イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

小旅行で感情の流れをつくり面白おかしく・・(1/10 五感と喜怒哀楽)

2022-04-30 | 第十一章「五感で面白おかしく」

群馬に縄文・小旅行をしてきたが、そのお陰で人生が面白い方向に展開し始めたようだ。

生き甲斐の心理学を学ぶと感情に関心を持つようになる。感情はあることに関するスポット的なものもあるが、一日の感情の流れといった把握の仕方もある。今回は流れに焦点を当てよう。

一日の感情の流れを一日に一回意識するようにすると、たとえば、一日が何となくパターン化しいつも怒っていたり悲しんでいたりと感情の流れがマンネリ化していたり、滞っていることに気づいたりする。

私も反省すると、この半年間どういうわけかいつのまにかダラダラと過ごすようになっていたようだ。そこで、連休前に群馬県に小旅行をした。群馬県立歴史博物館、茅野(かやの)遺跡周辺、埋蔵文化財センター見学、安中市周辺探索。

 

オンラインでも知的好奇心は満たされたりするが、限定された視覚、聴覚の世界なので、臭覚、味覚、触覚はおあずけ状態。家の中で巣ごもり状態では感情の良い流れは作れない。自分の人生を振り返っても、転機は人との出会い、モノとの出会いであり、五感で喜怒哀楽の世界を渡り合った時のようである。小旅行は感情生活の良き活路になったようだ。

一日の中で一日程度の感情の流れを振り返ることは師に教えられたが良いようだ。単に流れを意識するだけ。写真の茅野遺跡は、縄文前期から晩期までの3600年使われた遺跡とされ、一つの住居址にそれが凝縮されているような遺物があったりしたようだ。そんな謎を考えても当然分からないが、五感を大切にした感情の流れを大事にし、頭を空っぽにして遺跡を散策すると感情はいろいろ流れはじめる。

小旅行も最後の方になると、今まで気が付かなかった感情がふと浮かんだり消えたりする。そんな一日を優しく受け入れてくると、次の日に気になっていた知人からの電話が入って、話しているうちに解決へのヒントが浮かび、滞っていたある感情が流れ始める。喜怒哀楽の世界が鮮明になってくると、こころも健全になり人生が面白おかしく展開しはじめる。

1/10 五感と喜怒哀楽

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自分の怒りとの付き愛かた・・(10/10 感情と付き合う)

2022-04-24 | 第四章「愛とゆるし」

多摩センターから多摩モノレール沿いに松が谷、そして大栗川を渡って日野方面に向かう道は好きな散歩道である。

今の季節も雑草も含めていろいろな花が咲いていて、思わず歩みを止め写真を撮る。そして、花とおなじように自分の多様な感情のことに思いを馳せる。

自分のアイデンティティがある程度定まっていると、自分の感情との付き合い方も上手になってくる。傾聴のポイントの一つに共感があるが、これは共感の一般的な解釈とちょっと違う。よく言われるのが賛同ではなく、その立場であるならそういうなるのも分かる、というような相手の立場に立った理解を伴っての共感だ。

いろいろな自分の感情に出合っても拒否したり逃げたりしないで共感する(感情に共感するとは変かな?)

感情は情動的な側面もあり、怒りなどは自分の中にある種の行動を誘発するような面がある。怒って平手うちなどはその一つだが、そういった怒りとどう付き合うか。

ちょっと冷静になること、一呼吸置くこと。これは巷で良く言われることであるが、もう一つはそういった感情が湧いたときに、そういう感情を湧かせた自分を責めないでその意味を考える余裕が必要なのだろう。

そのためには嫌な感情が湧いても、それを友達のようにいったん受け止める必要がある。「怒るのも無理ないね」と受け止める。そして、情動のままに行動に走ることなく、その怒りの意味を考える。

出来れば自他肯定的なスタンスから考える。単純に憎悪で邪眼になったり、泣き寝入りで身体を壊すなどのない第3の道を考える。そのときに「ありがとう」といった言葉がでるような感謝の領域も探すのも大切なことだと思う。

感情はその人のもつ理想と現実のギャップから起こる。そして理想も現実の把握も結構主観的なもの。解釈が変わることでギャップがなくなるわけだが、感謝の領域を考えたり、時間のスパンを変化させたり、正しい防衛機制(逃避、反動形成、昇華、合理化・・)を考えたり、アイデンティティをさらに考えたりしているうちに最適な現実的な回答を自ら見いだしたりするものだ。

もう一つ、怒りも人間観から考えるのも良いようだ。人間を身体的な領域、生育史からなる臨床心理学的領域、魂というか宗教・哲学の領域と分けて考えて、怒りの元がどこの領域からくるのかを考えると結構整理できたりする。

10/10 感情と付き合う

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畏れと自由な心・・今も縄文時代も(9/10 感情と付き合う)

