A.単純素朴な恐怖の神経症
ロシアのウクライナ侵攻はまだ先が見通せないが、日本が北朝鮮や中国から軍事侵攻を受ける可能性はあるだろうか?自衛隊の増強、軍拡を願望する自民党や維新の感情的な議員が、頭の中で考えていることを想像すれば、単純な戦争ゲームの恐怖心からくる神経症的反応だとぼくは思う。
「東アジアの安全保障環境の急速な変化」と安倍晋三氏は繰り返し唱えて、自衛隊の増強を図ってきたが、その基本にあるのは、北朝鮮や中国が核開発や弾道ミサイル配備をすすめ、その気になればいつでも日本のどこへでもミサイルを撃ち込み、尖閣など離島に軍を送って占領することが可能になったということだろうう。これを前提に置くと、日本の安全確保には、これまで「専守防衛」を堅守して、他国に軍事攻撃をする能力も意思も持たないという自衛隊のスタンスを変えなければならない、という結論に至る。しかし、これは軍事的に考えて、あるいは国際政治的に考えて、現実的な想定だろうか?そして、日本に向けてミサイルが発射された場合、それらをすべて日本領土への着弾前に撃ち落とす技術などあるのだろうか?
それをめざすには、ものすごい莫大な防空体制と予算が必要で、秋田と山口にイージス・アショアを設置するという案が挫折したように、じつは日本ではなくアメリカのハワイやグアムの基地を守るためにやっている疑いが強い。それでも岸田政権は、安倍晋三元首相の遺言だとそれを継承するかのように、軍拡・「敵基地攻撃能力」へと突き進もうとしている。これは、日本にとってきわめて危険な亡国の道というしかない。
日本がウクライナのように他国の軍事侵攻を受けたら、国民を挙げて防衛戦争をするのだといきり立っている右翼の諸君は、現実の戦争のことなど無知で、歴史的背景も知らない。ウクライナはもとはソ連の構成国で、国内にロシア系住民が多数住んで共生していたから、これを保護するという名目でロシアは侵攻した。でも、日本国内に在日朝鮮・韓国の人たちはいるけれど、この人たちが日本で分離独立運動などしていないし、日本を攻撃占領しようなどと北朝鮮や中国の指導者が考えているとは思えない。そんなことをすれば、アメリカ相手の大戦争を誘発してしまうからだ。ミサイルが日本を襲うことを前提に議論をはじめるのではなく、そんな愚かな恐怖心から敵基地、つまり他国のどこかにミサイルを撃ち込めば、日本が率先して戦争を始めたことになり、国際法違反になるから、そんな事態に極力ならないための努力こそまず考えるべきだろう。
自衛隊の制服幹部は、もう少し具体的に軍事作戦として有事の際の可能な方策を考えているようで、観念的な政治家よりはずいぶん信用できそうだ。ただ、これは「もし北朝鮮が攻めてきたらどうするか」という机上のシミュレーションにすぎない。そしてその結論は、なかなか意味深い。
「日本政府が「第二次朝鮮戦争」への備えを検討したのは、1993年から翌94年にかけてのことだった。93年3月、北朝鮮が核拡散防止条約(NPT)からの脱退を表明、米国と北朝鮮との関係が一気に緊迫した。当時寧辺近郊で未申告の核関連施設が発見され、査察を拒否した北朝鮮に米国が経済制裁をちらつかせながら交渉した。核開発を凍結する見返りに、軽水炉建設を支援するなど米朝枠組みが翌94年10月に合意され、一応の危機は去ったのである。
この間、米国は事態の軟着陸を目指す一方で、北朝鮮を攻撃する計画を立てた。その事実はペリー国防長官(当時)が2007年1月18日の下院外交委員会で証言し、明らかになっている。F117ステルス戦闘機や巡航ミサイルを使って、寧辺の核関連施設を爆撃する計画だった。ペリー氏は当時の状況について、CNNのインタビューに「数日以内に、韓国に展開した兵力を大幅に増強するところまで行っていた」と語っている。
朝鮮半島で戦争が起きれば、日本にも波及する。1994年春、石原信雄官房副長官はひそかに内閣安全保障室、外務省、防衛庁、警察庁に検討を指示した。防衛庁では陸上、海上、航空の三自衛隊を束ねる制服組のトップ、統合幕僚会議(現統合幕僚監部=統幕)がひそかに一冊の計画書をまとめ上げた。「指定前秘密」の印が押され、いわゆる極秘文書として防衛庁の金庫に保管された。
