストセラー作家の東野圭吾さんなどが「いったい寝る間があるんだろうか」と思うくらい次々と作品を発表されているが、いずれも軒並みレベルが高いのもこれで頷ける。
どうやら、“人それぞれ”の持ち味があるようだ!
そういえば好きな趣味の一つに「釣り」があるが、これが実に人の性格がよく出る。
一発大物狙いで、1回の釣行で大物が1匹釣れればいいという辛抱強い人もいれば、たとえ小物でもいいから間断なく釣れる方が退屈しないでいいという人の二つのタイプにはっきり分かれるが、自分は明らかに後者のタイプである。
そういうわけで、これから大切なことはただ一つ、「数こそ質」で“つべこべ”言わずに「身の丈に合った内容でコツコツと投稿を続ける」ことぐらいかな~(笑)。