2022-04-19 | 第二章「五感と体感」

疫病や戦争、身近な出来事、何かの節目と思えるようなこと、いろいろあるが、何かに固執しこころの自由が奪われ、一日を暗い感情の中で過ごしてしまう。こうした時に自分の心の自由は大丈夫かと自問自答する。ああ、何か変だなと思った時に自分の正中線を確認することは大事だ。

今年の復活祭は私にとってとても思い出深いものになった。春は死と再生の季節。反省すると私は自分の生命というか神仏に対しゆるす神仏のイメージが強すぎたように思う。聖ベルナンドの「雅歌について」を味読しているのだが、神を畏れることを今年は大いに学んだようだ。いろいろな事を恐れこころの自由を奪われそうになるとき、神を畏れ、身を正すなり祈りを深める。すると不思議に心の自由が得られる。

「縄文」と「生き甲斐の心理学」は私のメインテーマであり続けているが、少年時代に好きだったことに最近眼が行く。一つは料理。もう一つは天文や地学。料理はまだ入り口だが天文は小学校、中学校と地学部だったこともあり何か心が楽しくなる。空を見ると好奇心・・・好きだという感情が湧くのだろう。

今日も最近求めた天文考古学の学会誌を読んでいたら、縄文時代の配石遺構や環状積石遺構を考えるときに単純な太陽や月だけでなく星や天の川との関係もあるんだなとあらためて思った。

小学生の頃、家の庭でお小遣いをはたいて買った天体望遠鏡で夜空を眺めたことを思い出した。土星や木星の衛星を見た時の感動。感動とは感情が動くということなのだろう。ちょっとした錯乱と統御感、ウツと幸福感、・・いろいろな感情が川の流れのように湧いては消えていく。思い出すとスカイウオッチだけでなく感情ウオッチイングもやっていたのかもしれない。これは心の健康の証でもある。

縄文時代の少年少女も夜空を見上げ、大人から天体の話を感動しながら聞いたのだろう。今と違って時計も文字もない時代。しかし生きるためには、狩猟採集社会では時を知ること方向を知ることは極めて重要だったのだろう。イギリスの5000年前のストーンサークルの二至二分の知識に驚いてはいけない。日本でも飛騨の金山巨石群なども知れば知るほど驚いてしまう。今のグレゴリオ暦と同等の暦を読み取る技術が縄文時代にもあったのでは。

しかし、これはオカルトやUFOの話に飛躍する必要はないと思う、ホモサピエンスの脳科学による知見、いわゆる認知革命が4万年前ころにあったとすれば、このようなことは突飛な話ではないかもしれない。

話を戻そう。今の時代、恐れることがとても多くなったようだ。しかし人を恐れたり未来を恐れて心の自由を奪われないように。それは自らのアイデンティティの見直し。一言でいえば神仏をゆるしの側面だけでなく畏れる対象としても見直すことかもしれない。美しい夜空のように。

9/10 感情と付き合う

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月と闇、死と再生の季節・・今も縄文時代も (8/10 感情と付き合う)

2022-04-16 | 第七章「光と復活体」

3.11で電力制限があったころ。照明が十分でない中央高速を走ったが、闇のもつ怖さが印象的だった。現代では普段は昼だけでなく夜も十分明るいし、暗くてもスマホなどもあるので闇の持つ怖さは意識に登りにくいようだ。

そして、闇を照らす月の光。皆さんはどのような月の思い出をお持ちなのだろうか。人それぞれだと思うが。私の年代だと、幼いころ家族皆で満月を見て、兎が餅をついているなどと楽しんだ思い出があるかもしれない。10年くらい前に秋に友人と河原で月見で一杯を楽しんだことがあったが、幼いころのそんな思いでと重なって至福の時でもあった。きっと私の愛の原型の一つなのだろう。

さて、古代、あるいは縄文時代では月は闇を照らす光くらいの意味だけだったのだろうか。縄文土器の図像について井戸尻考古館の資料「井戸尻第9集」を読んでいると、縄文人もすでに月を暦として読み解いていたようだ。縄文時代にも太陰暦の概念があったとしか思えない土器の図像があるのだ。これは何も日本列島だけではなく中国でもそうであったようだ。冷蔵庫もない時代に植物を何百種類も摂取し動物も何十種類も食べていたという祖先たちは、恐らく周到に周りの動植物の動きを暦に連動して把握していたのではないだろうか。

そして、生活の中で文字は無くても何らかの二十四節季くらいの情報を得ていたのではないだろうか。生活に役立つ暦の情報は月だけではうまく成り立たない。太陽の動き二至二分との何らかの同期が必要だ。永田久先生の「暦と占いの科学」(新潮選書 昭和57年)を読んでいたら、前漢の頃からは中国では春分を意識した二十四節季になったが、それ以前は冬至が起点だったとされている。そして、世界的にも一年のはじめを冬至にするか春分にするかはいろいろあるようだが、春が一年のはじめとして意識されたことは間違いないようである。