文書の名称は「K半島事態対処計画」。横長A4判の文書には流出を防止するため赤インクによる通し番号がすべてのページに押されている。実は、この文書は軍事情勢や法改正にともなって更新され、現在も統合幕僚監部に保管されている。
統幕の佐官は「北朝鮮はロシアや中国から突き放され、本格的な軍事援助を受けられないでいる。戦力は当時と変わりなく、計画は今でも有効だ」と断言する。米国が再び、北朝鮮を攻撃する機会をうかがう情勢になれば、文書は金庫から取り出され、日の目を見ることになるというのだ。
ずしりと重い「K半島事態対処計画」は、軍事的な専門用語を駆使して、箇条書きや表を多用して書かれている。自衛隊独特の文体で、軍事知識がない人が読んだら退屈どころか、おそらく理解不能だろう。
特殊表記の一例をあげると、文書のタイトルになっているK半島というのは朝鮮半島を指す。頻繁に登場する「ABC」とは自国を含む同盟諸国で、「A」は日本、「B」は米国、「C」は韓国のことだ。そして「XYZ」とは敵対国あるいは危険な相手とみなしている国々であり、「X」とは中国、「Y」は北朝鮮、「Z」はロシアを指している。
これは「自衛隊の創設以来、内部で呼び続けている暗号でもある。防衛計画に暗号を使っていれば、万一、外部に漏れても、特定国を想定した戦争マニュアルではないと申し開きできる。「仮想敵国は存在しない」と言い続けてきた長年の知恵なのだろう。
「K半島事態対処計画」について、前出の幹部はこういう。
「北朝鮮との間でどんな戦い方ができるのか検討した能力見積もりの側面がある。軍事的合理性にもとづく自衛隊の活動を追求していくと、憲法による規制があったり、適用すべき法律そのものがないことが判明した」
その検討内容は、後の政策に反映されていった。北朝鮮危機から今日までの間、自衛隊の行動を円滑にする方策が次々に打ち出されたことを思い返してほしい。1997年には日米の軍事協力を強化する「日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)」が合意され、1999年には朝鮮半島有事を想定した周辺事態法が成立して有事の軍事支援が可能になった。安倍政権下で進む集団的自衛権の行使容認の策動は、周辺事態法で禁じられた米軍の武力行使との一体化を可能にする。その意味では「K半島事態対処計画」の完全なる実施を保証することになる。
自衛隊幹部は「自衛隊の行動にはさまざまな制約が残っている。いざという時は国会で何とかしてもらわないと……計画実行は不可避なのだから」と強調する。
もう一度いおう。文書は現役の自衛官たちによって作成された「第二次朝鮮戦争のシュミレーション」なのだ。そして自衛隊は、戦争が波及してくれば、この研究に従って行動する以外に日本が生き延びる道はないと考えている。
私たちの運命を握る極秘文書をのぞいてみる。分厚い文書の目次には、「研究の目的」「研究の前提」に続いて十二項目の研究内容が並ぶ。
①K(朝鮮)半島に関する情報活動の強化、②沿岸、重要防護対象の警備、③K半島情勢にともなう警戒体制の強化、④「黄海から日本海海域における経済制裁、⑤在C(韓国)邦人のエバキュエ―ション(救出)、⑥難民対策、⑦西日本地域におけるTBM(戦域弾道ミサイル)対処、⑧多国籍軍兵士の救難、⑨共同訓練、⓾在A(日本)のB(米国)軍に対する後方等の支援、⑪軍事亡命対策、⑫SLOC(シーレーン=海上交通路)の防護。
いずれの項目も起こりうる事態を想定し、数量化して具体的に見積もり、これに対処する自衛隊の能力を突き合わせて、結論を出している。全編を貫く縦軸として、北朝鮮のNPT脱退から自衛隊の防衛出動に至るまでの時間の流れを五つの警戒態勢に分類し、時系列つに沿った検討がなされている。
自衛隊は、北朝鮮による日本侵攻のシナリオをどう見積もっているのだろうか。対日攻撃シナリオは「Y(北朝鮮)の作戦能力」の項目に詳述され、それは意外な言葉から始まっている。
「潜水艦、小型艦艇、漁船等によるゲリラ・コマンドウ(正規軍の特殊部隊)攻撃能力は有するが、C(韓国)と対峙する状況から対A(日本)作戦に陸上兵力を抽出することは困難。航空機・艦艇の援護能力や経空・経海能力対A着上陸作戦能力はないものとみられる」
解説すると、北朝鮮による日本攻撃は、韓国との戦争または朝鮮半島の情勢が緊迫した時点で起きるとの前提に立ち、北朝鮮は韓国との戦闘に相当な陸上兵力を割かれるとしている。そうした状況は別にした場合でも航空、海上戦力が脆弱なので北朝鮮に日本を本格侵攻する軍事力は存在しないというのである。
金正恩第一書記は、故金正日総書記の掲げた、軍隊を重視して強化することを優先する「先軍政治」を継承している。事実、総兵力百十万人という世界有数の軍事国家である。そんな北朝鮮の軍事力が本当に弱いのか、あらためて検証しなければならないだろう。
朝鮮半島の兵力を比較してみると、韓国には韓国軍の総兵力は68万人、これに在韓米軍の3万6千人が加わり、韓国側の総兵力は合計71万6千人ということになる。数の上では北朝鮮が圧倒しているが、その質はどうなのか。
北朝鮮情勢に詳しい防衛省幹部はこういう。「航空機や戦車の大半は旧式で、今や陳腐化しています。燃料や部品の不足から動かない武器も数多くある」
そればかりではない。95万人いる陸上兵力の三分の二は韓国との国境にある軍事境界線にまるで張りつくように配備されている。韓国との緊張が高まれば高まるほど、軍事境界線から動けないというジレンマを抱えている。
海軍には約690隻もの艦艇があるが、ロメオ級潜水艦22隻を除けば旧式の艦艇ばかりで見るべきものはない。先制攻撃の切り札となる空軍は、作戦機590機を保有するものの、これも大半は第一世代といわれる旧ソ連製の旧型機である。ミグ29、スホイ25といった第四世代機も保有しているが、いずれも少数だ。
装備の新旧に関わらず、深刻なのは燃料が不足し、訓練がままならない点にある。1996年5月、北朝鮮空軍の李哲数大尉がミグ19戦闘機を操縦して韓国に亡命した。李大尉は操縦士歴十年のベテランだったが、総飛行時間は350時間でしかなかった。一年に換算すれば、わずか35時間という飛行時間は、航空自衛隊の第一線に立つ戦闘機操縦士が技量を維持するのに必要としている年間150時間の四分の一以下に過ぎない。
航空自衛隊のベテラン操縦士は「空中戦の訓練ができる飛行時間ではない。離陸したり、着陸したりするだけで精一杯だろう」という。すると戦闘機は張り子のトラということになる。
使えない、動かない、というないない尽くしの中で、注目すべきは、十万人という世界に例をみない大規模な特殊部隊の存在である。非合法の情報収集や破壊工作に携わる専門部隊で、潜入に使う小型潜水艇やエアクッション揚陸艇、レーダーに映らない木製のアントノフ2輸送機を百機以上、保有している。
別の航空自衛隊の操縦士は「アントノフが特殊部隊を乗せて一斉に日本を目指したら、頼りになるのは自分の目だけ。何機かは撃ち漏らし、特殊部隊の潜入を許すことになるかも知れない」と“ローテク兵器”の脅威を話す。
ノドンやテポドンといった弾道ミサイルも見逃せない。九州北部と中国地方を射程に収めるスカッドCは配備済み。ノドンは射程1300キロで日本全域を射程に収める。98年に日本列島を飛び越え、大騒ぎになったテポドン一号は射程2000キロとさらに長い。
こんな北朝鮮が日本攻撃に踏み切るとしたら、どのような戦闘様相となるのか。
「Yの作戦能力」は、陸上戦力として「一個軽歩兵旅団を指向できる」と書いている。軽歩兵旅団は、約一万人からなる歩兵部隊で、小銃のほか、機関銃や迫撃砲などで武装しているとみられる。輸送機から落下傘で降下するのか、海から上陸するのか潜入の手口までは特定していないが、想定される行動として文書は「主要港湾施設や水中固定機器の破壊活動」を挙げている。