宗教行事でも春はそういった古の記憶もあるのか、一つの始まりとして大切にされている。仏教の花祭りは今年は4月8日。キリスト教の復活祭は、春分の日の後の満月の後の日曜日だそうだが、4月17日である。そして調べてみたら17日は満月。

暗い世相の中であるが、私はカトリックなので復活徹夜祭の今日を楽しむ予定である。そして明日は満月。

8/10 感情と付き合う

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晴れた春の日の縄文・散策・・魂の散歩 (7/10 感情と付き合う)

2022-04-14 | 第八章「魂と聖霊」

嫌なことが多い世の中ではあるが、晴れた春の日の縄文・散策で一昨日は平安感を取り戻した。多摩センターの埋蔵文化財センターでCTスキャンの写真付きの多摩のヴィーナス、翠(みどり)輝くヒスイの大珠、黒曜石の勾玉、土器のムラから出土した制作中の土器と器台をじっくり拝見。

多摩の縄文人の熱い想いを実感したのちは、縄文時代の多摩の植生を再現したという縄文の森を散策。入口にある堀之内の敷石住居跡を再現したという竪穴式住居を体感した。敷石住居跡は祭儀を行われる特別な場所という説もあるが、そもそも縄文時代の竪穴式住居は特殊な用途の住居であったという説も最近お聴きした。そんなこともあり、敷石住居跡は聖なる空間だったと今回確信したのが収穫であった。

 

敷石住居。4000年前前後に盛行した住居であるが、この縄文の村(TN57遺跡)にも検出されている。奥に行くと敷石住居址の展示もある。ホモサピエンスは4万年前にいわゆる認知革命を終えているので、4000年前の縄文人は、今の茶道のにじり口のような入口から特別な空間に入って行き、特別な祈りを捧げたのだろう。

 

この時期の縄文の村は、やぶ蚊もなく新緑も綺麗で、何とも楽しくなる雰囲気である。そして、縄文の村を後にして、敷石住居跡の縄文散策をすることに決めた。

まずは、多摩センター駅のそばで乞田川を渡る。ソメイヨシノはすっかり終わっていたが、八重桜が綺麗だった。

そして、多摩モノレール沿いに北進し、由木東市民センター前の銀杏の神木を見る。この辺りが峠で大栗川水系に入る。そして、東のTN67がある大塚公園方面に向かう。

塔の近くにはTN67の敷石住居跡の展示がある。北側は大栗川で、向こう岸にはTN446やTN72といった大栗川沿いの主要な村がある。この敷石住居跡の住人は約4000年前の祖先であるが、時代が下ると大栗川流域の上流や中流から生活の痕跡を消していく。大塚公園の祖先もそうだったのだろう。大栗川下流域や相模台地に生活の地を変えたのだろうか。原因は海水面の降下や富士山の噴火の影響などの説があるが、よくわからないらしい。

大塚公園を後にし、大栗川を渡りTN446方面の沖ノ谷戸公園周辺を目指す。

このTN446遺跡周辺は10000年前ごろから近世にいたるまでの遺跡で、敷石住居も3つ検出されたという。また周辺には江戸末期に疱瘡で亡くなった程久保の藤蔵が生まれ変わった家も近くにあった。江戸末期の疱瘡は程久保の藤蔵だけでなく多くの悲劇があったらしい。娘を失ったある江戸の文人も勝五郎の話を聞きに訪れ熱心に生まれ変わりを調べ、平田篤胤やラフカディオハーンなども著書に残した。生まれ変わった勝五郎は生まれ変わる前の養父の住む程久保を訪ね、養父から愛されたそうだ。

沖ノ谷戸公園は富士山や丹沢山系が綺麗に見える展望台もある。

肉体は死んでも魂は残るという思想。これは仏教(一部)でもキリスト教でもあるが、どうも縄文時代にもあったようである。というか、さらに昔のホモサピエンスの認知革命ごろまで魂の思想はさかのぼるのかもしれない。

魂とはどんなものであるのだろうか。死んで身体から離れる生命体。愛そのものでもある。こうしたいろいろな解釈があると思うが、魂論は伝統的な宗教でも大いにあり、信仰の基盤になっていることは確かであろう。危機の時代は何も今だけではない。10000年以上続いた縄文時代にも何回かあったと思う。喜界カルデラの爆発をはじめ、私たちが経験しないような悲劇もあったと思う。魂の散歩?を終えてのんびりしたが、等身大の自分に応じた小さな一歩。かっこつけると世のため人のためになるような一歩をはじめたくなった。

7/10 感情と付き合う

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