水中固定機器とは海上自衛隊が日本列島の沿岸や対馬、津軽など主要海峡の海底に設置している音響監視システム(SOSUS)のことである。海上自衛隊は、警備所と呼ばれる海に近い施設でSOSUSが拾った船舶ごとに異なる“音紋”と呼ばれるスクリュー音を分析し、どの船舶やどの潜水艦が、いつどこを通過したのか航行状況をひそかに記録している。
海からの不法侵入を見張る防犯装置ともいえる機器が破壊されたらどうなるのか。工作船に乗った特殊部隊の上陸が格段に容易になるし、潜水艦の行方もつかめなくなる。特殊部隊が港湾施設を次々に破壊して船舶の入港を妨害したり、潜水艦が魚雷で輸送船を次々に撃沈したりする事態になれば、食料品や原油の輸入がストップし、国内がパニック状態に陥るのは必至だろう。
十五万人の陸上自衛隊に対し、一万人という少ない兵員でも効果的に戦う方法を北朝鮮軍は承知している、というのが自衛隊の分析といえる。
海上兵力について、「Yの作戦能力」は「艦艇は主として防御的性格を有し、その行動は、K半島周辺に限定されているとみられ、外洋作戦能力はまだ低い」としながらも、「潜水艦約十隻のほか、少数の小型艦艇を指向できる」としている。
予想される作戦行動としては「港湾外域における機雷敷設、潜水艦などによる船舶攻撃」を挙げる。
さらに航空兵力をみると「爆撃機及び戦闘機の一部が西A(日本)の一部目標に対し、限定された攻撃能力を有する」と分析、具体的には「軽爆撃機約65機、戦闘機訳125機を指向できる」とし、そうした航空機の任務は、やはり「重要船舶・施設などに対する攻撃・航空機による機雷敷設」としている。
これらを総合すると、北朝鮮の陸、海、空軍は一致協力して、徹底的に民間船舶の航行を妨害し、日本を兵糧攻めにして孤立させる戦術をとることになる。防衛省関係者は「そんな事態になれば、国内は混乱し、北朝鮮で戦う米軍の支援どころではなくなる。厭戦気分が高まって『米軍がいるから日本が攻撃される』と日米安保条約の破棄を主張する声さえ出かねない」と懸念を示す。
朝鮮半島で戦端が開かれ、日本攻撃に多くの兵力を回せない北朝鮮軍はテロやゲリラといった非対称戦を挑むのである。具体的には、どの地域のどのような施設が狙われるのだろうか。
「K半島事態対処計画」はゲリラ攻撃の発生が予想される施設として、日本海に面した九州・中国地方の施設を列挙している。注目されるのは、自衛隊や米軍施設が目立つことだ。北朝鮮からみれば、「敵の出撃拠点」だから当然といえば当然だが、自衛隊はほぼすべての軍事施設が「狙われる」とみている。
例えば、陸上自衛隊は日本海の最前線でもある対馬の警備隊をはじめ、福岡、大村、山口、出雲など駐屯地十五カ所、海上自衛隊は佐世保、呉、岩国などの基地十四カ所、航空自衛隊はレーダーサイト九カ所、航空基地や対空ミサイルのナイキ(現パトリオット)基地など九カ所を防護対象として挙げ、米軍については沖縄の基地全部と本土の佐世保基地、岩国基地、秋月弾薬庫(広島県)を守る必要があるとしている。
もちろん民間施設も攻撃目標になる。文書が列記しているのは、九州、中国地方の政治中枢であるすべての県庁と県警本部。ほかに交通施設として関門トンネルや新幹線のトンネル、九州・中国自動車道路、福岡空港などすべての民間空港や北九州港など港湾施設も防護が必要とし、生活関連施設として電気、ガス、石油、電話に関連した発電所、ガス補給所、石油備蓄基地などを挙げている。
政治中枢が破壊され、交通網が分断されて電気もガスも止まる。徹底的に生活が脅かされる中で、弾道ミサイルが落下してくるのだ。湾岸戦争でイラクが発射したスカッドミサイルの被害から逃れるため、イスラエル国民は防毒マスクを被り、避難した。恐怖に震える国民を守るため、自衛隊は弾道ミサイルへの対抗措置も考えているに違いない。
ところが、「K半島事態対処計画」に出てくる「西日本地域におけるTBM(戦域弾道ミサイル)対処」の項目では、冒頭で「自衛隊独自で対処することは困難である」とあっさり白旗を上げている。
射程600キロのスカッドCは北朝鮮南部から発射すれば、七分後には福岡を直撃する。「西日本地域に……」に記述された「探知・撃破能力」によると、ミサイルの噴射熱を探知する米国の早期警戒衛星や、海上自衛隊のイージス護衛艦は八社を探知することはできるものの、肝心の撃破はできないというのだ。
当時、活用できるのは航空機迎撃に使うパトリオットミサイル(PAC2)のみで、弾道ミサイルの迎撃を想定した武器ではなかった。九州、中国地方の防御に活用できる高射隊を十八個と算定。一個高射隊は五基二十発の発射装置で編成され、弾道ミサイル一発につき、二発のパトリオットを発射する運用になっているから合計百八十発の弾道ミサイルにしか対処できないことになる。
2003年12月、政府はミサイル防衛システムを米国から導入することを閣議決定した。弾道ミサイルを迎撃する対空ミサイル「PAC3」を導入したが、発射機は全国で32基あるに過ぎない。一方、この間、北朝鮮は日本全国を射程に収めるノドンを本格配備した。どこを目標にするのか、選択権は北朝鮮にある。まずイージス護衛艦から発射する艦対空ミサイル「SM3」で迎撃するとはいえ、撃ち漏らしたらPAC3で迎撃するほかない。
航空自衛隊幹部は「全国を守るにはPAC3が一千基以上必要になる。それには防衛費がいくらあっても追いつかない」と正直に告白する。日本の防衛システムは実は100%迎撃など望むべくもない「破れ傘」でしかないのである。
わずかな救いはスカッドCやノドンの弾頭に搭載できる爆薬が五百~七百キロと比較的、小さいこと。落下した場合の被害について、自衛隊幹部は「住宅地に落下したら、破壊されるのはテニスコート一面分程度。ビルなら半壊でしょうか?通常弾頭なら被害はそれほど大きくない」という。しかし、日本には使用済み核燃料棒を補完する原発や関連施設が五十五か所もある。通常弾頭でも命中すれば未曽有の量の放射線に汚染され、日本列島は廃墟と化すだろう。」半田滋『日本は戦争をするのか ―集団的自衛権と自衛隊』岩波新書、2014年。pp.136-148.
「K半島事態対処計画」の中身を知ると、ぼくたちが今やるべきなのは、北朝鮮のミサイルを完全に撃ち落とす体制に莫大な予算を投じることなどではなく、「敵基地先制攻撃」などという禁じ手を用意することでもなく、「専守防衛」の原則に徹して、もしいくつかのミサイルが日本のどこかを破壊しても、「テニスコート一面程度」あるいは「ビル半壊程度」だと覚悟して、その次は自衛隊の本来の使命である本土防衛に努め、各地の原発を廃棄することだろう。同時に外交的政治的に国際世論で敵のそれ以上の攻撃を停止させることだろう。
それには、そもそも北朝鮮がなんでそんな冒険的なことをやるのかを考え、要するに金王朝の政権維持、朝鮮戦争の一方の当事者である自分たちの存続を世界に認めてほしいという以外にないだろう。それには朝鮮戦争を講和で終わらせ、北と南がそれぞれ独立国として国際的に承認される、という妥協が必要だ。隣国日本は、かつての植民地支配の責任からも、この朝鮮半島の平和を実現し、戦争の危機を取り除くことに全力を傾けるべきで、軍拡などもってのほかだと思う。
B.加害者への和解と赦し
誰かの悪意や過失によって、とりかえしのつかない被害を受けた人がいる。当然、加害者への怒りと恨みが沸き、それは簡単には解消できない。死刑を廃止しようという議論では、つねに被害者のやりきれない感情が持ち出される。でも、加害者への報復・処罰だけでは、結局最終的に次へのステップが踏み出せない。「修復的正義」という言葉は知らなかったが、憎しみと復讐という先には救いがないことは確かで、そこをどう超えるか、が課題になる。
「生と死をめぐる和解と赦し 上:加害側の「痛みと責任」促す 水俣と福島で 石原 明子(熊本大准教授)
私や私の大切な人を傷つけたあの人と、和解するってどういうことなのだろう。この世に「赦し」という境地があるならば、それはどのようなものか。
私の専門は、紛争解決学という学問で、特に加害者と被害者の対話など、傷つけたり傷つけられたりした関係における紛争解決である修復的正義を専門としている。
私の人生にはゆるせないことがあった。私の大切な人が病院の医療で傷つけられ、後戻りできない傷を負ったのだ。そしてその後も反省する態度のない病院とのやり取りで、私は絶望を負い、私の心も壊れかけた。
そんな私が修復的正義という考え方に出会ったのは、自らが性犯罪の被害者だという後輩の研究者からであった。彼女は自らの傷と向き合いながら、許しえない加害者との対話や赦しについて思索を重ねていた。自分に必要なのはこれかもしれないと、私はその実践拠点である米国の大学に留学した。
そこでは、世界中から肌の色や信じる宗教の違う学生が学んでいた。内戦等で家族が殺されたという仲間もいた。身近な人同士が敵味方に追い込まれて殺し合う内戦では、戦争が終わったからといって、安寧の日々がすぐに戻るわけではない。私を殺そうとしたあるいは私の家族を傷つけたあの人と、戦争が終わった今日から再び隣人として暮らせるのか、和解や赦しは可能なのかといった課題を日々背負うことになる。
修復的正義では、仲直りのために「過去のことは忘れなさい」「水に流しなさい」とはいわない。頭で忘れようとしても、私に刻まれた傷が私の心から体から消えることはないからだ。むしろ、痛みを痛みとして分かち合い、向き合ったうえで、そのような痛みを二度と引き起こすことのない未来を、傷つけた者と傷つけられた者が共に作っていくことを模索するという。それが私の身近でも可能だろうかと思っていた矢先、東日本大震災が起こった。
原発事故で被災した方々に出会った。原発に近い被災地では、皆が被災者だが、同時に加害企業である東京電力や関連企業で働いている人も多くいた。津波や環境汚染の物理的被害だけでも苦しいのに、地域で人々が対立し傷つき合うことが起きていた。補償の線引きや、複雑に絡む被害加害の関係。内戦地とも共通する構造があった。私は、被災地での対立の苦しみを何とかしたいと、留学する前に住んでいた水俣(熊本県)と福島の交流のプログラムを開始した。
水俣病公害を経験した水俣は、地域経済を支える企業の工場排水中の有機水銀で、多くの命が奪われて病や障害を負う被害が起こった。加害者も被害者も地域の人。複雑な関係の中で地域の人々は分断した。「私の父ちゃんを返してくれ」。そう叫んでも、血の通った答えが返ってこない行政や企業との闘いの果てに、「赦す」という言葉が被害者から生まれた地域でもある。
福島との交流の中で、ある水俣の語り部の方は、水俣病の認定をめぐる十年の行政との闘いを語り、「今私は、過ちに向き合ってくれた行政を赦す」と締めくくった。それを聞いた福島からの参加者が、絞り出すようにいった。「赦す方向に私も向かいたいけれど、私は怒りと恨みでいっぱいで、とても赦せるとは思えないのです」。語り部の方が答えた。「怒り、恨んでいいと思います。赦すというのは、怒りと悲しみを真に知る者にのみ与えられる特権だからです」
別の語り部がいった。「母は、行政もチッソも許すといった。しかしそれは、水に流す、忘れるということではない。私を傷つけたあなたを人間として受け入れるから、あなたも同じ人間として私の痛みを知って二度と痛みを経験する人が出ない未来を一緒に作ってくれ、という相手への突き付けにも似た、最後の覚悟の祈りなのです」と。
「ゆるす」という言葉は、漢字では「許」と「赦」の二つがあてられる。前者は許可する意で、後者は本来許可できない悪いことをした相手をせめないことだ。水俣では「赦す」というその女性患者と出会い人生が変えられていった加害者側の人が少なからずいた。人は自分が酷いことをしたとき、赦されてはじめて、じぶんのつみといたみとせき任に向き合えることもあるのだろう。」東京新聞2022年11月29日朝刊19面こころ欄。